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ドリームパンチライン

作者: 八田ミノル

死んでしまった。

比喩でもなんでもない。俺は死んだ。

午後六時五十五分きっかり。もしかしたらあと一分遅かったかもしれないがそこは些細なことだ。少なくともその時間帯にケータイを開き、そしてそれが原因で死んだのだから。


その日は久々の休日だった。週に一度の休日なんてあってなきがごとく、休日出勤ならマシな方で自主的に(・・・・)自宅に仕事を持ち込むことなんて毎日の出来事だ。あのケチな部長が残業手当をき前よく振舞うはずがない。

それらの事実を踏まえ、俺が年甲斐もなくはしゃいでしまったのもそれは仕方のないことだと言えるだろう。毎日のように心の中で藁人形を打ち付けている相手である部長に思わず感謝の言葉を述べそうになったほどだ。まあ、俺をここまでこき使ってる張本人がその部長なんだが。

そこまで楽しみにしていた休日だが、学生の頃とは違い何処かに遊びに行こう、なんて気分になど心身ともにボロボロな俺が思うはずもなく、ただひたすらために貯めたビデオを消費する程度の使い道しか思い浮かばず、結局自堕落に過ごしているうちに夜がきてしまった。

実にくだらないことに休日を使ってしまったと軽く自己嫌悪を引き起こしつつ、夕飯を兼ねた晩酌にと近くの居酒屋に行こうと立て付けの悪い扉を開き、家を出た。

明日からまた仕事が始まる。そんなことを考えるとせっかくの休日だというのに非常に気分が落ち込む。学生の頃も日曜日は夜になると憂鬱になったものだ。この番組が始まるということはもう一日も終わりだ、と。明日からまた早起きをしなければならない、と。そう考えてしまい休みの浮かれた気分が一気に吹っ飛んでしまうかのようだった。

ふと、着信音がなる。曲のタイトルは忘れたが一昔前にはやったドラマの主題歌であることだけは記憶にある。だれからかと思い一度立ち止まりケータイを開く。画面に映るのはメッセージを受信しましたという一文、それから六時五十五分という数字。あの日曜日の家族アニメがそろそろ終わる時間帯だ。つまりもうすぐ今日が終わるということ。またしても気分が落ち込む。いっそ明日がこなければいいのにとすら思えてしまう。

人しれず憂鬱な気分を味わっていたまさにその時だ。

「危ない!」

それが最期に聞いた声。

歩道に向かって突っ込もうとする軽トラックのライトが最期の光景。

今まで味わったこともないような激痛を体全体に満遍なく喰らい、そこで意識を失った。



それがついさっき、少なくとも俺が覚えている範囲で一番新しい記憶だ。詰まるところ、俺は酔っ払いだか居眠りだかは知らないが明らかに運転手側があり得ない不注意をしてくれたおかげで未体験レベルの痛みを味わったこれは間違いない。問題は、俺の部屋で寝ていたこと、そして体に傷一つついていないこと、この二点にある。

起きたその時はやけにリアルな悪夢だったのだと納得させようとした。しかしだ。夢の中よろしく溜まったビデオを消化しようと再生してみるとその映像に見覚えがあるのだ。デジャヴなんてチャチなものではない。次のアクション、セリフ、その他多数すべてにおいて夢の通りなのだ。この期に及んで偶然にも夢と重なった、なんて思えるほどす俺も気楽な性格はしていない。つまりあれは一種の予知夢であったのではないのか、と。つまりこのままいけばあの光景が再現されてしまうのではないだろうか、と。

確かにこの考えはいささかSFじみているかもしれないしかしだ。偶然で片付けるならこの状況はどう説明すればいいのだろうか? まさか自分で作った番組だからわかっただなんて言うまい。どちらにせよあの夢をみたあとで外に出る気になんかなれない。やることもないので仕方なく、適当にチャンネルを回し始めた。



時刻は午後六時五十四分。つまり夢の通りならもうすぐメールがくる時間だ。きて欲しくないと思う反面、間違いなくメールはくるという確信があった。

そして迎える五十五分、流れ出す一昔前にはやったドラマの主題歌。やはりあれはただの夢ではなかったらしい。だがまさかここまでトラックだってつっこんでくることはないだろう。ここはマンションの四階。少なくともレーシングゲームに出てくるような飛び台でもない限りひかれるなんてことはあり得ない。そう自分を落ち着かせケータイを開く。そこにはやはりメッセージを受信しましたという一文、それから六時五十五分という数字。だがしかし、やはりといえばやはりなのだが切羽詰まった声も、こっちに突っ込もうとするトラックの姿もありはしない。メールの内容だってたいしたことはない。学生時代からの友人がよければ今から飲みに行かないかというお誘いのメールだ。彼には申し訳ないが今回は断らせてもらおう。もう大丈夫だとは思うが念のためだ。今日は一歩たりとも家を出まい。

