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いじめっ子の気持ち
作:宮本司



いじめっ子の気持ち
宮本司
1.
「うわー」
机にうつぶせになって寝ていた俺は叫び声を上げながら目を覚ました。
前の席のクラスメイトがあきれたような口調で話しかけてきた。
「おい寺田どうしたんだよ。
お前なぁ、朝からうなされるほど寝るなよ。
 あっ、担任きたぞ」
熟睡していた。朝だといっても、登校してから十分も経っていない。
『いくらなんでもこんなに眠り込んでしまうものだろうか』
「静かにしろ。ホームルーム始めるぞ」   俺の心の声とは関係なくホームルームが始まった。
「今日から転校生がいる。関口幹夫君だ。
関口君みんなに挨拶して」
 関口幹夫という転校生はもじもじとしながら聞こえるか聞こえないかの声で名前を言った。
「それじゃ。関口君はあの席に座って」
 担任が俺の横の空席を指差した。この席は先日転校していった生徒の席だった。そいつはいわゆるイジメに合っていた。
イジメと言っても肉体的な暴力や言葉の暴力に合っていたわけではない。クラス全員から無視されていたのだ。誰から始めたことかわからないが、ある日を境にクラス全員で無視するようになっていた。クラスの一員である俺も積極的ではないもののイジメに参加していた。
この程度のイジメなんてよくあることだ。言い換えればクラスの中で一人はイジメられていなければならない。その対象が自分に向く可能性だって十分にあるんだ。誰かがイジメられていれば自分はイジメられない。ある意味、あのイジメは自分を守るために必要なものだ。
結局その生徒はイジメに耐え切れなくなって転校していった。
そして今日入れ替わるようにして「関口幹夫」が転校してきたのだ。幹夫は何かに怯えるかのようにびくびくしながら後ろから二列目の俺の隣の席まで歩いてきた。途中で手提げ鞄が女子生徒の席にぶつかると、何度も頭を下げながらその席の女子生徒に謝っていた。 
ようやく席に着いた幹夫は俺にも軽く頭を下げたが、俺は特に挨拶もせず何ものっていない机にわざとらしく目を逸らした。
『今度のターゲットはこいつで決まりだな』
 俺はそう思った。
いやきっとクラス全員がそう思っただろう。クラスの中で誰か一人は犠牲にならなければならない。あいつが転校してしまった今、クラス全員が次のターゲットになる可能性を持ったということだ。全員がなるべく目立たないように、そして仲間に裏切られないように過ごしてきたのだ。
『助かった』
 幹夫が来てくれたお陰でイジメの対象はこいつに向かうだろう。ただでさえ転校生という異物であって、かばってくれる仲間もいない。そしてこの気弱そうな性格だ。まさにイジメられるために生まれてきたような奴だ。クラスの全員がそう思ったに違いない。

 次の日から早速イジメが始まった。イジメといっても前の奴と同じように無視をするだけだ。俺は隣の席になったせいか話しかけられることが多かった。
『案外、人懐っこい奴なのかもしれない。転校初日は緊張していただけか』
そうは思ったものの俺は当然のように無視した。
イジメの対象は最低一人であって、二人以上になることもある。つまりこいつと関われば俺もイジメの対象になる可能性があるのだ。俺には仲間と呼べる奴もいるがそんなのいつ裏切られるかわかったもんじゃない。
『イジメられるよりイジメる方がまだましだ』
 俺の心の中はこの気持ちで一杯だった。
 
幹夫が転校して来てから数日後、理科室に移動するときに最初の事件が起こった。俺はいつものように教材を持って仲間と一緒に理科室に向かおうと廊下へ出た。すると幹夫が俺の名前を呼びながら駆けてきた。
「寺田君。理科室ってどこにあるのかな。僕も一緒に……」
 俺は仲間の手前もありわざとぶっきらぼうに「自分で探せよ」と言って前に振り返った。その時、俺の腕が当たったらしく幹夫は尻餅をついた。幹夫の教科書や筆箱の中身が廊下にぶちまかれた。
『やべぇ。やりすぎた』
 俺がそう思った瞬間、ちょうどその廊下を体育の男教師が通りかかった。
「こら、お前たち何やってるんだ」
 俺も含め仲間達全員に緊張が走った。しかしその緊張を体育教師に見透かされないように、俺は優しい声で幹夫に話しかけた。
「な、なんでもないです。
関口君大丈夫? 
あ、肘から血が出てるよ。一緒に保健室行こう」
 俺は幹夫の腕を取り立ち上がらせると、急いで散らばった幹夫の教科書や筆箱の中身を拾い集め幹夫を保健室へと連れて行った。仲間たちは体育教師にへらへらと笑顔を浮かべながら理科室へと向かって行った。

