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結界師への転生 作者:片岡直太郎

第六章 アガルタ国編

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第百五十五話 新年早々から大仕事

年が明けた。年末年始は、基本的に仕事はお休みとしたので、食っちゃ寝の生活を送った。休みとはいえ、それぞれの仕事は気になるらしく、マトカルやフェリスなどは、ちょいちょいアガルタに出勤していった。

俺はというと、リコとメイの子供の名前を決めようと奮闘していた。しかし、たくさんの候補をあげたものの、全く決まらなかった。結局、子供の顔を見てから決めようということになり、何をしているのかわからない正月休みになった。

年明け最初の仕事は、新年のあいさつに訪れたアガルタの領主たちを引見することだった。ジュカ時代の貴族は、年初めに必ず国王に新年のご挨拶を行っていたのだが、俺は迂闊にも彼らを引見する日を定めるのを忘れていた。結局、領主たちはジュカ時代の旧例に従って正月五日に合わせて都に来てしまい、一方で俺は三日まで完全にオフにしてしまっていたため、色々と少々混乱を生んでしまった。反省である。

そんな中でも領主たちの心は広く、取り立てて俺にクレームを言ってくる者は皆無だったのは、せめてもの救いだった。

昨年から既に予定が決まっていた、ヒーデータ、ニザ、そしてバイトス公国からの使者については、迎賓館の宿泊エリアで丁寧にもてなした。さすがにリコがプロデュースした、洗練された内装や、ソレイユたちが知恵を絞って拵えた接遇はどれも好評で、提供した料理もかなり気に入ってくれたみたいだ。

ちなみに、バイトス公国の使者に同行してきた商人たちは帰り際、これまで年に一回の交易を数回に増やしたいと言って都を後にした。あの国ではチーズなどが手に入るし、とても手の込んだ工芸品なども生産している。きっと交易が広がれば、リコやメイ、ペーリスなどは喜ぶだろう。

そして、俺に従わない領主の七家のうち、二家があいさつにやって来た。そのうちの一つが、サラセニア伯爵だった。彼は淡々と俺に新年の挨拶を述べ、娘が世話になっていることへの礼を述べた。おそらく、娘が心配で見にきたのだろう。あともう一つは、偵察に来たことを隠そうともせず、都のあちこちをまるで、嘗め回すかのようにして見ていた。あまりいい気分ではないが、こいつは放っておくことにした。

その合間を縫って俺は、帝国の陛下の所に新年のあいさつに行った。さすがに貴族が集まる時期を避けて内々に行ったのだが、陛下はリコの子供を心待ちにしてくれていた。そして何と、子供のためにタウンゼット王妃が毛絲で帽子を編んでくれていたのだ。

「陛下、恐縮です」

「タウンゼットも、リノス殿に子供が生まれるのを楽しみにしておるのだ。何といっても、女であれば将来、アローズの妃となるかもしれんからの」

「陛下、生まれる前からそんな・・・」

「いや、こういうことは最初に決めておいた方がよいのだ」

「しかし、医者からは男の子かもしれないと言われています」

「それであれば重畳だ。アガルタ国の世継ぎが生まれるのだ。それはそれでめでたい。アローズと互いに助け合えるではないか」

「陛下・・・」

子供が生まれてからこの人は、完全に親バカになってしまっている。この話をリコにしたところ、彼女は大笑いしていた。


いよいよリコの出産予定日が近づいてきた。俺は万全を期して、ポーセハイのローニを屋敷に軟禁した。軟禁といっても、三食おやつ付きだ。いつ生まれてもいいように、リコの傍に居てもらったのだ。

しかし、予定日を三日過ぎても、生まれる兆候は全く見られなかった。

「・・・何ともありませんわね」

リコは大きなお腹を抱えながらため息をつく。

「はじめてのお産は、予定日を過ぎることがよくあります。心配いりません」

ローニは笑顔で励ましてくれる。

「本当に、ママが大好きなんだなこの子は」

そう言って俺たちは三人で笑い合った。

しかし、予定日を一週間過ぎても、出産の兆候は見られなかった。さすがにこれにはローニも焦りを隠さなかった。リコのお腹に聴診器のようなものを当てて診察しつつ、心配そうに見つめる俺を見る。

「お子様の心音を確認しましたが、一週間もお腹の中にいるとは思えないくらいに、しっかりしています。しかし、これ以上長引きますと、お子様自体にもよろしくありませんし、何より頭が大きくなりすぎて生まれてこられなくなります。誠に申し訳ありませんが、明日の朝までに陣痛が起こらないのであれば、陣痛を起こす薬を処方することをお許しください」

