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片思いな幽霊(原作:コニ・タン先生『幽霊と片想いと』)
これは、カンコツ工房先生の、“換骨奪胎小説プロジェクト”の暖簾分け作品です。依頼を受けた作品を新たに作り直す……簡単に言うとリメイクしてみよう、という企画です。今回はコニ・タン先生から依頼を受けました『幽霊と片想いと』をリメイクしてみました。コニ・タン先生の作品とあわせて、是非読んでみてくださいませ。
 私は彼の全てを知っている。
 そして彼は自分の全てを分かってはいない。
 だけど私は教えてあげない。
 なぜなら、それが彼の為だから。
 思いやり?
 そんなちっぽけなものじゃない。
 そう、それは神様との約束。
 それに……。
 私は彼を好きだから……。

「だぁあああああ!」
 それほど人通りの多くない街中の歩道、そこを全速力で駆け抜ける彼がいる。そう、ひたすら真っ直ぐに、これでもかという程の勢いで。そして私は……勿論といったよう、その後を、やはり全速力で追いかけてゆく。
「待ってよぉぉぉぉぉ〜!!」
 ほんとに、必死も必死。お互い必死。
 でも……。
 そこまで嫌がって逃げることないじゃない!
 ムッとしながら更に追いかけてゆくと、不意に彼が私の視界からパッと消える。どうやら角を曲がったらしい。そこから、何とか私を撒こうとしているらしいことを察すると、遅れてなるものかと私も素早く角を曲がり、そして……。
 思ったとおり、今度はあちらこちらの道を、どんどん細くなってゆく裏道を、これでもかという程彼は曲がってゆく。
 でも、私は負けなかった。男性の、その足に置いてかれることもなく、ぴったり後をくっついてゆくと、とうとう……。
「……」
 袋小路……。
 そこで私は勝利を確信して「フフフ」と不敵な笑みを漏らす。そして、顔を引きつらせてこちらを振り返る彼に向かって、じりじりと迫ってゆき、そして……、
「な……なんで、そんなにつきまとうんだよ」
「なんでって、好きだっていってるじゃないの!」
 何度も何度も言った言葉。彼に振り向いてもらいたい一心で。だけど悲しいかな、それに彼は世にも不吉なことを聞いたとでも言うように……。
「それは、いわゆる憑依……」
「ばかっ!違うよ!」
「じゃなんで、幽霊が俺を追っかけ回してくるんだー!!!」
 これこそとどめとばかりに彼はそう叫ぶ。
 そう、幽霊。私は幽霊。
 普通の人間なら見ることも触れることも出来ないし、彼みたいな私が見えるという特殊な人にだって、足は透明のまま。
 人間ではないモノ。二人の間に立ちはだかる、越えられない大きな壁。
 でも、でも、
「幽霊でも、好きなものは好きなの〜!それに大体、私はただの幽霊じゃない!」
「ただの幽霊じゃなかったら、どんな幽霊なんだ」
「生霊」
 それに彼は尚一層悪いとでもいったよう、ゲッといった表情で私を見ると、
「生きたまま俺を祟っているのか……」
「だから、祟ってなんかいなーい!!」
 私はいっつもそう。好きなのに、振り向いて欲しいのに、それを上手く伝えることが出来ない。不器用に動き回っていつも玉砕。
 だけど……、
 これは絶対叶えたい恋。ううん、ひたすら突き進んでも、かなえなきゃいけない恋!
