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LOST COIN -tail-
作:早村友裕



SECT.14 家ニテ待ツ者


 プルガトリオ・ゲートを通り過ぎてまず向かうのはねえさんの屋敷だ。
 二人をそこで下ろしてから自分は屋敷に戻る。
「王様に謁見するときは、そんな服じゃだめよ」
 ガキの服は淡いグリーンの短衣に黒のハーフパンツとジーンズのジャケットで、左手は包帯を巻き右手には黒い篭手をしている。
 とても王に謁見する服とは思えない。
「んじゃどんな服がいいの?」
「そうねえ。私は天文学者の正装があるのだけれど……あなたはどうしようかしら」
 ねえさんは考えあぐねているようだ。
 王に謁見するときのレメゲトンの正装は黒いドレスに黒いマントが一般的だ。
「本当ならドレスがいいのだけれど、私の服はすべてオーダーメイドだから……合うかしら?」
「ガキに合うわけがないだろう」
 どう見ても身長も体型も違いすぎる。
 するとねえさんはにやりと笑いながら言った。
「あら、ラックはこう見えてスタイルいいのよ!」
「そんなことは言っていない!」
 いったいどこをどう曲解したらそうなるんだ。
「まあそんなことどうでもいいけれど……」
 どうでもいいならいちいち言うんじゃない!
 当の本人はまたもきょとんとして阿呆面をしてねえさんを見上げていたけれど。
 本当に何も分かっていないような顔を見ているとその額をはたいてやりたくなる。きっといい音がするはずだ。
「大丈夫よ、ラック。私が服を見繕ってあげますからね」
「うん!」
「あの変態おにーさんの事なんか放っておいていいのよ」
「はあ?!」
「へんたい?」
 ガキは首をかしげた。
 肩までの黒髪がさらりと揺れた。きっと細身に象牙色の肌と黒髪だから黒のドレスはよく似合うだろう。
 くそ、こんなこと考えていたらねえさんの思う壺だ。
「いいのよラック。分からなくても」
「そ?」
 ねえさんに頭をなでられて嬉しそうなガキを見ていると本当にいらいらしてくる。
 馬車は大きなファウスト家の屋敷の門を抜け、そこからよく手入れされた庭を抜けて、大きな建物の前で停止した。
「アレイさんは?」
「俺は自分の家に戻る」
「昼食前には迎えに来てね、アレイ」
「分かっている」
 ねえさんは俺のことを御者か何かと勘違いしてやいないだろうか?
 まあ、いい。
 とにかくつい先日帰ったばかりの実家へ戻ることにしよう。忙しい両親のことだ、おそらく家にはいまい。姉も2年前に結婚したから家はもぬけの空のはずだ。
 見慣れたドアを自分で開けると、意外な声がした。
「お帰りなさい、アレイ」
「……姉上」
 玄関で自分を迎えたのは結婚して今は家にいないはずの姉だった。
 淡い緑のふわりとしたドレスが淡いこげ茶の髪によく映えている。ゆるくウェーブがかかった髪を結い上げて、金のバレッタでとめていた。
 華奢な首に妖精フェアリィの羽を模したペンダントをしている。
「ありがとう、これ……貴方でしょう?」
 姉はペンダントを指した。
 身内の自分が言うのもなんだが、姉は美人だ。レメゲトンのねえさんが気の強い姉御肌なら、この実の姉は穏やかですべてを包み込むような温かいオーラの持ち主だ。
 気立てがよい美人で、学問にも秀でた姉が実のところ少し苦手だった。ふわりとした柔らかな雰囲気を持ちながらまるで自分の全てを見透かされているように感じるところもさらに近寄りがたくなる原因だろう。
「誕生日、でしたから」
 ほとんど年の離れていない姉はつい先日に25歳の誕生日を迎えた。
「もう、差出人の名前もないものだから困りました。恥ずかしがりは直っていないようね、アレイ」
 ころころと鈴が鳴るように笑う姉を見て妙に気恥ずかしくなる。
 自分と同じ紫の瞳を見つめていられなくなって少し視線をはずした。
「ちょうど1年ぶりかしら。そう、去年も誕生日には贈り物だけ届けてくれたわ」
「忙しく国内を回っていますから……」
「でも、もう落ち着くのでしょう? クラウド様にお聞きしたわよ」
 クラウド様、というのは姉の結婚相手――つまり自分の義兄にあたる人物だ。
「クラウド様もお元気ですか?」
「ええ、貴方が帰ってくると聞いて喜んでいたわ」
「光栄です。落ち着いたらご挨拶に参ります」
「ぜひ、その時は新しい子を連れてきて。ぜひ会ってみたいわ」
 もうそこまで話が届いているのか……義兄のクラウド=フォーチュンは王都に駐留する二つの騎士団のうちの一つ、漆黒星ブラックルビー騎士団長であるのだから当たり前といえば当たり前だが。
「どんな子なのかしら?」
「……」
 問われて困った。
 おそらくあのガキを端的に表す言葉は『阿呆』か『鳥頭』のどちらかだとは思うが、さすがに実の姉の前でそれを言うのははばかられた。
 困った顔からいったい何を読み取ったのかは知らないが、姉は質問を変えてきた。
「かわいい子なの?」
 かわいい……か?まあ容姿だけなら認めてもいいだろう。
 事実はじめて見た時には心惹かれるものがあった事実は否めない。それが恋愛感情とはかけ離れたところにあったとしても。
「黒髪に象牙色の肌を持つ非常に美しい少女です。口さえ開かなければ」
「あら、何か含みのある言い方ね」
「何と言うか、その、知恵遅れというか……精神年齢がいささか……」
 しどろもどろになると姉は蕾がほころぶように微笑んだ。
「珍しいわね、貴方が言い淀むなんて。どんな子か楽しみだわ。ファウスト女伯爵が大切に育てたというグリフィス家の末裔でしょう?」
「はい。3年前全ての記憶をなくしていたところをファウスト女伯爵が発見したと聞いています」
「王家から隠蔽するなんて本当にとても大切に育てたのね」
「そうですね」
 ねえさんがガキを溺愛していることは一目瞭然だ。
「じゃあその子に手を出したらただじゃすまないわね、アレイ」
「え?」
 どこかで聞いたような台詞にどきりとした。
「楽しみだわ、アレイのお気に入りなんて」
「え?」
 どうしてそんなことになったんだ?
「素直でかわいい子だといいわあ。義妹になるかもしれないんですもの」
「はあ?」
 いったいどこをどうしたらそこまで飛んだ話になるんだ。
 本当にこういうところはねえさんと実の姉とがそっくりだと思う。と、言うかこの二人がそろうと実際かなり危険である。それは子供の頃から叩き込まれてきたことだ。
「……」
 どうにかしてこの姉とレメゲトンのねえさんとあのガキを会わせずに済む方法はないか。
 ガキよりはかなりよくできているはずの頭をフル回転させてみたが全く思いつかなかった。







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