挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
紅き血に口づけを ~外れスキルからの逆転人生~ 作者:りょうと かえ

覚醒と帰還

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

14/103

冷たく、願いを

 すでに僕の呼吸は浅く、早くなっている。
 ほいほいとアルマについてきたことを、後悔し始めていた。

 こんな館は、ディーン王国の王都にはない。
 濁った血を連想させる建物の赤茶色は、吸血の象徴だろう。
 まさにヴァンパイア達の欲望が、具現化したような建物だった。

 アラムデッド王宮とも、全く違う空気だ。
 湿って、まとわりついてくる。

「さぁさ、どうぞいらっしゃい。怯える必要はありませんわ」

 女性の裸体像が乱立する中、黒の日傘を肩に、朗らかにアルマが促す。
 雪の妖精のように可愛らしいアルマだが、なんと場違いなんだろう。

 僕は一度、馬車を振り返る。
 不安が胸に迫ってくるが、アルマの許しなしにはもう戻れない。

 今回だけ、一目だけだ。
 僕は自分に言い聞かせて、歩き出した。

 館の庭は、そう広くはない。
 スキップするように軽く歩くアルマに比べて、僕の足取りは重い。

 僕たちが近づくと大きな扉が、中から開かれる。
 外とはうってかわって、内装は豪華に見事なものだった。

 真っ赤な絨毯がしきつめられ、木材も光沢がある。
 森の薄暗さとは対照的に、きらびやかに光も満ちている。
 まるで舞踏会や、晩餐会の会場のような高級感だった。

「ようこそ、お待ちしていました」

「……うわっ!?」

 僕は思わず、顔を背けてしまう。
 現れたのは猫族の獣人の女性だった。

 問題なのは、服が透け透けであったことだ。
 きわどいところだけは、生地が濃くなって隠されていたけれど。

 ちらっと視界に入っただけだが、美しい妙齢の女性だった。
 金色の尻尾が、輝いているようだ。
 胸も大きく谷間を作っていたと思う。

 彼女は黒塗りの文書を入れる筒を、アルマに手渡した。
 多分、中にあるのは契約魔術の書類だろう。

「ちょ、ちょっと……!」

「刺激が強すぎましたか?」

 こくこくと、僕は頷く。
 いくらなんでも、大胆過ぎる。

「彼女でも、いいんですのよ?」

 ひらひらと手を振りながら、アルマは先に進んでいく。
 全く、なんという冗談だ。

「あの……何か、お気に障りましたか?」

 女性が、近づいて心配そうに覗きこんでくる。
 谷間が強調され、くねる腰つきに目が吸い寄せられそうになる。
 ふりふりと揺れる尻尾や、ぴくつく猫耳も人間にはないゆえに、気になりそうだった。

「い、いえ! 大丈夫ですからっ!」

 獣人族は、情熱的でそっち方面は色々すごい種族らしいけど……。
 いきなり誘惑にあうとは思わなかった。

 筒をくるくると回すアルマを急いで追いかけ、大階段を昇っていく。
 手すりには毛皮がかけられており、よい触り心地だった。

 所々に燕尾服を着たヴァンパイアがおり、彼らのお辞儀を受けながら奥へと行く。
 途中、他の客に会うことなく二階の大部屋へと通された。

 ぴたりと僕の足が、部屋の入り口で止まる。
 王宮での僕の部屋に、よく似ていた。

 いや、細かい調度品や僕の持ち込んだものをのぞけば、そっくりな部屋だった。
 間取りはおろか、ベッドやタンスさえも。
 窓の形やカーテンでさえ、見間違えるほどだ。
 背筋に冷たい汗が流れる。

「これ、は……」

「どうです? この部屋なら、少しはリラックスできるのではなくて?」

 どうやら、嫌がらせの類ではなくて本気で言ってらしい。
 なるほど、昨夜僕が飛び降りようとした窓も、そのまま再現されている。
 イライザを押し倒したベッドもだった。

 頭の中が、急速に冷えていく。
 今の僕なら、この部屋で誰に誘惑されても振り払える。

 黒い思い出と気持ちがふつふつと湧き上がる。
 でも表情に出してはいけない、ここを出るまでは。

「入口で立っていては、呼べませんわ。ささ、こちらへ」

 アルマが両手を取り、ベッドへと連れて座らせる。
 さすがに、枕に涙の跡はない。

 アルマが僕の前に立ち、ぱちんと指を鳴らす。
 それは部屋の外への合図だった。

「失礼……します……」

 透明感のある、よく透き通る声だった。
 入り口に目をやると、一人の少女が立っている。

 白い耳が尖り、腰まで流れる髪は薄い金色だ。
 顔つきは、確かに知的な趣がある。

 それよりも目や鼻、口が整い過ぎていた。
 自然に生まれたとは思えないほど、バランスが魅惑的なのだ。

 僕は彼女がエルフ、それも貴族の出身だとすぐにわかった。
 金髪こそ、エルフでは高貴な血筋の証なのだ。

 年は、僕とほとんど変わらない。
 背恰好はちょっと小さいくらいだろう。

 さきほどの女性と違って、服は露出しているわけではない。
 ただ来ている服の生地が薄すぎる。

 ふっくらとした胸と細い腰つきとふとももが、まるわかりだ。
 さらに装飾の類は一切ない。
 身体だけがくっきりとわかってしまう、街中ではとても歩けない服だった。

 彼女はぺたぺたと静かに歩き、アルマの隣へと並ぶ。
 顔からは、緊張や不安はうかがえない。
 というより無表情に近い。

「彼女の名前は、シーラですわ。見てのとおり、純血のエルフですわ」

「よろしくお願いします……」

 シーラは手を膝に乗せて、丁寧なお辞儀をする。
 薄い布生地から、色々こぼれそうだった。

「では、ジル様にはこれをお渡ししますわ」

 アルマは黒塗りの筒を開けて、中から一枚の紙を出した。
 古ぼけた紙からは、かすかに魔力が放射されている。

 魔力を含む樹で作られ、魔術文字が書きこまれているのだ。
 ディーン王国でも見たことがある、契約魔術の書類のようだった。

「すでにいくつかの項目でシーラは縛ってありますが、好きなように書き換えてもらって構いませんわ」

「……はい」

「私は先に戻っていますわ。馬車は用意させておきますから、後はどうぞごゆっくり……」

「あっ……」

 言うや、アルマはひらりと舞うように部屋から出ていった。
 残されたのは僕とシーラだ。

 魅力的な女の子だけど、彼女を抱くつもりは僕には毛頭なかった。
 お互いに向かい合うまま、気まずい時間が過ぎていく。

「ジル様……私を抱きはしないのですか」

 胸に手を当て、シーラが僕に近づいてくる。
 淡々としており、心の動きが感じられない喋り方だ。

 すました顔でこういう状況でも動揺しない芯の強さ、それに喋り方。
 どことなく、妹に似ていた。
 なおさら、抱こうというという気は失せていた。

「……そうだよ」

「それなら……お願いがあります」

 シーラは、見事な動きで床に平伏した。

「私をこの国から……残酷なヴァンパイアの国から、連れ出してください」
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