モブなんていません
流行の乙女ゲーム転生物にチャレンジしました。結果は
気がついたら乙女ゲームの世界に転生してました。
ネット小説にありがちな設定ですみません。
私がその事実に気がついたのは生徒会の役員に任命されたときでした。
その瞬間、前世の記憶とこれからのゲームの展開が頭の中にあふれ、しばらく呆然としていました。
前世の私がいつどうやって死んだのかは覚えていませんでしたが、このゲームは夢中になってやっていて全ルートコンプリートしていたはずです。
どんだけ乙女なんだ、前世の私。
このゲームは一人の転校生がやってきたところから始まります。
その彼女に生徒会の役員が熱を上げ、とんでもない失敗を繰り返しながら彼女との関係を築いていくというものでした。
その攻略キャラ全員がゲームのままに生徒会にいます。
私はそのゲームの中では名前さえ出てこなかったモブの中のモブ、なにかことが起きるたびに「どうしましょう、どうしましょう」とうろたえるだけの女子生徒でした。
なんということでしょう。
このままでは転校生にこの学園は引っ掻き回され、生徒会の役員も最悪ヤンデレルート突入でバッドエンドが待っています。
させるかあぁあああ!
これからの展開が分かっているのなら、私がやることは、攻略キャラを横取りすることでも、主人公を押しのけて逆ハーを作ることでもありません。
平穏な学園を守ることです。
地味な賑やかしおさげ眼鏡キャラこと羽生加奈子。ある意味生まれ変わったつもりでがんばります!
開けっ放しの窓に散らばった書類。風がカーテンを揺らしています。
私は仁王立ちで高笑い。
「私、言ったよね? 会長から目を放すなって。なに、これ?」
「申し訳ございません、姉御!」
「我々の不徳のいたすところであります!」
風紀委員の梨本くんと鈴木くんが頭を下げる。
「いいわ。こうなることは分かっていたから」
私は携帯の短縮ダイヤルを押す。
「もしもし、副会長? どう、そっちは」
『加奈ちゃん、本気で会長ここに来たんだけど? 清水さん連れて』
「OK、連れ戻して。清水さんに迷っちゃ駄目よ。今日は委員会なんだから」
『わかった。けど、恐いな。なんでこんなに会長の行動パターンが分かるんだ?』
「…………長い付き合いだもの」
本当は嘘だ。
私はこうなることを知っていただけだ。
ゲームの世界で会長ルートで起きるイベント。委員会のある日、わざわざ抜け出して主人公清水美紀とカフェでデートして委員会の批難と嫉妬を一身に浴びる。分岐のひとつでこの後の選択でルートが変わる。複数攻略を目指していると、この後攻略キャラ同士の殴り合いが起きる。
そのフラグ、へし折らせていただきます。
「会長、なにしているのですか? 今日は委員会のある日なのですが?」
「氷室!」
「ひ、氷室君! なんでここに」
生徒会副会長氷室涼は転校生清水美紀に冷たい視線を向けた。
「『なんで』ではありません。今日が委員会であることは通達され知っていたはずです。なのに、なぜあなたは会長とここにいるのですか? 会長がここにいてはいけないという判断ができませんでしたか?」
「ご、ごめんなさい」
「よせ、氷室! 俺が誘ったんだ! 俺が悪いんだよ!」
「当然です。あなたが一番悪い。ですが――全校に生徒会の会議予定は通達されています。なのに、なんの疑問も抱かなかった彼女に少々失望しています」
美紀は体を縮こまらせた。
「ご、ごめんなさい。生徒会の予定を通達しているなんて思っていなかったから――」
「転校生であっても張り紙や校内放送で知らせていたはずですが?」
「あの、いつからこんな決まりが――」
氷室が首をかしげた。
「あなたが転校してくる前からのはずですが?」
「そうそう、羽生が言い出して、今の生徒会が始まった時点でやっていたよな」
ぎゅっと美紀が小さく拳を握った。
「また……その子……」
「その加奈ちゃんに叱ってもらいましょうね、会長」
ひょいとレシートをとり、氷室は会長――日向陽一の首根っこを掴んだ。
「か、かなちゃん?」
目を白黒させる美紀に氷室は優雅に言った。
「では清水さん、ごゆっくり」
「言い訳はあるの?」
仁王立ちする私に会長は大きな体を小さくさせた。
「悪いとは思っている」
「言い訳にもならないわね。別に生徒会は365日毎日会議をやっているわけじゃないわ。なのに、なぜわざわざ大事な会議をする日に限って抜け出してデートなんて真似をしたのかしら? 他の日にするという選択肢はなかったの? そもそも――」
