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 久々の更新で申し訳ないです。どうにか更新ペースを上げていきたいとは思っているのですが……。
不機嫌な明希の一日
作:DYNAMIS


 けたたましい目覚まし時計の音で起こされる。うるさいなぁ、と思いバシッと多少力を入れて叩く。軽くいらつきを発散したところで、わたしがこのけたたましい音じゃないと起きれないことを思い出し、その自分の特性に呆れる。
 とりあえず布団の中で伸びをして、もそもそと起きだす。頭はまあまあ起きたものの、まだまだ体は眠たいらしい。布団から出ることをまだ拒んでる。それを無理矢理引きずり出し、ガラス戸を開け、雨戸を開け、体に太陽の光を浴びさせようとする。が、外は完璧な雨模様。しかもドラマでわざと降らせているような、少し現実味に欠ける大雨。湿気がすごい。そろそろ梅雨の季節だとは思っていたが、これじゃあ梅雨を越えて夏の台風じゃないかと思ってしまう。わたしは再び雨戸を閉め、ガラス戸を閉め、布団をたたむ。部屋の中は暗いが、もう慣れた部屋。もし洞窟みたく完全に光が入らなくても、わたしだけは動けるだろう。何度か足はぶつけるかもしれないけど。
 まだ眠りを欲する体をどうにかこうにか操ってリビングへと向かう。重い足取り。足かせが付いてないか疑うぐらいに重い。これで実際付いていたらかなり笑えるが、そんなはずはない。ただ単に重く感じるだけ。ささやかながら、体が抵抗しているらしい。諦めてくれたっていいのにさ。

「おはよ〜」
「おはよう、明希」
 リビングに入ると、母がテレビを見ていた。朝の情報番組。チャンネルはいつもと同じ。父がそこに投資をしているかららしい。だけど、視聴率は一部世帯に渡される何かよくわからない機械で集計していると、どっかで聞いた覚えがある。そうなると、単なるこだわりな気がする。まあ、不満ってわけじゃないけど。
「今日は一日中雨みたいよ。場所によっては注意報が出てるみたい」
「ふ〜ん」
 母の話に興味ないわけではないが、それで今日学校が休みになるわけじゃあない。台風じゃないし警報が出てるわけでもないみたい。単に雨脚が強いってだけ。面倒な上に何の得にもならない。得するとすれば傘屋ぐらいなものだろう。あとはあじさいあたりが喜んでるかもしれないくらいかな。
 椅子にどかっと座り、テーブルにあごを乗っける。父がいたら「行儀が悪い」と怒られるだろうけど、もう会社へ行ったのだろう。父の椅子の上に鞄はなかった。
「眠そうだけど、ご飯は食べるわよね」
「ん」
 小さくうなずくと、母はキッチンに向かい、ご飯一式を持ってきてくれる。わたし自身はお腹が空いているのかどうか、眠たくてよく分からないというのが本音。だけど、食べずに学校行ったら、昼までおなかが空かずにいられる自信はこれっぽっちもない。食べていてもお腹がなってしまうことだってあるくらいなのに。
「はい。お待たせ〜」
 今日の朝ごはんは茶碗一杯のご飯と味噌汁、それから白身の魚。純度100%の和食。嫌いではないけど……。
「もうちょっとぱぱっと食べれるのにしてよ。時間がないんだから〜」
 主に魚の骨が。鮭とかだったらいいのだけど、目の前にあるのは紛れもなくあじの開き。一度目を閉じ再び開けてみるけど、やっぱりあじの開き。
「でも、好きでしょ?」
 それを言われると反論できない。事実だから。でも、時間がないのも同じく事実。ということは、やっぱり。
「急いで食べるしかないのかぁ……」
 聞こえたのかは分からないけど、母はにっこり微笑んでる。ちょっとだけイラつく。あくまでちょっとだけ。わたしが自炊なんて到底無理だろうしなあ。本来は感謝しなくちゃいけない立場なのかな、やっぱり。
「あらあら、そんなに急いで食べなくても。はしたないですよ」
 どうせ仕組んだくせに。口に出して言っても、どうせ言いくるめられてしまうので、あえて言わない。朝っぱらからからかわれてるみたいで、何かちょっと嫌な感じ。

