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向日葵
作者:海堂莉子
初短編です。
「貴方はだあれ?」
 学校の花壇の前、そこがいつものあたしの特等席。校舎の壁にもたれて花の成長を見つめる。
 あと少しで、向日葵が咲きそうで、あたしは嬉しくて放課後毎日ここに来ていた。
 別に誰かに頼まれていたわけでもないのに、あたしはいつもそこの花たちに水を上げていた。用務員のおじさんとも仲良くなって、あたしからこの子たちの水はやりますと申し出たのだ。
 あたしの至福の空間。
 友人がいないわけじゃないけど、友人とお喋りするのが嫌いなわけじゃないけど、放課後の時間はあたしだけの時間。友人もそこのところは理解してくれていて、無理にあたしを誘ったりしない。きっと彼女たちには、変わった子だって思われてるのに違いない。
 そんなあたしの特等席に座って今にも咲きそうな向日葵を見ている男子がいた。
 あたしの知らない男子。だから、あたしは声をかけたの。
「貴方はだあれ?」
 その男子の向日葵を見ている姿がとても幻想的で、あたしはほんの少しだけ、向日葵の妖精が出て来たんじゃないかって錯覚した。
 でも、その男子はしっかり制服を着ていたし、背中に羽のようなものはついていないようだったので、ちょっとだけがっかりして、ちょとだけ嬉しかった。
「俺は高崎透たかさきとおる。君は渡辺葵わたなべあおいさんだよね?」
 高崎君と名乗る彼は、どうやらあたしの名を知っているようだった。
「どうしてあたしの名前を……?」
 あたしは、いつもの特等席をほんの少しずらした位置に腰を降ろし、高崎君の顔を覗き込んで問いかけた。
「君は、有名だからね。君は自分がどう言われているか知っている?」
「知らないわ。どう言われているの?」
「花の精」
 それを聞いて、あたしは思わず吹き出してしまった。
「ぷふっ、あたしが花の精だなんて。誰がそんな事言ったのかしら? でもね、ちょっと嬉しいかもしれないわ、その呼び名。本当にあたしが花の精だったなら、あたしは向日葵達とお喋りが出来たのかしら? そうだったら良かったのにね」
 あたしは、向日葵達が今何を感じているのか、何を欲しているのか、何に喜び、何に怒り、何に悲しんでいるのか知りたかった。きっと、こんな事を高崎君に言ったら変な女だと思われるんでしょうね。でも、それでもいいわ。あたしにはあたしの世界があって、その世界を全ての人が解ってくれるわけではないのだから。
 その前にきっとあたしは、もう既にいろんな人から変な女だと思われているに違いないもの。
「それで、高崎君はどうして今日はあたしの特等席に座っているの?」
 あたしが向日葵を愛おしそうに眺めながらそう聞くともなしに呟くと、高崎君はあたしの手を取った。
「君とお喋りをしてみたくなったんだ」
「まあ、高崎君は変わっているのね」
 あたしは男の人に手を握られた事なんてなかったから、たったそれだけのことで、ドキドキしてしまって、それを隠す為に笑ってそう言った。こんな小さなことで動揺しているとは思われたくなかったから。
「あたし、ジョーロに水を入れて来るわね」
 そう言うと、高崎君は、いってらっしゃいと手を振った。
 あたしの高崎君の第一印象は不思議な人。本当に最初に見た時は妖精だと思ってしまったし、あたしが、花の精だったら良かったのになんて言っても動揺していなかった。あたしがあんなことを言うと、みんなあたしのことを変な目で見ることをあたしは知っているもの。本当に、本当に不思議な人。
 ジョーロに水を入れてあたしが花壇に戻って来ても高崎君はまだそこに座っていた。あたしはそれを見て少しウキウキした気分になった。誰かと一緒にいてこんなに緊張せずにいられたことなんてなかった。友人とお喋りしている時でも、あたしはいつもどこかで緊張していた。だから、あたしは花壇にいる時が一番落ち着くんだ。
「高崎君はお花が好き?」
「花も好きだけど、君の方がもっと好きだよ」
 高崎君の臆することのない言葉と微笑みにあたしは一瞬ぼおっとなって、花壇の中に大きな水たまりを作ってしまった。
