ドイツ、政変!
1938年12月。
年の残りもわずか1ヶ月となり、新年をどう迎えようかと世界中の人間が考えていた時、そんな事を忘れてしまう【歴史を変えた】出来事が起こった!
12月7日、政権不安定なフランスと友好条約をドイツは結んだ。
この友好条約について色々な憶測や推測がされたが、主に言われたのがほぼ同族(主義的に)のスターリンとなんらかでケンカしたのではないかと言う事だった。
さて、条約締結後ヒトラーはパリからベルリンまで専用機で戻ると言い始めた。随行員は悪天候とあり、止めるよう説得したが聞きいられず、ヒトラーは外相リンベントロップ、秘書のボルマンら数人と共に専用機に搭乗、他の随行員は列車で帰国した。
翌日、列車で帰国した随行員はヒトラーの乗った専用機が到着していないことを知った。
その後の捜索によりベルリン近郊の森に専用機が墜落しているのが発見された。生存者なし。
もちろん、遺体の中にヒトラー総統の遺体もあった。
これによりドイツたちまち大混乱(主に政府)に陥った。
これは政府や議会をヒトラーが仕切っており、その本人が死亡した為だ。
何よりヒトラーの死で与党のナチス党が慌てた。
政権奪取の為、反ナチス政党などが動き始めたからだ。
この為、一刻も早い政権回復が望まれたのだが、そんな人物はいなかった。
国会元帥のゲーリングは無能の上にモルヒネ中毒者、親衛隊長官ヒムラーは党内では実力者だが外部では無名、宣伝相ゲッペルスは国内外では有名だが人望がなかった。
こんな人物ばかりしかいなかったから、後継者を出せなかった。
これに対し野党の動きは素早かった。
すぐに保守派勢力を結集し、強力な政治家を出してきた。
キリスト教民主党の政治家で、元ケルン市長のコンラート・アデェナウアーである。
史実では、彼は1949〜1963年に西ドイツ(ドイツ連邦共和国)に就任している。その彼がこの世界で早くも新しいドイツの首相になろうとしていた。
その後アデェナウアーは国会議員になる補欠選挙以降国防軍が警護に乗り出した。
これに対しナチス党本部や内務省官僚は抗議したが、本来なら守るべき警察がナチス党の影響下にあったからだ。
この抗議は国外はもちろん、国内世論も相手にしなかった。
これはドイツ国民が一党独裁の弊害に気付いた現れだろう。
こういった国防軍などの協力により翌年の2月、アデェナウアーは首相に就任した。
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作者「次号は、日本で首相が代わります。ご意見ご感想お待ちしています。」
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