「さて、続いてはお天気のコーナーです。佐藤さん、お願いします」
 魚の身を一切れ口にくわえたまま、テレビを見る。天気はちょっとだけ気になる。一日中雨とはさっき母が言っていたけど、これからどう変わっていくのか。多分これ以上にひどくはならないだろうけど、弱くなるのかどうか。できれば早く止んでほしい。やっぱり雨は好きじゃない。湿気るのは嫌い。今日は雨でも明日には晴れてほしい。別に明日が特別な日とかってわけじゃないけど。
「はい。関東地方は今日一日中雨。太平洋上に発生した熱帯低気圧は、台風並の勢力で関東地方に接近しています。お出かけの際は十分お気をつけ下さい。ではまず、気象衛星からの映像です」
 渦巻いてる雲が関東地方にかかり、さらに近寄ってきているのが分かる。この調子じゃあ明日も雨かなあ。あまり湿気ているのも、なんだか嫌。今日は何かと不快指数が高い日らしい。わたしの様子を見てかどうかは知らないけど、母は再び微笑んでいる。なんだか悔しくて、もう一切れ魚を口に放り込む。
 ん。骨が一本紛れ込んでいた。どうも今日は運がない。

「以上、佐藤がお伝えしました。それでは私も気になる今日の運勢です。どうぞ〜」
 奇妙な音楽が流れ、ちょっとだけ楽しみにしていた占いの時間。ちなみにわたしは占いを信じる派。でも、運気が悪いときは信じない。だって同じ星座の人が全員同じ運勢のはずがない。だからわたし以外の天秤座の人は運勢が悪いと考える。マイナスな空気をわたしは占いで持つつもりなんてさらさらない。
「残すはナンバー1とワースト1。残っているのは天秤座と乙女座です。さあ、どっちが今日のNo.1なのでしょうか」
 いつもの件。でも今日は残っている分、鼓動は高鳴る。朝起きてからいいことないけど、これで1位なら水に流してもいいくらい。あれ? でも、朝起きてからいいことないってことは……?
「今日のナンバー1は乙女座の方。何事も上手くいく日です。自信を持って行動するといいでしょう」
 味噌汁をわざとちょっと音を立ててすする。そしてそれを横目で見て微笑む乙女座の母。彼女は本当に自信を持って、今日は何でもしてしまうだろう。ちょっと怖い。
「さあて、今日は何をしようかしらね。ふふっ」
 すっかり上機嫌で新聞に折りこまれていたチラシの束を見始める。その様子にいっそう不満を感じる。何なんよ、今日は。本当に運がないじゃない。まったく。
「ごちそうさま〜」
「おそまつさまでした。ふふっ」
 調子が狂う朝の始まり。今日はろくなことがなさそうだ。それにしても母がやけに上機嫌なのが気になる。いつもはここまで上機嫌を見せ付けることなんてなかった気がする。何か特別な日だったりするのだろうか?
「ごめんなさ〜い。ワースト1の天秤座の人には今日のレスキューアイテム。それは『折りたたみ傘』で〜す。それではまた明日」
 折りたたみ傘って……。第一今日は雨降り。わざわざ折りたたみ傘を持つ必要性はどこにもない。占いの結果にも不満を感じる。あ、その前に、今日の占いは信じないことにする。レスキューアイテムなんて知ったこっちゃない。わたしには関係ない。そしてわたしの運勢も最悪とは限らない。前の運気最高の日には何もなかったし。今日だって、そんな不運なことばかり起こるはずない。むしろもう不運を感じたのだから、これでおしまいと思うことにする。そう信じることにする。

 重い体を立たせ、引きずるように自分の部屋へ戻る。もちろん寝るわけじゃない。ベッドで寝たいのも山々なのだが、制服に着替えるためだ。
「はぁ……」
 思わずため息。暗雲たちこめる雰囲気に、どうもいつもの調子が出ない。変な感じ。今日は面白くないことばかり起こる。このリバウンドでもっといいことがこれから起こることを願う。
 重い体に鞭を打ち、どうにか言うことを聞かせて制服に袖を通す。そう、学校に行けば友達もいる。つまらないことばかりじゃない、はず。運が悪くたって、楽しいことはある、はず。
「よいしょっと」
 最後に校則では一応禁止されているらしいネクタイをして、気持ちを切り替える。学校は楽しいという自己暗示をかけながら玄関へと向かう。もうちょっとボロの出てきたローファーを履き、外へ出ようとして戻る。おっと、傘を忘れていた。と、傘立てに視線を送るが、なぜか傘がない。しかも一本も。
「母さ〜ん? わたしの傘知らな〜い?」
「知らないわよ? 私の傘は骨折れちゃって修理中だけど」
 なんでないの? と考えると、すぐに答えを思い出した。雨は昨日のうちから降るはずだった。だから昨日、学校へ傘を持ってでかけた。そしてわたしは傘を持って帰ってきていない、と思う。完全にわたしの失態だった。
「仕方ないなぁ」
 そう呟いて今日のレスキューアイテムらしい折りたたみ傘を手に取る。雨の勢いからするとかなり役不足。でも無いよりはましなはず。そう勝手に納得し、自己暗示をかけ、玄関を開ける。現実味に欠ける雨脚に勝負を挑む。
「いってきま〜す」
「いってらっしゃ〜い」
 折りたたみ傘を広げて学校へと歩き出す。頑張ってね、わたしのレスキューアイテム。




