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結界師への転生 作者:片岡直太郎

第八章 疫病撲滅とクリミアーナ教国対決編

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第二百二十二話 熟考する二人

眠れぬ夜が続いていた。眠ったとしても、すぐに目が覚める。ここ数日、自分は何時間寝たのだろう……。そんなことを、真っ暗な部屋の中でぼんやりと考えているのは、カッセルだった。

彼は夜、一旦ベッドに入りはするものの、当然のごとく眠ることはできない。何故なら、目を閉じれば次から次へと不安が沸き起こってくるのと同時に、時折聞こえてくる幻聴のために、全く眠ることができなかった。

彼は延々と、真っ暗な闇の中で起きている。明かりをつければよいのだが、それをすることはない。何故なら、その明かりで森の魔物が寄って来はしないかという不安と、明かりをつけることで、村の住人達に自分が起きていることが知られてしまう。彼らに、夜も眠れずに悩んでいると思われたくはなかった。

結果的に彼は、夜が白むまで起き続けていることになる。そして、ちょっとしたまどろみの後、再び起きだして、日課としている村の見回りに出かけていくのだ。

彼は、村の住人に弱みを見せることを極端に嫌がっていた。しかし、そのやつれ切ったカッセルの姿は既に、住民たちに不安を抱かせるのに十分だった。

この夜も、カッセルは眠ることが出来なかった。

なぜ自分がこのような目に合わなければならないのか。彼は闇を睨みながら考える。当然それはアガルタ王・リノスが大きくかかわっていることは明白だ。しかし、彼は殺せない。一瞬にして自分の自由を奪い、そして眠らせた。その時見ていた夢は心地よいものだったが、それすらも、あのリノスが見せていたのだろうか?であれば、勝てる見込みはない。ノホホンとした雰囲気を漂わせた、王には到底見えぬ王は、人知をはるかに超えた者であるとカッセルは認識していた。

で、あれば、一旦教国へ引くという手段しかない。イルベジ川が大増水しているために、川を下ってガルビーに至ることは難しいが、ラマロンに抜けることは不可能ではない。多くの犠牲を払うであろうが、何とかなるだろう。また、遠回りにはなるが、ニザを経由して、大きく迂回して教国へ帰還するということも可能だ。それを選択するのであれば、今、出発しなければ、食料が持たない可能性がある。

そこまで考えて、カッセルは首を振る。もう、何度も考えてきたことだ。しかし、結論はいつも同じだ。この手段は使えない。

何故ならば、教国に帰っても、自分たちの居場所はないからだ。特例のジモークを受けての今回の任務なのだ。何の成果も上げずに帰るなど、自分が無能であると吹聴しに帰るのも同じだ。それだけでなく、自分の一族全員が没落の憂き目を見るだろう。ヴィエイユの父親がそうだった。成果を上げるどころか、赴任した地で迫害され、命がらがら逃げ帰ったのだ。それ以来叔父は、父である教皇の信頼を失い、教国内で冷たい視線にさらされながら、肩身の狭い暮らしを続けることを余儀なくされた。そして、その後すぐに叔父は、妻と子供たちを連れて、ほとんど人が住んでいない未開の地に飛ばされ、もう何年も帰還できていない。

例外的にヴィエイユだけは、幼い頃から聡明さを発揮していたことで教皇の目に留まっており、彼の鶴の一声でアフロディーテにとどまることを許されていた。教皇聖下の、血を分けた息子ですらそうなのだ。教皇聖下の妹の一族とはいえ、既にその曾祖母はこの世になく、後ろ盾が教皇だけというカッセルにとって、教皇の信頼を失うことはすなわち、死を意味するのだ。

一体どうすればいい。このままでは村全体が滅びてしまう。このまま滅ぶのか?なぜ自分はこんな苦境に立たされるのだろうか?確かに、自分はヴィエイユを利用しようとしていたことは確かだ。彼女はおそらく大きな成果を上げる。その手助けをすることで、ヴィエイユと教皇の信頼を得ようと努めてきた。そして、彼女に大きな失態があれば、ヴィエイユを押しのけて自分が主導権を握ろうとも考えていたのだ。

彼の思考はヴィエイユに向けられる。姉さまはどうしているだろうか。今頃、何をされているのだろうか……。確か、司教の一人は言っていた。姉さまは、アガルタの都で特別待遇を受けていて、元気に、すこやかに過ごされて、懸念されたルロワンスの症状は発症せず、紫の斑点も出ていないと。

そこで彼は舌打ちをする。ヴィエイユ姉さまは、クリミアーナ様を否定した人物だ。そんな裏切り者がなぜ、優雅な暮らしをしていて、自分はこんなに苦しんでいるのか?

