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また100年後に会いましょう
作:改札口


 満天の星空を背に、先ほど上り終えた階段を見下ろしながら、少女はほんの少し乱れた息を整え、顔を上げた。
 少女の名前は八坂千歳やさかちとせ。着ている制服から察しられるように、現役の高校生だ。
 だが、今彼女がいる場所は、あまりにも高校生がいる所とは掛け離れている。そう、ここはゲーセンでもファミレスでもない。誰もいない真夜中の神社なのだ。

 不安な様子を隠すこともせず、懐中電灯を頼りに千歳は歩き出した。
 相当年季が入っている神社で石畳は所々欠けていて、その隙間からは雑草が生えている。頬を撫でる初夏の風に気を取られると、足を躓かせる。それを何回か繰り返しながら進むと、懐中電灯の頼りない光りがあるものを捉えた。
 懐中電灯の光りが照らし出したもの、それは二匹のお稲荷様だった。雨風で擦り切れたそれは、奇妙な影をつくり、千歳の不安そうな表情をさらに濃くしてしまう。
 そんな表情のまま、千歳は向かい合っているお稲荷様の下に腰掛けた。石で出来たお稲荷様はひんやりと冷たくて、千歳は大きな目をふっと閉じた。
 そうやって初めて17歳の少女らしい、あどけない表情が戻ってきた。
 そうすると千歳の頭の中には唐突に、そして鮮明にある映像が姿を現す。もう十回目の経験なので、千歳は特に驚きもせずにその映像を追いかけた。

 そこは、さっきくぐったはずの鳥居だった。
 だが、その鳥居は前のそれより何メートルも大きく見え、奥へ続く階段も、ずっと長く高く見える。それでもそこは、紛れも無く見覚えのある風景だ。
 木々の合間から漏れる陽の光は、柔かく石の階段を、そして千歳を包んでいた。姿は見えないが、どこかで小鳥もないている。
 千歳の頭には、いつの間にか麦藁帽子が乗っていて、白い手の先にはごつごつとした黒い手が握られていた。なぜか浮かれていた千歳は、繋いでいた手を離し、階段を駆け上がった。そして下を向き、黒くごつごつした手の持ち主を急かす。
「――さん! 早く早く!」
 放たれた言葉は、予想以上に高く周りの小鳥達の歌声とそっくりだ。
 そんな声で呼び掛けられた相手は、顔に微笑みを浮かべたまま鳥居の前で立ち尽くしていた。
「――さん。どうしたの?」
 不思議に思った千歳は、幾分声を落として尋ねる。しかし返ってくるのは寂し気な微笑みと、予想外な言葉だった。
「ゴメンな。千歳」
「どうしたの! どこ行くの!?」
 こちらを向いた黒い手の持ち主の背中に、千歳は叫んだ。その声で無数の小鳥が、神社の 木々から飛び立った。
「ゴメンなぁ、本当にごめんな」
 大きな声を出しているわけではないのに、その一言一言が耳の中で反響し、心の一番柔らかい場所に突き刺さる。
 小さくなる背中を追いかけようとし、階段から転げ落ち、急いで顔を上げた時にはもう追う相手の姿は見えなくなっていた。
 後は静かになった鳥居と階段とその下で呆然とする千歳だけが、残されていた。

 ゆっくりとまぶたを開いて、千歳はそのまま空を見上げた。満天の星空のはずが、星が滲んでしまったインクのようで、よく見えない。
 一年に一回。十年目で十回目の今日の願いも、結局はあの空まで届かなかったようだ。
 千歳は歯を食いしばり、立ち上がろうとする。もう随分と時間も経った。
 祭りを理由にここに来たのだ。早く帰らないと、あの人たちも心配するだろう。
 そう思いながら制服のポケットを探り、千歳は空色の厚紙を取り出した。小さく折りた たまれたそれを広げ、そこに書いてあるであろう自分の願いを、指でなぞる。
 千歳はしばらく空色の縦長の紙を、見つめた後、破り捨てようと手をかけた時だった。

 目の端に何かが映った。
 千歳は一瞬固まり、すぐにその方向に向き直った。そして小さく首を傾げる。千歳の視線の 先にあるのは木々と、明るい月に照らされた薄明るい闇、それだけだ。
 再び立ち上がり、階段のある方を向いたと同時に千歳の瞳は丸くなり、吐きかけたため息は飲み込まれた。
 そこには月があった。白く、大きな月が、ぽっかりと切り取られたように、ちょうど両側の木と木の間に浮かんでいる。そして、その月の前、階段を一段降りた所に彼が立っていた。

