因幡の白ウサギ~四苦八苦編~
※四月十七日
冒頭の一部を修正しました。
昔々、日本が神代と言う時代だった頃のお話です。
隠岐の島に、一匹の白ウサギが住んでいました。
ウサギ君は常々、対岸にある因幡の国へと行ってみたいと思っていました。しかし、ウサギの身では泳いで渡る事など到底不可能です。
「どうすれば、対岸に渡る事が出来るんだろう?」
ウサギ君は考えます。ウサギ脳をフル回転させ、必死になって考えます。
「そうだ! だったら、サメを騙して対岸に渡れば良いんだ!」
考えた結果が、騙す事前提でした。しかも、ピンポイントでサメをターゲットにしました。
思い立ったが吉日とばかりに、ウサギ君は早速サメを探し始めました。海岸をぴょこぴょこ歩きながら、ウサギ君は海を見渡します。
見付けました。波間を切り裂くシャープな背ビレ、サメです。
「おーい、そこのサメくーん!」
ウサギ君はサメに声を掛けます。「何ー?」と岸へ寄って来たサメに、
「僕の一族と、君の一族の数を比べて、どっちの方が多いかを確かめよう。君達みんなでここから対岸まで並んで、それを僕が背中を渡りながら数えて行くよ」
ウサギスマイルを浮かべながら、ウサギ君は提案します。
「面白そうだね。じゃあボクがみんなに声を掛けてみるから、明日の昼過ぎにここに集合しよう」
サメ君は二つ返事で了承しました。ウサギ君は「計画通り」と内心でイイ笑顔をしながら、「うん、じゃあよろしく」と返しました。
そして翌日――
「はい、じゃあ並んで並んで。……良いかな? 早速行くよー!」
「おー!」
手を振り上げて宣言するウサギ君に、元気の良い声が返って来ました。
よーし、これで憧れの因幡の国へと渡れるぞ!
こっそり前足で握り拳を作りながら、ウサギ君は海岸の端へと立ちます。『前足で握り拳』と言う斬新な日本語が混ざりましたが、ウサギですから仕方ありませ
ん。
「よーし、じゃあ……。いーち!」
高揚感を胸にたぎらせ、遂にウサギ君はその野望の一歩目を踏み出したのです。
「……あのさ、サメ君?」
「何?」
「……もう終わったんだけど?」
合計一匹。まさかの一歩目で、野望は幕を閉じました。
「……いや、薄々は気付いてたけどさ。て言うか見れば分かるし、声も一匹分しか返って来なかったしさ。現実から目を逸らしてたってだけで……」
サメ君の背の上で、ウサギ君は頭を抱えます。
「……と、取りあえず原因分析をするべきだよね。サメ君、ちゃんと仲間達に伝えたの?」
意識を切り替え、サメ君に尋ねます。
「うん、ちゃんとみんなに呼び掛けたよ。直接伝えたサメも居るし、メールとかツイッターとかでも知らせたし」
そう言ってサメ君は、スマホを掲げます。神代にスマホがあったとは、流石は技術大国ニッポンです。
ちなみに、生活防水対応です。サメの生活は常に海水と共にあるので、『生活防水』と言う言葉の重さは半端じゃありません。凄いですね、技術大国ニッポンは。
「だけど、色々と理由があるみたいで……。結局、来たのはボク一匹だけなんだ」「理由?」
ウサギ君が尋ねると、サメ君は「例えば……」とその理由を列挙して行きます。
「今日はどうしても外せない用事があるサメとか、」
「うん、それは仕方ないね」
「体調が悪いサメとか、」
「ありゃりゃ、お大事に」
「チュパカブラを探しに行ったサメとか、」
「さーて、雲行きが怪しくなって来たぞー?」
「天体観測をしているサメとか、」
「余計なお世話かもしれないけど、それ夜にやった方が良いんじゃないかな」
「偶然にも頭に隕石が直撃して、突き指した上に熱が四十度も出たサメとか、」
「いっそもう、仮病使ったってはっきり言ってくれた方が良い気がするなー」