「あっ、やだ。高崎君が変なこと言うから。ここだけ、水浸しになっちゃったわ。ごめんね、向日葵さん。だけど、今日は本当に暑かったから、たくさん飲んでも大丈夫よね? お腹が一杯になったら隣り近所の向日葵さんにわけてあげてね」
 あたしが向日葵に話し掛けていると、高崎君の軽快な笑い声が聞こえてあたしは、立ち上がった。
 あたしったら、高崎君がいるのも忘れていつものようにお花に話し掛けてしまったわ。
「そうやって、君がいつも話し掛けているから、ここの花達は奇麗なんだな」
「うふふっ、そう言ってくれると嬉しいわ。あたしは花壇のお花達が大好きなの」
 あたしは水やりが済むと、また高崎君の隣に戻って来て愛おしくって花をずっと眺めていた。高崎君は多分無口なタイプの人みたいで、あまり話し掛けて来なかったけど、隣にいるとあたしと同じ事を考えているような気がして、ホッとした。一緒にいて苦には全くならなくて、寧ろ安らげる独特な雰囲気を持っている人だった。

 初めて高崎君と会ってから早いもので1か月がたっていた。
 あれからすぐに夏休みに入っていたが、あたしは毎日花壇に通っていた。先生や用務員さんの許可を得て花の水やりをしていた。ちょうど夏期講習もあったので、それが終わった後にいくらでも花を眺めていることが出来た。
 高崎君は、あたしが花壇に行く時には必ずあたしの特等席だった場所に座っていた。あたしはあたしの特等席を高崎君に譲り、高崎君の隣りがあたしの特等席となった。
「高崎君は、夏休みどこかに遊びに行ったりしないの?」
「うん、ここにいて君とお喋りしている方が楽しいよ」
 高崎君は、あたしとのお喋りが楽しいというけど、実際あたしたちはどちらも無口だから、そんな大してお喋りはしない。それでも、最初の頃よりも心が近くになった気がするし、気の置けない友達になったような気がしてあたしは嬉しかった。
 だけど、高崎君の顔色が少しずつ少しずつ悪くなっているような気がして気になっていた。
 あたしは、最近ある一つの可能性を心の中に秘めていた。
 もしかしたら、高崎君は本当に向日葵の妖精なんじゃないかということ。
 夏休みに入って、向日葵達は次々に花を開いて美しい姿をあたしに見せてくれた。向日葵は美しい姿を見せた後、徐々に枯れて行った。まだ、美しい花を見せてくれているものもある。高崎君の表情の変化は向日葵達がかれ始めた頃から出始めていた。
 これはただの偶然、それとも必然?
 もしも、本当に高崎君が向日葵の妖精だったなら、向日葵の花が終わってしまったら、高崎君も姿を消してしまうということなの?
 それを考えたら、あたしは胸の奥がずんと重くなり、しくしくと痛みだした。
 あたしの仮説が正しければ、高崎君はあたしの前からいなくなってしまう。

 そんな風に考えている間に、夏休みは呆気なく終わり、新学期が始まった。
 授業中は、あたしは花壇に行く事が出来なくて、早く高崎君に会いたくて仕方がなかった。
 こんな風に誰かに強く会いたいと思ったのは初めてだった。
 実はあたしは、新学期が始まるその日から高熱を出し、1週間家で寝込んでいたのだ。今日が、久しぶりの登校だった。花壇がどうなっているのかが気になったし、高崎君のことも気になった。
 そわそわと授業を聞いて、漸く帰りのホームルームを終えると、あたしは一目散に花壇を目指した。
 あたしは、花壇を目の前にして、立ち尽くしていた。
 花壇が……、向日葵が……ない。
「ああ、渡辺さん。風邪はもう良くなったのかい? 1週間も姿を見せないから心配していたんだ。向日葵はもう終わってしまったから、整理しておいたよ。次の花はどうする? いつものように君の好きな種を買ってきてくれるかな?」
「はい、風邪の方はもうすっかり良くなりました。次の花のことは、はい、あたしが種を買ってきて植えますので」
 そうか、じゃあ頼んだよ、といって用務員さんが去って行った。
 真っさらに耕された花壇。向日葵は跡形もなく消えていて、高崎君の姿はどこにもなかった。
―――私は、高崎君が……好きだったんだ。高崎君が人間だろうが、妖精だろうが、あたしにはどうだっていいことだった。ただ、あたしの気持ちを聞いて貰いたかった。もう、会えないの?