さてなんといって断ろうか、そう考えていたら。

何か、いやな匂いがする。

なんというか、一番近いのは焚き火、だろうか? 魚なんかを焼いた時のような時とは違う、何かの燃える匂い。

もしかして、そう思い今日初めてあの立て付けの悪い扉を開いた。

眼前に迫る炎を最後に、俺の意識は闇に消えた。



荒い呼吸とともに勢いよく起き上がる。背中にはびっしょりと嫌な汗。再びやり直せることに対し喜びなんてかけらも出てきやしない。あまりにも理不尽ではないか。あの最後の光景から察するに次の最期は火事のせいで焼け死にか。ふざけるなよと誰にでもなく悪態づく。

わざわざ俺を追うかのように俺を殺しやがって。まさかトラックの運転手が放火したのではないだろうか? まずあり得ないとは思うがこうもSFじみた事が続けばそんなオチだったとしてもなにも驚かない。どうしようと追いかけてきて殺しに来るのではないかとすら思える。

だが、ここまで来てあきらめるなんて論外だ。あと何度コンティニューができるのかは知らんが死んでなどたまるか。いくらだってあらがってやる。


通帳や着替えなどの必要最低限のものをかばんに詰め込み、立てつけの悪い扉を開け放ち家を出る。

どうしたものか。会社にでも行くか? いや、これだとまた火事でも起きたときにまた逃げることができない。つまり建物の類はすべてアウトだ。道路沿いももう歩きたくはない。あの激痛は二度とはごめんだ。

いっそ町はずれにあるあの廃ビルなんてどうだろうか? あそこなら急にトラックが突っ込んでも高い買いにでもいればひかれることもあるまい。コンクリートだけなのだから火事におびえる必要もない。不法侵入だなんて言わせるものか。こちらは命がかかっているのだ。緊急事態にすら法律だなんだと吠えるようなバカは警察などやめてしまえ。

新たな希望に心躍らせ、次なる目的地へと足を向ける。



随分と時間がかかってしまった。本来ならバスを使わなければ足を向けないほどに遠いことに加え、またトラックにひかれないように大きな道路には近付かないようにわざわざ遠回りをしなければいけないのだ。平安時代にはやったという方違を思い出す。

それでも何とか付いた。七時五十一分、本当にぎりぎりのことだ。

階段を急いで登る。二階や三階ではもはや安心できない。なるべく上へ上へ。気付けば屋上まで駆け上がっていた。

デジャヴを起こしそうな立てつけの悪い扉を開け放ち、転がるように外へ出る。

息が荒れる。横腹と足が痛い。心臓が口から飛び出そうなほどに暴れまくっている。

息がまだ整わない中、今の時間のことを思い出しあわててケータイを開く。

いやになるほどに見たメッセージの着信がありますという一文。そして、六時五十六分という数字。

やった。やった! やっと逃げ切ったんだ!

達成感というか、幸福感というか。今までにないほどの高揚感が腹の内からひしひしとあふれだしてくる。ふらりときて思わず大の字になって寝転がる。そういえばついさっきまであんなに疲れていたんだったか。何年もパソコンの前に向かって諏訪路続ける毎日だったのだからここまで疲れてしまうのも無理はないのかもしれない。でもこのままというのも少ししゃくか。明日からは歩いて通勤してみるか。そんなとりとめのないことを考えられるほどに、俺の心の中にも平穏が訪れていた。だからこれは仕方のないことだったのだ。

突然襲ってくる激しい揺れ。耳がおかしくなりそうな倒壊音の波。そして何の前触れもなく全身を包む浮遊感。これ以上になく悔しさに醜く顔をゆがませたことだろう。だからこれは仕方がない。

人生三度目の死は、一度目の死よりも長く強く苦しんだ。



「チィクショウッ!!」

渾身の力で壁を殴りつける。またなのか。いったい俺が何をしたというんだ。神だか悪魔だか知らんがふざけるなよ。あれだけ動かせて一分だけ寿命が延びましたじゃあまりにも馬鹿にしているという話だ。しかも大地震が起きて死んでしまいましただ? 人を馬鹿にするのもたいがいにしろ。次はなんだ? 隕石でも降らせるつもりか? 冗談じゃない。

