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アイムトリッパ 作者:亜牙憲志

第1部

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黒い影と白い影

第十一話 黒い影と白い影

 束の間の出来事だった。

 鮮血が滴り、厨房の石の床を汚す。

 もう息は無い……たった一撃で命を葬った――


 その箱。
 その奇妙な宝箱はミミックだった。
 ミミックとは、宝の箱などに巧妙に擬態し、冒険者の命を虎視眈々と狙う恐ろしい無機質系モンスター。化けたアイテムを目視で見抜くことは不可能。事前に調査探索タイプの魔法やスキルを使わなければ区別できぬ故、ニューカマーの冒険者達にとっては当に不可避の死刑台マシーンである。

 執事ルシフィスは、まんじりともしない主人を、眉間にしわ寄せながらやや高揚した顔で見つめる。わざと演じて見せる時はあれど、普段感情の起伏があまり無く、至極冷静なハーフエルフの彼にとってこれは怒りに震えていると言っても良い。愚かなミスをした自分への怒り。

 リザードマン――トカゲ人間のコック長、リュウゾウマルもまた無言。抜刀したままの二刀を握ったまま、この極限に張り詰めた空気を開放してくれる一言が、誰からか発せられるのを切に待っていた。


 ゆっくりと、とってもゆっくりと頭に手を添え……絶望に満ち満ちた声で

「あぁ…… なんて…… ばっさり…じゃ…ない……」

 コック長はその様子を見ていられなくて、目を伏せる。


「こ、こんな事って……」

 有っていいのだろうか?
 ダンジョンは言うに及ばず、町どころか、屋敷の外へ一歩も出ずに!
 物語のヒーローであろう青年が! 冒頭で、こんな悲しい運命にあうなどと!


「こんな事って!! ある!?」


 ――カピは最早、思いっきり叫んだ!

「なんで! なんで! いきなり、こんな初日から! 僕は……もう~!!」

「頭をカッパ禿げにされなきゃならないんだ!!!」



 執事はまだ自分への怒り収まりきらぬまま答える。

 「カピ様……申し訳ございません。わたくしの大きなミスでございます。……油断しておりました。言い訳しようも無い……」

 コック長は顔を背けているが、その背中が時折震えては居ないか? ご主人のちょっと面白くなったヘアスタイルを――まさか! 堪えているのではあるまいか ――笑いを。


 カピはお洒落命の青年ではない、が、しかしお年頃、変な髪型には抵抗があるのだ! 落ち込んじゃうのだ。一時の茫然自失状態から抜け出し、今は、恥ずかしいやら、腹立たしいやら色々入り混じった感情の渦中にいる彼だったが、傍らに立つ執事の腕に気がつき、感情の荒波が一気に沈静化するのを感じた。「ルシフィス…手……大丈夫?」


 少し時を戻そう。出来事を思い返してみよう。

――数分前

 カピはテーブルに載せた青黒い箱を開けようとした。

(いかにも宝箱って感じだ! これは凄いアイテムが入ってるぞ)とワクワク感が最高点に達し、夢中になって開けようとする――
 だが同時に気付く(ん? でっかい鍵穴が付いてるなぁ……)
 ふと、気になったその穴、なぜか無性に覗いてみたくなった!

 結果的にカピはどう動いたのか。宝箱を空ける動作は継続中、5センチほど一定の位置まで箱の蓋が浮くと、後は一気にバネ仕掛けで全開した。その瞬間わずか前、頭をひょいとすぼめて鍵穴に目を当てようとした。

 ミミックの最初の一撃、本当なら必殺の一撃は、カピの本来頭のあるべき場所、その空を切り、わずかに頭部をかすった。そして……大事な大事なてっぺん後方周辺の髪がばっさりいかれてしまった。


 ここからワンカット、矢継ぎ早にすべてが起きる。

 ルシフィスの反応は早かった。すぐさまご主人の首根っこを掴み手前へ引き倒す。

 ミミックも素早い。新参者はおろか、中級冒険者までも葬り去れる戦闘力は伊達ではない。箱の奥から覗く不気味な剥き身の目玉がキョロッキョロと機敏に動き、状況を判断し、鋭い鎌状の刃が第二第三の攻撃を繰り出した。

 執事は防御魔法「プロテクトボディ」を唱え、自身の防御力を上げた。
 ヒュン! 直ぐ追ってくるミミックの斬撃からカピを守るため、素手で弾く。
 無傷では受けきれない! 鮮血が飛ぶ。
 逆方向から次の刃! 対の腕で受け軌道を変える。
 白い肌にザックリ傷が走る。

 時間的に魔法の錬度が足りなかったのだ。ルシフィスの詠唱速度をもってしても。だがもし並みの詠唱者なら、到底間に合わず両腕が飛んで、主人の髪の毛ではなく、首も一緒に刎ねていたであろう。