「仮病使ってるサメとか、」
「そして、本当に言われるとは思わなかったなー」
「ビッグフットを探しに行ったサメとか、」
「そろそろ、最初のサメの『外せない用事』とやらも疑った方が良いかな」
「ジャージーデビルを探しに行ったサメとか、」
「何でサメ界でUMAが流行ってるのかな」
次々明かされる理由に、ウサギ君は目眩がする思いです。
「まあそんな感じで、都合が合ったのはボクだけだったみたい」
「なるほど、良く分かったよ。仮病を果たして都合と言って良いのかとか、水棲生物であるサメが、どうやって陸上のUMAを探すのかとか色々あるけど、そう言った理解を全部諦めて良く分かったよ」
それはもはや『分からない』ですが、虚ろな瞳で遠くを見つめる今のウサギ君には、言っても詮なき事です。
「何て言うか、ゴメンねウサギ君。またこん、ど……?」
「……? サメ君?」
謝罪の言葉を述べるサメ君の口が、何故だか途中で止まります。訝しんだウサギ君が声を掛けると、
「今さっき空中を横切って行ったのって、もしかしたらスカイフィッシュじゃないかな!?」
「……あの、サメ君?」
「こうしちゃ居られない! 今すぐ追いかけなきゃ!!」
「サメくーーーーん!?」
そう言ってサメ君は、動揺の叫びを上げるウサギ君をその背に乗せたまま、物凄い勢いで泳ぎ始めました。
「ああ、まさかこんなところでスカイフィッシュを見付けられるなんて! ウサギ君との約束をブッチしてUMA探しに行かなくて、本当に良かった!!」
アンタもかい。
振り落とされないよう、必死になって背ビレにしがみつくウサギ君は、胸中でそう呟くのがやっとでした。
「あーあ、見失っちゃった」
「そ……それは残念だったね……」
ガックリとうなだれるサメ君に、ぐったりと彼の背に伏すウサギ君がそう言いました。
ウサギ君を背に乗せている事をすっかり忘れていたサメ君は、時にパワフルに、時にアクロバティックにスカイフィッシュを追い掛け続けました。
その動きに付き合わされたウサギ君は、時にパワフルに、時にアクロバティックに振り回され続けました。もはやウサギ三半規管は、グロッキー寸前です。
「と……取りあえず岸に上がって休みたい……」
何とか声を絞り出し、ウサギ君は顔を上げます。
「…………ん?」
そして気が付きます。
すぐ目の前に広がる砂浜。初めて来る場所なのに、見覚えのあるその地形。
間違えるはずがありません。
いつもいつも隠岐の島から眺めていた、憧れのあの場所――
「やった! ここは因幡の国の砂浜だ! 僕は、遂に渡る事が出来たんだ!」
興奮のあまり、ウサギ君は叫びます。
「いやあ! 単純なサメ君達を騙して対岸に渡る作戦は失敗したけど、結果オーライ! やったね!」
先程までの弱り具合はどこへやら、ウサギ君は大喜びです。
そんなウサギ君にサメ君は、
「おい……ウサギ。あんた……今、おれ達の事なんつった!」
「……あれ?」
突如、ドスの効いた声でそう言い放ちました。
その豹変ぶりは、まるで自慢の髪型をけなされたどこかの高校生のようでした。油断してうっかり本音を漏らした、ウサギ君のミスです。
「いいかウサギ。おれ達一族はな、ウサギに騙された上で、対岸に渡るための橋になる事だけは、何があっても許しちゃおけねぇんだよ」
「限定的過ぎやしないかな、君達一族の怒りポイント!?」
そう突っ込むウサギ君ですが、ピンポイントでサメを騙す対象に選んだ彼も、どうこう言えた義理はありません。
「さあ、ケジメは付けさせてもらうぞ」
「うわわわわ、ヤバイッ!」
さあウサギ君、大ピンチです。慌ててサメ君の背から飛び降り、泳いで逃げ出そうとします。しかしここは海の上、すぐにサメ君に行く手を阻まれてしまいまし