財布だけを持ち扉に手をやる。なかなか開かない扉にいらだち思い切り蹴り開けてやった。隣の部屋のやつがうるさいがそんなもの知ったことではない。死ねばまた元通りなのだ。仮に明日まで生きていたら菓子折りつきで詫びに行ってやる。その前にお前は地震で死ぬだろうがな。ああその前に火事で焼け死ぬのか。長く苦しく死ぬがいい。

まずはバスに乗る。少なくともこの町、いや県にいれば地震で押しつぶされる。バスに乗っている間にトラックに突っ込まれるかもしれないがその時はその時だ。一度苦しんだ後次は電車で出て行ってやる。それがだめなら船だ飛行機だ。何を使ってでもここから出ていく。

幸いにも事故は起きなかった。時刻はまだ午前九時、とりあえず死の予定時刻まで十時間近くある。だがここだとまだ安心できない。日本にいる限りいつ地震が来るかわかったものであないからだ。日本には地震を起こすプレートがありそいつがずれた時の勢いで揺れるとかだったはずだ。そしてそのプレートがほとんどない国の一つがたしかオーストラリア。今からなら十分に間に合う。幸いにも空港は近い。

ここでもまたなにもない。エンジントラブルもハイジャックも起きることなく予定時刻どおりに目的地のオーストラリアに着く。ここで時刻は午後六時。あと五十五分。まだだ。ここだとまたトラックが突っ込んでくるかもしれない。建物はだめだ。また火事になる。残念なことに見渡す範囲には廃ビルがない。

どうする。道路の近くではなく、燃えるものも少ない場所。できれば人が少ないほどいい。ならば……そうだ。公園なんてどうだ。さすがにこの時間なら誰もいない。居てもごく少数だ。外国でも探せば公園の一つぐらいないはずがない。そう思い走り出す。いそげ、もう五十分しかないぞ。

みたこともない街をかける、かけよ、かける。周りの人々はよっ歩と日本人が走っているのが珍しいのだろう。ジロジロとこちらをみてくる。非常に不愉快だ。

この時点では車とすれ違うことこそあれどもひかれることもない。火事の現場に居合わせることもない。無論地震だって起きない。

どれだけ走ったのかはわからない。気がつけば公園のど真ん中に立っていた。砂場、ブランコ、滑り台。日本でもよく見る光景だ。幸いなことに周りに人影もない。

今の時間は……六時五十五分。まだ安心なんてできるはずがない。あと五分、いや十分は安心できない。少ししてメールがくる。トラックはこない。遠くで人の笑い声が聞こえる家事は起きない。親から安否のメールがくる。地震なんてこない。時間がどんどんすぎる。五分、十分、三十分、そして一時間。

やっとか? もう安心していいのか? 時刻は八時六分。それでも俺には傷一つついちゃいない。痛みがない。脅威がない!

「は、ははっ。やった、ザマーミロ! 逃げ切ってやったぞ! はははっ!」

何に対してのザマーミロなのか。そんなもの知ったこっちゃない。やっとだ。本当に、長かった。涙が溢れてきやがる。ある意味貴重な体験だったがこんなものにどとごめんだ。

周りが涙でぼやける。野暮ったくなって袖で拭おうとしたその時。周りが明るくなった。

「な、なんだ?」

トラックのライト? その割には明るすぎる。炎の光? それもまだ足りない。倒壊による爆発? それが一番イメージに会うかもしれない。

周りを見渡す。しかし予想を裏切り何もない。どうなっている。何もないのにこんなに明るくなるはずがない。

そこで気がついた。空から、何やら耳に悪いような音がする。

空を見上げる。

「ははっ……」

そこには

「あははっ……」

空を覆い尽くす大きな光る何か。

「あはっ、あっはははは! あっははははははははは!! げほっ、あはっはははははははは!!!」

四度目の死には、なんの苦しみもなかった。



目が覚める。

周りの人間がこちらをみている。そんなこと知らない。デスク付きの椅子から立ち上がる。部長のようなハゲがこちらに何やら怒鳴りつけている。知ったことではない。扉を蹴開ける。どうせたてつけが悪いのだから仕方ない。周りが一斉に黙る。それを無視して階段を登る。

屋上に出る。空が青い。でもそのうち空は明るい隕石で埋め尽くされるだろう。

柵に手をやる。どうせ死ぬのだ。関係ない。靴は脱がない。自殺ではない。これはリセットだ。このあとで俺はどうせまた布団から起き上がるのだ。なんの問題もない。

両手を広げ飛び降りる。小学生の頃よく階段やジャングルジムから飛び降りていたことを思い出す。頬を打つ風が心地よい。

地面が迫る。痛いかもしれない。だがそれも一瞬だすぐにきえる。








激痛のあとにやってきた暗闇は、二度と晴れなかった。

Dream punch line=夢オチ

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