姉さまの裏切りは今でも信じられない。あれだけ狂信的にクリミアーナ様を信仰していた姉さまが、それを否定したのだ。すべての困難をクリミアーナ様の御導きと受け入れ、そして、全ての幸福をクリミアーナ様のお陰と言って、一切驕ったところがなかった姉さま。その清廉潔白な振る舞いは、誰からも信頼を集めていた。その姉さまがまさか、裏切るとは思わなかった。

姉さまが自分の傍にいてくれたら、どれだけ助かったか。どれだけこの苦しみは和らいだか。奥の手はあった。それを使うこともなく、このどうしようもない状況に追い込まれてしまった。そう考えると、ヴィエイユの振る舞いは残念でもあり、許しがたいものでもあった。

「姉さまが……。姉さまが裏切りさえしなければ……。何故、僕たちを裏切った……。我れを害するものを、排除せよ……」

カッセルは闇の中に視線を泳がせながら、クリミアーナ教の教義を呟く。そうだ。ヴィエイユを、村を出ていった教徒たちは殺さねばならない。そうせねば、自分の未来はない。裏切り者を殺さねば……。そうすれば、この苦しみは終わる。堂々と教国に帰ることが出来る。そうだ、裏切り者の首を持ち帰り、その後に再びアガルタを攻める策を考えればいいのだ。

だが、そこまで考えてカッセルは、ゆっくりとため息をつく。姉さまは殺さねばならない。しかし、何故か彼女を殺すことをためらう自分が心の中に居る。殺さねばならない、でも、殺したくない……。そんなことを考えることしばし。彼はゆっくりと顔を上げる。

「姉さまに、会おう」

ヴィエイユを許すとか許さないとかではなく、彼女を殺す覚悟を決めるためにヴィエイユに会う。その決意を胸に、彼は部屋の外に控えている者を呼んだ。


同じ頃、アガルタの迎賓館の一室で、目を閉じて物思いにふける少女がいた。ヴィエイユである。彼女は以前から悩み続けていた、自分のこれからについて、結論を出そうとしていた。

彼女の人生の指針となっていたのは、「我らを利する者は助け、害するものを排除せよ」というクリミアーナ教の教義である。彼女は聖女と呼ばれたかった。多くの人を救う聖女。そう、主神様であらせられるクリミアーナ様のように。そのために、多くの知識をつけ、多くの困難に耐えてきた。その思いは今でも変わらない。これまでは、クリミアーナ様の教えを忠実に守りさえすれば、多くの人は救っていけると思っていたのだ。

しかし、結果はどうであろうか。我らクリミアーナ教を利する者たちで、このアガルタに来たまではよかった。しかし、敬虔な信徒たちの大半はここに来ることが出来なかった。さらに、アガルタの民衆はクリミアーナの考えに賛同しなかった。そして、我々はその民衆を排除することすらできていない。翻って自分たちの境遇を見ると、結露という劣悪な環境が発生し、それだけでなく、自分を含め、多くの者たちがルロワンスという恐ろしい伝染病に感染した。それがために死んだ者は100を優に超えるだろう。

カッセルは言っていた。これは大魔王、もしくはそれに類する邪神の差し金だろうと。確かにその可能性はあるかもしれない。しかし、それであればクリミアーナ様はなぜ、自分たちをお助けにならなかったのか?ありとあらゆる策を講じたが、その全てがうまくいかなかった。その挙句、アガルタ王・リノスにクリミアーナ様を否定する言葉を言わされ、口に出すのも憚られるような辱めを受けた。

一体なぜ?その疑問に、王妃リコレットは一つのヒントを示した。今のクリミアーナ教は、果たして主神様がお望みの形なのかと。

現在のクリミアーナ教とその教国は、絶対権力者である教皇の独裁政治である。教皇の決断が全てである。むろんそれがよい側面もあるだろう。しかし、教皇によって幸せを奪われたものも多いのも事実だ。自分の両親のように。

これまではそれも、クリミアーナ様が与え給う試練だと思って耐えてきた。しかし、人の幸せを奪うのは果たして、主神様の望む形だったのだろうか?今、教団と教国は、権謀術数が渦巻いている。自分はそれに巻き込まれぬよう、また、巻き込まれても対処できるようにこれまで生きてきた。果たしてそれは、主神様はお望みだったのだろうか?

ヴィエイユは考える。これまでのクリミアーナ教の歴史を思い返しながら。主神様のお言葉の一つ一つを思い出しながら。

アガルタ王・リノスは言った。神様というのは、ただ、見ているだけの存在だと。これまでの教国の歴史を、主神様はどのような思いでご覧になっていただろうか。……決して、笑顔でご覧になってはいないはずだ。我々はむしろ、主神様を悲しませていたのかもしれない。主神様が安心してご覧いただくためにはどうしたらいい?主神様は……利する者を助けよ、と言い残された。つまりそれは、救うということなのだろう。我々は確かに、多くの人を救ってきたという自負はある。しかし、主神様から見て、我々の行為は果たして、人を救うと認められる行為だったのか。

主神様の望む、人を救うというのはどういう行為であろうか?

そこまで考えて、ヴィエイユはハタと気が付く。教義の「我ら」というのは、クリミアーナ教徒のことではなく、もっと広義の意味を指すのではないかと。クリミアーナ教徒以外の、むしろ、教徒以外の人間も救えと言う意味なのではないか。そう思うと、ヴィエイユは、バラバラに分かれていたピースがピタリと合っていくような感覚に囚われた。

そうだ。教徒以外の人間も救うのだ。だからこそ、クリミアーナ教は古来、最新の技術を開発し続けてきたのであり、最先端の医療研究を行ってきたのだ。それを活用して、多くの人を救ってきた。だから、長い歴史の中でクリミアーナ教は受け入れられてきたのだ。

「教徒も、それ以外の人間も、獣人も、生きとし生けるもの全てに救いの手を差し伸べる……。それができる人間でなければならないし、クリミアーナ教でなければならないし、教国でなければならない……」

ヴィエイユは急速に体中が和らいでいくような、心地いい感覚を全身に感じていた。そして、その感覚が高まるにつれて、彼女の目は見開かれ、瞳の奥に鋭い光が差していくのだった。
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