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我契る

作者: stera

「ばうわう! ばうわう!」

(「……我の眠りを妨げるのは誰だ?」)

「ぼうわう! ウウー」

(「愚かなるものよ、良い度胸だ。 我の呪いをその身に受けるが良い!」)

「くぅ~ん……」

(「……ク・ククク、あはははは! いや、もう良い。 と言う具合でな、そこでやっていた紙芝居は、バカバカしくて可笑しかったのだ。お前も主人と一緒に見れたら良かたのにな。爆笑だぞ?」)

 昼下がりの公園。

 そよ風に吹かれながら、木陰のベンチでうたた寝している金の髪の少年と、その傍らに主人を見守るように座る犬。

 そして、木の上には、ぼうっと今にも消え入りそうな少女姿のシリヤ。

 夕暮れの陽の下で、幽体である彼女の姿は非常に朧げで、幻のようだ。

(「お前は、主人と居て楽しそうだな?」)

「わふ!(もちろんでやんす!)わふん(坊ちゃんのことはあっしが守るでやんす)」

(「我も、人と契る事に興味はあるのだ」)

「わんわん!(坊ちゃんはダメでやんす! あんさんの契約条件は、惨過ぎでやんす)」

(「ふぅん、そうか? まぁ、条件を緩めることは出来んからな。対価には代償を、自然の法則みたいなものだ」)

「ばうわう(あっしが思うに、あんさんと契約しようなんて酔狂な人は、そうそう現れないと思うでやんす)」

(「それならそれで構わん。 勝手に構って愉しむだけだ。 さて、そろそろ遊びに行くか。お前も主人を起こしてやれよ、じきに日が沈む、風邪を引くぞ?」)


 シリヤが『人』に触れるようになって、すでに30年が過ぎていた。

 ここ、ティ・ナ・ノーグに来て5年になるが、未だ『相手』は見つからない。

 夕焼けに染まる街の上空を漂いながら、物思いにふける。

 この街にも、数こそ少ないが、人と契約し生活する精霊たちが居る。

 自分の力を分け与え、寄り添うように、見守るように、共存する……そんな関係を、一度くらいは気に入った相手と結んでみるのも悪くない。

 そう思い始めたのは数10年前だが、なかなか出会いというのは無いようだ。


(「は~」)

「キミが溜息なんて、似合わないね」

 夜更け過ぎ、いつもの友人の店を訪れる。

 香しいアップルティーの香りと、上品なティーカップ。

 心地良いテノールの声で話しかけるのは、 “Nueve Colasヌエヴェ・コラス ”の店主ゾロだ。

 シリヤは、同居するニルヴィナが寝静まった頃を見計らい、ここで談笑するのを楽しみにしていた。

(「あー、暇だ。暇なのだ。新聞に昇天した、とか載っただろ? 少しは大人しくする必要があると思うのだが、暇すぎる」)

「そんな律儀に、設定守る必要があるの?」

(「いずれ、また目の前に現れてからかってやろうと思っているのだ。そんなに早く精霊だとバレてはつまらんだろう。……50年後くらいに現れて、『迎えに来たぞ?』と言ってやれば、死ぬほど驚くと、そうは思わんか?」)

「それ、本当に死んだら洒落にならないよ。『人間』は、それくらいの歳になると脆いんだから」

(「そういうものか?」)

「そう云うものだよ。 人間の一生は『ボク達』に比べると、瞬く間に過ぎていくからね。それに、たった数日で暇を持て余してるくせに、そんなに気長に待てるの?」

 シリヤは、ゾロの言葉にふむと、気のない返事を返す。

(「人間は面白い。たった数十年でコロコロ変わるのだ。姿形は勿論、考えも変わる。我は生を受けた瞬間からコレだからな」)

「あぁ、キミは精霊だから、概念の存在だもんねぇ」

(「ふむ。我は『帰結の精霊』終わりを司る上位精霊として生まれた。魔力も思考力も姿形も、生まれた瞬間から確定されたものだ。これは変わらん。死という現実はあるが、老いることはないしな」)

