挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
アイムトリッパ 作者:亜牙憲志

第1部

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

3/48

執事、名前について熱く語る

第二話 執事、名前について熱く語る

 コンコンッと、やや強めのノックの音がした。

 「失礼します」 落ち着いた男性の声だ。

 青年は中途半端にベッドに腰掛けてる事が、なんだかバツが悪く感じて、あわててシーツを羽織りベットに入りなおした。どうしてこう感じたのか、深く思えばおかしな事だが、いわば母親に「安静にして寝てなさい」と言われていたのにもかかわらず、起きていたのを見咎められたかの気分。

 ドアが開き無駄のない身のこなしで男が部屋に入る。ベッドの傍まで来て

 「何かありましたか?」

 慌てた感は全くないが、さりとて事務的で冷たいわけでもない心地のよい問いかけ。

 青年は覆いの向こうの淡いシルエットに顔を向け、そこに黒をまとった人の姿を見た。紗がかかってはっきりとは見えない。

 「え、えっ、まあ…………あなたは?」

 「わたくしは、僭越ながらこの家の執事を承っております。ルシフィスと申します。ご挨拶が遅れ申し訳ありません」


 少し戸惑う青年、ルシフィスという名前に。(外国の人だろうか?)
 「あのー、ここはいったいどこですか?」シンプルな疑問を投げかけた。

 執事は少し間を置き、ちょっとお辞儀をする様に体を屈め答えた。

「この館に唯一ある、ご主人の寝室です。内装はほとんど以前のまま、もちろんお召し物、シーツなどは新品でございますが、すべてをご希望に添えて、ご用意して置くことは出来ませんでした。重ねて真に申し訳ございません」

 声に無念がにじみ出る、心からそう思っているようだ。

 「寝室……。いえ、そうじゃなくて…」

 青年の言葉に執事は心得たとばかり話を続ける

 「若様が、馬車で到着なされたのが昨日の夕時、そう、タラップから地面に足を下ろすか下ろさないその時、ぐらり、ばたりとお倒れになられ――何とかわたくしが手を差し伸べましたので、不幸中の幸い、頭を地面に打ち付ける事態は避けられたのですが……恐ろしい事に意識が戻らず」

 青年は唖然と話を聞いている。さっきまで思い浮かべていた過去に、1ミリたりとも似たシーンなど脳内上映される事無かったからだ。

 饒舌に執事は続ける。

「その後、最高の医者、腕においてという意味で、性格という点では最低ですが、おっと失礼それは余計な事。その医者を呼びまして診断、処置して頂きました所、医学的見地、魔法的検査におきましても悪い所はないとのこと。ほっと胸をなでおろし、さすれば安静第一というお話で失礼ながら御身を抱き、こちらへお運びしたしだいです」

 少し興奮し喋り過ぎたかと、思い至り黙る。まだまだ唖然感の抜けぬ青年。しばし無言の二人。


 執事が言葉を発す「あの、先ほどなにやらお声が……」

 意を決し青年はズバリ言うことにした。

「大体わかりました。いや~ぜんぜん分からない気もするけど、まあ、そう言う事だと受け止めます。がんばって、全力で! 無理やりにでも! その上で、あなたが僕をご存知だと言う前提で、ただ…簡単な事を……聞きたいのですが――

 ――私の名前は何でっか」

 (しまった! あまりの珍しい――今まで19年弱だが、生きてきて口にしたことのない質問で、最後をとちってしまった!)


 執事は、またまた無言の間。

「ちょっと…真に不躾ですが、顔色をこの目で拝見させて頂いてもよろしいでしょうか」

 別に失礼だとも、嫌だとも思わない青年は、どうぞと快諾する。


 黒い腕が天蓋ベッドの覆う藍色のレースをよけ、顔をのぞかせ、影が青年の顔を覆う。 執事が真剣な目で顔をグッと近づけ、「あっ」と、横たわる青年の表情がこわばる。

 執事の面立ちは人間のそれではない。切れ長の目、大きな緑の瞳、肌は恐ろしく白く
陶器のよう。薄い唇、とがった耳、流れるようなつややかな黒髪がかかっている。
 これはファンタジー作品によく出てくる、当にエルフの容貌ではないか!

