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結界師への転生 作者:片岡直太郎

第九章 夢のかけ橋編

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第二百五十話  これは絵ですか?ええ。いい絵ですか?いいえ。

まだ晩秋にもかかわらず、この年のアガルタの都は早くも雪に覆われ、例年になく早い時期に冬が訪れていた。とはいえ、都では雪かきをする人々の活気ある声で溢れかえり、その季節外れの寒さに打ち震えるような光景は微塵もなかった。そして、年が明けた直後からは、人々のさらなる熱気で、大いに盛り上がりを見せていた。それもそのはずで、都では年に一度の大イベントが開催されていたのだ。

例年、アガルタの都では年が明けて5日目に、貴族たちが新年のあいさつにやって来る。これはジュカ時代の慣わしがそのまま続いているのだが、リノスが国王になってしばらくは、彼に従わない貴族たちがその挨拶をボイコットすることもあった。だが、ここ数年はそれもなくなり、貴族たちは表向き王に対しては、服従の姿勢を見せるようになっていた。それと前後して、彼らたちによる物産展のようなものが、この時期に都で催されるようになっていた。

それは数年前に、リノスが何気なく漏らした一言から始まった。

貴族たちがリノスの許に訪れる際には、必ず自領の特産品を貢物として持参していた。当初、彼はその必要はないと命じていたのだが、貴族たちは見栄もあり、それを止める者は皆無だった。毎年、リノスの許に集まる大量の特産品は、意外にアガルタの都では流通していないものが多かった。

「物産展みたいなものを開いて売れば、かなり儲かりそうだよね」

たまたまサラセニア伯爵が納めた毛皮のコートを見たリノスは、その出来栄えの見事さに思わずそんな一言を漏らした。その言葉にヒントを得た伯爵は、次の年から大量の毛皮を持参し、リノスの許可を得て迎賓館の敷地の一角を使って、それらを都の人々に売ったところ、その評判が都中を駆け巡った。それが契機となって、伯爵の許には、都の人々から大量の注文が集まり、彼は大きな利益を得ることができたのだった。

これに目を付けたアガルタの貴族が、我も我もと出店許可をリノスに申請してきたことで、彼は、貴族が集まる正月の期間に限って大手門前の広場を開放し、そこで物産展を開催することを許したのだった。当然そこにはリノスの結界が張られ、どんなに寒い日であっても、その中の温度は一定になるような効果が付与されていた。そのせいもあって、物産展が開催されている期間は、都の人々が押すな押すなの大盛況を呈していたのだった。

そんな物産展だが、今年はその会場の片隅で、のほほんと似顔絵を描いている男がいた。言うまでもなく、フラディメ国のメインティア王だ。彼は、アガルタに来てから描いた絵を売る傍らで、そこに訪れる人々の似顔絵を描いていた。

元々絵を描くことが好きであり、さらにはその卓越した筆さばきで、ものの数分で似顔絵を仕上げてしまう特技は、来場客の目を引いた。しかも性格が優しい王の客対応は、とてもきめ細やかなものであり、彼の店はたちまち繁盛していたのだった。客が客を連れてくるという状況であり、それと同時に、きれいな人はより美しく、そうでない人もそれなりに描くために、彼の絵は特に女性からの評価が高く、現在では長蛇の列ができる有様だった。

「う~ん、いいね! 美しいね! 素晴らしいよ!」

「そんなぁ~。私、ちょっと出っ歯だから……」

「そこがいいんじゃないか! それが君の美しさだ! 素晴らしい! その笑顔、いいね!」

そんな誉め言葉を駆使しながら彼は楽しそうに絵筆を走らせる。その隣では、パターソンたちが王の描いた絵を売っていた。そこには「越後屋」とネームが入っているが、王自らが描いた絵であるために、いかなる評価を得ようとも、その作品を安売りするわけにはいかぬと、彼らはその絵にかなり強気な値段をつけていた。だが、にもかかわらず王の絵は徐々に売れていき、最終日にはあと数枚を残すばかりで、完売する勢いだった。彼の絵は、一般の人々には見向きもされないのだが、なぜか一風変わった者が立ち止まり、決して安くはないその絵を即決で購入していくことが多かった。

