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アイムトリッパ 作者:亜牙憲志

第2部

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二羽の兎

第四十五話 二羽の兎

 スモレニィの命は風前の灯。

 ローグ達の容赦ない無数の蹴りと、頭部への打撃で意識は既に無く、今はもう無意識でマルスフィーアを守る。彼を動かすのは魂の起動のみ。

 無抵抗なスモレニィを残虐に弄ぶ男達の心にも、想像を超えた彼のタフさに何処となく焦りが見えてきた。額に汗を滲ませた互いの顔を見合わせ、腰に差すナイフの方に視線が向う。


 安全なドームに守られたマルスフィーアは……残された時間が無いのを感じた。気を失ってもなお彼女を守り続ける、弟の様な優しい友の命が尽きるまで。

 (このままじゃ、スモちゃんが本当に死んでしまう!)
 行動の時だ。
 がっちりとロックされたスモレニィの太い腕を、精一杯の努力で僅かに前にずらし、脇の空洞を広げると同時に外に滑り出た。そのままの勢いで転がり、数歩ばかり距離を取って立ち上がり叫ぶ。

 「止めて! もう分かったから!」

 自らその身を差し出す? とうてい考え付かぬ愚行を目にした男達は虚を突かれ驚き、暴力の手を止めた。その驚き抜けぬ、何処かぶきっちょな笑みで言う。

 「へっ、自分から出てくるとは……イイ心がけじゃあねぇかぁ、時間の無駄を悟ったか、ねえちゃん……」


 マルスフィーアに与えられたチャンス、たった一つの方法。

 この最悪の窮地を抜け出す唯一の脱出方法。

 それは――空間跳躍魔法『テレポート』


 マルスフィーアは戦士、槍使いのランサーである。だが元は魔法使いを目指していた才ある少女。冒険者のクラス特性に大きな影響を与えるステータス能力を考えれば、INT、インテリジェンスが突出して桁違いに高く、まさにファイターと言うよりマギのそれであった。

 致命的弱点。MP、魔法を唱えるためのポイント、魔力がスズメの涙しかないことを除けば。

 魔力がない、それは歌手に例えるなら声量が全く無いようなもの。どんなに音楽的センスが高くても、肝心の声に迫力がなければ心に響く歌声を届けることは至難。

 マルスフィーアに、現状の危機を乗り越える攻撃魔法は無い。多勢のベテラン冒険者をまとめて倒す魔法は、仮に発動こそ可能でも、何のパワーも無く只のイリュージョンに過ぎないであろう。

 今の彼女の手には、武器さえないのだ。
 魔法使いにとっての重要な杖、魔法の威力を増幅させる武器。戦士にクラスチェンジした彼女にとっては、ベストの武器ではないが無いよりは随分マシだ。
 杖を持たぬ事は、マイクも無く、アカペラで歌うといった更に大きなハンデを背負う。

 マルスフィーアに、現状を好転させる補助魔法は無い。相手が少数ならば、または数分と言う短い時間稼ぎのためならば、いくつかの選択肢が浮かんだ。
 幻惑の魔法をかける、姿をくらます、あるいは自らの体に防御魔法をかける。

 しかし、その効果、どれも良くもって5分。

 彼女の周りを囲むのは、ずるい位に抜け目の無いチーム。レンジャーや弓使いに、ローグ、腕力による力技が特徴の戦士だけを相手にするのではない、素早く、ユーティリティ能力にとんだ冒険者クラスが揃っている。


 一度きりしか使えぬ彼女の魔法。

 思い浮かぶ様々なやり方に、次々バツが付く――残されたのは……。

 高位魔法『テレポート』で、この場から飛び去ること!

 驚くべき事に、マルスフィーアにはこの魔法使いでも一部の限られた者しか使えぬ高度な呪文が……使えるのである。マギとしての才能はまさしく天才であった。

 だがこれは、非常に大きな賭けである、正真正銘の命がけといって一切の過言無い。
 なぜならば、繰り返すが彼女はMPが少ない。つまりは超高度な魔法である『テレポート』を成功させるに足る十分な魔力エナジーが無いことを意味する。MPが尽きれば、意識が飛ぶ。魔法を唱えた瞬間に意識が無くなり制御不能で発動する。

 彼女が空間転移を成功させるのは、暗闇で目も眩む!? 高さから滝つぼに飛び込み、無事に生還するほどの奇跡なのだ。


 マルスフィーアは傷だらけで横たわるスモレニィを見た。

 そう、テレポートするのは彼女自身、彼女一人だけ、誰も連れてはいけない。

 奇跡的に跳躍を成功させ、奇跡的に我が家まで辿り着き、奇跡的にカピや頼もしいみんなを連れここに駆けつけ、奇跡的にスモレニィの命が尽きる直前に間に合うように、名医ブラックフィンに手当てをしてもらう。

 そんなこと出来る訳が無い!!