 やっぱり折りたたみ傘では無謀だった。胸から上辺りまでは辛うじて守れるものの、それより下は濡れ放題だった。特に靴は完全に浸水して靴の中に水溜りができていた。ちゃぷちゃぷと音がしてる。靴底を踏むときの感触は、何ともいえないあの変な感じ。
 交差点の信号が赤に変わる。こういうときぐらい待たせないでほしい。その間、雨が止んでくれるなら許すとは思うけど、そんな都合よく止んでくれるなら、いますぐにでもこの雨を止ませたい。
 後ろからトラックが迫ってくる。ちょっと嫌な予感がする。案の定、目の前の車道には水溜り。なので先に進むのを一旦止め、左足を歩道の奥側へと一歩進める。が、そこも大きな水溜り。ちゃぷりと靴が浸かり、ぞぞぞっと水の冷たさが足先から伝わってくる。
「はぁ……」
 とため息をついていると、横をトラックが前を通過。波のような水しぶきがわたしを襲う。車道の水溜り箇所を避けたから、全身ずぶ濡れは避けられたけど、膝から下は軽く水しぶきを浴びてしまった。
「もぅ」
 と、怒りをぶつけたいものの、既にトラックは走り去りって見えなくなってしまっている。それに、もし水しぶきを浴びてなくても、膝から下は折り畳み傘の守備範囲外だった。もとより濡れていたのも事実。そう思いこむことにして、どうにかいらつきを抑えようとしてみる。が、それでも矛先が定まらないイライラは募ってしまう。

「何か、朝からついてないみたいだな」
 交差点の向かい側から同級生の奔が話しかけてくる。彼がいつからいたのか分からないけど、さっきの情景は見られていたらしい。いじられキャラの彼に、わたしの怒りの矛先がしっかりと定められた。
 信号が青に変わり、ちょっと悪巧みしながら横断歩道を渡る。横断歩道上、奔のそばにある大きめな水溜り。そこの表面を蹴って、奔に水をかけちゃおう。彼には悟られないように、かつできるだけ効力ができるような間隔を見極める。見極めたポイントで、足を振り上げた瞬間、わたしの企みは破られてしまった。
「気を付けろよ? 靴がびちゃびちゃになるぞ」
 奔に手を引かれる。彼としたらわたしが水溜りに足を入れそうだったから助けてくれたのだろう。が、蹴る体勢に入っていたわたしは余計バランスを崩しそうになる。下が水溜りなので倒れるわけにはいかず、大股で無理矢理バランスを取り、どうにか事なきを得た。
「っと、この雨脚じゃあ、足は結局濡れちゃうのかぁ……」
 怒りを彼に全部ぶつけてやりたい気もしてるけど、彼は助けてようとしてくれたわけで、怒るのもちょっと違う気がする。再び水をかけるのも何か違う。なんかやっぱり調子が変。わたしがいじられキャラの彼をいじれないなんて。奔め、後で覚えてなさいよ。