 「コック長!」執事の掛け声。

 「承知!」即座に応じるサムライ。

 リュウゾウマルも既に本能で戦闘態勢には入ってはいたが、あまりの想像外で起きた不意打ちのため、頭の準備がまだ追いついていなかった。

 執事の言葉はコックの剣技をワンテンポ早く始動させるキーになった。

 既に抜き放っていた、妖刀『ミズチ』と直刀『銀二』が怪しげに光揺らめく。
 ミミックの方へ跳躍すると同時
 十文字に切り裂く「斬!!」

 剣豪が名刀で放つ必殺の一撃、衝撃波の十字架が宝箱の化け物を瞬時に葬り去る。


 命絶えたミミックは、ただの無機質な残骸。壊れた木箱と魔法の呪いを封じ込めていたのであろう宝石類、それらが散らばっていた。


――そして、時は戻る

 主人を、身を挺して守った執事の細い腕から床に落ちる血を見て、カピはもう一度たずねる。

 「かなり血が…出てるみたいだけど……大丈夫? ルシフィス」

 執事は苦悶しているかにも見えたが、それは痛みではなく、自分の愚かさによってだった。(懸念していた事が、現実に起きてしまった。誰かが、狙ってきている……カピ様の命を……、いよいよこのカピバラ家を……)

 この家を取り巻く不穏なドス黒い影が、一段と濃くなるのを彼は感じた。


 コックが清潔な白い布を執事に渡した。無言でルシフィスはそれを傷に巻く。

 「申し訳ございません。危うく……」再び謝りつつ言葉に詰まる。「……わたくしの事より、カピ様、どこにも怪我は無いでしょうね?」


 頭をなでてみるカピ。(よし、河童の皿にひびは無い。結局のところ一部分を坊主頭にされただけだ、たいしたこと無かった)髪型は斬新なものにされたが、命に別状は無かった。命どころか怪我一つ無かった。

 カピのピンピンしている様子にすっかり安心したコック

「若様~初日から散々な目にあったでござるなぁ、しかし、あヤツの一撃を、見切りの紙一重でかわすとは恐れ入ったでござる! まあ髪の毛の厚さが計算外でしたなっ、ワッハッハッ」

 切り替えの早いリザードマンは、微妙にかかった洒落で面白がり、話し続ける

 「いや~執事殿、物知りのお主もさすがに知らぬでござろう? ミミックが化けた箱を無造作に開けて無傷で居られる者を。拙者、盗賊クラスでも聞いた事無いでござる。まったく~立派立派! さすが若様。……ん? ところで、その髪型が嫌なら、くるくる坊主にするでござるか?」

 エルフにドワーフにリザードマン、そんな色々な種族の集う屋敷の中で外見や髪型にこだわるのも、なんだかな? と落ち着いた今となっては思わなくも無いカピだったが、自分の青白いツルツル頭を想像すると

(そ、それもちょっと恥ずかしいな…せめてスポーツ刈りぐらいでお願いしたいな……)

 まだまだルックスを捨て去るには未練が残った。

 一旦カピは答えた「どうせ、この家には髪型を気にするような相手もいないし」(美少女のメイド軍団や、幼馴染の令嬢でも居れば別だけど……)「しばらく帽子でも被っていようか……とにかくホント、今回はルシフィスたちのおかげで命拾いしたよ」

 (命……この世界で死ぬとどうなるんだろう……)

 命拾いと言う言葉が口から出たことによって、カピの脳裏に初めて感じる嫌な感覚、不気味な恐怖がよぎった。


 ルシフィスが執事の仕事に戻って発言した。

 「この様な事になり真に面目ありません。そうですね差し当たって、ここの後始末はコック長にお願いいたします。あと帽子はメイドのプリンシアさんに、何か探して来ていただきましょう。次に離れの職人ロックさんを紹介に向かいたいと存じます」

 カピは執事の早くも平常運転に戻ったその言葉に
 「そんなに急かなくても、紹介する家の人ってまだまだ沢山いるの?」

 ルシフィスは、腰を曲げかしこまる。

 「いいえ、ロックさんで最後です。少ない人数で不安に感じられるかもしれませんが……それぞれきっちりとした役割で、責任と誇りを持って屋敷の仕事を回しておりますので、どうぞご安心をカピ様」

 首を横に振り(な~んだ、もうあと一人しか居ないのか)カピは思った。そして

 「それだったら、もうすぐ終わりじゃない。離れには僕一人で先に向かうよ、ゆっくり屋敷や庭を見物しながらね。ルシフィスは先にその腕の治療を済まして来るんだ。これは主人としての命令」真っ直ぐ執事を見て言う。

 執事は少し考えていたが結局

 「分かりました、ではカピ様、後ほど」と言い残し厨房を出て行った。

 リュウゾウマルは何か鼻歌を歌いながら、掃除を始めた。カピも軽く会釈して厨房を出ようとしたが、何かを思い出しコック長に話しかける。

 「若様! それは良いでござる。任せてくだされ」


 カピは厨房を出て、右手方向つまり正面玄関には戻らず、左側の廊下行き止まりにある裏手のドアを抜け屋敷の裏庭に出た。見渡すと何棟か離れがあるようだったが、近い方だと聞いていたので目の前に見える小屋に向かうことにした。

 考えてみれば、初めて屋敷の外に出たのだと気付いたカピ。じっくり土草の感触を感じつつ、穏やかな風、日の光を肌に浴びながら、周りの林をなんとなく見ていると……目の隅、どこかの茂みで何かが動いた。

 白い影だ。

 (まさか!またモンスター?)とっさにカピは身構えた。
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