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スマートフォンの中の誰か

作者:

 大学での友人関係というのは面倒なもので、授業が終わって別れた後も見えない形で生活につきまとう。

 顕著なのがLINEというスマートフォンのアプリで私の都合にお構いなく友人からのメッセージをお知らせしてくれる。

 私には私の都合があって一人で部屋で映画を見たり静かに本を読んだりしたいこともあるのに、そんなことに関係なくLINEの新着メッセージのお知らせが届く。


 私も学生生活を一人で過ごしたくないので、わずらわしさを感じながらも友人からのメッセージに律儀に返事をする。バイト先の愚痴や実際には行かない遊びの予定などを無難な返事をしてやりすごす。

 特に話を盛り上げることもしないが、気まずい雰囲気にもさせない。私なりの処世術のつもりだ。

 そんな風に上手くやっていたはずだったからこそ友人から言われた一言は私の胸に突き刺さった。


「別に責めるわけじゃないんだけど、既読無視が多いよね」


 そんなはずは無い。目に付いたものはちゃんと返信している。

 気づくのが遅くなってしまうことだってあるけれど、それには「遅くなってゴメンね」と言うようにしている。無視するなんてことは覚えがない。

 それでも、その場にいた何人かが「うん、あるよね」と同意していたので、その子だけの勘違いではないようだ。

 おかしいと思いながらもトーク履歴を確認してみると確かに言われた日時で見たことの無い話題を受信していた。


「ゴメンね、寝ぼけて見て忘れてたか、ポケットに入れて歩いてて勝手に既読にしちゃったのかも」

「あー、あるある」


 ありそうな可能性を提示して謝って済ませたが実際はそんなことはあるはずが無い。

 私は寝るときに、いつもスマートフォンをベッドから離れた机の上においている。

 一度寝るとなかなか目を覚まさないので、タイマーで目覚ましをかけて遠いところに置かないと朝は起きられないからだ。

 ワンルームのアパートだが、ベッドから出て机まで歩いていけば少しは目が覚める。そこで洗面所に行ったりトイレに行ったりして無理やり目を覚ますのだ。

 だから、寝ている間に新着メッセージのお知らせが来ても寝ぼけてベッドから降りて確認するなんてことは考えにくい。そんなことがあるとするなら、夢遊病を疑わなくてはいけない。

 それに歩いてる最中はロックをしているから、いくら足でこすれても勝手にロックの解除までするわけがない。


 とは言え、私も寝ぼけることはあるし、ロックをかけ忘れてポケットに入れることだってあるだろう。

 私は自分でしっかりしているつもりだが、思っているよりもうっかりしていることが多いようで部屋の鍵をかけ忘れたり、何も持たずに大学まで行った事もある。

 だからきっと、そういうついうっかりの類だと思って、それほど気にしないで既読無視の件はすっかり忘れてしまっていた。

 それから何週間かして、別の友達から「あれは無いよね」と言われるまでは。


「どういうこと?」

「勝手に深夜に愚痴った私も悪いとは思うけどさ、”黙れ”は無くない?」

「え、なにそれ」


 全く覚えが無いので、最初は友人の勘違いかと思った。違う人に間違って送って怒られたのを私だと思っているのだと。

 しかし、実際に友人のLINEの画面を見せてもらうと私のアカウントから「黙れ」という一文が送られているのを確認できた。

 恐る恐る、自分のスマートフォンを開いてみると、同じ会話に対して辛らつな言葉をぶつけた跡が残っていた。


「なにこれ、わかんない」

「本当に知らないの?」

「知らない、怖い」

「もしかしてさ、アレじゃない?」


 私の怖がる様子を見て、どうやら本当に私が送っていないのだと信じてくれた友人は、別の可能性を示唆した。


「ちょっと前にニュースでやってたじゃない。アカウントの乗っ取りとか、遠隔操作とか」


 確かにその話題はテレビで繰り返し報道されていて私も見たことがある。

 その時の犯人は既に捕まっているけれど、同じ方法で誰でも簡単にハッキングすることが出来るとコメンテーターが言っていたのを思い出した。

 本当にそうなのかもしれない。私の知らない誰かが私のスマートフォンを乗っ取って、勝手にLINEを既読にしたり、面白半分で酷い言葉で返信をしたりしているのかもしれない。