「そういえば、何で折りたたみ傘なんだ? こんなにも雨が降ってるのに」
 奔から唐突にできれば触れられたくなかった質問を浴びせられた。今降ってる現実味のない雨の次にいらついているもの。全く頼りにならないレスキューアイテム。自業自得なのも分かっているから余計にいらついてくる。
「気分よ、気分」
「確か明希は、天秤座だったよな?」
 言葉よりも早く右手が伸びていた。しかも彼はわたしの腕を避ける。
「図星か……」
 何故か今日は口論でも押され気味。その前に奔が占いを見ていたのかという驚きと、気付かれてしまった屈辱。実際それが直接の理由じゃないのだが、そのことを話すのも嫌。昨日学校に傘置いてきてしまったなんて言いたくもない。
「違うって言ってるでしょうが!」
「いや、まだ言葉としては聞いてないし。ていうか何が違うんだよ!」
「聞いてなくても察してよね。そうじゃないと、乙女心なんて一生分からないわよ?」
 そういえば思い出した。奔も母と同じ乙女座。運気ナンバーワン集団のひとり。今日だけはなんでもうまくいってしまうらしい。今だけちょっとうらやましい。ホントに今だけ。
「そんな理不尽な乙女心なんて分かりたくもないよ」
「う、うるさいわねっ」
 今度は傘をすぼめて水滴を浴びせようかと傘を斜めにした瞬間、突風が吹き荒れて傘を持っていかれそうになる。慌てて思いっきり引っ張ったところ、折りたたみ傘が普通は折りたたまれない方向に折り曲がってしまっている。しかも2本も。今日のレスキューアイテム、わたしを助けることもなくあえなく破損。
「仕方ねぇなぁ……」
 奔がそう言い、わたしの方へ傘を傾ける。
「この雨だから貸してはやれないけど、傘がない少女を放っておけるほど冷たくはないよ」
 何か奔がキャラじゃない事を言っている。まあ、ツッコミを入れないかわりに言葉に甘えさせてもらう。彼の傘は思っていたより大きかった。
「ちょっ、寄りすぎだって。うわ、俺が濡れちまうだろうが」
「雨も滴るいい男っていうじゃないの」
「大丈夫。僕はその部類には入りませんから」
 骨の折れた折りたたみ傘を拾い上げ、奔の傘に入れてもらい、学校へと向かう。はぁ……。なんだか憂鬱になってきた。朝の占いの通りに一日進んでしまうのだろうか。これからは悪い結果でも、占いはちゃんと心に留めておこうと決意した。



 奔の傘に入れてもらいながら、どうにか学校へ到着した。時計を見ると遅刻ギリギリ。急いで上履きに履き替え、教室へと走る。まだチャイムは鳴ってない。
 教室の前に到着し、傘立ての適当な位置に既に折れている傘を突き刺す。同時に反対の手で教室のドアを勢いよく開ける。まだチャイムは鳴ってない。駆け足のまま窓際にあるわたしの席に座る。奔もすぐ後に続き、わたしのすぐ横の席に座る。どうやら2人ともセーフのようだ。たった今チャイムが鳴った。
 わたしは鞄の中からタオルを取り出し、机の下で足を拭く。ついでに完全に水分を吸い込みきった靴下を脱ぎ捨て、裸足のまま上履きを履きなおす。案外気持ちいい。それから濡れ方の激しい右半身を拭いて、とりあえず応急処置終了って感じ。まだまだ湿っぽさは取れてくれないけど。後で体育用のジャージに着替えてしまおう。
 そう後の計画を考えていたところで、担任が出席簿片手に教室に入ってくる。しかし、いつもの威厳が今日はちょっと足りない。灰色をしたスーツの足元が濡れて、黒くなってしまっていたからだ。先生も大雨の被害者らしい。わたしほどじゃないみたいだけど。

 順調に出席確認は終わり、多少遅れてきた友達が懇願するも担任には想い届かず遅刻が記されている。その時わたしは不快感と戦っていた。全身を覆う湿っぽさ。空気までも湿っている。なによりわたしの頭が不発弾。既に湿りきっている。乾けばすぐ爆発できるんだろうけど、まだ火が着いてくれない。そこらじゅうに火薬は転がってるっていうのに。
 その原因の一つ、奔は何故かあたふたしている。なんだろう。そういえば、登校してから妙に視線を感じる。特に奔への視線がきついらしい。本人の様子からして、ただならぬ視線のようだ。何かあったか考えてみるけど、特に思い当たる節はない。それとも私たちが登校する前に何かの話題になっていたのかな。あとで友達にでも聞いてみよう。

 特に何も連絡することのない朝のホームルームはダラダラと時間を蝕み、1時間目が始まる時間直前でようやく終わった。ろくに乾かすことも、ましてや着替える時間もない。何か話題になったのか、聞きたいところでもあったが、その時間すらなくなっていたらしい。すぐさまチャイムが鳴り、全員着席する。わたしはどうすることもなく、机に伏せて寝る体勢を整えた。1時間目は数学。わたしにとっての睡眠時間。
 おやすみなさい。心の中で言って眠る。