た。
「さあウサギ! 覚悟おおおおおおおおおっ!!」
「くっ……。こうなったら、戦うしかない! 絶対にサメなんかに……負けたりしない!!」
悲壮なる決意を胸にウサギ君は、牙を剥くサメ君へと対峙しました。
五分後。
「サメには勝てなかったよ……」
ギッタギタにやられた上に、全身の毛皮まで剥ぎ取られたウサギ君は、ボロ雑巾の如く砂浜に転がっていました。
サメ君は「スカイフィッシュの礼だ、命までは取らねぇでおいてやる」と言い残し、去って行きました。ウサギ君は、今後サメだけは怒らせまいと、胸中で誓いました。
「て言うか痛い痛い、超痛いよぅ。誰か、何とかしてー」
すすり泣くように、ウサギ君は言います。しかし無人の砂浜には、彼の言葉を聞くものなど存在しません。
『おい、どうしたんだウサギ』
いえ、居ました。降って来た声に、ウサギ君はすがるように顔を上げます。
そこには、
『一体、何があったんだ?』
「多いな!?」
大量の人間が行列を作り、ウサギ君の前に立っていました。ざっと八十人は居るでしょうか。
『ああいや、俺らちょっと八上姫に結婚申し込みに行く途中なんだ。何しろ美人でさ、競争率高いんだよ』
「八上姫って、確か神様だよね。……もしかして、あなた達も神様?」
『ザッツライト』
ウサギ君の問いに、八十人、もとい八十柱の神様は声を揃えて答えました。サムズアップも忘れません。
『そんな事より、その怪我は一体どうしたんだ?』
「いやその、カクカクシカジカな訳があって……」
ウサギ君は、手早く事情を話します。
『なるほど、自業自得と言う訳か。セコい策を弄した上に詰めも甘いって、しょうもない話だな』
「怪我人に容赦ないなこの神様達!?」
うんうんと頷きながら、神様達は寸評を下しました。確かに容赦ないですが、実際正鵠を射ています。
「そ、それよりも、ホント痛くて辛いんですよ。何とかして下さいよ」
『ふーむ……』
ウサギ君の懇願に、神様達は腕組みをしながら考えます。
『取りあえず、絆創膏貼っとく?』
「全身の皮が剥がれた患者に対して、最初に出て来た意見がソレですか!?」
全身にベタベタと絆創膏を貼っては、ろくに身動きが取れなくなります。あとついでに、処置としては全く不十分です。
『唾でも付けとく?』
「確かに、唾液には殺菌作用がありますけど!?」
全身に唾を付けるのは、バッチい事この上ありません。あとついでに、処置としては全く不十分です。
『アロエ塗っとけ、アロエ』
「この砂浜のどこに生えてるんですか!?」
ちなみに、採って来たアロエをそのまま傷口に塗る民間療法は、雑菌が入りまくるので止めておいた方が良いです。
『じゃあもう、駄目だな。俺らにゃどうしようもないわ』
「見限るの早くないですか!? もうちょっと粘って下さいよ!」
八十柱揃ってお手上げのポーズを取る神様に、ウサギ君は必死にすがり付こうとします。
『いや、それより俺ら、早く八上姫んとこに行きたいんだわ。悪いけど、これ以上ウサギに構う気はないんだわ』
「薄情者ぉーーーーーーーーっ!?」
怪我したウサギなど些事に過ぎないとばかり、神様達はさっさと歩いて行きま
す。その背に向かって、ウサギ君は罵声を浴びせました。
『あ、そうだ。いっこ良いアイデア思い付いたわ』
一斉に首をウサギ君に向けて、神様達が言います。
「ほ、本当ですか!?」
『塩水浴びて、風に当たってりゃ良いんじゃね?』
「ソレで治ると思う根拠をぜひ教えて頂けませんかね、このド外道!?」