 私のスマートフォンから発信された情報は、他の人にとっては私自身からの連絡と同じになってしまう。そこに私がいなくても、私がメッセージを読んだり送ったりしたことになってしまうのだ。

 スマートフォンが乗っ取られるということは、現代では私自身が乗っ取られるということと同じだ。私自身が知らない「私」が、勝手に情報を発信して広がっていくことを想像して身震いする。


 金銭的な被害にあっているわけではないので警察への届出は見送ったが、スマートフォンで使用している全てのパスワードを変更した。

 私よりもコンピューターに詳しい友人が「もし本当にハッキングされているならパスワードを変えても無駄かもしれないよ」と言うので、本当に調べるならこういうのが必要という話を聞いてスマートフォンの操作を記録するアプリというのを購入してみた。

 変に無料のものを使うのも危ないらしいので、私でもロゴを見たことがある有名メーカーに限定して探してみると「スマホが操作されるのを監視します」という説明文の監視カメラアプリを見つけた。

 LINEのスタンプなども購入したことの無い私からすると、アプリにお金を出すのは高い買い物と感じてしまうが、それでも安心を買うと思って断腸の思いで購入ボタンを押した。


 簡単な操作で設定できて、ロック状態でも動作するというので早速インストールして動作させてみることにする。

 アプリを起動させてベッドから離れた机の上にある充電スタンドに置き、友人にそのことを伝えると「後は明日どうなってるかだね」と言われた。確実に不正な操作をされていれば警察も証拠として受け取ってくれるそうだ。

 翌朝、録画された映像をすぐに再生したが、そこに映っていたものは私の想像とは違っていた。

 ホーム画面の動きを記録すると思っていたのに、私が購入したアプリから再生されたのはスマートフォンのインカメラで撮影した部屋の映像だったのだ。

 説明をよく読まずに購入してしまった私が悪いのだが、これでは本当に高い買い物だ。遠隔操作でスマートフォンがハッキングされている様子を写したかったのに、実際には私の部屋の様子が映っているだけでしかない。

 20倍速で流れる録画された部屋の風景を眺めていると、洗面所の方から出てきた足が机の方を向いて少し立ち止まったあと、ベッドに入っていくのが映っていた。

 部屋の隅にある机の上に置いてあるので部屋全体が入るように撮影されている、ベッドや廊下を通して玄関まで部屋全体を撮ることが出来たようだが、角度が悪かったのか床の方だけしか映っていなかった。

 ベッドに入ってからは、ずっと変化が無い。


 倍速の数値を上げて数時間分の早送りをするとカーテン越しに部屋に明かりが入り朝になったのが分かった。

 ベッドの中がもぞもぞ動いて洗面所へと向かって歩いて行く。


 直後、玄関が開いた。


 部屋に入ってきた足は一直線にスマートフォンへと向かってくる。

 手が伸びて、持ち上げられる。


 そこに映るのは、見間違えようの無い私の顔。

 隣に住む友人の部屋で夜通し話し込んでいた私が、アプリの録画を停止したところで映像は終わった。


 今そこで私のベッドに入っていたのは誰だ。

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― 新着の感想 ―
[一言] オチに、見事にひっかかり、「えっ!?」となりました。一人暮らしネタらしい、怖いエピソードでした。
[良い点] 身近な恐怖ですね! 部屋に入り込んでいたのが、幽霊なのか、生きている人間のストーカーなのか、はっきりしない分、想像が広がります… [気になる点] スマホが録画していたのは主人公が期待したの…
[一言] 今ならではの恐怖。面白かったです。 ラインの既読無視から始まり、買ったアプリがインカメラの録画アプリであり、そこに撮された恐るべき真実。 まるで映画パラノーマルアクティビティの現代版のような…
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