 保健室は俺たちの教室からはかなり離れたところにあった。うちの学校は校舎が二棟になっていて、各学年の教室があるこの普通校舎と対になるように体育館や理科室などがある特別校舎が建っている。保健室はこの普通校舎の一階の一番端にある。
俺は幹夫と二人きりで無言でいることに耐え切れなくなり校舎の説明をし始めた。
「あっちの校舎の一階が体育館で、二階が理科室と調理室。三階に音楽室と……」
 そこで幹夫が俺の言葉に割って入ってきた。 
「寺田君ってやっぱり優しい人なんだね」
 幹夫のその言葉と笑顔に俺はあからさまに動揺した。
「な、何言ってんだよ。一応けがさせた責任感じただけだ。勘違いしてんじゃねえよ」
 ちょうどその時、保健室に着いた。
「ほら、保健室だ。後は一人でいいだろう」
「うん」
 俺は幹夫の教材一式を乱暴に手渡すと、ひたひたと歩き始めた。
「優しい人だね」
 幹夫のその言葉が頭の中にエンドレスに響き続ける。
『違う、違う。俺はそんな奴じゃない。あの場をどうにかしようとしただけだ』
『でも結構血出てたよな。他にも打撲とかあったら……』
『違う。俺はあいつの心配なんてしてない。そんなことしたら俺もイジメられるかもしれないんだ。あいつのことなんか知るもんか』
 俺は急いで理科室に向かった。すでに授業が始まっている中にこっそりと入って行く。そんな俺の姿に気がついた理科教師が俺に声を掛けてくる。
「おい、寺田。遅刻か」
 しかしすぐに仲間がフォローしてくれた。
「寺田君はけがした子を保健室に連れて行ってたんです」
 俺も教師に向かってうなづいた。そして座りながら仲間に目を向ける。
「サンキュー」
「当たり前だろ。友達なんだから」
 
 理科の授業が終わり仲間たちと教室に帰って来るとちょうど幹夫も保健室から戻ってきたようだ。肘に包帯を巻いているが他のところにけがはないらしい。
俺はほっとした。
 するとすかさず幹夫が俺を見つけて笑顔をふりまきながら駆け寄ってきた。
「寺田君、さっきはありがとう。
詳しく説明してくれたからこの学校のことすっごくよくわかったよ」
 俺の顔はこわばった。
『なんてこと言うんだ。こいつらの前で』
 仲間達の顔が一斉に俺の方を向く。そいつらの顔は全員一様に無表情だ。きっと俺のことをイジメの対象にするかどうか値踏みしているのだろう。
『まずい。どうにかしなければ』
 俺は幹夫の前に進み出ると、幹夫の筆箱を床に投げつけた。
「勘違いすんなって言っただろうが」
 俺の怒声に呼応するかのように幹夫を筆箱が大きな音を立て弾けた。筆箱の中身も飛び散っている。俺はわざとその散らばった文房具を踏みつけながら自分の席へと向かった。
 心臓が飛び出そうだった。
『俺は今何をした。 
してはいけないことしてしまった』
 鼓動が落ち着くにつれ俺の後悔の気持ちは膨れ上がっていった。
 すると俺の席に仲間が集まって来た。俺のあまりの行動に一瞬引いたようだが、今は笑顔を向けてきている。
「おい、寺田すげえじゃん」
「俺たちも一瞬びびったぜ」
「いや、でも、最高だな。こういうの」

 それから幹夫に対する明らかなイジメが始まった。
靴を隠す。
教科書にマジックで嫌がらせの言葉を書く。
体操服の袖を切る。
 かなり陰湿なイジメになっていった。しかもそのイジメの中心人物は俺なのだ。
『一体どうしてこんなことになっちまったんだ』
 幹夫は次第に俺たちのことを怯えるようになっていったが、学校には毎日来ていた。
『いっそ幹夫が登校拒否にでもなってくれれば』
 そんなことを考える日さえあった。
しかしそれとは真逆のことも思うようになってきた。幹夫が階段を下りている姿を見るとその背中を押したくなることがある。
『まさか俺の中で悪魔が生まれようとしているのか。本心から幹夫をいたぶりたいと思っているのか。
 やめてくれ。もうやめてくれ』
 それでも俺たちのイジメは止まらなかった。いや、むしろエスカレートしていくばかりだ。
俺は自分の中に生まれつつある悪魔に怯えながらイジメを続けていた。