「私、本気だよ。七槻君の為なら、なんだってする。掃除だって、お料理だって、お洗濯だって」
 だがそれに、彼はヒクリと頬を歪め、
「幽霊が、何ほざいてる」
 そう、全てはその一言で終わる。
 確かに、幽霊がお掃除したり、料理したりって……はたから見れば、ポルターガイスト。
 デートしたって、楽しくおしゃべりしたって、周りからすればそれは危ない独り言。
 通り抜けちゃうから、チューだって出来ないし……。
 立ちふさがる現実にがっくり肩を落として落ち込む私。するとそれに彼は呆れたような表情をして、
「ったく、一体どこでどうなってこうなったんだか……幽霊が人間の彼女になろうなんて……」
 そう言って、もう付き合ってられないとばかりにその場から歩き出した。勿論行き止まりの前にではない、やってきた道を後戻りして。それに私は彼の行く先を察して、心が寂しくなると、
「また……いくの?」
 するとそれに彼は、
「行っちゃ悪いか」
「ストーカー」
 その言葉に彼はフンと笑い、
「おまえほどじゃないけどな」
 そう言って私に背を向けていった。
 勿論私も凝りもせず、いそいそとその後をついてゆく。そして、やがてやってきたのは……、

 彼の高校、二階の渡り廊下。
 私ももうお馴染みとなってしまった……。
 そこで彼は窓辺に身を持たせかけ、そこから見える、光の庭と呼ばれる小さな中庭へと視線を向けていた。
 今は夏休み。校舎内は休みの間の部活動に励む者達の姿がちらほらと見えるだけで、閑散としたもの寂しげな雰囲気が辺りに漂っていた。
 そんな廊下の窓辺で、彼が見つめるもの、それは……。
 美しく手入れされた光の庭。そこで一人、フルートを吹く少女がいたのだ。
 長い黒髪の、いかにも優等生な雰囲気をかもし出す清楚な美人。彼の言葉だと、クラス委員も務めている才女であるという。
 それを彼はうっとりした目で見つめながら、ここまで響いてくる彼女のフルートの音色に静かに耳を傾けていた。そう、彼は惚れているのだ。彼女に、心から。
 それを私は呆れたような目で見つめながら、
「毎日毎日、よく飽きないね」
「おまえを見るよりは、千倍」
「夏休み中通ってくるの?」
「悪いか」
 それに私は抗議するよう唇をとがらせ、
「やっぱストーカー」
「おまえに言われたくない」
 ぴしゃりと彼はそう言う。そして彼女に目を向けたまま、彼は再びうっとりとしたような表情になり……。 
 それは、思わず胸がキュンとしてしまうような横顔で、それを見つめながら私は、
 ああ、どんなに頑張っても、この思いは伝わらないのだろうか……。
 強力なライバルを前に、思わず切ない気持ちになる。
 そして、気になる心につい私は、
「で、彼女にはいつか……告白しようとか、思うの?」
 すると、それに彼はムッとした表情をして、
「なんでおまえに言わなきゃなんない」
「ハイハイハイハイ!」
 間髪をいれず、発言!発言!と、私は勢いよく手を上げる。そして、
「七槻君を好きな者としての権利!」
 今更恥ずかしいも何もないだろうと、躊躇いもなく、あけっぴろげにそう言ってゆく。するとその言葉は彼の心を突いたのかなんなのか、ガラにもなく照れたような表情が返ってきて、少し視線をそらし、
「ま、まぁ……いつかはな」
「付き合って、どこかデートしたり、手をつないだり、チューなんかしちゃったりして」
「できりゃ、そりゃ夢のようだよなっ!」
 しつこい私のつっ込みに、流石に彼もうんざりしたのか、どこかぶっきらぼうに、腹立たしげに、そんな言葉を返してくる。そして、その気持ちを示すよう体も顔も私から背けてゆくと……、
 二人の間に襲う沈黙。それは、とてもとても気まずいもので、私は振ってしまった質問を今更のように後悔する。そう、彼の答え、それは私にとって、たとえようもない程痛いものだったから。全く、あそこまではっきり言われてしまったら……。だけど、これは彼の為。そう、彼の為の言葉なのだ。ならば……と、私は心を切り替えると、この雰囲気を払拭するよう思い切って、
「それなら……彼女とデートしたいなら、余計私を好きにならなきゃ……」
 それに彼は「はっ?」と訳が分からないような顔をする。
「なんで、彼女とおまえが関係……」
「私のこと……思い出さないと」
 どうやら、その言葉に余計訳が分からなくなったらしい、何を言ってるんだと、彼は眉を潜めて私を見る。そして、
