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壊れた海のひとつまみ
作:北本彩和



6


 この夏をぼく達は祖父の家で過ごすことになっている。兄は夜遅くまでぼくを一人にしておくことが心配らしい。何かというと預けられるせいで、ほとんどあの家はセカンドホームと化している。
 実は母がいなくなった時点で、ぼく達兄弟は祖父の家に引き取られるという話もあった。ぼくの祖母に当たる人はすでに亡く、母の姉になる人は海難事故で十代のうちにこの世を去った。一人きりで暮らすのは寂しいでしょうという話だったらしい。本音の部分はきっと、父はまだ若いし再婚でもしたらどうだ、というところだろう。再婚にぼく達はお荷物だ。
 祖父自身は乗り気だったそうだ。父はきっと例によってあの無反応だったのだろう。母の失踪直後ならば、もしかしたら今とはもっと違う反応をしていたかもしれない。しかし兄が嫌がった。当時中一だった兄の考えたことはぼくには予想できない。
 祖父に理由を聞いてみて欲しいと言われた。
 おじいちゃんにも言えない理由って何だろう。
 好奇心に駆られて、ぼくは頼まれたままに尋ねた。兄がどんな顔をしていたかは覚えていない。ただ、長い間躊躇ってから言った。
「あの家はウチよりも海に近い」
 意味が分からないまま祖父にぼくは伝えた。
「そうか…」
 頷いたきり祖父は何も言わなかった。
 お兄ちゃんは大人だから、ぼくに分からないのは当たり前だし仕方ない。
 そう考えていたことを思い出した。当時の兄と同い年だというのに、未だに意味が分からない。
 今年の夏はこの謎を解明しよう。
 母の関係している思い出はタブーだ。話してはいけないと言われたことはない。禁止さえされない完全な無視。取り繕われることもない完璧な禁句。暗黙のルールを破る。
 大義名分はもう用意してある。ありがたいことに学校が、頼んでもいないのに用意してくれた。夏休みの宿題の一つ。
 プリントに自分の名前の由来と小さい頃の出来事を調べて、写真を貼ってくること。家庭科の宿題だ。
 どのぐらい小さい頃のことを調べればいいのかは分からないが、小学校入学前なのは確かだろう。その頃ならば母はまだいたはずだ。その時のアルバムを探せば、母が写っている写真もあるかもしれない。母の顔が見られるかもしれない。
 但し、そもそもそんなアルバムはあるのか。それは謎だ。


 祖父の家に移って二日目の今夜、花火をする約束をしていた。夜の海にぼくが行ける理由がそれぐらいしか思いつかなかったからだ。海の近くを嫌がるくせに、兄は昼間の海岸にはよく行く。それについてはぼくにも何も言わない。だから、夜に海岸へ行きたい。
 それでも一人では行こうとしないところが僕らしいと言えばらしい。兄に毒されて夜の海が 怖いのかもと考えて、バカバカしいと打ち消した。
「お兄ちゃん、花火やりたい。…買って?」
 昨日、昼ご飯は何にしようと言いながら行ったスーパーで、わざと子供っぽく言ってみた。上目遣いで言ってから、緊張しているのがばれてしまったかもと焦った。おもしろそうに、ぼくを兄がじっと見下ろすからだ。
 含み笑いで、意外なほどあっさりいいよと言われた。拍子抜けした。
 今まで、泊まりに行った友達の家でくらいしかやったことがなかったから、それは兄のポリシーかと思っていた。そういうものでもなかったらしい。
「折角だから大きいのが入ってるのにしようか?」
 五歳も年上の兄は、弟と花火をして遊ぶのが楽しいと思える歳ではなっかった。それで忘れていただけなのかもしれない。
「前はよくやったよ。明がまだ小学校はいってすぐくらいの時」
 明もやりたかったのかと言って、気付かなくてごめんと小さく謝った。
「家族四人で花火やったの? 楽しかった?」
 ぼくは無邪気な振りをして聞いた。
「明、あの頃まだホントに小さかったから、打ち上げ花火をつけるたびにキャーキャー言って海の方に逃げて行ってたよ」
「おぼえてない」
 兄は表情を保とうという努力をやめて思い出し笑いをし始めた。自分から始めた話だけど、言い返せないのが辛い。
「そのうち、そのままコケて泣きやむまで大変だった」
「笑うな!」
「笑ってなんかないよ。ただ、明がかわいかったってだけ。打ち上げ花火はやめとくか?」
「…絶対、意地でもやる!」
 年の差には勝てず、楽しげに頭を撫でられてしまった。その上、母の話も聞けなかった。損している気がする。でも、兄は楽しそうだしぼくは花火を買ってもらえそうだから、差し引きゼロということにしておく。







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