手遊び
歩道橋の上に女がいた。
そこから眼下を、信号待ちをする私たちを見下ろしていた。
女はゆっくりと大きく口を動かしながら、人差し指をひらひらと彷徨わせている。やがて、手遊びが止まった。指した先に、自転車に乗った親子連れがいた。
にんまりと女が笑う。
不意に、母親がバランスを崩した。後ろの子供が投げ出された。車道だった。車がやって来ていた。
後の事は、思い出したくもない。
歩道橋の女はいつの間にか消えていた。
ひょっとしたら女を見たのは、女が見えていたのは、私だけだったのかもしれない。
あの唇の動き。
なんと言っていたのか、今ならば想像がつく。
──ど、れ、に、し、よ、う、か、な。
きっと、誰でもよかったのだ。