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思いやり という偽言

作者:神原 詩雨
 二十歳になったら大人になるんだと信じ込まされて、子供心を忘れたままにトンネルをくぐる。

 人の辛さや大変さを、『残業時間』や『勤務日数』の数字ではかるこの国は。

 生きるという呪縛から逃れられない事実を受け入れたくないがために、自殺者を弱いと断じ努力と善意のベールで覆い隠す。

 産婦人科で聞こえてくるのは、「何かあったら」とありもしない心配を紛糾する声。
 産まれた子供に自らが成し遂げられなかった未来を背負わせて。
 負けられない戦争へと向かわせるのは、果たして昔と何か変わったのだろうか。

 社会では、しんどいと叫べば聞こえてくる。
「でも仕事でしょ?」という声。
 それで金を貰ってるんだから、という嘲笑。


 小学校で嫌と言うほど教えられるのは、「思いやり」の四文字。
 では、質問してみようじゃないか。

 この国のどこに、思いやりがあるというのかを。

 自由をはき違えたバカ共と、「俺に迷惑をかけるな」を「他人に迷惑をかけるな」へと化学変化させる脳ミソと――


 極限まで削った睡眠時間は、命の前借りに他ならず。
 号泣してまで学校に行く意味はなんなのか。
 嘔吐してまで会社に行く意味はなんなのか。


 理不尽を理不尽たらしめているのは誰なのか考えない。その愚かさを忘れてしまった我々は、理不尽だなんだとわめきちらすクセして「しょうがない」と諦める。
 おかしさをおかしいと言える奴をバカと罵って、幸福と豊かさをはき違えて生きていく。


 人の批難をするしか能のない民衆は、与えられる情報になんの疑問も持たず。
 奥に隠された真実など見ずにのろしを上げる。
 成果はミスに覆い隠されて、意図的に奥へ奥へと追いやられた成績を見る者は少ない。

 電車に乗れば、「マナー」と「ルール」が支配する車両は揺れる。
 人に迷惑をかけられることが許せない人々は言う。
「思いやり」を持ちましょう、と。

 だが、果たしてそのどこに思いやりが存在するのだろうか。
 人から降ってきた迷惑を、なんとも思わず寛容する。それを思いやりと定義せずして、なにが思いやりだというのだろうか。


「赤ん坊がいるんだから」と我が物顔で満員電車へ突っ込んでくるのは、ベビーカーに我が子を乗せた女。
「妊婦は病気じゃない」と、優先席を我が物顔で占拠する老人。
「うざかったから」と、妊婦の腹をわざわざ小突いていくのはサラリーマン。
「子供のすることだから」と、スマホ片手に見向きもしない保護者。

 残されたのは、ただの疑問。
 満員電車で、我が子を抱けなかったのか。
 妊婦を座らせてやれないほど、あんたの足腰はボロボロなのか。
 腹を殴れるお前は、卵から産まれてきたのか。
 我が子を注意できないだけじゃなく、アンタは自分すら注意できていないのか。
――――と。


 お互いがお互いを思いやれず、ただ与えられた常識やモラルに照らし合わせて不平不満を言いつのる。
 このままではまた、我々日本人は嗤われてしまうではないか。

――「自分の腹を切ることが大好きな愛国奴」――と。

 自分たちが自分たちの首を絞めることに気付かない。
 他人の努力を笑って、成果を無視して、蹴落とすことを考える。


 さて、問題提起といこう。


 お前達はいったい、いつまでこんなことを続ける気なのか。

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