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アイムトリッパ 作者:亜牙憲志

第2部

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ミルクはもう似合わない

第三十六話 ミルクはもう似合わない

 「ぐっすり眠る仔豚亭」へ、強運だけが持ち味のヒーローカピと、その忠実なる執事ルシフィスが馬を駆って出かけた。

 目的は、新たな冒険者の仲間探し。戦士を雇うため。


 執事いわく、先日の署名会談にて有力貴族領主サザブルの口から出た言葉の数々は、耳の垢にもならぬ戯言ばかりだったが、たった一つだけ重要な傾聴すべき台詞を吐いた。
 それは、カピには護衛の戦士が必要だということ。出来れば人間の。

 最初はボディガードを兼ねて、見る目も確かなサムライクラスの剣士、リザードマンのリュウゾウマルをお供とすることを執事は申し出たのだが、食材探しではなく、人材探しと言う退屈な使命にコック長が全く乗り気でなく、執事本人が同行することになった。

 結果的に、コレで正解だったかもしれない。

 この辺境の小さな町酒場で、確かに彼ほどの腕の立つ――いやいや彼の足元に及ぶ剣士でさえ、とうてい望めるはずも無く。雇えば必ず「彼の下」に付くことになる。さすればリザードマンという特種な事情もあいまって、いらぬ人間のプライドが頭をもたげややこしい事にもなるだろう。
 その上そこは酒の席、荒くれも多い冒険者酒場、交渉などと言う遥か以前の段階でトカゲのような稀有な外見ゆえ、ひと悶着あっても不思議はない。


 カピはすっかり慣れた白馬のホワイティを乗りこなす。ベルトに差した短剣もしっくり収まって来た、あとはお尻の皮がもう少し厚くなってくれれば長距離の旅でも問題は無さそうだ。

 ルシフィスは当然、愛馬のクロベエと人馬一体となって駆け抜ける。
 彼、ハーフエルフは、天性の引き締まった筋肉質の肉体と少女の様に軽い体重で、この上なく最強の騎手、まさに神の乗り手と言えるのではないだろうか。


 酒場のほど近くに隣接された厩に、二人とも馬を繋ぐ。馬番へ執事が10クルワ硬貨3枚をチップとして渡した。この様にして粛々と着実に、お金というものは無くなって行くんだなと、歯の欠けた馬番が嬉々とコインを懐にしまうのを見ながら貧乏領主はさびしく思い知った。

 「どうかしましたか?」執事に促され、酒場の入り口へ進むカピ。

 「おお!」と感動する。目の前には映画でお馴染みの、あのカッコいい扉が待っていた。胸の高さほどのスイングドアだ。

 カピは腰のベルトをグッっと一度締め、匠のロックにチューンナップしてもらった短剣を確かめると、ワクワクドキドキしながらドアを押し開けた。ギィっと蝶番が鳴く、気分は凄腕ガンマンそのもの。ガヤガヤした酒場の店中に足をザッっと踏み入れる。

 いっせいに酒場の荒くれ者、冒険者達が新参客のカピに注目――し、してない!


 何人かはチラリと見たが、大概の者は席から腰を浮かすことも無く、同席の仲間と笑いしゃべりったり酒を飲んだり喰ったりしたまま、客の出入りなど気にもしていない。

 さすがに酒場のマスターは、軽く会釈をした。すぐ後に続くルシフィスと顔見知りの仲のようだ、執事も目配せで合図を送る。カピが、ここカピバラ領の主だということを誰も知らない。マスターのみ執事は既に知らせていた。

 陽気な若いウエイトレスに連れられ、空いた席に案内された。執事と向かい合って使い込まれた木の椅子に座る。

 カピは「誰だ、誰だ? あの見たことない新人は」と言うざわめきで、全員に熱い視線を向けられながら席に着くという、よくある酒場のワンシーンを思い浮かべていただけに、拍子抜けでガッカリしていた。

