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結界師への転生 作者:片岡直太郎

第七章 クリミアーナ教国編

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第百九十五話 責任の所在

教皇はゆっくりと視線をメイに向ける。メイもその視線を受け止めるかのように、教皇と目を合わせている。二人の間に見えない火花が散っている。しばらくするとメイは、教皇から視線を外し、ゆっくりと大聖堂内を見回し、そして、目の前で声を殺して泣いているグラリーナを見る。

「グラリーナさん。もう一度、お尋ねします。あなたがサンクチュアリで発表した内容は、間違いなく、実験の結果に従って発表されたのですよね?」

グラリーナは無言でうなずく。

「メイ様、彼女の発表は信ぴょう性がないと・・・」

「黙っていてください。大丈夫。私に、任せてください、ローニさん」

口を挟もうとしたローニは、しばらく固まっていたが、やがて、ゆっくりと席に座る。それを確認したメイは、再び教皇に視線を向ける。

「教皇様、彼女は、確かに、実験の結果をサンクチュアリに発表したと言っておられます」

教皇は一瞬目を見開き、一つため息を漏らす。

「ですから、その内容が不確かなものだったのでしょう?その不確かな情報を発表したグラリーナ女史は、我がクリミアーナ教国を始めとして、世界中に混乱を引き起こしました。その責は負わねばならないでしょう?」

「教皇様、話が飛躍しています。彼女はただの、いち研究員です。彼女の発表を確認し、指導する立場の人間は何をしていたのでしょうか?そして、その内容を掲載したサンクチュアリ。こちらの編集されている方々は、何故確認を取らなかったのでしょう?そして、特定の獣人たちが国を追われ、羊獣人たちが捕らわれるという事態に発展している現在の状況は、彼女が作り出したものではないはずです」

会場内がどよめく。しかしメイはそれを意に介さず、言葉を続ける。

「要するに、今回のこの問題は、グラリーナ女史ひとりの問題ではないかと存じます。さらに言えば、悪意なき方々によって引き起こされた問題であると考えます」

「悪意なき方?」

教皇が思わず言葉を発する。メイは教皇を見てゆっくりと頷く。

「サンクチュアリに掲載された、クリミアーナ教国医学研究所の論理は、完璧なものでした。私も拝読して、一度は納得しました。その内容からは全くの悪意も、捏造しようとする雰囲気も感じられませんでした。しかも、それを承認しているのは、世界一とも言われるイマーニ所長とダリーナ副所長でした。とりわけ、イマーニ教授の実績とその人柄は誰もが知るところでした。だからこそ、私を含め、それをお読みになった方々も、サンクチュアリに掲載された論文を信じるに至ったと思うのです」

騒めいていた会場内が、少しずつ静寂を取り戻していく。メイは会場を見回しながら、さらに言葉を続ける。

「グラリーナさんを始め、この発表に関わった方は、誰も実験結果を捏造しようと思ったわけではない。グラリーナさんも悪意を持って実験に携わったわけではない。たまたま、一度の実験でうまくいってしまった。その事実にグラリーナさんも驚いてしまったのではないでしょうか。グラリーナさんの実験結果は信ぴょう性に欠けますが、逆に、彼女が意図的に、悪意を持って実験結果を捏造したということも言えません。この問題は、小さな偶然がきっかけで起こったものだと思うのです」

「それでは、アガルタ王妃は、この問題について責任を取るべき人間はいないと仰るのですか?それは、社会通念上、通らない理屈だと思いますが?」

教皇は威厳のある声でメイに問いかける。まるで、俺に責任を取れとはいわないよな?と言わんばかりの雰囲気を漂わせている。

「今、私は、責任の所在を論じているわけではありません。このような事態に陥った原因を論じているのです。この問題の最大の原因は、グラリーナさんが実施した実験を、誰も見ていなかった。この、とても重要なことが、たった一つ、この重要なことだけが見逃されていたことにあると思います」

教皇の顔が凍り付いている。メイはさらに続ける。

「また、サンクチュアリにも問題があったと思います。イマーニ博士とダリーナ博士の名前があるから、それを無条件に信じてしまったのでしょう。一度、他の機関で再現実験を行えば、このようなことにはなり得なかった。これは、大いに反省するべき点だと思います」

再び会場内にざわめきが起こる。もっとも権威のある医学書に、真っ向から断罪しているのだ。研究者たちが戸惑うのも無理はない。

「では、アガルタ王妃は、どうせよと仰るのでしょう?」

教皇は半ばあきれたような顔をしてメイに尋ねる。彼の胸中は、グラリーナとダリーナを罰すればすべてが解決すると思っていただけに、メイが何を考えているのかを図りかねていた。もっとも、彼の頭の中では、彼女が政治的に受け入れられない提案をして、笑いものになるだろうという予測を立てていた。しかし、メイの話は、教皇の予想を大きく裏切るものだった。

「今回のこの問題は、グラリーナさんの手の内で起きたことです。ですから、キリスレイ、ガイッシャ、ルロワンスが、特定の獣人の体液を媒介して人間に感染すること、その特効薬が獣人の胆汁を用いて作られること、これらのことは違うとは断定できません。グラリーナさんという、世界でただ一人の前で起こった現象であるために、万人の真理とはなり得ませんが、全く起きないとも言えないのです」

メイは、ゆっくりと会場を見回し、そして、口を開く。

「キリスレイ、ガイッシャ、ルロワンスの感染経路の解明と、その特効薬の研究は、ここに参加した、そして、参加を希望する国々が協力し、連携して、実施するべきものであると思います」