自覚してから私がまずしたことは、誰かが馬鹿やらかしてもフォローできる組織作りだ。
主人公に血迷わない登場人物、ある一点を超えないと仕事を放り出さない登場人物を中心に作り上げた。最初からメロメロの会長と書記、会計は除外。むしろこの三人は特に要注意だ。主人公に迷って馬鹿やらかす代名詞なので。
「おっかね~、姉御」
「まあな、だが今回も会長が悪い」
会計の国府宮のぼやきを氷室が諌めた。
「わかっているけどさ、羽生ってあんなんだった?」
「なにがだ?」
「もっと、こうさぁ、気が弱くてなんかあると『どうしましょう、どうしましょう』ってうろたえてたような気がする。なんか、役員になってから性格変わったよね?」
「……選ばれたという自覚でしっかりしたんじゃないのか?」
「まあ、それしかないよな。最近特にしっかりしてきたような……」
国府宮が首をかしげた。
「僕に言わせれば、君達が浮ついているんだが? 清水さんだっけ? 彼女が来てから会長や君達が馬鹿なことばっかりしている。それをフォローしている加奈ちゃんがしっかりするのは当然だろう?」
「……わかっているよ。なんでだろう? どうして俺達はやらかしちまうんだろう?」
「さあな」
「わかっていただけました? では、会議を始めましょう」
私は会長への説教を終わらせて、もともとの目的だった会議を始めることを宣言した。
げっそりとした会長に氷室が話しかけた。
「まったく、なにをやっているんですか、あなたは」
「すまん、氷室。だが、どうしてだろうな。こうなることは予測できたのに、あの時は今日清水を誘うことしか考えられなかった。明日にしてもよかったはずなのに……なぜだろうな?」
「知りませんよ。男女交際が悪いとは言いませんが、それで回りに迷惑をかけるなら別です。わきまえてください」
「すまん。本当に、すまん」
詫びる日向に氷室はますます不機嫌になった。
清水美紀という転校生がきてからどうも生徒会全体がおかしい。確かに清水美紀は美少女だし成績もいい。アイドルとなってもなんら不思議はない。別に会長が一人の女生徒と交際するのはどうでもいいが――会計の国府宮や書記の宮里もどうやら彼女に熱を上げているらしい。清水という生徒はどうもそれ以外の役員にも秋波を送っているようなのだ。
氷室はそれが気に入らない。
役員はそれなりに目立つ人間が多いので気を惹かれるのは仕方ないが、無節操にあれもこれもと媚を売る女は嫌いだ。
事前に色々と手を講じましたが、どうやらメインイベントは潰せないようです。というか、イベント補正でもかかっているんでしょうか?
人を配してもイベントが強行されます。
どうやら確実にイベントを潰せるのは私だけのようです。
やれやれ、仕方ありません。何とかしましょう。
「ちょっと待ったぁぁあ!」
私は会計の手から注文表を奪い取りました。
そして、内容を確認します。
「やっぱり……」
「え、なに? 姉御。なんかあった?」
「なにかあった、じゃありません! なんなんですか! この数字は! これだけ注文するつもりですか?」
「え?」
国府宮くんと宮里くんが改めて数字をみます。
「ああああああ!」
「なんだ、これ!」
二人が驚愕していました。
それはそうでしょう。本来の数字の十倍――桁を間違えて注文してしまうところだったのです。
これもイベントのひとつで、学園祭で手違いによる大量の食材を注文してしまい、主人公の手も借りてなんとか完売を目指すというものです。
ちなみに、そんな注文をしてしまった国府宮くんは当然皆から責められ、それを主人公がかばい、好感度を上げるというイベントなのです。
傍迷惑なイベントなので、潰してもいいよね。
「すみません、ちゃんとチェックしたはずなんだけどなぁ」
「ああ、俺も見たはずなのに……」
恐るべしイベント補正。数人のチェックをかけるように仕組みを変えたのに起こるところだったとは。
「数字直して提出してください」
まだまだ気は抜けないようです。
学園祭当日――
「ずいぶん賑わっているみたいだけど――」
美紀は戸惑っていた。
本来なら起こるはずのイベントが起きなかったのだ。
生徒会主催のピザ屋では会計の手違いで大量の食材を発注してしまい、それを完売させるのに必死の呼び込みをしているはずだったのに、店内は賑わっているが――普通に繁盛している。
