狂気の贈り物/ボーンチャイナの女
二本立てです。話の内容は繋がっております。
『狂気の贈り物』
彼に、手作り枕をプレゼントした。一年越しの片思い。そこからようやく付き合ってから一ヶ月目の記念日だ。どうせなら、毎日使えるものを送りたかった。彼はとても嬉しそうだった。
私は、ハンカチをプレゼントしてもらった。赤いハンカチ。私には、赤が似合うらしい。好きな色だから、凄く嬉しいな。
一ヶ月後。今度は手作りの毛布をプレゼントした。寒い夜は、私の温もりで、彼を包んであげたかった。
その日、彼に抱き締められながら眠った。彼は私の枕に頭を預け、私の毛布にくるまりながら、私の首元に顔を埋める。彼はこれがすごく好き。曰く、いい匂いがする。凄く暖かい。髪とうなじ最高とのこと。
男の人が考えることはよくわからないけど、なんとなく悪い気はしなかった。
因みに彼は、私に下着をプレゼントしてくれた。赤い刺激的な下着。男の人が女の人に衣類を贈るのは、着せて、脱がせたいから。……何だか恥ずかしい。
また一ヶ月後。今度は、手作りの布団をプレゼントした。これで、夜の彼は、私が何時だって包み込んであげられる。誇らしいな。
彼は私に、赤いワンピースを贈ってくれた。下着と揃って着ると、彼に抱き締められているみたい。幸せ。
その次の日。私は彼の母によって通報された。せっかく彼がプレゼントしてくれたワンピースを着ていったのに。
警察の人に何でそんなものを着ている? と聞かれたので、彼がプレゼントしてくれました。と言ったら、彼も警察署につれてこられてしまった。
事情を説明したら、釈放されたけど、あの赤いワンピースとかは外で着るなと言われた。酷い……酷いよ。せっかく彼がプレゼントしてくれたのに。
釈放から数日後。ようやく逢えた彼に、涙ながらに謝罪したら、彼も同様に謝ってきた。枕とかが全部、警察に取られてしまったらしい。
しかも、彼のお母さんは、私と別れる事を彼に強要したらしい。
どうして? あんまりよ。私達はただ、誰よりも愛し合っていたのに。それだけだったのに。
寒空の下。密会先の公園で、私達は見つめ合う。言葉はもう、いらなかった。
逃げようか。
二人で。もしそれを阻む者がいたら……。
※
『ボーンチャイナの女』
「そういや、あの事件どうなったんだ?」
警察署のデスクでコーヒーを啜りながら、刑事、小野大輔は隣の後輩に問いかける。
「ああ、あの『殺人バカップル』ですか? ようやく見つかって、白川さんが確保に向かってるそうですよ」
のんびりと答えながら、雪代弥生は脚を組み替える。時折大輔の方に流し目を送る女刑事は、当の大輔がデスクワークに集中しているのを見ると、不満げに唇を尖らせた。
「厳重注意で済めばよかったものを……殺人なんてもんに手を染めやがって……」
苦手なデスクワークに悪戦苦闘しながら、大輔は煙草のパッケージを弄ぶ。いまや喫煙者には肩身の狭いご時世だ。煙草を吸えない分は、指先の細かい運動で発散させる。
「『殺人バカップル』って、あれですよね。彼氏は彼女に自分の血で染めた衣服を贈り、彼女は彼氏にお手製の寝具を贈ってたっていう」
「女も相当イカれてたよ。布団や枕に詰まってたのは何だと思う? 綿なんかじゃねぇ、あの女の髪の毛だったんだとよ。片想いしてた時から、せっせと貯蔵していたらしい」
ブルリと身震いしながら、大輔はキーボードを叩く。
「殺された被害者は、彼氏側の母親。ご丁寧に真っ赤な枕と、布団に加工されてましたね」
「ああ、髪の毛の布団や、血染めの服ならまだいいぜ。あの布団や枕の中には……」
不意に、けたたましい悲鳴と、どよめきが起こる。
下の階からだ。
大輔と弥生は、互いに顔を見合せると、そのまま一階へと走る。
ロビーには、人だかりが出来ていた。
何人かの若手の刑事が、口元を抑えながらトイレへ駆け込んでいく。
「何があった?」