 あたしは、その場でしゃがみ込んで泣いた。高崎君が消えた。あたしにお別れも告げずに……。
 以前にも増して塞ぎ込んでしまったあたしを、友人たちは心配していたけれど、あたしは笑顔を返す事すら出来なくなっていた。
 もしも、高崎君が向日葵の妖精だったら、来年の夏にまた会えるのかしら?
 あたしが、高崎君のことを考えない日はなかった。
 会いたい、話したい、会いたい、話したい、会いたい……。

 そんなある日の昼休み、友人たちが写真を見ていた。それは1学年前のクラスメイト達と撮った写真なのだと言っていた。
 あたしは、大して興味もなかったが、これ以上友人達に心配をかけさせるのもイヤで、ただぼんやりと見ていた。
 その写真は、あたしを驚愕させた……。
 あり得ないわ。だって、こんな事あり得ないわ。彼は……、高崎君は向日葵の妖精だったんじゃなかったの?
 その写真の中には、笑顔で写るほんの少しだけ幼さを含んだ高崎君の姿があった。
「この人は? この人は誰?」
 友人達はいつもは無口なあたしが突然勢い込んで問いかけて来たので、目を点にしていた。
「高崎君だよ。葵知ってるの、高崎君のこと?」
「高崎君。彼はこの学校にいるの? 何年何組? 何処に行けば会える?」
 あたしは、必死だったの。高崎君に今すぐにでも会いたかった。高崎君が人間だったなら、どうして花壇に来てくれないの? どうして、高崎君が来なくなったのか知りたかった。
「高崎君ね、この学校にいるけど、今は学校来てないらしい。なんかね、夏休みに入るちょっと前だったと思うけど、交通事故にあって入院してるって聞いたよ。意識が戻らないって聞いたけど、その後どうしたかな? その話を聞いたの新学期に入ってからだけど、もう意識戻ったのかな」
 高崎君が交通事故……? あたしが高崎君に初めて会ったのは、夏休みに入るちょっと前だった。入院している人が、学校の花壇にこれるなんて、そんな事ってあるのかしら……。
「高崎君が、どこの病院に入院しているか知っている?」
「う〜ん、私は知らないけど、知ってそうな奴なら知ってるよ。聞いてみようか?」
 うん、お願い、とあたしは大きな声で叫んだ。あたしが大きな声を張り上げる事なんてない。先程までのあたしの異変に友人達は驚き、そして、少し嬉しそうだった。
 高崎君の元クラスメイトだったというあたしの友人は、あたしの必死な姿を見てすぐにその人に聞きに行ってくれた。

「高崎君は、第一総合病院に入院しているんだって。302号室だって。葵、高崎君のこと知ってるの?」
「高崎君とあたしは友達なの。ううん、あたしね、高崎君に恋……をしているみたいなの」
 友人に恋の話をするのは初めてで、恥かしくて顔を真っ赤にして俯いた。誰も何も言わないので、そろそろと顔を上げると、みんなあたしを見てにこにこしていた。
「どうして笑ってるの?」
 あたしは小さな声で呟いた。
