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結界師への転生 作者:片岡直太郎

第七章 クリミアーナ教国編

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第百七十六話 やって来たのは最悪の使者

アガルタの都では二日前からの雨が降り続いていた。空を覆うぶ厚い黒い雲は、見る人を否応なく鬱陶しい気分にさせる。その都の迎賓館の一室では、さらに気分の落ち込む話がリノスの下にもたらされていた。

「・・・どういうこと?」

俺は目を見開いて、首をかしげる。そんな姿を見て、目の前に立つ男と女は、ニヤリとした笑みを湛えている。

「もう一度申し上げます」

腹の底から絞り出すような野太い声が、部屋の中に響き渡る。小柄で痩せているくせに、声だけは迫力がある。俺はその男に視線を移すが、相変わらず首はかしげたままだ。

「我がクリミアーナ教においては、犬獣人、狼獣人、猫獣人の国外追放、並びに羊獣人の捕獲を貴国に要請いたします。ひと月後、貴国にて捕えました羊獣人たちを、我が首都、アフロディーテに護送したく思います。つきましては、復活しましたガルビーの港に、我が教国の船が着岸できますよう許可をいただきたくお願い申し上げます」

そう言って二人は恭しく頭を下げる。

「獣人が不治の病の原因? よくわからんな。俺の周りではそんなヤツは一人もいないけれどな・・・」

「ご理解いただけないのはごもっともです。しかし、世界に誇る最高の医学者がそう断じているのです。間違いはございません。このままではこの国中に疫病が蔓延する可能性がございます。アガルタ王におかれましては、是非、この国の人民をお救いいただきたくお願い申し上げます」

「まあ、話の内容は、わかった」

「そう言っていただければ、助かります。何しろ、アガルタ国は、ヒーデータ帝国、ラマロン皇国、ニザ公国と深い誼を通じておられます。アガルタ王が率先して、我らクリミアーナ教国にご協力いただければ、他の国もそれに倣われると存じます。王におかれては、主神様であらせられるクリミアーナ様より、ご加護があることと存じます」

男はスッと祈りのポーズを取る。

「アガルタ王に申し上げます」

後ろに控えていた女がスッと前に進み出て、頭を下げる。

「俺のことはリノスでいい。いや、何も俺はクリミアーナに協力すると言ったわけではない。勝手に話を進めるな」

俺の毅然とした態度に、女はニコリと笑みを浮かべる。

「これは失礼しました。ところで、アガルタ王におかれては、お妃さまが羊獣人と伺いましたが・・・」

「……ああ。正確に言うと、ドワーフと羊獣人のハーフだ。厳密に言うと羊獣人ではない。それがどうした?」

「そのお妃さまも、我らが首都、アフロディーテに送られることになりましょう。お察し申します。差し支えなければ、アガルタ王のお近くに、我らクリミアーナ教の神官を遣わしましょう。きっと、王のお力になれると考えます」

女は少女のような、無垢な微笑を見せている。俺は居住まいを正して、口を開く。

「はあ?何でメイを……? なぜ妻をクリミア―ナの都に送らなきゃならないんだ? お前、言葉に気を付けてモノを言えよ? 仮にも一国の王妃だ。それを差し出せとは無礼にも程があるぞ? 言っておくが、アガルタはクリミアーナの属国ではない。もし、そう考えているのであれば、考えを改めるんだな。どうしてもというのであれば、腕ずくで取りに来い。いつでも相手をしてやる。あと、神官も必要ないな。まあ、獣人の病については取りあえず、俺の方でも調べてみる。本当に獣人たちが原因ならば、その時は対策を考える」

「……左様でございますか。ただ……、そのお妃さまは、確か、犯罪奴隷のご身分ですね?」

「なに?」

「お名前がメイリアス。間違いございませんか?」

「……」

俺は無言で少女を睨みつける。

「で、ありましたら、お妃さまは我らが都、アフロディーテに護送いただかねばなりません」

「はあ? 何を言ってるんだ?」

「ご存知でしょうか? 犯罪奴隷というのは、所有権は犯罪奴隷に指定した者が持つということを」

「どういう意味だ?」

「そのメイリアス……。失礼しました。メイリアス王妃様を犯罪奴隷としたのは、我がクリミアーナ教でございます」

「何じゃそれは!?」

「多くの人間を殺したメイリアスを捕らえ、犯罪奴隷としたのは、我がクリミアーナ教なのです」

「だったらどうだと言うんだ?」

「元々奴隷のご身分であった、アガルタ王様であればお分かりかと存じますが、奴隷というのは、所有者がその行動の全てを制限できます。一般の奴隷は命を奪うことまではできませんが、犯罪奴隷は……」

「まさか……」

「もう、お分かりいただけましたでしょうか? 我らもできるだけお元気な状態でお妃さまをアフロディーテにお連れしたいと思っております。道中はご安心くださいませ。犯罪奴隷とはいえ、一国の王妃。丁重におもてなしいたします」

「ちょっと待て、その犯罪奴隷の……」

「まあ、一度、落ち着かれてお考えになるのがよろしいかと存じます」

女は真面目な表情を浮かべながら、俺の言葉を遮った。そして、再び気持ちの悪い笑みを浮かべる。

「アガルタ国の羊獣人たちをお送りいただけないのであれば、それも結構かと存じます。ただし、その時は、お妃さまはどうなりますことか……。あ、そういえば、アガルタ王様とメイリアス王妃様の間には、お子様もお生まれとか。犯罪奴隷の子供ですから、そのお子様も、もしかすると……」