 ツンツンと前からつつかれる。何かと思って起きると、誰かからメモが回ってきたらしい。
『朝、奔君と相合傘で登校したって本当!?』
 ざわついていた原因が分かった気がする。そういうことね。納得できた。他人事ならわたしもはやし立てていただろう。ほぼ間違いなく。でも、今回は違う。相合傘っぽくはなっていたけど、成り行き上仕方ないことだったはず。だが、説明するよりも、さっきまでいた睡魔が再び台頭してきたため、流す意味の言葉を書いて送り返した。
『静かに寝かせて』
 メモを前の子に回してもらい、再び机に伏せる。眠ってる間は体の不快感はなくなってくれる。それに悲しいけど、起きていてもどうせ数学は分からないことが分かっている。
 おやすみなさい。

 願い叶わず眠る前にまたつつかれた。再びのメモ。
『いつコクったの?』
 はぁ? と声を上げかけ、授業中だということを思い出す。焦って周りを見回すが、わたしを見ていたのは数人程度。おそらくメモの送り主とその話相手達。彼女らも笑いを堪えながら、前へと向き直る。その様子にわたしはメモを返す気がなくなり、三度目の睡眠体勢。
 おやすみなさい。もう半永久的にでもいいよ。

 チャイムの音で起こされる。どうやらメモ攻撃はあれで終わりだったらしい。座りなおし小さく伸びをしていると、どこからか小さな紙飛行機が飛んできた。中を開いてやると。
『お似合いだから、そんなに見せ付けないでよ〜。キャッ☆』
 発想力の豊か過ぎる友人達にもう白旗を上げたくなってくる。いつの間にか話が大幅に盛り上がってしまったらしい。面倒だけどちゃんと否定しとかないと、これから先にどんなことがあるのか分からない。彼女らのことだから、変なイベントでも組み出しそうだ。
「よ〜し、次回は48ページ問3の答えあわせから始めるから、ちゃんと計算しておくこと。以上だ」
 授業終了の声と同時に女子数人に囲まれる。おそらく主犯と共犯者達。想像力たくましい彼女らの想像をどこまで壊すことができるだろうか。多分最初の返事が悪かったんだろうなぁ。でも、普通はそこまで想像しないと思うけど。
「鎌かけてみたらホントだったとはね。それで、どっちからコクったの?」
 彼女達の頭の中では、わたしたちが付き合ってることは決定済みらしい。共犯者達はただ聞き耳を立てている。だけど、実際奔との間で告白なんて一切ない。多分告白されても断るだろうし、そのまえに奔が告白する玉とも思えない。わたしにとって奔は単なるいじられキャラだし。
「その前にいつから付き合ってたの? 実は隠れて1ヶ月とか付き合ってんじゃないの〜?」
 変に期待を込めてもらっても困る。彼女たちからしたらわたしはまったく期待ハズレなのだろう。そのことを隣を見て確信する。視線に気を払いすぎて1時間目で疲れきってしまっている噂の彼。あのどこがいいんだか。
「とりあえず、前提条件からして違うの。告白とかそういう関係じゃないの」
「え? もう親公認とか?」
「もうちょっとぉ〜、やるじゃないの〜」
「そっかぁ……。そこまで進んじゃったんだねぇ」
「結婚式には呼んでよね」
「みんな、全然違うから……」

 今日はやっぱり調子が狂いっぱなしだ。はぁ、と短くため息を吐き捨て、ジャージの下を取り出す。スカートの下からジャージをはき、上半身はどうにか耐えることにする。男子のいる前ではさすがに着替えるわけにはいかない。
 席に着き、外を眺める。未だすごい勢いの雨が降っている。窓に当たる雨音がうるさいくらい。そうだ。そもそもこんな大雨さえ降っていなければ今日の不運は激減した。折りたたみ傘も相合傘も今の不快な感覚も。全ての原因はこの雨だ。雨なんかさっさと止んでしまえ。



 それから2時間目、3時間目の授業も順調に眠り続け、わたしが少しだけ楽しみにしていた時間になった。少しだけ気分も盛り上がってくる。4時間目の体育。憂さを晴らせるかっこうの時間。そうなるはずだった。しかし、体育係が黒板に書いた内容に裏切られた気分になる。
『大雨のため体育の授業は保健に変わります。教科書などは要らないのでご心配なく』
 何が「ご心配なく」だ。教科書以上に心配な火種が自分自身の中にある。十分に火薬の充填された不発弾。といって誰かに心配されたらされたで面倒なことだとも思う。