 「ううぅ~これじゃ、ファミリーレストランに入るのと変わんない……」

 「どうしたんです? カピ様。そんな泣きそうな顔をなされて、お尻の皮でもまた剥けたんですか?」


 店内に、客の数は数十人ほど、それぞれのテーブルにグループが出来ている。おそらく間違いなくチームだろう。何か別の目的でもありそうな胡散臭い独り者もちらほら見えるが、二人が求める理想の戦士、ベストの用心棒になりうる一目瞭然と輝き放つ逸材は見当たらない。

 他に目に付くのは……、奥の隅にこっそりと一人でいる小柄な冒険者。これは一目瞭然だ、一目見ただけで経験の浅い新人だと分かるベストとは程遠い人材。

 (カピ様を守るどころか、自分を守るので手一杯だろう)

 ルシフィスは考えた。やはり第一印象では、残念ながらこの酒場ほぼ予想通りの品揃え、ならば見えていない部分をあぶり出すしかないと。


 カピには、どの冒険者も屈強ないかつい顔の男ばかりで十分強そうに見えたが、人選はルシフィスに任せた方が良いだろうと思っていた。
 近くの席、かなり腕に覚えがありそうな自信に満ちた雰囲気をさせている三人組の話が聞こえてくる。

 「でなぁ、やっぱ俺としては、魔法も使えるようになりてぇんだよ」

 金属製のライトアーマー、全身を覆うのではなく胴や肩、腰の一部をプレートで覆う鎧を着用した剣使いの戦士が言った。

 「そうそう! ヒーロー様になって女にもモテモテ~チュッチュ選り取り見取り」
 隣に座る男が唇を尖らせて、手に持った骨付き肉にキスのまね。

 こちらの戦士は上半身裸に近い装備で筋肉の塊。肩当や胸、腹、手首などに厚い皮装甲を付けている斧使い。

 「ヒーロー様~私にもキスして~てなぁガハハハハ」

 「おいおい、お前ら! ガキの様な話で盛り上がってっけど、魔法を使いこなしてぇんならINTの方、お頭の出来はどうなんだ?」
 頭をコツコツと指差し、対面に座るリーダーらしき革鎧の男が言った。

 INTとは、インテリジェンス値、魔法に欠かせない能力値のことである。

 「あ~それ言う? いま言う? あんちゃんはいいよ、才能あるしさぁ~すでにスゲェ魔法使えるんだもんなぁ」

 「どうせ俺らはリーダーと違って力のみ、それでもよ……」

 筋骨隆々の斧使いは、大きな力こぶを見せながら笑って話し続けている。


 ルシフィスがウエイトレスに注文を取る。良く通る声で、カピにミルクを、自分には水を頼んだ。
 「え~それだけでいいの?」肩を軽く上げそう言って彼女はカウンターへ。

 件の三人組が、カピ達に気付いた。
 戦士の一人があからさまに馬鹿にしたような顔でにんまり笑い、声をかけて来る。

 「あら~どうした? ここは遊園地だったかな? お~いおい、かわいいお坊ちゃま方がお食事に来たぞ」

 「ヒューヒュー、ママはどこ~? こんな所来ちゃあ危ないよ~」
 相棒が合いの手のおふざけを入れる。

 「ミルクだったらお母ちゃんのおっぱいだろ! ガハハハッ」

 執事はカピに肯きかける。彼らの子供っぽい悪口と変わらぬ野次に、何故か胸がチクリと痛んだカピだったが、もちろん了解している。こういった愉快な連中は、はなっから不合格にすると。
 カピも同じく肯き首を振った。

 「ん?」リーダーのレンジャーがその仕草、目ざとく見逃さなかった。
 仲間の戦士二人も、カピ達が全くビクつかず予想外に平然としているのを感じ、鼻持ちなら無いその気取った態度に本能的な苛立ちを覚えている。

 「おいこら、坊主。えらそうに無視か? 先輩冒険者に対して、えぇ? 少しはお愛想できねえのか」

 グラスを持った腕を勢いよくテーブルに着き、アーマーが擦れた金属音をたてる、不快な音。


 「あ、すみません」カピは謝った、――ウエイトレスに向けて手を挙げて。

 「やっぱり、ミルクは止めて、何かお勧めのジュース? あったらそっちにします」

 (わざわざ、お店に来てまでミルクを頼むことも無いよな……カピバラ家では、いつも新鮮で美味しいのを飲んでるっていうのに、なおさらだよ~)