「すみません」

この日も、店番をするパターソンたちの前に、一人の若い男が現れた。どう見てもまだ、学生風の男で、幼さが残る顔立ちだ。男はその澄んだ瞳で、パターソンの傍らにある絵をまっすぐに見据えながら口を開いた。

「この『あやめ』という絵を売っていただきたいのですが……」

「畏まりました。ただ……お代金が8000Gですが……」

怪訝そうな表情でパターソンは口を開く。その顔を見て男は一瞬目をそらしたが、再びパターソンに視線を向け、何かを決意したかのように表情で口を開く。

「僕はアガルタ医療研究所に勤めています、タケイチと申します。今、手持ちのお金が1000Gしかありません。大変申し訳ないのですが、残りのお金は月々収める形ではだめでしょうか? 月々1000Gずつなら、持って来られるのです」

ローンの支払いなど考慮に入れていなかったパターソンは戸惑いの表情を浮かべている。そんな中、のほほんとした声が、彼らの耳に入ってきた。

「かまわないよ」

声の主はその作者であるメインティア王だ。彼は描き上げた絵を客に渡してゆっくりと立ち上がり、タケイチの傍に近づくと、飾ってある絵を取り、無造作に彼に手渡す。

「えっ? いや……絵は、お金を支払い終わってからで……」

「いいよ。見たいのだろう?」

「はい……見たいです」

「じゃあ、家に持って帰って見るといい。お金はできたときに持ってきてくればいいよ」

「あっ、ありがとうございます!」

タケイチは驚いた表情のまま何度もお辞儀をする。王はその様子を満足そうに眺め、何度も頷いていた。

「気前がいいですね、メインティ……いや、越後屋さん」

多くの人でごった返している会場内の人波を、かき分けるようにしてやってきたリノスが声をかける。彼は目の前に座る女性を、にこやかに眺めながら忙しそうに絵筆を動かしつつ、口を開く。

「私の絵を好んでくれたのであれば、それでいいよ。時間をかけてでも絵を手に入れようなんて素敵じゃないか」

「そういうものですかね。あなたの絵がどれくらい売れているのか興味があって見に来たのですが……大方売れているようですね。でも、先ほどのようにお金を取ってない、なんてことはないですよね?」

「大丈夫だよ。そこはパターソンたちが厳しくやっているからね。それに、戯れで始めた似顔絵描きが思った以上に好評でね。売れ行きは予想以上だ。おそらく君に借りたお金の大半は、返せるはずだよ」

「マジかー」

正直、本当にこのバカ殿が返せるだけの金を稼ぐとは思っていなかった。先ほどからこの店には誰も絵を買いに来ていない。おそらくコイツの絵は、ごく一部のマニアだけに恐ろしくウケているのだろう。そんなことを考えていると、店の奥に裏返しにされた絵が吊るされているのが見えた。

「あれ? あの裏返しになっている絵は何です?」

「ああ、あれか。いや、私は売ってもいいと思うのだが、パターソンがダメだと言うんだよ」

王は照れくさそうに頭を描いている。俺とメイは裏返しになっている絵に近づき、何気なくそれを見て、思わず絶句する。

「これは……絵か?」

見るとそこには、まるで写真を見るかのようなリアルさで、美しい裸婦の絵が描かれていた。それを見てメイもそれが本当に絵であるのかを確かめるように、マジマジと凝視している。

「ええ。間違いなく王がお描きになった絵です。しかし、それは売ることはできません」

「何でだ? これだけ見事に描かれている絵だ。すぐに売れるんじゃないのか?」

「いけません。その絵のモデルは……ノレーンなのです」

「えっ!? ノレーン?」

いつもの見慣れたおかめ顔ではない、まるで別人のように描かれているために俺たちは驚きを隠せないでいた。そんな俺たちにメインティア王は、いつもの、のほほんとした口調で話しかけてきた。