 彼女が身を置くのは何度もチャレンジできるゲームでも、都合良く奇跡が起きるハッピーな劇でもない。恐ろしいリアルな選択なのだ。

 「も、もう止めて、私なら……好きにすればいい」

 マルスフィーアはゆっくりとスモレニィに近づき、側で跪いた。

 「こ、こんなに……なるまで」
 優しく頭をなで、ぽろぽろと止めども無く涙が落ちる。

 ゴロツキ達のリーダー、シザーの方を向くと、涙目ながら、キッと決意を固めた表情で言った。
 「人質は私一人で構わないでしょ! 彼はこのまま助けてあげて! そうすれば私は大人しくついて行きます」

 「いいだろう……いつまでこの男の命が持つかは知らんがな」

 マルスフィーアは怒りに満ちた瞳で見る。


 魔法を唱えた。一度だけしか使うことの出来ない。


 「ヒール!」天使のささやきのような優しい彼女の声が響く。

 スモレニィの体を淡い光の癒しのオーラが包み、大きく裂けた傷口が塞がり、傷が癒えていく。死に際まで往っていた彼の苦しい吐息が、優しい寝息に変わった。


 「さあ! 何処にでも連れて行けばいい」

 MPが尽きかけ、遠のく意識を強靭な意志で繋ぎ止め堂々と言い放った。


 シザー達、カピと戦った件の三人組は可笑しなデジャビューに襲われていた。

 (クソ! なんだ、この気分は。こいつら……このカピバラ家の奴らに付き合ってると! なんだか胸糞悪い、恐ろしく嫌な気分にさせられる)

 (この女にしても、あの若造にしても、そこらへんにいる普通の奴らじゃねえか! え? 何だ?? この土壇場で感じる、この、この、この圧力は!!)

 (何?! 何が間違ってる? 何も間違っちゃいねぇ! 俺はあいつ等を圧倒する! 今度の作戦で完璧に何の疑いも無く勝つ! あの男! カピの額を地面にこすりつけ屈辱に塗れさせ、泣き喚かせ! 命乞いさせる。あいつの忠実なる部下に、記憶から一生消えねぇ最悪の吠え面をかかせる!)


 一点たりとも不安材料は残せない。

 シザーはハーフエルフの執事、ルシフィスに砕かれた、肩をそろりと回した。優秀なヒーラーのおかげで傷は癒えている。けれども、あの昔の肉体すべての筋肉をコントロール出来た、研ぎ澄まされた甘い感覚は……まだだ、当分戻って来そうに無い。

 マルスフィーアに近づく。回る様に歩き、ぽつりぽつり話し出す。

 「へぇ……あんた、…………魔法……使えるんだ。…………だが、どうした? 弾切れか? よれよれだなぁ」

 この先に起こりつつある、何かを感じたか森がざわつく。

 「……悪いな、嬢ちゃん」

 狂気に満ちた瞳を振動させ、目をさらに大きくむく。

 「人質に取るのは止めた」


 「あんたらは、ここで殺す」

 ローグの男達が「え?」という顔をしてシザーに向うが、あまりの冷酷な凄みにその先が口から出なかった。

 「……カピバラ家の奴らは危険だ、普通の感覚じゃあ勝てねぇ。甘っちょろい考えは捨てた……一歩前へ踏み込む」

 マルスフィーアは絶望と言うものを知った。有利に交渉を導くための行動が、生を繋ぐための賭けが完全に裏目に出てしまったのだ。

 「その大男は始末し、あんたは生白い指だけ貰って、生かす予定だった。だけど駄目だ、あんたは偽りの魔法使い。殺してから腕を切り落とす……それでも結果は変わらない。あんたとこの領主様は来るよ、生きてる死んでるに変わりなく……自分の目であんたらの姿を確かめるため。…………ならば、少しでも心配事はなくさないとな」

 シザーは自ら探索魔法を唱え、周りに人が潜んでいない事を知り、重ねて弓使いにも念を押して確かめる。

 「ふぅ~、だ~れも居ない。絶対にこの場にヒーローが駆けつけるなんて事は無い。絶対に有り得ない」

 シザーは短剣を抜き、マルスフィーアの胸に突き立てんと振り下ろした。

 悲鳴は一瞬で消えた。
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