大聖堂が水を打ったように静まり返る。そして、その静寂を破るかのように、小さな拍手が大聖堂に響き渡る。それをしているのは・・・リノスだった。そして、それに釣られるように、徐々に拍手が広がっていき、やがて大聖堂は大きな拍手で包まれた。

メイはグラリーナの肩にポンと手を置く。彼女はこらえ切れない様子で、滂沱の涙を流していた。

「アガルタ王妃の仰ることはよくわかりました」

教皇の声が響き渡る。大聖堂は再び静寂に包まれる。

「それでは、この問題の責任は、誰がとるのでしょうか・・・。イマーニ所長は倒れています。そうなると、副所長の・・・」

ダリーナはガバッと顔を上げ、恐れ戦いた顔で教皇の顔を見る。

「クリミアーナ様の、お導きでしょう」

突然リノスが声を上げる。全員が驚きの目で彼を見る。

「きっと、クリミアーナ様が、この病気の原因を、皆で究明せよというお導きだったのでしょう。そう考えれば、説明がつきますよね?」

リノスは可愛らしく首をかしげて教皇を見ている。

「アガルタ王、どういうことでしょうか?」

「クリミアーナ様は、敢えてグラリーナさんの実験を、一回で成功するように導かれたのでしょう。完全な解決策ではなく、解決のヒントを示すために。それを一部の、トチ狂・・・いや、クリミアーナ様の教えを守る敬虔な信徒が、ぼうそ・・・迅速な行動を起こした。しかしそれは、クリミアーナ様が意図していたことではなかった。だからこそ、クリミアーナ様が私の夢枕に立たれ、教国の使者がガルビーの港から出すなとお命じになられたのです」

客席の、クリミアーナ教を信仰する国々がざわついている。リノスはそんな彼らに一瞥をくれながら、さらに言葉を続ける。

「わが妻、メイリアスは、そのご意思を知ってか知らずか、実証実験を行い、教国の発表した結果が事実とは異なるものだという結論を導き出しました。さらには、教国の発表した論理にもヒントがあると見抜きました。そして、最後に、この病の問題を、全員で協力して解決に導くよう提案しました。まさしくこれこそが、クリミアーナ様のご意思だったのではないでしょうか?そう考えれば、クリミアーナ様が私の夢枕に立たれた説明がつきます。ええ、付きますね。付きます付きます」

リノスは右手を顎に当てたまま、一人で納得して頷いている。

「お見事です、メイリアス殿。まさしくアガルタ王が仰る通り、それこそがクリミアーナ様のご意思でしょう。そのご意思をよくお汲み取りになりました。すばらしい、さすが、メイリアス殿です!」

そう言って立ち上がるのは、ヴァイラスである。彼は立ち上がるなリ大きな拍手をする。そしてそれに呼応するかのように、彼の周囲に座る使節団が立ち上がり、拍手をする。大聖堂内の半分程度の使節団が拍手に加わった。

「・・・アガルタ王の」

「その提案に、我がサンダンジ国は賛成する!」

教皇の言葉を遮りながら、立ち上がって大声を出しているのは、サンダンジ国のニケだった。

「今回は、国ごとが担当して実験を行った。今後は、様々な国が集まり、議論を重ね、実験を重ねることで、キリスレイなどの不治の病を根絶に導いていくことは、大いに賛成する。ぜひ、我が国も加えていただきたい!」

「ニケさん、ありがとうございます。しかし、お国の許可は取らなくて大丈夫ですか?」

「アガルタ王、サンダンジ国の王は私だ。貴国ではどのような体制かは知らぬが、我が国は王の命令は絶対である。我が言葉はそのまま、国の政策として実施される」

「え?まじ?ああ・・・そうなんだ・・・。ですよね~。それを聞いて安心しました」

リノスはドギマギしながら返答を返す。そして、クルリと後ろを向き、教皇に向かって口を開いた。

「教皇様、これはクリミアーナ様のお導きです。よ、ろ、し、い、で、す、ね?」

教皇はじっとリノスの顔を見ている。そして、無表情のままゆっくりと立ち上がる。

「あとのことは、皆さんで、お決めください」

いつもの柔和な笑顔を浮かべながら、教皇は席を後にした。そして、その後を追うように枢機卿たちも退出していった。


「教皇聖下!」
「捨て置いてよろしいのですか!」

そんな枢機卿の言葉を、まるで聞こえていないかのような足取りで教皇は控室に戻る。そして、居並ぶ枢機卿に向かって口を開く。

「クリミアーナ様のお導きなのです。喜んで後押ししようではありませんか」

「教皇聖下!」

「ジュウゼン枢機卿、そう興奮されますな。皆さんのお気持ちはよくわかります。ええ、よくわかりますとも。誰よりもクリミアーナ様にお仕えしてきた我々です。そうですね・・・。クリミアーナ様のご意思に報いる方策を、考えねばなりませんね・・・。皆さんは、その案を考えてください。お願いしますね」

教皇の意図を全てくみ取った枢機卿たちは、次々と退出していく。そして、控室に一人になった教皇は、独り言を呟く。

「クリミアーナ様のお導き・・・。どの口がそれを言うのか・・・。小僧と小娘が、調子に乗りおって・・・。クリミアーナ様の御名を語る大悪人どもめが・・・」

そこには、いつもの柔和な表情をした教皇はおらず、眉間に深い皴を刻み、目を見開いた醜悪な面相をした老人がいた。

彼は知らない。リノスが作成した質問会の議事録は、広く民衆の手によって複写されていることを。そして、この日の議事録も、やがて民衆に読まれる運命にあることを。それを読んだ民衆が、メイリアスを「聖女」と呼ぶ未来を・・・。

クリミアーナ教国の首都、アフロディーテの中心にある大聖堂は、分厚い雲に覆われ始めていた。
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