「あれ、美紀ちゃん。来てくれたんだ」
にっこりと会計が笑いかける。
「ええ、お誘いありがとう。その……なにか困っていることありませんか?」
「ん? 盛況だから手が少し足りないけど、まあまあ順調だよ。あ~もし、姉御が助けてくれなかったら、悠長なこと言ってられなかったけどね」
「え? 姉御?」
「うん。僕、もう少しでとんでもないミスするところでさ、寸前で姉御が指摘してくれなかったら、大変なことになっていたよ。あ、姉御って言うのは羽生さんね。なんか、頼りがいあって、いつの間にか皆から姉御と呼ばれるようになったんだよ」
「……また……その子」
「美紀ちゃん、今日は僕の奢りだから、好きなだけ食べていってね」
色々ありました。
ええ、それはもう。
けれど、とうとう終わりです。
生徒会の任期が終わりました。ゲームはここで終わります。
主人公は誰とも引っ付かないルートを通らない限りは、今日攻略対象の誰かとカップルになってエンディングを迎えます。
どうやら日向会長のようですが。
「お……終わったぁ……」
教室でぐったりしていると氷室くんが声をかけてくれました。
「ご苦労様。本当にがんばったね」
「えへ」
この人も謎です。
本来のルートですと、氷室くんも攻略対象で、主人公にメロメロになってしまうはずでした。
この人は本来とても無理をしている人で、優秀でなければならないという強迫観念に縛られて行動しているというキャラでした。
主人公にそれを見抜かれ「私の前では無理をしないで。ありのままのあなたでいていいのよ」とかいう台詞で主人公を好きになってしまうはずでした。
ややヤンデレ気質あり。
そのイベントの後主人公に執着するはずだったんですが、なぜかそのイベントが起きなかった――いえ、起きたはずなんですけど、主人公に対する態度が変わりませんでした。むしろ、主人公への態度が永久凍土のごとく冷たかったです。
――あなたに僕のなにがわかるというのですか? 僕の理解者ならすでにいます――
もっの凄く冷たい台詞でした。ああ、思い出すだけで冷たい。
おかしいですね。氷室くんは自分を理解してくれる人に飢えているはずなんです。理解者に執着して溺愛するはずだったんです。
おかげで最後まで頼もしい仲間でした。途中での戦線離脱を覚悟していただけに嬉しい誤算です。
「副会長もご苦労様でした。今までありがとうございました」
「もう副会長じゃないよ」
「今日から会長ですね」
「……加奈ちゃんには名前で呼んで欲しいんだけどな」
「え?」
そういえば、氷室くんはいつから私を「加奈ちゃん」と呼ぶようになったのでしょう?
ゲームの中では役職で呼び――氷室くんが「~ちゃん」呼びをするのは、攻略された後の主人公だけだったはずです。
いきなり音を立てて戸があけられました。
主人公の清水美紀さんが私のことを睨んでました。
あれ?
「なんなのよ、あなた! なんで私の邪魔をするの! モブの癖に! ゲームの中では名前もなかったモブのくせに!」
おや? どうやら清水さんはお仲間だったようです。
前世の記憶もちなんですね。
「ずいぶん、ですねえ。清水さん。モブ? なんの事ですか? 私には羽生加奈子という名前がありますけど?」
わかっててイベントが起きるのほっといたんですか。根性悪いですね。
「私がなにかしました? 私は役職を全うしただけですけど?」
本来起きるはずだったイベントを潰して回ったのは、それが皆に迷惑がかかるものだったからです。かからないイベントは潰してないですよ。本当に好きならイベントに頼らず攻略すればいいじゃないですか。
「モブ? 自分を漫画かなにかの主人公だとでも思っているのですか?」
永久凍土のような冷たい声がかけられました。氷室くんです。
「氷室君……」
「あなたには失望させられますね。あなたが主人公で他人は全て端役だとでも思っているんですか? そんなお粗末な頭の持ち主だとは――ほとほと呆れましたよ」
「わ、私は……そんな……」
「お帰りはあちらです」
氷室くん、寒いです。
清水さんを追っ払った氷室くんが、さらに私に尋ねました。
「加奈ちゃん、答えは?」
……これ、主人公のイベントのひとつだったはずですが……
もういいですよね。ゲームは終わりました。
この後私達はなにものにも囚われず生きていいはずです。
願わくばニューゲームとかありませんように。
「……涼……くん」
惨敗かもしれません……