 イジメられることで一番辛いのは「一人になる時間がない」ことだ。朝早くから夜遅くまで傷を癒す間もなくイジメ続けられることは何よりも辛い。俺たちはそんなイジメを毎日毎日繰り返した。何をされても怯えるだけだった幹夫もさすがに悲痛の色を隠せないようになってきた。
『なぜ俺たちがイジメをしていることを誰も大ごとにしないのだろうか。
 クラスの誰かが密告したり、担任が気がついたっていいじゃないか。
 誰か俺たちを。いや、俺を止めてくれ』
 そんなある日、仲間の一人が遂に恐れていたことを言い出した。
「俺、金欲しいんだよな」
「金?だからなんだよ」
 俺はほとんど答えがわかっている質問を投げかけた。
「だから幹夫から貸してもらうんだよ。多少力使ってでもさ」
 思った通りの答えだ。
『そんなことが許されるのだろうか?』
 俺は心に浮かんだこの思いを仲間たちに見透かされないように、わざといやらしい笑顔を浮かべながら会話を続けた。
「アイツ金持ってんのかよ」
「何だよ。寺田知らねえのかよ。
 アイツの親ってどっかの会社のオエライさんで、今外国行ってんだってよ。
それでこっちにいる親戚の家に預けられたらしいぜ」
「だからこんな中途半端な時期に転校してきたのか」
 結局その日の放課後、幹夫から金を奪い取った。幹夫は少し脅かしただけですんなり金を出した。
『よほど怖かったのだろうか』
 俺は自分の罪を噛み締めながら家へと帰った。その思いに反するように俺の手には幹夫から奪い取った金の一部が握り締められているのだ。

 玄関を開けるなり家の電話が鳴り響いた。俺の家は両親が共働きなのでこの時間は俺以外誰もいない。俺は鳴り続ける電話の受話器をとった。
「はい、寺田です」
「寺田君大変だよ。
 幹夫君が『自殺してやる』って学校の屋上に上がって行ったよ。
 さあ、どうする?」
 電話の相手の声には抑揚が全くなく、まるで腹話術の人形がしゃべっているかのようだった。俺はそんな相手の声に気をとられ、相手が告げた恐ろしい内容が頭の中をめぐるのに少し時間がかかった。ようやく理解し電話に話しかけようとしたが、相手はすでに電話を切っていた。
 俺は何かに弾かれたように学校に向かって走りだした。なぜ走るのかはわからない。何も考えずひたすら学校を目指した。学校に着くと屋上に人影が見えた。校舎に入り必死に階段を駆け上がった。階段を一段飛ばしにしながら必死に走った。何が俺をそこまで突き動かすのかはわからない、とにかく走らなければならないのだ。
屋上に着くと幹夫がいた。幹夫はうっすらと笑顔を浮かべて言った。
「寺田君。僕が電話したんだよ。
 君ならきっとすぐに来てくれるって思ってたから」
 イジメ始めてから数ヶ月、聞かなくなっていた幹夫の声を久しぶりに聞いた。その声はとても楽しそうだった。
「その顔、僕が見た中で一番いいなぁ」
 俺の頭は混乱した。
『一体何がどうしたんだ。
 俺の目の前にいるのは本当にあのイジメられっ子の幹夫なのか』
 幹夫は俺の表情に満足したのか満面の笑みを浮かべてしゃべりだした。
「面白かったなぁ。寺田君が僕をいじめながらそれ以上に苦しんでいる姿を見るのは。
 寺田君ってほんとにいい人だよね。
 普通は途中で悪魔に心を乗っ取られちゃうんだけど、君は違った。これはもう尊敬しちゃう位だよ。
 でも、そろそろこの遊びにも飽きちゃった。もうゲームセットにしようと思うんだ」
「ゲームセット……」
 俺はただその単語を繰り返した。幹夫が言っていることの半分も理解できなかった。
「そう。僕がここから飛び降りてゲームセットだよ。
 僕が飛び降りた後の寺田君の顔楽しみだな。
 じゃあ、またね」
 幹夫は学校の屋上からためらいもなく飛び降りた。
「やめろー」
 俺の声が響いた。