「葵が最近ずっと変だったから、心配してたんだよ。そっかぁ、恋をしてたんだね。納得した。私ね、嬉しいんだよ、葵。自分のことを私達に話してくれた事、誰かの為に必死な顔をしている葵を見れたこと」
 あたしはいつもみんなを心配させていたんだ。あたしはあたしの勝手で自分の中に閉じこもっていたのに、それをじっと見守ってくれていた。あたしはこれまで友達はちょっと面倒臭いものだって思って来たけど、本当はとっても大切なもので、とっても嬉しいもので、とっても頼りになるもので、とにかくあたしにはとっても必要なものだったんだって、馬鹿みたいだけど今になって初めて気付いた。
 それはきっと高崎君のことがなければ気付けなかったことなんだと思う。
「ごめんね。心配かけて。ありがとう、嬉しい。あたし口下手で、きっとみんなはあたしをみて苛々するんだろうなって思ってたの」
「そんなことないよ。葵が嬉しそうなら私達も嬉しいし、葵が悲しそうなら私達も悲しい。友達ってね、その時々で感情を共有するもんなんだ。一人では辛いことだけど、二人いればそれが半減される。それが三人、四人ってなれば、もっと気持ちが楽になるんだよ。その為に友達がいるの。その為に私達は葵の傍にいるんだよ。私達は口下手で無口な葵がとても好きなんだよ」
 友達という存在がこんなに素敵なものだなんて知らなかった。あたしはいつも一人で生きていると思い込んでいたのかもしれない。そんな筈ないのに。
「あのねっ、あたし不思議な体験をしたの。高崎君に花壇で会ったの。夏休み中ずっと彼はあたしの傍に居てくれたの」
 信じるわけがない。高崎君は夏休み中ずっと入院している病院にいたのだから。意識がなくて、病院の外に出ることも話す事も、目を開けることも出来なかったのだから。あたしの話は夢の中の話だったとそう言われるに決まっている。
「そっか、じゃあ、高崎君会いに来たんじゃないかな、葵に。幽体離脱って知ってる?」
 あたしは頷いた。魂が体から抜けて魂だけがあたしの元に来たというのかしら? あたしに会いに魂の高崎君が花壇に来てくれたの?
「そうかもしれないよ。解らないけど。高崎君に会いに行っておいで。一人で行ける?」
 あたしはもう一度頷いた。一人で行ける、ううん、一人で行きたいの。高崎君に会いに。

 あたしは放課後、ホームルームが終わるやいなや自分でも驚くような速さで教室を出た。
 友人達があたしを見て微笑んでいる。頑張っておいでっていう無言のエールをあたしは受け止めた。
 第一総合病院は学校の前にあるバス停からバスに乗って、15分くらいの場所にある。バス停に並んでいるのに、そわそわしてじっとしていられなかった。
 早く会いたい……。
 そう言えば高崎君が今どんな状態にあるのか詳しく聞いていなかった。夏休み中意識が戻らなかったって聞いたけど、その後どうなったのかはしらない。あたしが熱を出して寝込んでいる間に高崎君は姿を現さなくなった。友人が言ったように高崎君が幽体離脱していたとするならば、彼が現れなくなったのは意識が戻ったからか……、それとも、高崎君が……死んで……しまった?