「メイと娘に手を出したら、承知せんぞ? 全力でお前らをブッ潰すからな?」

「これは失礼いたしました。ご無礼を申し上げました。平にお許しくださいませ。ただし、羊獣人たちを護送する船はひと月後にガルビーに参ります。なるべく早くにお決めいただきますとありがたく存じます。おそらく・・・ヒーデータ帝国も、ラマロン皇国も、我がクリミアーナ教を国教と定めている国・・・。少なくともこの二か国はすぐにでも動き出しましょうから、くれぐれも、後れを取らぬようご助言申し上げます」

そう言って二人は恭しく一礼をして、その場を後にした。俺は呆然としたまま、ヤツらの後姿を見送った。



その夜、屋敷に戻った俺は、家族の皆にクリミアーナ教のことを話した。さすがにメイはショックを隠し切れず、呆然自失の状態だった。その姿を見て、リコが口を開く。

「そのようなこと、信じられませんわ。あの難病の原因が、獣人たちだなんて・・・」

気丈に振る舞うが、やはり動揺は隠しきれない。それでもリコは言葉を続ける。

「それに、確たる証拠はあるのでしょうか? それに、メイとアリリアを人質に取るようなことを……」

「さっきアリリアは鑑定してみたが、犯罪奴隷の表示はなかった。あとは、メイの奴隷身分をどう解放するかだ。それに、取りあえずだが、クリミアーナの使者がこんなものを置いていった」

俺はヤツらから受け取った冊子をテーブルの上に差し出す。

「こ・・・これは!」

シディーが声を上げる。

「これは・・・。サンクチュアリ。もっとも権威のある医学書です」

メイは無言でその冊子を手に取り、パラパラとページをめくり始めた。そして、該当部分と思われる個所を見つけたのだろうか。しばらくじっと視線をその冊子に向け続けた。

誰もしゃべる者もなく、皆、メイの一挙手一投足を見つめている。メイがページをめくる音だけがダイニングに響いていたが、やがてメイは天井を向き、ふぅーっと大きく息を吐きだした。

「どうだ、メイ?」

「論理的には・・・完璧です」

「俺は勉強が苦手だったからよくわからないんだが、やはり、難病の原因は獣人たちで、その特効薬は羊の獣人たちの胆汁なのか?」

「これを読む限りでは・・・そのようです」

「まさか・・・」

シディーも呆然となっている。

「サンクチュアリに研究が紹介されるだけでも名誉なことなのに、それに加えて、イマーニ博士とダリナー博士のお墨付きともなれば、ほぼ、間違いないと見ていいでしょう」

「でも何で、教国は何の罪もない羊獣人を捕らえるのでしょうか?」

フェリスが口を開く。メイは優しい眼差しをフェリスに向ける。

「ひとり分の特効薬を作ろうとすると、羊獣人五人分の胆汁が必要になります。今、世界中でどれほどの人がこれらの難病に苦しんでいるのかは分からないけれど・・・。少なくとも、数千人の人間を救おうと思うと、一万人くらいの羊獣人が必要になりますね」

「そ・・・そんな。そこまでして、何で人間を救わないといけないんですか?」

「それが、クリミアーナ教です。あの教国は人族のためならどんなことでもする国です」

「リノス様・・・」

フェリスは泣きそうな顔になっている。俺は短く息を吐いて口を開く。

「俺は、メイをヤツらに渡す気はない。それに、その病は根絶しなければ人間は亡ぶのか?そんな夥しい獣人たちの犠牲を払ってまで人族の命を優先させるのは、俺は納得いかん」

「リノス・・・」

「ご主人・・・お願いするでありますー」

「安心しろみんな。メイ。俺は、メイは渡さない」

重苦しい話し合いが終わった。皆、無言で部屋に引き上げていく。俺は一人で風呂に入り、これから先のことを考える。考えれば考えるだけ、色んなことが頭をよぎる。そして、何も解決策が見つからない。じっと湯船を見ながら考える。

「考えてもしやーない。その時その時。何とかなるなる」

そう言って俺は顔をザブザブと洗って風呂から上がった。

寝室に入ると、誰もいない。今日はリコのはずだが、リコの姿が見えない。仕方なくベッドに一人で入ると、メイが部屋に入ってきた。

「メイ、どうした?アリリアは?」

「・・・シディーちゃんがあずかると言ってくれまして・・・」

「そうか」

「本当はリコ様だったのですが、リコ様が・・・お行きなさいと・・・」

「メイ、おいで」

「・・・」

メイは申し訳なさそうにベッドに入ってくる。しかし、いつものメイではない。パジャマを着たまま、じっとうつ伏せになっている。

「・・・メイ」

メイはゆっくりと顔を上げて、俺を見る。

「ご主人様、お願いがあります」

「何だい?」

「私は、教国に参ります」

「バカなことを言うな」

「その代り、その代り・・・アリリアは、アリリアはここに置いてください」

「やめろ、やめてくれメイ。俺はメイを教国にやる気はない。当然アリリアもだ。その犯罪奴隷の身分を必ず解放してやる。どんなヤツが来ても追い払ってやる。絶対に、絶対に、守ってやる!」

「ご主人様・・・」

メイは泣いていた。こんなに泣いたメイを見たのは初めてだった。結局、俺もメイも、この夜は一睡もできなかった。

俺はただ、メイの背中を撫で続けることしか、できなかった。
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