近くの刑事に大輔が問うと、その刑事は青ざめた顔のまま、震えながらそれを指差した。
「……っ!」
「ありゃ~ん。こりゃ酷いですねぇ」
息を飲む大輔。それとは対照的に、弥生はヒュウと、口笛を吹いていた。
そこにあったのは、段ボールに詰められた赤い枕と毛布だった。しっとりと湿ったそれらは、何らかの固形の詰め物が入れられているらしく、所々ボコボコとした凹凸がある。
限界まで細かく砕いた死体を、枕や毛布に詰めたもの。言うことは簡単だが、実際にやるとなると、とても正気のままでは行えはしない。血や肉に内臓。骨がいっしょくたに混ぜ合わさり、ミンチにされ、猛烈な異臭を放っている。
これをやった人間は、明らかに狂っているのだろう。
警察署に送られてきたそれは、まさに『狂気の贈り物』だった。
「白川……」
段ボールに同封された、血濡れの警察手帳。それを見た大輔は、全てを察した。
「上等だ……!」
低い声で唸るように呟きながら、大輔は立ち上がる。
「来い、雪代。さっさとあのイカれたアベックをしょっぴく。白川の墓前で土下座させてやる」
双眸をギラつかせながら、大輔は雪代を見る。その視線は、刑事というよりは、まるで人狼のそれだった。
その眼光を真っ向から受けながら、雪代弥生はゾクゾクしたかのような、恍惚な表情を見せながら頷いた。
「はぁい。了解です」
大股で歩く大輔の後ろに付き従いながら、弥生は歪な笑みを浮かべる。
うまくいけば……大輔のが手に入るかも。そんなことを考えながら。
恋人に贈られて、嬉しいものといえば何だろう? 服か、寝具か。
弥生は、食器だと思っていた。
でも、ただの食器じゃあダメだ。ボーンチャイナ。それこそが至高だ。
愛する人の欠片が潜まされた、綺麗な食器。そして、弥生が今一番欲しいものは……。
太い腕。幾多の犯罪者を一撃で沈めてきた肉体。骨もさぞかし屈強だろう。フォークやナイフにしたい。他にも色々。
「ところで警部。今夜こそ空いてますか? 私としてはそのギラギラした視線をベッドで向けて欲しいんですけど」
「間に合ってんだよバァカ」
弥生をあしらいながら、大輔は油断なく目を細める。アベックは当然の事、後ろにも注意は必要だ。お前はいつ、本性をさらけ出す?
雪代弥生。隠しきれぬ狂気と、血の匂いを、その白い肌に秘める女。その有り様は、まさにボーンチャイナ。綺麗な見た目とは裏腹に、生き物の骨を溶かし、身に潜める、冷たく白い陶器のようだった。
この数日後、『殺人バカップル』は逮捕される。いや、正確に言えば、発見されたが正しい。
どういうわけか、男は右の。女は左の上腕骨が抜き取られた、哀れな姿で。
「くそっ……殺人犯が別の殺人犯に殺されるだと? んなアホな話があるか!」
「『殺人バカップル』の次は、『骨抜き』……もう笑うしかないですね」
捜査課のディスクで悔しげにシリアルバーをかじる大輔を、弥生は肩を竦めながら見ていた。コンビニ弁当をつつきつつ、弥生は大輔に手招きする。
「まぁ、過ぎたことはさておき、警部見てください! マイ箸を持ち歩く事にしたんです。今日から私はエコな女ですよ」
「ああそうかい、そりゃよかったな」
げんなりしたように、大輔はバーの最後の一欠片を口に放り込む。犯人はある意味で逃すし、弥生の尻尾は掴めず。この調子では、今日一日ぐったりした状態が続くのかもしれない。
「あ~んしてあげましょうか? 元気でるかもしれませんよ?」
「要らねえよ。煙草吸ってくらぁ」
くたびれた様子でディスクを後にする大輔を、弥生は爛々とした視線で見送った。
「交渉決裂しちゃったもんね。でもま、こうして二人で一つになれたからいいじゃない」
小さな声で呟きながら、弥生は一人ほくそ笑む。
弥生の長い指が、手持ちの箸を弄ぶ。一対が触れ合い、キン! という悲鳴にも似た高い音が響く。
箸にしては珍しい、陶器製のそれ。気に留めるものはどこにもいなかった。