 不吉な考えを掃い落すようにあたしは首を激しく振った。
 やがてバスが来て、あたしはバスに乗り込んだ。ホームルームが終わって真っ先に走って来たものだから、まだ帰宅する生徒は疎らだった。これがもう一つあとのバスだったら恐らく座ることすら出来なかっただろう。
 あたしはバスの窓から流れる景色をただぼんやりと見ていた。
 気を緩めると先程考えてしまった不吉な考えがあたしを悩ませる。そんなことは絶対にないって信じているけど、それが本当だって考えたら……。息が出来ないほど苦しかった。
 あたし……、こんなに高崎君のことが好きだったんだ。自分でも全然気付かなかった。一緒にいて安心できる人。気の置けない人。楽しい人。まさか、それが好きだってことだなんて気付きさえしなかった。もっと色んな話がしたかった。もっと笑顔が見たかった。
 高崎君があたしを好きじゃなくても構わない。ただ、偶然あたしの所に来てくれたのだとしても構わない。両想いじゃなくてもいい。高崎君に想いを伝えたかった。好きですと。
 15分のバスの旅はすぐに終わってしまった。バスを降りるとすぐ目の前に第一総合病院がある。この病院の302号室に高崎君がいる……筈。病院の隣の花屋によってお見舞いのお花を買った。
 病院内に入り、2階のナースステーションに向かった。
「すみません。高崎透君は302号室で間違いないでしょうか?」
「はい、高崎君ね。ええっ、そうですよ。302号室です。3階の奥から2番目の病室ですよ」
 ありがとうございます、とぺこりと頭を下げた。
 良かった、高崎君はここに入院していた。ここに入院しているってことは死んではいないってこと。ほんの少し安心した。
 1階上がるだけなので、階段を使った。看護師さんが言ったとおり奥から2番目の病室の前に立つと、病室の札が高崎透と記されていた。その他の名札がない所を見ると、個室なんだろうと思った。
 あたしは一つ大きな深呼吸をして病室の扉をノックした。
「はい、どうぞ」
 女の人の声がした。
 考えてもいなかったけど、高崎君のお母さんかお姉さんか妹か、それとも高崎君の彼女とか……。
 あたしはその場で固まってしまって動けなかった。高崎君のことしか考えていなかったから、その他の高崎君の周りを取り巻く環境のことなど欠落していた。
 あたしが中々入って来なかったものだから、病室の内側から扉ががらりと開いた。
 目元が高崎君に似ている優しそうな女性が扉の前で突っ立っているあたしを見て驚いていた。
「母さん、誰か来たのか?」
 久しぶりに聞く高崎君の声だった。高崎君の位置からちょうどお母さんに隠れてあたしは見えないようだった。
「あのっ、突然すみませんっ。あたし、高崎君の学校の友人で、渡辺葵といいます」
 あたしは、おずおずとお母さんに向かって頭を下げた。持っていたお花をお母さんに手渡す。
「まあっ、透。渡辺さんって方が来てくれたわよ。お花も頂いちゃったわ。まあ、奇麗な向日葵ねぇ」
 どうしても高崎君にあげるなら向日葵が良かった。向日葵と言えば高崎君。高崎君と言えば向日葵。そう思っていたから。
「どうぞ入って。9月に入って、意識が戻ったのよ。もともと全然体に外傷はなかったから。少しリハビリしてそしたらすぐに退院出来るの」
 あたしはお母さんに促されて、高崎君のベッドの前まで歩いて行った。あたしが考えていたよりも回復しているようで安心した。
 久しぶりに見た高崎君の笑顔に涙が出そうになった。
 その気配を感じたのか、お母さんが、ジュースでも買って来るわね、と言って病室から出て行った。
「高崎君……、ずっとここにいたの?」
「そうだよ。突然、姿を現わせなくなって君が心配してるんじゃないかって思ってた」
 高崎君は見慣れないパジャマを着ていて頭が少しぼさぼさだった。でも、あたしの会った高崎君がそこにいた。
「どうして、花壇に来てくれたの? どうやって?」