皮を剥がしたところに塩水など、試すまでもなく地獄体験間違いなしです。ウサギ君が更なる罵声を浴びせるも、神様達は歯牙にも掛けません。立ち去って行く八十柱の背中を力なく眺めながら、ウサギ君は涙します。
「ああもう、叫んだら余計痛くなっちゃったよう……。うう、僕このまま死んじゃうのかな……」
ウサギ君の頭の中で、ネガティブ思考がぐるぐると渦巻きます。痛いやら悔しいやらで、涙が溢れて止まりません。
そんな時――
「ウサギ君、そこで何をしてるんだい?」
何やら、優しげな声が聞こえて来ました。
ウサギ君が顔を上げます。そこには、袋を背負った一人の男が立っていました。
「だ、誰……?」
「ああ、私は大穴牟遅だよ。これから、八上姫に結婚を申し込みに行くところだったんだけど、君が倒れているものだから、声を掛けたんだよ」
「……さっきも八十柱の神様が結婚申し込みに行くって言ってたっけ。もしかしなくても、あなたも神様?」
「ザッツライト」
そう言ってオオナムヂはサムズアップします。日本の神様達にも、欧米化の波が押し寄せているんでしょうか。
「さっきのは、私の兄上達だよ。私は彼らの荷物持ちを押し付けられて、遅れてしまったんだよ。……それより、君のその怪我は一体?」
「実は、カクカクシカジカな訳で……」
「なるほど、自業自得だね。つまらない策な上にそれすら完遂出来ないって、かなりどうしようもないね」
「兄達同様に容赦ないな!?」
優しげな声で、オオナムヂは遠慮なくダメ出しを行いました。
「しかし、兄上達もいい加減な人達だね……。良し、私が何とかしてあげるよ」
そう言ってオオナムヂは、自身の懐をガサゴソと探ります。懐から手を取り出した時、彼の手には一束の蒲が握られていました。
「これは、私の神気を過剰なまでに注ぎ込んだ『蒲・オオナムジスペシャル』だ。これを使えば、君の毛皮も元通りになるはずだよ」
「『過剰』って単語が若干気になりますが、本当ですか!?」
目を輝かせながら、ウサギ君は言います。
「ああ、本当だとも。さあ、早速……」
オオナムジが蒲の花粉をウサギ君に振り掛けます。
するとどうでしょう、ウサギ君の皮がたちまちの内に再生してゆくではありませんか。
「や……やったあ、もう痛みもあんまりないや! ありがとうございます、オオナムヂ様!!」
復活したウサギ君はオオナムヂの手を取り、上下にブンブン振ります。
「良いんだよ。それよりも、次から策を練る時はもっと上手にやるんだね。それじゃあ、私はこれで」
そう言って立ち去るオオナムヂの背中に、ウサギ君は叫びます。
「あなたなら、きっと八上姫のハートを掴む事が出来るでしょう! 頑張って下さい!!」
ウサギ君の声援に、振り返らずに手を上げて応えるオオナムヂ。実にクールな去り際でありました。
その後、ウサギ君の言う通り、八上姫はオオナムヂを結婚相手に選びました。
オオナムヂは、嫉妬に狂った八十柱の神様達から二回程殺されながらも生き返る等の様々な艱難辛苦を乗り越え、最終的には大国主と名乗る事になりますが、それはまた別のお話です。
「ああ、今日も良い天気だな。こんな日は、フラットウッズ・モンスターを探しに行くのが一番だね。……ああっ! 因幡の海岸にある、あの白い毛むくじゃらの塊は、まさか巨大なケセランパサラン!? ……って、うわあ!? ウサギ君!?」
「や、やあサメ君。元気?」
「な、何か君、体毛が凄いボーボーだけど、一体どうしたの!?」
「……いやそれが、オオナムヂ様から振り掛けてもらった『蒲・オオナムジスペシャル』、どうやら効き過ぎたみたいでさ……」
そこには、長く伸びすぎた白い毛を引きずるウサギ君が居ましたとさ。
めでたし、めでたし……?
「ウサギが騙したのはワニ」説も存在しますが、今回はサメと言う事で。