 ガラガラとあまり立て付けのよくない教室のドアが開き、強烈なブーイングの中後頭部を掻きながら体育教師が現れる。
「いやぁ、すまないね。体育館も他クラスが使っててさぁ。場所がないんだよ。さすがにこの雨の中駆け回ろうっていったら、僕の教職が危うくなるしね」
 最後の一言は余計な気もするが、それが本音なんだろう。PTAが怖いって話はたまに聞くし。でも、うちの親は関係ないと思う。「まぁ」などと言ってそれ以降のにこにこしたまま反応がないとかって感じになりそうだ。
「じゃあ教科書もないからちょうどいいな。抜き打ちだ」
 再び強烈なブーイング。しかし予想済みの先生はその声を無視して問題用紙を配っていく。それならまだ体育のテストにしてほしかった。その方がまだマシな気がする。
 う〜んと、え? なにこれ? まったく分からないんですけど……。

 成績をある程度捨てたおかげで、とても静かな睡眠時間を得ることになった。答え合わせは散々だった。なにせ8割以上が空欄なのだから。
 授業が終わり脱力する。解答用紙は前へと回され、最終的に先生の手元に渡ってしまった。あ〜あ、と声を漏らす者達。やはり抜き打ちだけあって正答率は相当悪いみたい。助かった、のかな?
「半分いかなかったよ〜」
「俺はぎりぎり半分いったけどさぁ……」
 そうでもないらしい。みんなレベル高いって。

「今日も学食だろ?」
 隣の奔が誘ってくるが、なんだかそういう気分じゃない。やっぱり運勢最悪なのかもしれない。そう思うと学食なんて戦場に行く気にはなれなかった。
「んじゃ、何か買ってくるよ」
 話す前に言われていた。顔に出ているのかな? 奔が超能力者なんてはずはないから、きっとそうなのだろう。何だか悪い気がする。けど呼び止める前に彼は教室からいなくなっていた。
 外を眺めても、やっぱりまだ雨は降り続いている。飽きもせず、ただずっとすごい勢いのまま。それが何だか憎らしく思えてくる。でも当たりようがない。いくら憎らしくても、ただ降っている。ただただ降り続いている。当たったところで、何も変化が起きないことも分かっている。だからこそ、いらついている。いらついて、いらついて、眺めている。止むことを願いながら。

「ほ〜ら、買ってきたぞ」
 奔が戻ってくる。手には二つのビニール袋。その片方をわたしに押し付けてくる。
「レシートも入ってるからな。よろしく」
「うん」
 でもわたしは外を眺めたまま。向き直ることはしない。恨むべき雨を見据えたまま。
「食べねぇの?」
 その声を無視しきれず、一つパンを取り出して食べ始める。あれ? 案外おいしいじゃないの、これ。覚えてとこ。

「で、今日はどうしたのさ」
 奔に心配されてるらしい。このわたしが。
「体調でも悪いのか?」
 本気で心配しているのが、どうも気に食わなかったらしい。ちょっとおいしいと感じたパンが急に味気なくなる。それをがっと押し込んで、ガサゴソと次のパンをあさる。
「なんでもないわ。ただ雨が嫌いなだけ」
「そっか。ならよかった」
 何がよかったのか、さっぱりわからない。それに遠巻きに見つめられている視線をやたら感じる。なので嫌いな雨の方ばかり見てる。依然として雨は止む気配を見せてはくれない。