「解らない。君に会いたかったんだ。俺は君が俺を知るずっと前から君を見ていたんだよ。君が花壇の世話をする姿を見るのが好きだった。一度も話したこともなかったけど、ただ眺めているだけでも幸せだったんだ。だけど、交通事故に遭った瞬間、ああ、俺は死ぬのかなって思った。その時に、すごく強く君に会いたいって思った。何で声をかけなかったんだろう。どうしてきちんと好きだって言えなかったんだろう。ずっとそんなことを考えていたんだ。そして、気付いたら俺は花壇の前にいた。ここは君が大好きな花壇だって思っていたら、君が来たんだ。あそこにいたのは俺の魂だったんだと思う」
「幽体離脱?」
「うん、そうかもしれないな。よく解らないけど。でも、そのお陰で俺は君に会えたし、話す事が出来た。友達になれたと思う。新学期が始まったら俺の気持ちをきちんと伝えようって思っていたんだ。だけど、その前に俺の魂は俺の体に引き戻された。この体に入ってしまったら、君には会えないし、この病院から出させてさえくれない。俺はずっと君に会いたかった。俺は、君が大好きだ……」
 あたしを高崎君が見ていてくれた。あたしに会いたいと思ってくれていた。
「あたし初めて会った時、高崎君は向日葵の妖精だって思った。本気でそう思ったのよ。優しくて笑顔が大きくて明るい本当に向日葵のような人だって思った。あたし、無口で口下手で人との接し方が下手くそだけど、高崎君といると凄く安心した。夏休み中、高崎君と会えるのが楽しみだったの。新学期早々あたし酷い風邪をひいて寝込んでしまったの、1週間くらい。久しぶりに学校に行ったら、花壇の向日葵は用務員さんによって整理されていて、高崎君もいなかった。高崎君はやっぱり向日葵の妖精なんだって思った。だから、向日葵の咲く季節じゃなきゃ来てくれないんだって。会えなくなって初めて気付いたの、自分の気持ち。高崎君に会いたくて会いたくて仕方なかった。高崎君がいない毎日が酷くつまらないものに感じたの。……あたしも、高崎君が大好きなの……」
 高崎君が嬉しそうに微笑んだ。高崎君は向日葵が枯れた後にもその笑顔は向日葵を咲かせていた。高崎君の向日葵は枯れることはないんだって思ったら嬉しかった。
「俺、花の中で一番向日葵が好きなんだ。何でか解る?」
 あたしは首を横に振った。
「向日葵って漢字で書くと、最後の文字は、葵だろ? 向日葵の中には必ず君がいる。だから、好きなんだ。君は俺を向日葵の妖精だと思ったって言っていたけど、俺に言わせると君の方が妖精っぽいよ」
 向日葵の中にあたしがいる……。気付かなかったな。そんな風に高崎君が思っていたなんて。
 あたしの中で向日葵は特別の花で、高崎君の中でも向日葵は特別の花だった。
 もしかしたら、向日葵が、あのあたしが一生懸命に育てた向日葵が二人に奇跡を起こしてくれたのかもしれない。
 あたしも、高崎君も本当の向日葵の妖精ではないけれど、あの花壇には、姿を現さないだけで本物の妖精がいたのかもしれない。あたしたちを見守ってくれていたのかもしれない。きっと、毎年あたし達を見守ってくれるような気がする。
「今、花壇には何も植えてないの。高崎君が退院したら一緒に植えたいの。いい?」
「勿論。じゃあ、早く退院しないといけないな」
 高崎君の退院の日は近い。
 あたしたちはあの花壇に花の種を撒くんだろう。そして、二人の特等席に座って、花の成長を見ながら他愛のないお喋りをする。
 あたしたちは花を見ているけど、きっと花達もまたあたしたちを見てるんだよね。
 あたしたちが喧嘩したら、花達はハラハラして、元気がなくなってしまうかもしれない。
 あたしたちがイチャイチャしてたら、花達は恥ずかしくて目を逸らしてしまうかもしれない。
 そして、あたしたちのほんの些細なお喋りを一緒になって聞くんだよね。
 来年の春になったら、また向日葵の種を撒こう。今度はきっと本物の向日葵の妖精が姿を現してくれるんじゃないかしら。

 その時は、二人で御礼を言わなくちゃ……。

 二人を巡り会わせてくれてありがとう……って。











〜終わり〜
こんにちは。読んで下さって有難うございます。
初短編です。今まで、短編は難しいからと避けて通ってきましたが、気紛れに書いてみました。
うちのベランダに植えた向日葵の種がもう少しで花を咲かせます。その向日葵を見ていて、浮かんで来たストーリーです。
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