市長の娘グランディーナ
産まれて初めて魔物を見た三人は、鼻から口元へ震えが走った。
その威圧感に死を覚悟する。瞳は真っ赤に燃える紅蓮。剥き出しの岩のように強固な皮膚は、鋼ですら通さないように見える。
実際この惑星に住まうワイバーンは小柄だが、恐怖心が手伝ってもっと巨大なものに思えた。
「あんなの、勇者じゃないと相手に出来ないよ」
乾いた笑い声を出し、エミィがこぼす。人は、恐怖が許容範囲を超えると笑うものだと初めて知った。それが正常なのか異常なのか、分からないが。
三人は逸れないように走り続け、地下室があるという家を探す。知っているのは、ニキだけ。しかも、見たことがあるのは一度きり。普段の街であれば落ち着いて見てまわれるが、この状況では焦燥感が勝ってしまう。
さらに人も多いので、現在地が何処か分からなくなりつつあった。大通りは混み合っていて進めないので狭い路地に入り、進む。
「待って! 置いていかないでっ! 行かないでええええええええっ!」
同姓の甲高い叫び声に、三人は吸い寄せられるようにそちらを見た。
隙間から大通りが見える。
少女が一人、手を伸ばして泣き喚いていた。地面に突っ伏し、必死に助けを呼んでいる。
「待って、お願い! 友達でしょ!?」
「知らないっ!」
人ごみに紛れ、友達は去っていったらしい。言い知れぬ失望の色が顔に浮かんでいる。
「痛い、痛いっ! 踏まないでぇっ」
倒れた少女の上を、逃げ惑う人々が通っていく。
「邪魔だ、退け!」
「痛い、痛いよぉっ」
消えていく少女の声には、聞き覚えがある。
三人は顔を見合わせると、誰が言い出すでもなく大通りへ駆け出した。
「だ、れかぁ」
そこに倒れていたのは、市長の娘グランディーナ。足を挫いたらしく、立ち上がれないようだった。しかも、人々に踏まれ痛みに呻いている。
高価な衣服は泥まみれで、愛らしい顔は涙と鼻水で汚れていた。
「ガーベラ!」
ニキが止めるのを振り払い、ガーベラは一直線にグランディーナに駆け寄った。泣き続けるその身体を死に物狂いで起こし、背負うようにして移動する。
「掴まって!」
「あ、貴女」
自分を救った見覚えのある娼婦に、グランディーナは戸惑った。だが、言われた通りに大人しく摑まる。今の彼女には自尊心などない。助かる為には彼女を手に借りるべきだと分かっていた。
「なぜ、助けてくれるの」
自嘲気味に嗤いながら告げるグランディーナに、ガーベラは何も言わなかった。
「友達は、足を痛めた私を置いて去ってしまったのに。娼婦は馬鹿なのかしら」
涙声で強がる彼女を憐れみ、ガーベラは無言で路地へと向かう。ただの同情で、気まぐれだった。高慢ちきなお嬢様に恩を売るつもりも、まして愛人の娘を助けて褒美をもらおうなどという打算もない。
見ていられなかったのだ、惨めで。
「さぁ、急いで! ここは危険よ」
ニキとエミィが迎えに来てくれた。三人でグランディーナを支え、路地を目指す。
「あなたたち……大馬鹿よ。私、私」
先日、彼女らに悪態ついた自分の愚行を恥じたのか、グランディーナは爆発するように泣き出した。複雑な感情が絡まってしまったのだろう。
だが、苛立ったニキが叱咤する。
「煩い、泣くな! 泣くなら、助かってからにして。泣く力があるのなら、自分で歩く努力をして!」
「ご、ごめんな、さ、ごめ、ん、なさ」
大きく身体を震わせたグランディーナは、嗚咽しながら頷いた。痛む足で歩いたことなどなかったので、思うように進めない。しかし、歯を食いしばる。
細い路地に入り、応急処置をする。それから地下を探して身を隠す。ガーベラは段取りを思案し、励ますようにグランディーナの背を叩いた。
だが、不意に地面が翳った事に気づいて軽く空を仰ぐ。
途端に、喉の奥から悲鳴が飛び出した。
ガーベラの悲鳴に呼応するように、三人も見上げて絶叫する。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
真後にワイバーンが一体。前方の宿屋の屋根にも一体。
二体に挟まれてしまった。