「すごいねぇ~」

(「お前の言うセリフではなかろう? 我より、お前の方がものを知っているではないか」)

 シリヤは、そう言ってニヤリと笑うと、カップに顔を近づけ紅茶の香りを楽しんだ。

 チリンと澄んだ音がして、ゾロもカップの紅茶に口をつける。

(「まぁ、人は精霊のことなど、魔法の素か武器素材くらいにしか思っていないのかもしれんがな。さて、我はそろそろ行くとしよう。邪魔をした、今宵の礼だ」)

 首元のリボンを外すと、シリヤはそれをテーブルに置いた。

 リボンと言っても実際はシリヤの霊質の一部、彼が扱えば、何か面白い品が出来上がるに違いない。


(「さて、次はどこに行くか……ん?」)

 シリヤがフワフワ中空を彷徨っていると、人気のない公園を、人目を忍び歩くローブ姿の人影を発見した。

 こんな夜中に、あんな暗がりを一人歩く物好きが居るとは……いつもの悪戯心がを刺激され、シリヤはイタズラっぽくニッと微笑むと、ローブ姿の人影の前に降り立った。

「……まぁ、ごきげんよう」

(「……ごきげんよう」)

「このような夜分にお散歩とは、貴方は見た目もだけど、不思議な方だわ」

(「…な……何故驚かんのだっ……?!)」)

 驚かそうとして、逆に驚いたのはシリヤの方だった。

 そんな時、気まぐれな一陣の風が、人影からローブのフードを取り去った。

 ペコンと、頭上に立つ獣耳。

 よく視れば、人とは違う霊質をしている。

 相手は、乱れた黒髪を撫で付け整えると、再びフードを目深にかぶる。

(「お前、獣人……いや、違うな。こんな感覚は初めてだ。何なんだ? 人、ではないのだろう?」)

「ん~、強いて言えば、『猫』かしら? 人は捨てたんですもの」

(「捨てた? 猫??」)

 笑顔でそう言った彼女。

 シリヤは、まじまじとその顔を見る。

 ピーコックブルーの綺麗な瞳が、興味深げにこちらを見つめている。

「そういう貴方は?」

(「我は……精霊だ。帰結の精霊、シリヤだ」)

「私は、ヤーヤですわ」

(「ヤーヤ……お前は、我と話ができるのだな。魔法使いか?」)

「いいえ」

(「オカシイな? 我の声が聞けるのは、魔法使いのように魔法の力に感応する者だけのはずだ」)

「まぁ、そうですの? じゃあ、私には呪いがかかっているから、シリヤの声が聴こえるのかも」

(「呪い?」)

「ええ。私、もうじき猫になるんですもの」

 ……なにがそんなに楽しいんだ? 『猫になる』そう告げるヤーヤの口調は、むしろ嬉しげで、シリヤには訳がわからない。

 そんな深刻な呪いを受けて、辛くはないのだろうか?

 悲しむものではないのか?

「そうだわ、貴方は精霊でしたわね。でしたら、この出会いには意味があるのかも」

(「ん?」)

「シリヤは精霊だから、魔法が使えるはずよね?」

 そうか、成る程。

 精霊である我なら、呪いを解ける。そう思ったか。

 いつもそうだ、我ら精霊の事など、魔法の素程度にしか思っていないものがどれほど多いか……。

「フン、我がお前に能力を貸すのは、お前が我と契約する場合だけだ。我は総ての終わりを司る、我と契約する者には、人としての繋がりを総て絶って貰う。契約者が永続して覚えていられるのは、我唯一人。親も、家族も兄弟も……愛する者ですら、長く記憶に留めることは不可能だ。必ず忘却する。それでいいなら……我は、お前にかかる呪いに終わりをもたらすことが出来るぞ?」

 この条件を突きつけて、今まで首を縦に振ったものはいなかった。

 この契約は、人としての生き方をほとんど奪う過酷な条件。

 実を言えば、このまま呪いを終わらせる事などシリヤにとっては造作も無いこと、別に契約しなくても力を行使したり分け与えることは出来るのだ。

 現に、先程会ったゾロには、無償でその力を提供している。

 ただ、契約を条件に出すのは……殆どの者が、シリヤ本人を見ることなど無いからだ。

 必要なのは力であって、我ではない……。

「本当に? じゃあ、契約してくださいな♪」

(「……は?」)