「ノレーンはいつも一緒に居るからね。どうしてもこんな仕上がりになってしまうのだよ」

「本当に、ノレーンですか?」

「何を言うんだい、どこからどう見ても、ノレーンじゃないか」

王は真顔で話している。どうやら、彼の目にノレーンは本当に絶世の美女に見えているようだ。マジで目が悪いんじゃないだろうか。

「王はこの絵をお売りになると申します。しかし、ノレーンは今や王の側室です。お妃様の肌を、大衆に見せるわけには参りません。ですから私が断固としてお止め申したのです」

パターソンが困った顔で話しかけてくる。

「まあ、そりゃそうだ。そういえば、ノレーンの姿が見えないな」

「ああ。ノレーンは、コレでね」

王は照れくさそうに自分の腹を撫でた。

「え? マジっすか!? まだアガルタに来て3か月くらいじゃないですか?」

驚く俺にパターソンが申し訳なさそうに口を開く。

「その……。王が、ノレーンを毎夜激しく……」

「何だい、パターソン。そんなことまで知っているのか?」

「それは……。毎晩ずっと声が聞こえますものですから……」

「アッハッハッハ! 聞こえていたのか! これは参ったな」

そんなおバカな主従の話を聞きながら俺は、メインティア王と絵を交互に見比べ、ため息をつきながら口を開いた。

「でも勿体ないな。このクォリティーなら高く売れるだろうにな。いい絵じゃないか」

「いいえ! そんなことはございません! これは絶対に売れません!」

「うふっ、あははははははは」

突然メイの笑い声が聞こえてくる。思わず俺たちは彼女に目を向けた。

「メイ、どうしたんだ?」

「これは絵か? ええ……って……。いい絵じゃないか。いいえ、ですって……。可笑しいっ。アハハハハハ」

ものすごくかわいらしい笑顔を浮かべて、ケラケラと笑うメイ。その天真爛漫な笑顔は、何故だか少しだけ、俺の心を癒してくれたのだった。


……その夜、俺はシディーと眠りについていた。

彼女の寝方は少し変わっている。必ず俺の掌に顔を載せて眠るのだ。体が小さいためか、通常の枕では眠りにくいらしく、かと言って俺の腕枕……というのはリコ専用という暗黙の了解があるようで、彼女は頑としてそれは求めなかった。で、色々と試した結果、俺の掌というのが一番彼女に合っているということが分かったのだ。

その夜も、俺は左手の掌で、シディーの顔を包みこむようにして、さらに右手で彼女の背中の抱くようにして眠りについていた。

静かな夜だった。しかし、その静寂は突然破られた。それを破ったのは、何とシディだった。

彼女は突然ベッドの上に起き上がる。いつもと違う気配に、俺も目を覚ました。

「どうしたシディー?」

「……」

「シディ?」

彼女は闇を睨みながら微動だにしない。一体何事かと、俺も起き上がった瞬間に、彼女は小さな声で呟いた。

「この屋敷が揺れます。もうすぐ……もうすぐ……。5、4、3、2、1」

ドドドドドドドドドーーーーー。

地鳴りと共に屋敷がゆっくりと、大きく揺れる。

「大丈夫です。もうすぐ収まります。3、2、1」

……今までの揺れが、まるでなかったかのように辺りはいつもの静寂を取り戻していた。

「シディ……」

「……明日の朝5時40分21秒に再び揺れます。でも、小さいです。あとは……。あとは……。つッ! 頭が……。リノス様……。私、どうしちゃったのでしょう……。何だか、怖い……」

彼女はゆっくりと俺の胸に顔をうずめた。俺は思わずシディーを抱きしめる。彼女の体は、じっとりと汗がにじんでいた。
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