「思い出すって……ある日突然、好きです、あなたも私のことを好きになってください、っておまえが言ってきたんじゃないか」
「それって、この前の、道端でのことだよね。私が幽霊になってからの」
「ああ……」
 それに私は落胆して、ガックリと肩を落としてため息をつく。だけど……この先は、言ってはいけないのだ。そう、神様との約束だから。あの時のことを覚えてない、何も覚えてない彼。それに、切なくて、涙が出そうになったけれど、
「とりあえず、まあ、がんばってみてよ」
 平静を装ってそう言って、私はその場から立ち去った。

 つらかった。そのつらい心に、とても彼の側にはいられず、とにかく今は彼から離れようと、ひたすら廊下を歩いていった。そう、彼といた渡り廊下から、校舎の端へと向かってスタスタと足早に。そして、歩きに歩いてとうとう行き止まりになって、私は壁に手を付く。こぼれるのは涙。どうにも堪えきれなくて涙をぽろぽろこぼしながら、私はかつてあった出来事を思い出す。そう、こんな姿になってからじゃない。まだ、ちゃんと動く肉体を持っていたあの頃に。
 同じ駅、同じ車両にいつも乗ってくる彼。私はずっと側で彼を見ていた。ただ見ているだけで私の胸は高鳴った。最初の内はそれだけでいいと、私は思っていた。だけど、段々気持ちを堪えきれなくなって……一緒になる駅の階段で、そう、この前の道端じゃない、駅の階段で、私は思い切って彼に声をかけたのだ。それは、決意の告白。心臓が飛び出るかと思った。声が震えた。そして何とか言葉を言い終わると、なんと彼は、
 コクリ
 そう、頷いたのだった。幸せに舞い上がりそうになる私。だがその時、
 ドン!
 発車しようとする電車に間に合わせようと急いでいたのだろう、駆け込んできた何者かに私は体を突き飛ばされ……そして……。
 それを助けようと、彼の手が私に伸びる。だけど、咄嗟のことに私の体重を彼は支えきることはできず、バランスを崩し、そのまま二人は……。
 ぼんやりとした光の差すふわふわとした雲の上のような場所。そんな場所で私は次に目が覚めた。目の前には白い貫頭衣を身にまとった、白い髪に白いひげの老人が。服装さえ違えばサンタクロースみたい、と思いながら、私は起き上がると、
「あなたは、誰?」
 すると、その問いにその老人は、
「わしは、神様じゃよ」
「神様?」
「そう、そしてここは地上と天上の境目」
「天上と地上の、境目……?じゃあ私……」
 死んでるの?と言おうとして、その神様とやらはいやいやと首を横に振り、
「死んではおらん。まあ、生と死の境目といったところかな」
 その言葉に、私は駅の階段でのことを思い出す。かなり、落ちたに違いない。途中で意識はなくなってるから、どこまで落ちたのかは分からないけれど。そして思うのは……そう、彼。私と一緒に落ちていった彼!
 ならばと私は勢いこんで、
「彼はどうしてるの!私と一緒にいた、彼は!」
 するとそれに神様は、
「彼?ああ、桂木七槻か。彼ならおまえと同じ状態だよ。生と死の境目にいる」
 その言葉に、私の周りの時が一瞬止まったようになった。
 私のせいで、彼も私と同じ状態にいる。そう、死んでもいないけど、生きてもいない……。
 言い換えれば、いつでも生の方に転がりえるが、死の方にも転がりえるという……。それに私は怖気の走るような思いをして、
「お願い、彼を助けて!私、何でもするから!」
 すがり付いて、私は神様に懇願する。
 するとそれに、神様は困惑したような顔をして、手に持っていた手帳をペラペラとめくると、
「現在、彼が死に至る確率は、八十%。その確率を下げるには……」
 は……八十%!!
 それを聞いて私は思わずといったようおののくと、神様を睨みつけ、ズンズン彼へと向かって顔を近づけていった。そしてその胸倉をつかみ上げ、
「お願い!彼を助けて!かわりにこの命をあげたっていいから。お願い!」
 そう言ってここぞとばかりにギュウギュウ首を締め付けてゆく。
 それに神様は「く……苦しい……」声を引き絞りながら、
「待って、待て。とにかく落ち着け。落ち着いてその先の話しを聞くんじゃ」
「彼を助けてくれる?そう約束してくれるなら!」
 そう、彼は自分の身を持って、私を助けてくれたのだ。絶対絶対彼を死なせる訳にはいかない、何に代えても、たとえ命に代えても!