 「は~い、了解。じゃあナッツシェイクねっ」
 ウエイトレスはお茶目に敬礼して注文変更を受け賜った。

 上手く事を済ませたカピは微笑みかける、御主人の予測不可能な行動にはいつも戸惑わされる、目の前に座っている執事に。


 ゴゴゴゴゴ……そのカピの行動に、執事ルシフィスより、さらに戸惑い……むかつき顔色を変える者達。

 彼らの目の前に映るのは、生意気で、尖ったフリをする若造、本当は臆病で心の内はビクビク震えているくせに虚勢を張る。冒険者として新たに手に入れた力に、己は何でも出来ると自惚れ勘違いする、よくいる新米。

 ――怒りが爆発する。

 「ああぁ? てめぇ小僧! ならその頭をシェイクしてやらあ」

 斧使いがテーブルを拳で叩きつけ、椅子を弾き飛ばし立ち上がる。
 青筋を立てた鬼のような巨漢に、面と向かいこんな態度を取られたら、誰だって縮み上がってしまうだろう。さしものカピも顔を上げて驚いた。


 ……微笑が消えてしまった。
 ゆっくりまぶたを閉じ、一呼吸置いてルシフィスが言葉の火を放った。

 「やはり、ろくでもない冒険者ばかりですね、まあこんな田舎で期待はしておりませんでしたが」

 大声を上げる訳でもなく静かに、だが店の客達皆に聞こえるように言い放つ、今日の彼はブレーキのかかり具合が甘い。
 ルシフィスの侮辱的な台詞を耳にし、そこかしこからも、三人組以外の気に障った冒険者の怒号が飛んだ。店内の空気が急激に悪くなる。


 「てめぇ、ミルクくせぇガキがふざけた事言うじゃねぇか」
 首を一回りさせ、ドスの利いた声で唸りレンジャーの男も腰を上げた。

 男はこの時気が付く、ルシフィスは子供ではないエルフだと。
 (黒髪で分からなかった。奴ら大抵、うすい金髪や緑がかった髪の毛をしてると思ったが……こいつは間違いなくエルフ。相棒は? あれは人間の小僧だ。なんだ? こいつら一体……)


 リーダーと呼ばれた、クラス、レンジャーの冒険者を真ん中に、戦士の二人も並びルシフィスと向かい合う。屈強な大の男達に囲まれる子供のよう。
 これはもう只では収まらない。どちらかが折れるまで、折れて地べたに這い蹲り許しを請うまで。もちろん普通考えられる結末は一方のみ、生意気な少年達がだが。


 凄惨な騒動へのカウントダウンを誰もが感じ始めてる中、全くこの舞台にそぐわない空気の読めぬ者、言わば観客席の客が黄色い声を上げ突然転がり込んできた。

 「ちょっと皆さん。お、落ち着いて~!」
 全て言い終えない内に、すってんころりんと文字通り転がって間に割り込む珍客。

 執事は愚か過ぎる人間の行動と、真っ平らな地面でも躓いてこける事の出来そうな才能に、すっかり呆れかえる。


 「け、喧嘩はダメです!」愚かな人間が大声で言った。

 そのなんとも無鉄砲な仲裁者の正体は、先ほどまで店の隅で大人しく座っていた「新人です」と名札をつけてるかの冒険者。
 注目されている現状を恥ずかしそうに立ち上がる。帽子、眼鏡、革製ショルダーを器用に! ずらしたその姿は、ドジっ娘そのものではないか。

 ドジっ娘マルスフィーア、否、女戦士マルスフィーアは眼前の落ち着き払った少年が、学生服を着た人間の男の子ではなく、黒髪のエルフだという事に今気が付いた。自分を見つめる大きく思慮深い緑の瞳が美しい。

 前を真っ直ぐ向くと、もう一人の連れ人カピと視線が交じり合う。目をキラキラさせこっちを見ている。

 マルスフィーアの脳が一瞬シェイクした。
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