俺はただ、頷くしかなかった。

それから俺はずっとリコと二人で彼女のお腹を撫で続けた。そして夜もリコと一緒に寝ながら、そのお腹を撫で続けた。

「・・・リノス、起きて。起きてくださいませ」

「・・・うん、何だ?リコ?」

お腹を撫でながら寝てしまったようだ。目を開けるとリコのかわいらしい顔がそこにあった。

「何だか、お腹がちょっとだけ痛いのですわ」

「もしかして、来たか!」

「いいえ。わからないですわ。それほど痛くはありませんの」

俺は慌てて一階で寝ているローニを起こしに行く。彼女はすぐに駆けつけてきた。

「・・・陣痛が始まったようです。一階の部屋に来ていただけますか?」

俺はリコの手を取って二階から一階の部屋に降りていく。ローニはテキパキと準備を整えていく。俺も何か手伝おうかと言ってみるが、

「大丈夫です。まだ本陣痛ではありませんから。しばらくご一緒に居ていただいても大丈夫ですよ」

その言葉に甘えて俺は、リコの手を握りながら傍に寄り添った。そして、そのまま朝を迎えた。

「とりあえずみんなに、陣痛が始まりそうだと伝えてくるよ」

俺はローニにリコのことをお願いして、ダイニングに向かった。

リコの陣痛が始まりそうだと聞いた皆は、大興奮だった。

「いよいよですね!ご主人様!」

フェリスが目を輝かせながら俺のところに寄ってくる。

「そうだな、いよいよだな」

そんなことをワイワイと皆で話していると、ローニがダイニングにやって来た。

「陣痛が始まりました。恐れ入りますが、今から言う物をご準備ください」

「じゃ、私、それをやります」

「私はアガルタに向かいますね。何かあれば言ってください」

「吾輩はクルムファルに行って伝えてくるでありますー」

ローニの言葉を聞いて、事前に打ち合わせをしていたかの如く、皆が一斉に動き出す。瞬時に自分たちで判断し、短い言葉のやり取りを交わすだけで、とても効率的に動いている。今さらながら、すごい家族を持ったと感心してしまう。

俺はリコの下に向かう。彼女は陣痛の痛みに耐えているところだった。

「リコ・・・」

「だ・・・大丈夫・・・ですわ」

「頼んだぞ、リコ」

「お任せ・・・ください。必ず・・・無事に産んで見せますわ」

俺はリコの手を握り、背中をさすってやる。

「リノス様、恐れ入りますが、出産の準備に入ります。一旦、部屋の外でお待ちください」

ローニと、その後ろにルアラとペーリスがお湯や荷物を抱えて控えていた。俺はその場を離れたくはなかったが、リコが見せた優しい微笑に背中を押される形で、その部屋を後にした。

子供はなかなか生まれてこず、いわゆる難産だった。何度も何度もリコの部屋の前に行ったが、中に入るのは憚られた。時折、リコの絶叫にも似た叫び声が聞こえてくることもあり、俺は部屋の前をウロウロするしかなかった。

夜になっても、子供は生まれてこなかった。全員、ダイニングに集まっていたが、誰も口を開くものはない。全員が、リコがいる部屋を向いて見守っていた。

「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時照見五蘊皆空度一切苦厄舎利子色不異空空不異色色即是空空即是色・・・」

俺は神に祈るようなポーズで、無意識に般若心経を唱えていた。実は、俺も難産だった。その時にばあちゃんはひたすら般若心経を唱えていたらしい。そのお陰か、俺は無事に生まれてきたし、おふくろも無事だった。そんな前世のことを不意に思い出したのだ。

「以無所得故菩提薩埵依般若波羅蜜多故心無罣礙無罣礙故無有恐怖遠離一切顛倒夢想究竟涅槃三世諸仏依般若波羅蜜多故・・・」

一心不乱にお経を唱える。もう何回唱えただろうか。そして、空が白み始めた頃、ダイニングにローニが現れた。

「・・・お生まれになりました。リコレット様も、お子様も無事です。おめでとうございます!」

誰も言葉を発する者はいない。ただ、全員が、ゆっくりと息を吐き出していた。ダイニングを支配していた緊張感が急速に緩んでいくのを感じる。

俺は、あふれ出る涙を拭おうともせず、ローニに案内されて、リコの下に向かった。
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