 すると、それに神様はとうとう根負けしたかのように、
「分かった、分かったから。とにかくこの手を放すんじゃ!」
 それに私はようやく納得したようにコクリと頷くと、その手を放していった。一方の神様も解かれた縛めに、やれやれといった感じで肩で息をつき、乱れた衣服を正してゆく。そして、さて、といった感じで神様は私を、そう、その先の言葉を今か今かと待つ私の方へと向かって顔を向けると……。
「いいか、これは現在の確率。この確率は時と共に変動する。わしがそれを左右することもできないことではない」
 希望を持たせる言葉だった。それに私の胸は期待に膨らみ、
「じゃあ!」
 その様子を見て、神様はコクリと頷く。そして、
「そうだな……おまえが彼に好意を持ってもらうこと、それを条件にしては、どうかな。勿論、そうすれば現世に戻れるということを彼には伝えずに」
「それで……いいの?」
 ならば……楽勝ではないか。告白した時、彼はコクリと頷いたのだから。そう、彼に会いさえすれば……。
 だけど、現実はそう甘くはなかった。続けて神様は、
「じゃが、彼は事故のあった前後の記憶を無くしている。こういった状況になってることすら知らずにいる。それを無理に思い出させるようなことをしてはならん。そう、誰の手も借りず、彼自身の手で思い出させなければ」
「記憶を……なくしてる?」
「ああ」
 それに、私はがっくりとした思いになった。あの時の記憶のない彼、私を覚えていない彼、そんな彼を振り向かせなければならないのだから。それも、記憶を思い出させるという作業なしで。
 でも、でも……。
「そうすれば、彼は助かるの?」
「ああ。じゃが、そのかわり……再び生に戻った彼の記憶は、元のままだがな。つまり……事故にあった前後の記憶はない。今のこの、生と死の境目の時の記憶も。だから……」
 わかるな、と、神様は私に目で伝えてきた。
 そう、わかる。つまり、彼が目覚めた時、彼の頭の中に私に関する記憶は一切ないのだ。でも……。
「わかった。それでもいい。私をすぐに地上に帰して」
 固い固い、私の決意。それに神様も納得したよう、静かにコクリと頷いてゆくと……。

 そう、これが神様と交わした約束。
 それを胸に私は地上に降りると、それからあらゆる手段を尽くして、彼を振り向かせようとしてきた。とにかく私を好きになってと、必死で彼を追いかけ。だけど……結果はご覧の通り。
 あの時のことさえ思い出してくれれば、と何度思ったかしれない。例えその後全てを忘れたとしても、ほんの少しの間私のことを思い出してさえくれれば、と。だけど、自分から積極的にそれを促すことは許されず……。
 焦る心。
 そう、あの時を思い出そうが出さないが、とにかく自分を好きになってくれなければ、彼を助けることはできないのだ。どんなに必死になっても、それができなければ全ては無に帰し……。
 時間だって無限にある訳じゃない。彼の体力が尽きればいつだって……。
 こうしている間にも、彼の命は……。
 ううん、それは私自身にもいえることなんだ!
