壊れた海のひとつまみ(13/15)PDFで表示縦書き表示RDF


壊れた海のひとつまみ
作:北本彩和



12


今日は暗くなる前に、祖父の家に帰ってきた。八時前に兄も帰ってきた。今日も三人揃って夕飯を食べる。予備校で夜まで授業があるのは今日までだから、明日マンションに帰ると兄が言い出した。ぼくはてっきり夏中いると思っていた。
「そんなこと前からわかってたはずなのに、なんでそんな急にそう言うこと言う?」
「言ってなかったっけ?」
「ゼッタイ、言ってない!」
 口げんかになだれ込もうとしたところを祖父が割って入って、ぼくを宥めにかかった。
「言っておかなかったお兄ちゃんがいけない。だけど明君は最近なんだかつまらなそうだ。ここにいるのにも飽きてきたんだろう。おじいちゃんに気を遣っているところもあったから疲れたのかな? それに夏休みが残っている内にやっておきたいこともあるだろう?」
 たたみ掛けられてぼくは折れた。飽きたといえば確かに飽きた。
「…分かった、明日帰る」
 帰っても、あの家では誰も待っていてくれない。待っていて欲しいわけじゃない。でも、それを「帰る」って言う? せっかく今日、ここがぼくの帰る場所だと思ったのに。勝手な話だ。
 つけっぱなしのテレビから天気予報が流れてきた。一瞬みんな黙る。明日の天気は台風の影響で晴れ。夜半過ぎには上陸の恐れ。台風が来るのに帰る。それとも来るから帰る。どっちかぼくには分からない。
兄はどうも台風が好きらしい。台風が来ると、いつも窓から離れない。ずっと外ばかり見ている。ぼくはそんなに楽しいと思えない。ここにいると夜更かしできないから帰るのかもしれない。今回の台風は夜中に来る予定だし。
来たとき同様自転車に乗って家に帰る。持って行く荷物はほとんどない。夏休みの宿題一式くらいで、日用品は置いたまま。どうせまた来るのだし、一々持ってくるのは面倒だ。兄は朝から予備校へ行った。三時頃にそのまま家に帰るらしい。ぼくは祖父と昼ご飯を食べてから帰る。祖父とはぼくの好きな特製チャーハンを作ってもらう約束をしている。どこが特製かというと、隠し味に粉チーズが入っている。これを言うとみんな嫌な顔をするけど、ぼくはおいしいと思うし大好きだ。
兄より早く家に着くようにと思って祖父の家を出た。誰の気配もしない部屋の中で、変に緊張している。昨日口げんかしそうになったからだろう。寂しい気持ちの一方で、一人きりは落ち着くとも思った。深々と椅子に座って、溜息を一つ吐いた。
本当の緊張の理由は口げんかじゃない。そんなことで今更ぎくしゃくしない。よくあることだ。本当のところは、昨日新藤と話したことを思い出したから。一度きちんと写真のことを訊かなきゃいけない。ぼくは悩み始めると長い。自覚はある。だから、やると決めたら即座にやらないといけない。そうでないと何も出来なくなる。
帰ってきた兄が自分の部屋に引っ込む前に捕まえた。家庭科の宿題プリントを見せて説明した。
「それで、小さいときの写真ない? あとどうやって名前つけたのかも知ってたら教えて」
 写真だけ訊くのは何故か悪いことのように思えた。言った瞬間、兄の顔が曇った。それで父か祖父にそのうち訊いてみればいい、と思っていた質問までごまかすように続けた。
「月っていう字を入れたくて付けたって聞いてる。明も朋も月って入ってるだろ? …写真は探してみないと分からない」
「うん、じゃあ見つけたら教えて」
 わかったと言って、それきり部屋に籠もってしまった。不気味に静か。勉強してるのだろう。月にこだわった理由を聞き忘れたのは失敗だったかもしれない。
 家にいても暇だと思いながらごろごろしているうちに、時間はあっという間に過ぎてしまう。勉強で煮詰まっているのか、夕飯の時も兄は口数が少なかった。テレビって便利だなぁとつくづく思った。何もしゃべらなくても、それなりに明るい雰囲気を作ってくれる。番組の間の天気予報によると、台風は予想よりずいぶん早く本州に近づいているらしい。
 降り始めた雨がだんだん強くなっていく。風で飛ばされた木の葉が窓に当たる音がする。雷が落ちて真っ暗な中でお風呂にはいるのが嫌で、いつもより早い時間にはいった。あがって牛乳を飲もうと冷蔵庫を開けて、きれていることを思い出した。ついてない。そう思った時、玄関で音がした。
「お兄ちゃん? どっか行くの?」
「ああ、ちょっと」
「コンビニで牛乳買ってきてもらっちゃだめ?」
「だめ」
「ケチ!」
 部屋に戻って、急いでパジャマから着替えた。途中でドアの閉まる音が聞こえたけど気にしない。急げば追いつく。こんな最悪の天気の夜に一人で外に出るのは嫌だ。家からどこに行くにしてもコンビニ前は通る。すぐ近くにあるから帰りは走るとしても、行くのは一緒がいい。







ネット小説ランキング>現代FTシリアス部門>「壊れた海のひとつまみ」に投票





ケータイ表示 | 小説情報 | 小説評価/感想 | 縦書き表示 | TXTファイル | トラックバック(0) | 作者紹介ページ


小説の責任/著作権は特に記載のない場合は作者にあります。
作者の許可なく小説を無断転載することは法律で堅く禁じられています。




BACK | TOP | NEXT


小説家になろう