 ルシフィスは青年の驚きを誤解した。ベッドを覗き込むという無作法に驚いたのか、もしくは人間特有の反応、異属種を間近に見たときの、あの忌まわしい驚きか。平然と「虫唾が走る」などと口にする人間も多くいる。(まあもちろんエルフ族もドワーフに囲まれたら……楽しい気分でいられる者はいないか)

 「顔色は特に変わりないようですね……カピ様」
 「カピ様!?」
 「そうです若様のお名前は『カピ』でございます。嘘偽りなく」

 部屋の中を混乱魔法の呪文の渦が廻っているかのようだ。さすがの冷静なルシフィスも
若きご主人のこの様子を前にしては、青年同様逃れられなかった。

 (名前までお忘れになられてると? これは重症なのでは? もしや此方をからかっていらっしゃる? 赤の他人を間違えて連れてきた?? すり替え事件??? 否!否! どれもありえない)

 執事は珍しく少し熱くなって力説する。

 「正直な所、わたくしは大きくなられた若様に会うのは初めてです。しかし、あなた様はカピ様なのです!分かるのです。理由? いえいえ心で分かるのです!」

 青年はクラクラっとしながら思う。
 (僕って日本人だよなぁ確か~。外国人なら間違いなく「オ~マイガ~」って叫んでる。何だよ『カピ』ってキラキラネームを通り越して、それってまるでペットか何かに付ける名前じゃないか!!)

 執事は名前について続ける。

「私の愛してやまない、そして命をささげ、一生の忠誠を誓った誇り高き名家カピバラ家。その名前から頂いた二文字『カピ』様。おお!なんと素晴らしい響き、至高の御名であることは間違いありません」

 執事の話はまだ続く

 「その名を忘れてしまわれるなんて、もしかして、やはりどこか頭を打ったのでしょうか? わたくしが受け止めるのが遅かったのか……いやいやいや! 精密検査で大丈夫なのですから、そんな馬鹿な……」

 このような慌てたルシフィスを二度と見る事はないのではないか。部屋の中を行ったり来たりと歩き回り、先ほどの青年の記憶の反芻の再現かのごとく思いをめぐらしている。

 「マックス様、これは恐ろしい事態です。あなたのたった一人の跡取り様がお名前を忘れるなどと、呪いです!」天を仰ぎ顔を覆う。ブツブツとつぶやいている。

 「マックス様」最後にボソッと、神の名前で祈るかのように唱え。キリッとした最初の落ち着きに戻る。

 「わたくしはマックス・カピバラ家の執事。いわば家に仕える身。万一あの青年が希望の光ならずとも、この家を守る誓いに何一つ影響はない」(そう万一、マックス様の爪の先ほどの力量が無くとも、飾り物として使いものになればいい。家督の看板として機能するなら、カピバラ家の実態はすべてわたくしが守りきろう)

 それは執事ルシフィスの新たな決意の瞬間だった。


 過大な希望がそがれてしまったからか、ルシフィスは少し不機嫌な気分に陥り、青年の方を改めて見つめる。自分の進む道が明確になった影響で、これから使えねばならぬ主人だと言うのに、彼の印象は悪くなった。崇拝していたと言っていい、前領主と比ぶべくも無く、普通の幼いただの人に見えた気がした。

 一方、短時間の間に自分の株が急降下してることを露知らず。執事の熱い話の半分も入ってこない青年は。

 「す、すみません、ちょっと一人にしてもらえない? 頭の中を整理したいので」

 これ以上の未知の情報は頭をオーバーロードでパンクさせる。頭を冷やすしかない。


 ルシフィスは頷き

 「そうですね移動の疲れもあるでしょう、お疲れを取ってください」

 そう言いながら、入り口のドアへ向かう。ドアノブに手をかけたとき振り返って。

 「カピ様、どうかこれからはこの様なつまらない事で私を呼ぶのはやめてください。
おいおい説明しますが、身の回りの世話などは別の者の役割ですので」

 なんとなく立場の変化を感じつつ青年は「ええっ? 僕が呼んだ??呼んでない気がするんですけど」

 ゴホッん!と、わざとらしい咳払いとともにルシフィスが

 「そ、そうでしたか? 今回は偶然、わたくしが通りかかった時に、そう偶然ですよ!あくまで、何か部屋から、お声がしたもので……」

 気のせいだろうか、白い頬に若干赤みがさした。
「様子を少し見ただけです。決して部屋の外で心配してずっと待機していたなんて、誤解すること無きようにお願いしますね!」

 心持ち強めにドアが閉まり、リボンでまとめた肩まである黒髪を優雅になびかせ、彼は混乱の部屋を出て行った。

 どうやら青年と執事の関係性は定まりつつあるようだ……。

挿絵(By みてみん)
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