 昼休みが終り、5時間目の授業。食事を終えたばかりで眠気もたけなわだが、次の時間は眠れない授業。音楽だった。
 少し余裕をもって音楽室へ移動する。確か今日からはパート毎の練習に入るはず。そのため少し気が楽だった。常に先生が見ているわけじゃなくなったから。
 しかし、今日のわたしの運勢は本当にとてつもなく悪いようだ。こう一日中悪いと、なんだか気味が悪くなる。授業が始まり、パート毎に別れて練習を始めてすぐ、話題はわたしのことになっていた。
「奔君とはどこまでいってるの?」
「キスぐらいはしたんでしょ?」
「そうなの? 奔君はもうちょっと奥手だと思ってたんだけどなぁ……」
 いつの間にか暴走してしまった噂。放っておけばどんどん広まるし、否定しても隠れて広がるだけだろう。どっちにしろ広がることは決まっている。それならまだ目の前で話されている方がいい。なので、下手に喋ったりはしない。
「結局のところどうなのよ? 付き合ってんの?」
「もう好きに言ってなさいよ。わたしは……」
「やっぱ付き合ってんだ〜っ! うんうん、お似合いだよ」
 もう彼女たちには付き合ってられない。本人ほったらかしでも話が進むなら、わたしは傍観させてもらいます。
「こらーっ、喋ってないでちゃんと練習しなさーい!」
 ようやく気付いた先生の檄で一旦解散。案の定、先生の目が離れたらすぐに再開された。まったくもう、喋らないと生きていけないのだろうか。彼女たちは。



 さんざん問い詰められた、いや単なる暴走話ばかりだった音楽の授業が終わり、教室へと戻る。なんだかもう無駄に疲れた。こんなならまだ全体で音楽を聴かされてたり、まだ合いもしない合唱をさせられていた方が良かったと思う。本当に災難続きだ。

「お疲れみたいだけど、何かあったの?」
 雨、折りたたみ傘に続く3番目の元凶、奔が話しかけてくる。遠巻きに眺める同級生達。謀られた。もしかしたら誰かの差し金かもしれない。とは思うものの、この場で追い返すのも難だし、後ろの連中を問い詰めてもしらばっくれるだけだろう。
「特に。なにもないけど?」
「そっか。ならいいけどさ」
「うん。奔には関係ないから」
 後ろからくすくすという笑い声。はぁ、もうまったく。今日はついてない。覚えてなさいよ。明日には仕返ししてやるから。
「それよりさぁ、外眺めてみなよ。日が差してきたからさ」
 彼の声に促され、廊下から外を見ると確かに日が差していた。まだ雨は降り続いているものの、ずいぶん弱くなった印象も受けた。最初の元凶がなくなることはいいことなのだが、どうもしっくりこない。願っていたことが叶ったとはいえ、なんとも微妙な感覚になる。
「いつまで眺めてるんだい? 担任、来るぞ?」
「あ、うん」

 雨が止んだことで気分が変わると思っていたけど、そうでもなかったらしい。不機嫌なのは変わらない。むしろ余計に悪くなった気さえする。なんだろう、この気分は。怒りがこみ上がってくるが、矛先がないためどうにも動けない。でも不機嫌だとしっかり自覚できる。
 帰りのホームルームが始まり、特に滞りなく進み、最後の話でいつもどおり延びる。廊下には誰かを待つ人達で埋まっていく。
「じゃあ、今日はこれくらいだな。解散」
 その号令で教室から歓喜が漏れる。つまらない授業からの解放。これからへの期待に胸膨らませる声。教室全体をプラスの雰囲気が覆う中、わたしは一人帰り支度をする。
 置き傘と折れた折りたたみ傘を傘立てから引っ張り出し、昇降口へと向かう。一応きれいに折りたたみ傘をたたみ、専用のビニールに入れる。下駄箱に入っていた靴にはまだ湿り気が残っていて、履くとなんだか微妙な不快感がある。踏み込む毎に底面に含まれていた水分が集まって出てくる感じ。とにかく不快だった。

 昇降口を出ると、完全に雨は上がってしまっていた。風もおとなしくなっている。昼間での天気が嘘のように思える。でも雨上がり独特の匂いと微妙に湿り気がある空気。それ全てに不快感を覚えた。そして手に持っている傘。雨の激しかった朝にはなく、もう止んだ今手元にある。その矛盾がさらにわたしをいらつかせた。
 今日はとことん運がない。
 でも、目の前には綺麗な夕焼け空が見える。これだけ綺麗なら明日は天気になるだろう。
 伸びをして深呼吸も一回だけする。相変わらず湿った空気だけど仕方ない。明日には変わるだろう。
 教室ではもしかしたら、わたし達の噂で持ちきりかもしれない。でも、明日にはもう飽きているだろう。
 最後に私の悪い運も、明日にはなくなってくれるだろう。そう思う。そう願う。明日にはきっと……。


 ジャンルやカテゴリとかってちょっと悩み物です。基本的にはノリですからね。う〜ん、誰かジャンルやカテゴリを正しく付けてくれる方はいませんでしょうか?













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