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結界師への転生 作者:片岡直太郎

第七章 クリミアーナ教国編

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第百九十四話 弱い者イジメ

「こ・・・これは・・・?」

「実験ノートです」

驚いた表情を崩さないイマーニに対し、グラリーナは平静そのものだった。

「なぜ・・・たった一冊なんだ?」

イマーニはパラパラとグラリーナの実験ノートを見ていく。

「これだけしか書き込みがないなんて・・・。一回?一回しか実験していないのか?」

「はい。一回の実験で結果が出ましたので・・・」

「一回の実験で成功した?そ・・・そんなことが・・・あるはずが・・・」

イマーニの声が裏返っている。

「しょ・・・所長!」

ダリーナがイマーニの手元からふんだくるようにして、グラリーナの実験ノートに目を通す。

「こ・・・これは・・・。他に・・・試さなかったのか・・・」

ダリーナの声が震えている。隣でイマーニが胸を押さえて、呼吸を荒くしている。

「はあー、はあー、ふぅー、ふうー。こ・・・これは・・・このまま発表・・・。・・・ちょっと、考えさせて、下さい。すみませんが、一人に、一人に、していただけませんか。・・・あと、三十分あります。・・・しばらく・・・一人にして・・・下さい」

「所長!」

イマーニの肩に手を置いて必死で声をかけるダリーナ。その光景にグラリーナは戸惑いを隠せない。

苦しい息の中、頑なに一人にしてくれ、考えさせてくれと懇願するイマーニ。その様子に、二人は追い出されるようにして部屋を出た。


「・・・一回で成功などと・・・。バカな・・・」

別室でダリーナは両手で顔を覆いながら呟く。

「・・・本当に、キリスレイ、ガイッシャ・・・」

「もういい!」

グラリーナの話を、ダリーナの絶叫にも似た一喝で遮る。二人は微動だにせず、ただただ沈黙を続けた。そして、間もなく休憩時間が終わる頃、二人はイマーニの部屋に再び向かった。

そこには、机の上に突っ伏したまま、意識を失っているイマーニの姿があった。

呼びかけても、体をゆすってもイマーニの反応はない。彼らは人を呼び、イマーニを搬送する。その時、質問会の再開を告げる鐘が鳴り響いた。二人は呆然自失のまま、イマーニの机に置かれてあったグラリーナの実験ノートを手を取り、フラフラと大聖堂の会場に戻ったのだった。


大聖堂の壁に掛けられた主神・クリミアーナの肖像画。その最も近い場所にいる教皇の顔から笑みが消えていた。眉毛をハの字にして、疑問を感じているような顔をしている。

「ダリーナ副所長・・・。イマーニ所長が倒れたというのは、どういうことでしょうか?」

教皇の落ち着いた声が大聖堂内に響き渡る。ダリーナはうろたえながら立ち上がる。

「誠に、誠に、申し訳ございません。申し訳ございません。申し訳、ございません」

ダリーナは何度も何度も教皇に向かってお辞儀をする。その尋常ならざる様子は、会場内を動揺させるのに十分だった。ざわめく場内。ダリーナは相変わらず教皇に頭を下げ続けている。そんな中、メイの朗々とした声が響き渡る。

「お静まりください。ダリーナ副所長も、お席にお着き下さい。イマーニ所長がお倒れになったのは、ダリーナ副所長のせいなのでしょうか?突然の発病なのですか?差し支えなければ、私たちも協力しましょうか?」

ダリーナは、フラフラとメイに向き直る。そして、蒼白になった顔で口を開く。

「・・・結構です」

その言葉を聞いてメイは小さくうなずく。そして、言葉を続ける。

「それでは、グラリーナ研究員の実験ノートを拝見したく思います」

「ハイ・・・」

沈痛な面持ちでグラリーナが立ち上がり、メイたちの机に歩いてくる。そして、手に持っていたノートをメイに手渡した。

「え?これだけですか?実験ノートですよ?」

驚きの声を上げたのはチワンだ。ローニも目を丸くして驚いている。メイは一切表情を変えず、黙ってグラリーナの実験ノートを受け取り、それに目を通す。メイもチワンもメイの横からノートを覗き込んでいる。