「シリヤの力って素敵だわ~。ね、思い出や過去も、人に関わること総て忘れることができるかしら?」

(「そ、そうなるな」)

「一つ残らず?」

(「ああ」)

「この呪いも、終わらせることが出来るのよね? よかった、シリヤが居れば、思ったより早く猫になれそうね♪ じゃあ、契約ってどうすればいいのかしら? 何か、用意しなくちゃいけません?」

(「……お前、本当にいいのか? 思い出も、その先の想いも、総て消えてなくなるのだぞ?! もっと慎重に考えろ。こんな条件を飲んだら、人として幸せになどなれんのだぞ?! それに、お前、呪いを終わらせて、すぐ猫になるつもりなのか?!」)

 そうまくし立てるシリヤの言葉を、耳を抑えながら聞いていたヤーヤだったが、シリヤが話を辞めると、笑顔で告げた。

「言ったでしょう? 私、人を捨てたんです。 でも、シリヤって優しいのね。心配しなくても、全て忘れることの方が、きっと私は幸せだわ」

 穏やかに、微笑むヤーヤ。

(「……別に、我は優しくなど無い。ヤーヤ、我はここに、お前と共に歩くことを誓おう」)

 シリヤはそう宣言し、伸ばした指先でヤーヤの左胸を指す。

 ポウッとやわらかな光が集まり、一塊になったかと思うと、それはヤーヤの胸に吸い込まれ消えていく。

「契約は成立だ、これから我はお前と行動を共にする。よろしくな」

「ええ、よろしくシリヤ。あら、でも私すぐ猫になって……」

「今直ぐでなくとも、呪いの進行を早めてやるから我慢しろ。それに、お前、猫になった時面倒を見てくれる相手がいるのか? 飼い主くらい決めてからでも遅くはないだろう」

「そうね。 野良猫じゃ暮らしにくいかしら? じゃあそうするわ。ふわぁあ、もう眠くなってきたわね。私お城に住んでいるの、一緒に帰りましょう」

「なんだ、城の者だったのか。 では、帰ろう」

 

 ……誰が呪いの進行など早めるか、馬鹿者め。

 我の力で終わらせることができるなら、我はお前の為に、力を使おう。

 悲しい過去も

 つらい過去も

 すべて消し去り、つかの間の安息を……。



そして。

「……ヤーヤ、ここはなんだ?」

「あら、私の家ですわ」

「これでは、不法占拠ではないか?! それに、なんだこの散らかりようはっ?! 本は本、服は服でまとめんかっ!」 

「もぅ、シリヤ。そんな大声出したら、ここに居ることが気づかれてしまうわ」

「だったら、断りいれて住まわせてもらえば良かろう?! ええい、その前に掃除だ、ちょっと後ろに下がっていろ!」

「ニャーン」

 2人の生活は、始まったばかりだ。



 

遅くなり申し訳ないっ!(>-<)

シリヤとヤーヤ、やっと契約まで話を進めることができましたぁ!

これからどうなるか……皆さんと、創りあげていければ幸せです。

読んでいただき、ありがとうございました

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― 新着の感想 ―
[一言] 2人の出会いが、コミカルにもテンポよく書かれていて、すぐに読めてしまいました。 リューンや、特にゾロさんとの会話もそれぞれが仲良さそうで、特徴を良く出されているなと感じました。 ヤーヤちゃん…
[一言] 狐さんとシリヤの会話シーンが好きです^^ 短い場面で簡潔な文章だけど、付き合いの長そうな二人の会話や、ちょっとした仕草がいい雰囲気です。 訳あり娘ヤーヤとの初対面シーン! 長く生きてるわり…
[一言] シリヤ姐さんとヤーヤちゃんと。私的にはシリヤ姐さんはしっかりもののお母さん的なイメージです。二人の行く末が気になります。
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