 神様との約束、中々それを果たせない自分。それに腹が立ち、もどかしさを感じ、悲しい思いになってゆく。
 それは、たとえようもなく悲痛な気持ちで、抱えきれぬその重荷に耐えかねて、私はしばしその場で泣き続ける。すると、
「なんで泣くんだよ」
 不意に後ろからそんな声が聞こえてきた。それに驚いて私は振り返ると、そこには困惑した表情の彼の姿があった。もしかして心配してきてくれたのかと、それに少し嬉しい思いになりながら、慌てて涙をふき、
「な、なんでもないよ」
 そう言って無理やり笑顔を浮かべる。すると、彼は納得したようなしてないような複雑な表情を浮かべてため息をつくと、
「なら……いいけど」
 そう言って背を向けてきた道を引き返していった。
 相変わらずそっけない彼、泣いている姿を見てもただそれだけ。でも、でも、きてくれたこと、それだけで嬉しくなりながら、私は彼の後をついてゆく。そして、
「それで、どうするの、これから」
「ん……もう帰ろうかと思って」
「ふ……ん」
 散々彼女を眺めただろう彼。さすがにもう気が済んだのかと思って、戻る彼の後を私はただひたすらついてゆく。教室の続く廊下をゆき、そこを抜け、広く開けた、階段のある踊り場へとやってくる。そして彼は、校舎中央にあるその階段をゆっくり降り始め……。するとその時、下からがやがやと言葉をかわしながら、何人かの集団が階段を上ってくるのが見えてきた。そう、手に手に楽器を持った集団が。
 それに私の胸はドキリと鳴る。
 そして予想通り、そこには、彼が思う少女の姿もあり……。
 思わずといったよう、階段を降りる足を止め、彼女に見とれる彼。一方彼女は、そんな彼など全く気にしないよう、どんどん階段を上がってきて、そして……ほとんど目の前といったくらいに二人が近づいた時、不意にバタバタと何者かが慌しく階段を下りてくる物音が聞こえてきた。それは、ジャージを着た運動部らしき男子生徒。急いでいるのか、彼はその勢いのまま一気に階段を駆け下りてゆくと、
「あっ!」
 黒髪少女とすれ違う瞬間、その男子生徒の肩が彼女の肩にドンとぶつかる。ぐらりと揺れてバランスを崩す彼女の体。片手には楽器、もう片手には譜面台、両手はふさがれていた彼女だったから、とても何かにつかまるという状態ではなく……。
 このままでは落ちる、誰もがそう思った。
 そして彼は……何とか彼女を助けようと思ったのだろう、目の前の彼女へと向かって慌てて手を伸ばしてゆく。彼女の危機と、素早く両手を前に出し。そう、それは確実に彼女を捕らえる筈……だった。だが、その体は彼の手をすり抜け、するりと空を掻き……。
 !
 驚く、彼の姿が思い浮ぶようだった。実際、彼の顔を覗きこんでみたら、やはり驚きで目は大きく見開かれており……、
「もう、危ないなぁ。ちょっと気をつけてよね!」
 彼女の後ろにいた部員の数人が、階段から落ちそうになっていた彼女の背を手で支え、走りゆく男子生徒に声を投げる。どうやら危機一髪。彼女は何とか助かったらしい。
 そう、それはいいことなのだ……が……。
 一方の彼。相変わらず彼は自分の手をじっと無言のまま見つめていた。
 それに私は祈るような思いになる。気付いたか、自分の状況に気付いたか、と。そして、まるであの時を髣髴とさせるようなこの状況、それに触発され、過去の全てを思い出してくれたか……と。
「七槻、君……」
 思わずかけた声に、彼は私の方を見遣る。そして、
「おまえは……」
 驚愕の色。
 そう、明らかに彼の自分を見る目が今までと違っていた。それに私は確信する。ああ、きっと彼は私を思いだしたのだ、過去の全てを思い出したのだ、と。そして、その眼差しに私は期待に胸を膨らませながら、コクリと頷き、
「そう、私、私だよ」
 すると、彼は、頭が混乱しているのかなんなのか、痛むよう額に手をあて、
「どういう……ことだ」
 そして、
「俺は……死んでいるのか?」
 それに私は違うことを示して首を横に振り、
「ううん、死んでない、死んでないよ。私が死なせない。もう大丈夫。だから……」
 そう言って私は言葉を止めた。あとは彼があの時私に感じた心を思い出してくれるだけ、そう思って私はその時をじっと待った。そう、彼がこの場から去りゆく時を。だが……。 
 それを見る前、まず私の方に異変が起こった。突然世界が回転しているようになり、真っ暗な闇になり、どこかに吸い込まれてゆくような感覚を味わって……。
 な、なに、これ。私、死んじゃうの?だ、駄目!まだ駄目ー!七槻君をちゃんと見送るまでは、まだー!!!