会場内は相変わらずざわめいている。教皇はそれを窘めようともせず、じっとメイたちの動きを凝視している。ダリーナは、頭を抱えて机に突っ伏したままだ。そして、リノスはチラチラとメイたちの動きを見ながら、既に限界を超えている自分の右手に回復魔法をかけていた。

「よくわかりました」

メイの声が大聖堂内に響き渡る。それと同時に、メイはパタンと実験ノートを閉じて立ち上がる。

「グラリーナさん、実験は、一回だけしかしていないのですね?」

グラリーナは毅然として答える。

「はい。その実験の結果は、私が発表した内容、サンクチュアリに掲載された内容と同じになります」

「認められません」

ローニが立ち上がって口をはさむ。グラリーナが反論する。

「何故ですか?一度の実験でしたが、結果が出たのです。結果が出たのです。信じて下さい!」

「我々は、あなたの研究が、偶然の産物でないことを確認したいのです。だから、再現実験をお願いしたのです。では、ここに書かれている手法であと十回実験をしてみて、同じ結果が出ると断言できますか?根拠を示せますか?」

「そ・・・それは・・・」

「断言できない段階で、ダメなのです。いいですか?医学とは、経験と確率の積み重ねなのです。一度望む結果が出たからと言って、それを可とする学問ではないのです。何度も何度も実験を繰り返して経験と確率を数字化する。その数字が、信頼に値するかどうかの基準になるのです。確かに、あなたのノートでは成功率百パーセントですよね。分母は一、分子も一。イコール百パーセント。しかし、今回再現実験を実施したことによって、分母は三になりました。そして分子は一。今のところ、成功率三十パーセントに下がっています。この様子ですと、分母を増やせば増やすほど、成功率は下がりそうですよね?」

「・・・」

グラリーナは反論する言葉が見つからず、ローニを睨んでいる。

「私も改めてノートを拝見しましたが、グラリーナ研究員の、この実験ノートの作成は、百点満点で言えば十点です。書き込みが少なすぎるし、手順を示す絵なども極端に少ない。余白も多い。これでは、いつ何時でも追加で書き込みができてしまう。これは、いただけません」

チワンが首を振りながら口を開いている。グラリーナは、目に涙をいっぱいにためてメイたちを睨んでいる。そんな様子でも、ローニは一切手加減しない。

「グラリーナ研究員の実験に信ぴょう性は全くありません。従って、クリミアーナ教国が発表した、キリスレイ、ガイッシャ、ルロワンスは特定の獣人たちを媒介して人間に感染するという論理は全く説得力を持ちません。況や、羊獣人の胆汁が特効薬の原料になるという論理も、説得力を持ちません。これは、大変なことです。大事件です」

会場内が大騒ぎになっている。その喧騒の中、前列の男が立ち上がり、ローニを指さして大声を上げる。

「そこまで言うことはないだろう!グラリーナ女史は成功したと言っているのだ!」

チワンは呆れるような顔をして、言葉を返す。

「そもそも、その患者がキリスレイ、ガイッシャ、ルロワンスに感染していたのかさえ、疑わしいのです。ここに集まった全員が納得できるような根拠、つまり、目に見える証拠は用意できますか?・・・できないのであれば、それを信じることはできません」

毅然とした態度で、チワンは男に語りかける。彼は、チワンを睨みつけたまま、忌々しそうな顔を隠そうともせず、憮然として席に着いた。

「静粛に」

教皇の声が響き渡る。いつものような優しい声ではない。威厳に満ちた声が響き渡る。

「これは、由々しき問題です。そのような不確かな情報を発表していたのですか?・・・今、ここにはおられませんが、私の前で、間違いはないと言い切ったイマーニ所長の言葉は嘘だったのでしょうか?我々も騙されていたのでしょうか?それならば、許されざるべきことです。これは主神様、クリミアーナ様に対する裏切り行為ですよ?」

教皇をはじめ居並ぶ枢機卿たち、そして客席の各国使節団から軽蔑に似た眼差しが、壇上のグラリーナに注がれている。彼女は、涙を流しながら体を震わせている。


「・・・お待ちください」


落ち着いた、毅然とした声が大聖堂内に響き渡る。そこにいた全員が声の主に視線を送る。彼らの視線の先には・・・メイがいた。

大聖堂内は、厳かな緊張感に包まれつつあった。
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