挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
結界師への転生 作者:片岡直太郎

第九章 夢のかけ橋編

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

243/278

第二百四十三話 俺の屍を越えてゆけ

弟弟子のトメライルから話を聞いたゲンさんは、一瞬、目をキラリと輝かせたが、やがてすぐに肩を落とし、力なく呟いた。

「ありがてぇ話なんだが……。大将てぇしょう、俺ぁ、どうも行けそうにねぇな」

「何だ、ゲンさん? 何か具合の悪いことでもあるのか?」

「いや……そういうわけじゃねぇんだが……。その……カミさんが、な」

その声を聞いて皆が思い出したかのように、ああ~うわああ~とため息を漏らす。聞けばゲンさんのおかみさんは、かなりの焼きもちやきであり、浮気などもっての外、という人であるらしいのだ。リノスもおカミさんには何度か会っているが、確かに、恰幅がよく、気は強そうで、とてもしっかりしている女性だという印象がある。

「俺も久しぶりに色街には行ってみてぇが……。そんなことを言った日にゃ、正座させられた挙句に、定規でもって俺っちの膝小僧をバシバシ叩かれちまう」

「……す、凄まじいお仕置きだな」

「カミさんが居ねぇ時なら何とか算段を付けるんだがな……。今から遊びに行ってこいなんて言おうもんなら、まず感づかれちまう。だからよ……。俺っちは抜きにして、みんなで楽しんできてくんねぇな」

寂しそうにゲンさんは呟く。その様子に、トメライルは立ち上がり、ゲンさんに声をかける。

「何を言うんでぇ兄ィ! 俺たちの大将てぇしょうは兄ィじゃねぇか! 兄ィを置いて俺たちが行けるわけねぇじゃねぇか! 兄ィがいなきゃ意味がねぇ!」

「トメ公……」

ゲンさんは目に涙を浮かべている。トメライルはリノスに向き直って早口でまくし立てる。

大将てぇしょう! 何とか兄ィが色街に行けるようにしてやってくんねぇな! 何だったら、俺ら全員であねさんに頭ぁ下げたっていいんだ! 何とやしてやってくんねぇ!」

「う~ん」

リノスは目を閉じて、天井を見上げて何かを考えていた。そして、ふうと息を吐くと、ゆっくりとした口調で話し始めた。

「上手くいくかどうかはわからんが……」

全員がリノスの言葉に耳を傾け、そして、しばらく後にシンとした静寂が部屋の中を包みこんだ。


「何だいお前さん改まって! 話って何だい!」

いつ見ても恐ろしい女房だと思う。何故に俺はこんな女を女房に持ってしまったのか? 元はと言えば、自分の親方の家で女中奉公していた女だったのだ。たまたま声をかけたのがきっかけで、その後、よく話をするようになった。そして、親方の媒酌で結婚することになったのだ。あの時のカミさんはかわいらしかった……。

ゲンさんが昔の甘酸っぱい思い出に浸っていると、腹の底から響き渡るような音がする。言うまでもなくおカミさんの怒号だ。

「何だい! 早くお言いよ!」

ゲンさんは、反射的にゴメンナサイと言いそうになりながら、無意識に正座をする。そして、一旦自分の手元に視線を落としてからゆっくりと顔を上げ、リノスに言われた通り、何かを思い出すように、遠い目をしながら語り始めた。

「いや……。今日、大将てぇしょうが来てくれてよ。俺たち大工でぇくはよく頑張っていると褒めてくれたんでぇ」

「良かったじゃないのさ」

「それでな? その褒美に俺たちを色街に連れて行ってくれるってんだ。……まあ、聞きねぇな。……俺っちは行かねぇよ。いや、大将てぇしょうやトメ公らが、俺っちは連れて行かれねぇってんだ。お前ぇのカミさんは、焼餅やきだから、俺っちを色街に出す器量はねぇだろう。お前ぇは帰っていいとよさ。まあ、行きたくねぇと言えばウソになるが……。何か、情けなくってなぁ」

ゲンさんは、時おり手に視線を落としながら、深いため息をつく。その右手にはセリフが書いてあり、これがバレると間違いなく五体満足ではいられない。ゲンさんも、一世一代の大芝居なのだ。

パァーーン!!