 だが、その思い空しく、体中が引きちぎられるような痛みを覚えると、やがて私は意識をなくしてゆき、そして……。

 光、次に目を開けた時、まず視界に入ってきたのは光だった。そして訳のわからぬまま、起き上がろうとピクリ体を動かすと、
「真澄!」
 なじみのある声が、私の耳に響いてくる。そして、目の前に現れたのは……、
 おかあ……さん……。
「お母さんよ、真澄、分かる?」
 それに、私はもう一度確かめるべく体に力を入れてみると……、
 ピクリ
 その思いに反応するかのよう、指先がわずかに動いた。
 あ、動く……。
 確かに生きているこの体。それを感じて、自分は生の世界に帰ってきたことをしみじみ悟る。そして、今一度確かめるようお母さんを見つめると、感じる生に、私はしっかり、そう、目に涙をいっぱい浮かべた、正真正銘私のお母さんへと向かって、しっかり頷く。
 すると、その反応にお母さんは感慨深げににっこり微笑むと、すぐに身をひるがえし、
「お父さん、お父さん!真澄が、真澄の意識が戻ったのよ!」
 そう叫んでいってその場から離れてゆこうとした。だが、今すぐに行かせる訳にはいかないのだった。自分には確かめねばならないことがあるのだから。そう、何よりも優先して聞かねばならない、大きな気がかりが。そして私は……。
「ま……待って」
 搾り出すようなその声に、「何?」といった表情で母親は再び顔をこちらに向ける。
 それに私は胸をドキドキさせながら、ゆっくり口を開く。そう、
「七槻く……ん、は?」、と。
 その問いにお母さんは、一瞬訳が分からないような表情をして私を見る。そして、しばし考え込むよう小首をかしげていたが……。
「ああ、あなたと一緒にいた子ね」
 不意に思い出したよう表情を明るくし、お母さんは私にそう言ってくる。そして、
「大丈夫よ。あなたより少し前、昨日の夜に、目が覚めたみたいだから」
 心から願っていたその言葉。それに私はようやく安堵して、一気に力が抜けてゆくような思いを抱いた。
 そうだ、無事だったのだ。
 神様は約束を守ったのだ。
 よかった……と心の底からそう思って、私は思わず口元に笑みを浮かべる。そして、弛緩する体と共に、目から流れていったのは、温かい……そう、一滴の涙。

 そして、それから私は驚異的なスピードで回復し、一週間後にはなんと病院内を歩き回ることも出来るようになっていた。
 ベッドの中ではひたすら彼が気になって仕方がなかった私。さて出られるぞ、となった途端、うずうずしていた気持ちを今こそと発散させるべく、お母さんから彼の病室を聞き出し、早速そちらへと向かっていった。そして、見つけた彼の病室。私はこっそり引き戸を少し開け、そこから中を覗いてゆくと……。
 わいわいがやがやとした賑やかな声がここまで聞こえてくる。
 そして視界に入ってきたのは彼と同年代らしき数人の人間。見た感じから察するに、どうやら彼の学校の友達がきているようだった。また尚嬉しいことに、彼の回復も順調なようで、囲む友人達の頭の間から、楽しそうに笑って談笑する彼の姿が私の目に入ってきた。
 当然、私はその輪の中には入れない。だけど、私は幸せだった。たとえ彼の記憶に私の存在はなくとも、すっかり私のことを忘れてしまっていても。
 そしてその光景を見つめながら、湧き上がる温かい気持ちと共に私は胸に誓う。
 よっしゃ、またこれから頑張るぞ〜!
 凝りもせず、全く凝りもせず、これからの彼へのアプローチについて、色々考えを巡らしてゆく私なのであった。
 そう、勿論打倒あの黒髪美人も胸に誓って。

                                          了

いかがでしたでしょうか?
リメイク作品第二弾です。
今回は、ジャンル的には好みなものだったので、逆に失敗はできないなぁ、初めて書くジャンルだからと言い訳できないなぁと、ちょっと緊張を感じながら書きました。
楽しんで読んでいただければ幸いなのですが……。
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