「おい寺田どうしたんだよ」
 気がつくとそこは教室だった。
『一体何がどうしたんだ』
「寺田お前なぁ、朝からうなされるほど寝るなよ。
 あっ、担任きたぞ」
『なんだ。あれは全部夢だったのか。
 そうか、よかった』
 俺は俯いて静かに呼吸を整えた。担任の声が聞こえてくる。
「静かにしろ。ホームルーム始めるぞ。
 今日から転校生がいる。関口幹夫君だ。
関口君みんなに挨拶して」
 俺は思わず顔を上げた。そこにいるのは間違いなくあの幹夫だった。
『これも夢なのか。それともまたあのイジメの日々が始まるのだろうか』

2.

 幹夫は前回同様おどおどと挨拶をすると、担任が指差した俺の隣の席に向かってきた。途中で手提げ鞄が女子生徒の席にぶつかると、何度も頭を下げながらその席の女子生徒に謝っていた。
『これもさっきの夢と同じだ』
ようやく席に着いた幹夫は軽く俺に頭を下げたが、俺は特に挨拶もせず何ものっていない机にわざとらしく目を逸らした。
『また来たのだ。幹夫が』
 俺は苦渋の顔を浮かべながらクラスメイトの様子を伺った。クラスメイトはいつもと同じようにホームルームを続けていた。だがその心の中は手に取るようにわかる。
決めたのだ。幹夫を次のターゲットとすることを。
クラスの中からあの緊張感が消えている。「次のターゲットが自分に向くのではないか」と怯えていたあの緊張感が消えているのだ。それはつまり幹夫がターゲットになったということだろう。
『俺はどうすればいいんだ。この前のようにイジメに参加するか。いやもうあんな思いはしたくない。だが参加しなければ俺もイジメの対象になってしまう』
 俺はとりあえず幹夫のことを無視した。イジメに参加することを決めたのではなく、怖かったのだ。
幹夫と接することが。
またイジメてしまうことが。
 クラスの仲間には俺の心の内は見抜かれていない。俺も同じようにイジメに参加していると思っているのだろう。
『そうだ。これでいいんだ。幹夫を避けていれば仲間達にはイジメているように見えるし、幹夫と接しなければ前のようにイジメの中核をになることもない』
俺はそう自分に言い聞かせた。幹夫は翌日から前回と同じように話しかけてきたが、徹底的に無視をした。

