ノモンハン事件 11 〜977高地の激戦と影響〜
午後より開始された977高地奪回戦は終始日本軍優勢に終わった。
高地の戦いは日露戦争の203高地の戦いの様に、一度奪取されると奪回するのは難しい。
高地を奪回しようと斜面を登れば、頂上から銃砲弾が飛んできて、あっという間に死屍累々の状態になる。ソ連軍の支援爆弾も十二試艦戦や97式戦に阻止され大損害を出した。
この報告を受けたジューコフは、爆弾から昼夜支援砲撃に切り替えた。
さすがに、昼夜に砲撃を決行されたら戦意損失で高地を放棄するだろうと考えた。
しかし、これも失敗した。昼夜決行で砲撃すれば大量の弾薬を必要とする。
その補給車列を日本軍が攻撃したからだ。
それだけでなく日本軍は昼夜決行の重砲陣地爆撃を開始した。
この為、苦労して弾薬補給しても重砲陣地ごと吹き飛ばされてしまった。
また、重砲陣地を治す為の材料も輸送しなければならないし、運んだとしても、昼夜爆撃されれば治す暇もない。
じゃあ、制空権を取り返せばいいんじゃないかと言うことになるのだが、今やこれも難しくなった。
実は、海軍の全空母艦上機を派遣し、陸海軍の航空隊が共闘することになった。こにより、作戦参加機数を増やすことができた陸海軍は一気に攻勢に出た。
9月10日に、96式陸攻・97式重爆などが十二試艦戦・97式戦・96式艦戦の護衛の下、飛行場を爆撃した。この為、ソ連軍は航空作戦を大きく制限されることになった。
(ちなみに、十二試艦戦は9月になって新たに12機、予備機3機を加えた15機を派遣した。)
さて、地上でもソ連軍は苦戦していた。
支援砲撃、支援爆弾共に封じられたソ連軍はとにかく、大攻勢の為に集めた戦力でがらむしゃに突っ込みしかなかった。
これに対して、宮崎連隊は万全の体勢で待ち構えていた。
歩兵に対しては、重軽機関銃と擲弾筒による弾幕で接近を阻止し、戦車・装甲車に対しては、自国製あるいは鹵獲品の速射(対戦車)砲、山砲、歩兵砲、はたまた高射砲(対空砲)を持ち出して迎え撃った。
その結果、高地周辺にはソ連軍兵の死体や戦車・装甲車などの残骸が日が過ぎると共に増えていった。
この報告をジューコフより受けたスターリンはここが潮時だと考え初めていた。
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作者「次号でノモンハン事件は最後です。」福本「長かったですね。」マリーダ「ところで次はなにやるつもり?」作者「ちょっと未定です。」遠地「大丈夫なのかよ。」作者「多分。」千歳「それではご意見ご感想お待ちしております。」
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