いきなり何かをブッ叩く音がした。思わずゲンさんは目を閉じて身を固くする。恐る恐る目を開けてみると、おカミさんの右手がテーブルの上に乗っている。おそらく、これまで幾度となく、自分の意識を刈り取ってきた、この黄金の右腕でテーブルを叩いたのだろう。その凶器のような手が、また自分に向けられるのか……そんな戦慄を感じていると、おカミさんは、ゆっくりと話し始めた。

「……悔しいじゃないかね。これでお前さんを行かせなかったら、アタシゃ度量の狭い女房だと思われちまうじゃないか! ……いいよ。せっかくの大将のお誘いだ。行っといで! アンタも立場ってモノがあるだろ? 仕方ないじゃないか。ただし、一回だけだよ!」

「……おっ母ぁ! ありがてぇ!」

ゲンさんは手を合わせ、拝むようにしておカミさんに礼を言う。

「やめとくれよ! 手を合わせて拝むなんて縁起でもないね! アタシゃまだ、死んでないよ! ……あれ、お前さん、どうしたんだい? 何かコッチの手だけやけに汚れているね? ちょっと見せてごらんよ」

「いや、これは、まだ、仕事の汚れが……落ちてねぇんだ! ……風呂入ってくらぁ」

ゲンさんは脱兎のごとく部屋から出ていった。次の日、ゲンさんは大喜びでリノスの許に礼を言いに来たのは、言うまでもない。


ゲンさんがおカミさんと戦っていた頃、リノスも、リコをはじめとする妻たちに、この日のことを報告していた。

「……と、いうわけなんだ」

「……」

説明が終わると、部屋の中に静寂が訪れる。ダイニングのテーブルには、リノスとゴンが並んで座り、他の家族は、その正面に並んでいた。まるで陪審員での裁判が行われているかのような状態だ。

「わかりましたわ」

その静寂を破ったのは、リコだった。彼女は一切表情を変えずにリノスとゴンを交互に見比べている。

「で、その色街に、リノスも行くのですか?」

「あ、いや……。俺は……」

「行ってらっしゃいな」

「え?」

予想外の言葉に、リノスは絶句してしまう。まさかリコが色街に行くことを許すとは思わなかったからだ。

「ゴン一人では心もとないでしょう? メインティア王は……まだお会いしたことはありませんが、手のかかるお人なのでしょう? リノスがいませんと……。いいのですわよ? 私には気を使わなくて。メイも、シディーも、ソレイユも、マトも、そして、フェリスも、ルアラも、ペーリスも、フェアリも、イリモも、ジェネハ、イトラも……みんな、リノスの立場は理解していますわ。どうぞ、お行きなさいな。行ってくださいませ」

「……いや、その、あのですね」

「私に気を使わないでくださいませ」

何が恐ろしいか。リコが全く表情を変えず、目が全然笑っていないのだ。リコだけではない、ここにいるシディーも、マトも、他の女たちも全員、目が笑っていない。そんな圧力の中、ゴンはずっと目を伏せ続けている。

「リノスもたまには、そうしたところに行って、気分転換をしてらっしゃいな」

「私も、いいと思います」

シディーが口を開く。マトカルはエリルを、メイはアリリアを抱っこしながら、ゆっくりと頷いている。フェリス、ルアラは一切表情を変えずにリノスを見ており、フェアリはペーリスの胸の中で、ゆっくりと羽を動かしながら、既におねむの状態になっている。

「いや……その……俺は……い、い、い、行きませんよ? 行くわけないじゃないですか。リコやメイや、シディー、ソレイユ、マトを置いて行きませんよ。やだなぁ、ハッハッハ」

「そんなに遠慮することありませんわ」

「いや、いい。俺は行かないよ」

「本当に?」

「ああ」

「……さすがはリノスですわ。では、その連中れんじゅうとやらは、ゴンが皆さまをご案内するのですね? ゴン、ご苦労ですが、よろしくお願いしますね?」

ようやくリコに笑顔が見えた。それに釣られるようにして、女たちの顔にも笑顔が戻る。張り詰めた緊張感が緩んでいくのが、リノスには、よくわかった。隣のゴンは、ただただ恐縮している。

「……やっぱり、あなたのお父上様は、素敵なお父上様ですわ」

膨らみ始めたお腹を愛おしそうにさすりながらリコは、嬉しそうに呟いている。

「ご主人……」

隣に座っているゴンが小さな声で呟く。

「ゴン、任せたぞ」

リコや女たちのうれしそうな顔を見ながら、リノスはあきらめたように呟く。目の前では、シディーとソレイユが、リコに先に風呂に入るように勧めている。そして、リコはマトカルに一緒に入りましょうと誘っている。

「リノス、一緒にお風呂に入りましょう。シディー、ソレイユ、すみませんが、エリルとアリリアをお風呂から上げてもらえるかしら?」

「はい、わかりましたー」

女たちはバタバタと動き出している。そしてリコは再びリノスに向き直る。

「さあ、リノス。一緒に入りましょう」

心から嬉しそうな顔を見せるリコの顔を見ながら、リノスはゆっくりと立ち上がる。そして、ゴンをチラリと見て、あきらめたような顔をしながら、口を開いた。

「ゴン、俺の屍を、超えて行け」

幸か不幸か、リノスのこの判断は後に、彼とアガルタにとって大きな利益をもたらすことになり、彼はリコに深く感謝することになる。しかし、そんなことはまだ知る由もない彼は、大きなため息をつきながら、屋敷の風呂に向かうのだった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