だが、やはりあの日理科室に移動するときに事件は起こった。俺は廊下で無駄話しをしている仲間たちを理科室に行くようせかした。このまま廊下にいたら幹夫が来てしまう。そしてイジメの発端となるあの事件が起きてしまうのだ。
しかし昨夜のサッカーの試合の話で盛り上がっている仲間達はなかなか歩き始めない。俺は仲間達を置いて先に理科室に向かうことにした。とりあえずこの場所から離れることが必要なのだ。後ろから幹夫の声が聞こえてくる。
「寺田君。理科室ってどこにあるのかな。僕も一緒に・・・・・・」
 俺はその声から離れたくて、腕を振り上げ大股で歩き出そうとした。その時振り上げた腕が幹夫に当たった。幹夫は尻餅をつき、持ち物が廊下に散らばる。
『なんで。なんでまたこうなっちまうんだ』
 俺は恐怖で動けなかった。精一杯避けてきたはずなのに、どうしてまたこの状況に合わなければならないのだろうか。この前と全く同じ状況だ。
尻餅をついた幹夫。
廊下いっぱいに散らばった教材。
動きの止まった仲間達。
そして偶然通りかかる体育教師。
「こら、お前たち何やってるんだ」
「なんでもありません」
「関口君大丈夫?」
「あ、肘から血が出てるよ。保健室行こう」
 俺が前回言った台詞を仲間達が次々と口にする。そして放心状態の俺に仲間達は幹夫と幹夫の教材を押し付けてきた。仲間の一人が小声で言う。
「お前がやったんだから、お前が保健室連れて行けよ」
動向を見極めようとする体育教師。
仲間達からの無言の圧力。
 俺は幹夫を保健室に連れて行くしかなかった。仲間達はへらへらと笑いながら理科室へ向かってしまった。
 俺と幹夫は保健室に向かって歩き始めた。二人きりで無言でいることが耐え切れず、また特別校舎の説明を始めた。
「あっちの校舎の一階が体育館で……」
そして幹夫が俺の説明を遮って言った。
「寺田君ってやっぱり優しい人なんだね」
 その言葉が心に重くのしかかった。
『違う。俺はこれをきっかけにお前にどんどんイジメを始めるんだ』
 その言葉が喉まで出かかった。しかし俺はその言葉を飲み込んだ。その代わりなのか俺の目から涙が流れた。幹夫は俺の涙の意味がわからないらしくあたふたとし始めた。ちょうどその時保健室に着いた。
「寺田君、どうしたの。
寺田君もどこか怪我したの。どこか痛むの」
 幹夫は心底心配した様子で俺の顔を覗きこむ。俺の涙は止まらなかった。
確かに痛んでいる。
俺の心が。
そして一つの結論に達した。
『もうあんなイジメはしたくない』
 俺は涙を拭うと笑顔を作って保健室のドアを開けた。
「保健室だよ。行こう一緒に」
 俺は幹夫と一緒に保健室に入った。保健の先生はいなかった。俺は幹夫をベットに座らせると、勝手に消毒薬を持ち出して幹夫の治療を始めた。
「ごめんな。怪我させて」
「そんな寺田君が謝ることじゃないよ。怪我ていっても少し擦り剥いただけだし。それにあれは事故だったんだし」
 幹夫の優しい言葉がズキズキと胸に突き刺さった。そして俺は心に決めた。
『俺は幹夫をイジメない。たとえ自分もターゲットになるとしても』
 俺は幹夫の肘に下手ながら精一杯包帯を巻くと、幹夫の隣に座った。
そして、この学校でイジメがあること。そのターゲットに幹夫がなっていること。今まで俺もそれに参加していたことを話した。幹夫は少し表情を曇らせてその話を聞いていた。
「でも、もう大丈夫だ。
 今度はイジメなんかさせない。俺が絶対止めるから」
「でもそれじゃ寺田君までイジメられちゃうんじゃないの」
 幹夫が心配そうな顔をして問いかけてきた。
「その時はその時だ。幹夫が心配することじゃないよ」
 すると授業の終了を知らせるベルが鳴った。
「教室戻ろう。授業も終わったみたいだし」
 俺は幹夫の教材を手に取ると立ち上がった。

 教室にはすでに仲間達が戻ってきていた。幹夫の教材を持ち、幹夫と一緒に保健室から帰ってきた俺に仲間達から無言の視線が突き刺さる。俺をイジメのターゲットにするかどうかの値踏みが始まったのだ。
 俺はあえて堂々と教室に入っていった。覚悟を決めればイジメられることなどどうってことない。
『イジメるよりもイジメられることの方がましだ』
 俺の心は決まっていた。俺は幹夫に教材を返そうとした。するとちょうどクラスの奴が間にわけ入り、渡そうとしていた幹夫の教材を奪い取ると教室にぶちまけた。
『これはテストなのだろう』
俺がこの教材を拾えば俺もイジメのターゲットにするという無言の試験だ。俺はそのクラスメイトに鋭い視線を送ると床に散らばった幹夫の教材を拾い始めた。そして何事もなかったかのように幹夫と一緒に席に座った。

そして次の日から幹夫と俺に対する明らかなイジメが始まった。無視されるだけかと思っていたが、イジメはどんどんエスカレートしていった。
たがが外れたのだ。俺が手にしていた幹夫の教材をぶち撒いたときの快感がクラスの奴らのたがを外したのだ。現にイジメの中核には教材をぶち撒いたクラスメイトがなっていた。
靴を隠す。
 教科書にマジックで嫌がらせの言葉を書く。
 体操服の袖を切る。
そんなイジメが毎日俺と幹夫に続いた。幹夫は次第に苦痛の表情を滲ませるようになったが、俺の励ましでなんとかイジメに耐えていた。
『一人きりではつらくても二人ならきっと大丈夫だ。今度は幹夫を助けることができる』
 俺はこの思いでイジメに耐えていた。そしてむしろ客観的にイジメっ子達を観察した。    『アイツらは本当に楽しくてやっているのだろうか。俺達をイジメることに快感を覚えているのだろうか。以前の俺のように苦しんでいないのだろうか』
 しかし、そんな様子は全く見られなかった。イジメはエスカレートするばかりだ。
そしてそんなアイツらに絶望した俺のことが幹夫以上に気に入らなくなってきたらしい。