 藍色のじんべえに、白髪混じりの髪の毛。さらに頭につけた白い狐のお面がこちらを向いてわらっていた。
 十年間、待ち続けた人がいる。確証なんかないのに、千歳の唇は自然と動き、その名前を口にした。
「お父さん!!」 
 その声は、叫び声に近かった。だが返答はなく、その男は黙ってこちらに背を向けている。
 違うなんて、千歳には考えられなかった。十年前の今日から待ち続けた相手以外、考えようもなかった。
「お父さん! お父さん!」
その手に触れたい。あの夢の中でしか握れなかったごつごつした手に触れたい。その一心で手を伸ばすが、宙でもがくのが精一杯。足は指一本動かない。
「お父さん! こっちを向いてよ!声を聞かせて!」
だが男はピクリとも動かない。
「なんで? 私待ってたのに……なんで何も言ってくれないの?」
 千歳は生まれた時から母親はわからない。父の背中しか知らなかった。
 男手一つで育ててくれた。母親がいなくても、自分を愛してくれた。それが千歳の誇りだった。だから寂しくもなかった。
 なのに七歳の冬、その父親さえもあっけなく逝ってしまった。

 養子に入った叔母さんや叔父さんは、千歳を大切に育ててくれた。千歳も、感謝をしている。
 だが叔母や叔父にどんなに愛されても、あの日以来ぽっかりと空いてしまった心の穴は、埋められないのだ。
 愛されても、愛を感じないのは罪なのか。身の丈以上の愛を欲しがるのは、罪なのか。
 千歳は苦しみ、今日、七夕の日になると逃げるようにここを訪れるのだ。空色の短冊を握りしめて。
「答えてよ!……お願いだから」
 ザアァァ。と周りの木々が泣き崩れた千歳をあやすかのように静かに揺れた。

 沈黙が痛い。自分が十年も待ち続けた結果がコレなのか。
 顔を伏せて泣く千歳の涙は頬を伝い、石畳の窪みで音もなくはじけた。
「ねぇ、お父さんよく言ってたよね。私が結婚して、孫を産んだら家族みんなにでっかい宝石買ってやるって……嘘つき」
 顔を伏せたまま、震える声でいった千歳は悪態をついた。本当は分かっていた。それが父親として見栄だということを。
 そう言ってくれるだけで、嬉しかった自分の気持ちにも。
「嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき!バカァ……」
 激しく鳴咽した千歳は、胸が張り裂けないようにすべてを口から外に出した。浮かんだ言葉はそのままで。理解出来ない感情は、無理矢理言葉をくっつけて。

 しばらく、幼い頃に戻ったように泣き続けていた千歳だったがふと、頭を撫でられたような気がして顔を上げた。
 そして、言葉を無くした。
 月がまるで宝石のように輝いていたのだ。大きな大きな宝石に千歳は、圧倒された。そして相変わらず月を見上げている男を見る。
 父は、約束を守ってくれていたのだ。こんなに大きな宝石をプレゼントしてくれた。
 いつの間にか千歳の涙は消え、表情は穏やかになり、静かに目をつむっていた。
 父は約束を守った。なら次は自分の番ではないか。千歳は目を開いて父の背中を見つめる。

 父の望むもの。それは、明確だ。
「私も、約束する。私、百年生きる。一生懸命生きる。」
 絶対、守るから。心の中でそう呟き小さく頷いた。
「だから……指切りしよう」
 いつの間にか自由になった腕を動かし、父親の背中に向かって小指を立てた。
 千歳は、期待はしていなかった。きっと父の場所と自分の場所は境界線があるのだ。そこをまたぐことも、越えることも出来ない。そうどこかで理解していたのだ。
 だから、千歳は自分の指に微かな感触があったのに、驚き、少し泣きそうになった。その感触は懐かしすぎた、暖かすぎたのだ。

 ごつごつした太い指を、感じながら、千歳は俯きながら思った。
 一生懸命生きるということは、一生懸命この世界を愛することだ。
 一生懸命生きて、力の限り幸せを感じて、幸せを与えて、そう生きてみればきっと世界は変わって見えてくる。
 だから、最後のお願い。
「最後は私を迎えに来て」
 迎えに来て、よくやったって抱きしめて。その優しさの分だけ、自分も誰かを抱きしめて上げられるから。

「ゆびきった!」















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