 そしてある日の放課後、俺は忘れ物をしてきたことに気がついて、一緒に帰ろうとしていた幹夫を校門に残し教室に戻った。すると教室の中からイジメっ子連中の会話が聞こえてきた。
「な亜、幹夫って金持ちの息子らしいぜ」
「マジで。俺今月苦しいだよな」
「俺も、欲しいゲームあんだよ」
「やっちまうか」
 アイツらの心の内が手に取るようにわかった。幹夫を脅して金を巻き上げるつもりなのだ。俺の中は怒りでいっぱいになった。
『なんでただ金持ちの息子ってだけで金を巻き上げられなけばならないんだ。幹夫はおれが守る』
 そして俺は教室に乗り込んだ。
「おい、お前ら。幹夫に手出すな」
 俺はドスのきいた声を響かせて教室に仁王立ちになった。
「なんだ寺田。正義の味方にでもなったつもりか」
「別にお前には関係ないだろ。俺達の狙いは幹夫なんだから」
「そうだ。今ここで俺達の仲間になるんなら、お前へのイジメやめてやってもいいぜ」
 俺の心の中で一瞬の葛藤が起こった。
確かにああやって毎日イジメられるのは辛い。ましてここで俺が幹夫を庇えばイジメはさらに酷くなるだろう。しかし幹夫を見捨てることなどできない。二人だったから耐えてこれたんだ。今ここで俺が幹夫を裏切るわけにはいかない。
「もう一度言う。幹夫には手だすんじゃねえぞ」
 イジメっ子連中は一斉に俺に向かってきた。逃げる間もなく囲まれた。誰かの拳が顔に当たり俺は床に倒れた。それが合図かのように全員の蹴りが始まる。俺がうめこうが。血を流そうが関係ない。自分達が疲れるまで俺をいたぶり続けた。
 そして教室の床に血だらけの俺を残すと、幹夫から金を巻き上げるべくイジメっ子連中は教室から出て行った。
俺は床に倒れたまま体中が挙げる悲鳴を無視して懸命に記憶を辿った。
『俺がこの前幹夫から金を巻き上げた場所はどこだっただろうか』
そうだ屋上だ。
きっとアイツらも同じことを考えるに違いない。まして俺に計画を知られているのだから一刻も早く実行するだろう。
 俺は痛みを訴え続ける体をひきづりながら、教室の窓から校門にいるはずの幹夫の姿を探した。
しかし見つからない。
『やばい。きっとアイツらに連れて行かれたんだ』
 俺は腕を押さえ、足をひきづりながら屋上を目指した。するとそこには幹夫が一人で立っていた。
「幹夫。大丈夫だったか。
アイツらに金取られたりしなかったか」
 幹夫は俺の姿と言葉に驚いたようで動けないようだった。
「寺田君どうしたの。その怪我。
さっきクラスの人たちが来てお金貸してあげたよ。もしかしてその人たちにやられたの」
 俺は幹夫の問いには答えず、わざと笑顔を浮かべて幹夫にゆっくり歩み寄っていった。
「幹夫。先生にこのこと話に行こう。そうすればきっとどうにかしてくれる」
 しかし幹夫は表情を曇らせたまま一歩も動こうとしない。そして屋上の端にぴったりと足をつけたまま話し始めた。
「ダメだよ。先生に言っても無駄だよ。
僕こんなんだから前の学校でもイジメられてて、先生にも相談したけど何も変わらなかった。むしろイジメは酷くなって、それで転校したんだ。あの時は僕一人だったからいいけど、今度は寺田君まで巻き込んじゃって。
 ごめんね寺田君。ほんとうにごめん」
 幹夫は一気にそう言うと屋上のヘリに足をかけた。
「僕なんかいるからダメなんだ。だから寺田君までイジメられちゃうんだ。僕がいなくなればいいんだ」
「幹夫待て。バカなことするな」
 俺は幹夫を止めるためようと走り出そうとしたが、痛めつけられた体がそれを許してくれなかった。
「寺田君、今までありがとう。
じゃあ、またね」
 そう言って幹夫は笑顔のまま屋上から飛び降りた。
「やめろー」
俺の声が響いた。
 
「おい寺田どうしたんだよ」
 気がつくとそこは教室だった。俺はどこにも怪我をしていない。
『一体何がどうしたんだ』
「寺田お前なぁ、朝からうなされるほど寝るなよ。
 あっ、担任きたぞ」
『なんだ。あれも全部夢だったのか。
同じような夢は何度も見るというし、それならそれでいい』
 俺は俯いて静かに呼吸を整えた。担任の声が聞こえてくる。
「静かにしろ。ホームルーム始めるぞ。
 今日から転校生がいる。関口幹夫君だ。
関口君みんなに挨拶して」
 俺は思わず顔を上げた。そこにいるのは間違いなくあの幹夫だった。
 

3.

「うわー」
 俺は椅子から転げ落ちながら叫んだ。目の前にまたあの幹夫がいる。
「どうした。寺田」
 担任が声をかけてきたが、俺は無言で椅子に座りなおした。今ここで俺の二回見た夢の話などしても仕方ないだろうし、第一誰も信じないだろう。
 程なくして幹夫がまた俺の隣の席に座った。やはり俺の席に来る途中に女子生徒の机にぶつかって謝っていた。席に座るなり話しかけてきたが、俺は当然無視した。
こいつと関わって良いことなど何もない。イジメてもイジメられても結末は最悪だった。  俺は嫌気がさしてきた。
この何度となく繰り返される悪夢。
同じ光景。
同じ言葉。
その一つ一つがすべて俺を追い詰めて行った。

そしてやはり理科室に移動するとき事件は起きた。そそくさと理科室に移動しようとする俺を追って来た幹夫が俺にぶつかり床に転がった。タイミングよく現れる体育教師。
やはりそうなのだ。俺がどう行動しようともあの悪夢をなぞるように仕組まれている。そしてやはり俺が幹夫を保健室に連れて行くようになる。
『こうなったらむしろ俺も前と同じようにしてやるか』
俺はあきらめ半分にこの三回目の悪夢をやりすごそうと考えていた。保健室に向かいながら特殊校舎の説明を始めた。その声にはすでに抑揚がなくなっていた。
「あっちの校舎の一階が体育館で、二階が……」
 そこで幹夫が割って入った。
「寺田君。そんなことわかってるよ。もう三回目なんだから」
 幹夫は笑いながらそう言った。
「三回目」
 確かにそう言った。確かに俺が幹夫に校舎の説明をするは三回目だ。だがそれは俺の夢の中だけの話だ。実際に今回の幹夫には数日前に会ったばかりなのだ。
『なぜ、これが三回目だと知っているんだ』
 俺は怖くなった。
 隣でにこにこ笑っている幹夫の存在が怖かった。
これが本当に夢なのかが怖かった。
幹夫と接していることが耐えられなくなり、俺はその場に幹夫の教材を投げ捨てると急いで理科室に向かった。しかし全身から震えが止まらずしばらく廊下の隅でじっとしていた。理科室について仲間の顔を見ると安心した。俺の遅刻の理由を言ってくれる姿を見ると涙が出そうになった。それからの理科の授業中は平和だった。幹夫がいないから平和だった。
 笑顔を浮かべながら理科室から教室へと帰ってきた。するとちょうど幹夫も肘に包帯を巻き教室へと戻ってきた。
『保健室の場所も教えていないのに、あいつは保健室に行ってきたのだ。あの複雑な道を一人で行けるはずがない。やっぱり知っているのだ。幹夫はこの学校のことも、俺のことも、イジメがあることも。全部知っているんだ』
「寺田君、さっきはありがとう」
 幹夫が駆け寄ってきた。そしてまたあの台詞を吐いた。
俺の中で何かが崩れた。
思春期の俺達はいつも崩れかけの道を歩いているようなものだ。なるべく静かに、その道を壊さないように歩いているのだ。その道を幹夫の一言が無残にも崩していった。
俺は幹夫に向かうと怒りに任せて幹夫の筆箱を床に投げ捨てた。
『これも仕組まれていることなのだろうか』
 その後の幹夫に対するイジメは当然エスカレートしていった。今度はちっぽけな良心などに惑わされることはない。そんなものはとっくに崩れてしまったのだから。
 俺の毎日は幹夫をイジメることが中心になった。幸いイジメ仲間もいるし、クラスの連中も報復を恐れて密告する奴もいない。教師だって見てみぬ振りだ。そんな毎日を続けてどんどんと俺の心は、俺の崩れかけた道は崩壊していった。
 幹夫から金を奪い取ったときにはすでに何も感じなくなっていた。仲間と別れ、家に向かう途中で奪った金を投げ捨てた。
『俺が欲しいものはこんなもんじゃない。ただ静かに暮らしたかったんだ。幹夫がいるせいで俺の人生は滅茶苦茶になってしまった。なのにあいつはただのイジメられっ子なんだ。何も悪いことなどしていない。
 一体何が正しくて、何が間違っているのだろうか』
 家に着くと、待ちわびたように電話のベルが鳴った。俺は電話の相手が誰だかわかっていた。静かな声で電話に出る。
「はい、寺田です」
「寺田君。僕だよ。幹夫だよ。
 来てくれるよね。学校の屋上」
「ああ」
 俺は静かに答えると金属バットを手に取り学校に向かった。この金属バットで幹夫を殺してやりたかった。もう二度と俺の前に現れないようにしたかった。
そんなことを考えながらバットを引きずりながら歩いた。そして気がつくともうそこは学校の屋上だった。
「寺田君。やっぱり来てくれた。
その手に持っているのは何?」
 幹夫がすっとぼけた顔で聞いてきた。
「これは、こうやって使おうと思ってな」
 俺はそう言うなり幹夫に金属バットで殴りかかった。それは幹夫の頭に鈍い音を響かせてぶつかり、幹夫の額からは血が流れた。
 しかし幹夫は表情一つ変えず、額から流れ出した血を拭うこともなく笑っていた。俺はもう一度バットを振り下ろした。今度は幹夫の右腕に当たり、骨が折れたようで幹夫はだらんと右腕を垂らした。
しかし、幹夫は相変わらず表情を変えない。いやむしろ笑っているように見える。
俺が再びバットを振りかざすと、幹夫が左手を挙げて制止した。そして屋上の端へと進んでいく。
「寺田君。やっぱり君でもここまで追い込まれると悪魔になっちゃうんだね。
 はっはっはっ。面白いね」
「何が『面白い』だよ。もう二度と俺の前に現れられないようにしてやる」
 俺の振りかざしたバットは幹夫の左足にヒットした。しかし幹夫は相変わらずにたにたと笑いながら、自由のきかなくなった左足をひきづり屋上の端まで進んでいく。
「確かに僕を殺してしまうっていう方法もあるよね。でもその前に僕が自分でここから飛び降りたらどうなると思う」
「……」
 俺は幹夫の言葉の意味がわからず沈黙した。
「いつも悪夢は僕が飛び降りて終わりだったじゃない。っていうことは僕が飛び降りたらこの悪夢は終わって、また四回目の悪夢が始まるってことだよね」
 幹夫は話しながら屋上に身を乗り出し始める。それと同時に俺の思考も活動を再開する。
『つまりここで幹夫が自殺したら、また俺は最初からあの悪夢を繰り返さなければならないのか』
 幹夫はすでに屋上の縁に座るような形になっている。体重を少し傾けるだけで屋上から落ちていくだろう。
『ダメだ。幹夫を自殺させてはいけないんだ』
 俺のこの気持ちに鼓動するように全身が動いた。バットを投げ捨て幹夫のもとに駆け寄る。幹夫の体に手をかけ傾きかけた幹夫の体を精一杯引き戻そうとした。
その瞬間、幹夫がスッと俺の手を避けた。俺の全身の勢いは止まらず、幹夫を通り越して屋上から飛び出してしまった。俺の体は宙に浮き屋上から落下し始めた。
『あと数秒で俺は真下のコンクリートにぶつかり死ぬのだろう』
俺がそう悟ったとき幹夫の声が聞こえた。
「寺田君って、やっぱり優しい人なんだね」


「静かにしろ。ホームルーム始めるぞ。
今日から転校生がいる。関口幹夫君だ。
関口君みんなに挨拶して」
 関口幹夫という転校生はもじもじとしながら聞こえるか聞こえないかの声で名前を言った。
「それじゃ。関口君はあの席に座って」
 担任は空席を指差した。
その隣の席には花が飾られた花瓶が座っていた。この席の生徒だった寺田徹は数日前学校の屋上から飛び降りて、原因不明の自殺をしたのだった。
幹夫は俯きながら後ろから二列目のこの席まで歩いてきた。もちろんその途中では女子生徒の机にぶつかり誠心誠意の謝罪をしてきた。

次は一体誰がイジメっ子になり、イジメられっこになるのだろうか。
それは誰にもわからない。
クラス全員がそのどちらの可能性も持っているのだから。














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