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神風特別特攻隊!!! (前編)

僕の近況報告

当院についに赤紙がきた。


昨日(祝日)も今日(日曜)も

僕の歯科医院は診療をしていました。

昨日から今日にかけて季節の変わり目なのか、

歯ぐきや顔の腫れと激痛を伴った

急患がたくさん来院された。

難しい内容ばかりで、かなり忙しかったです。


そんな昨日のお昼すぎに郵便配達のかたが、

ある封筒をもってきた。

心なしか、僕には彼が笑顔いっぱいに見えた。

丁寧に書留できた。


昨夜、百田尚樹先生の小説『永遠の0』を読みおわった。

神風特別攻撃隊(特攻)のお話です。

とても感動したし、内容も面白かったです。


その流れでその封筒のことを赤紙と書きました。


歯科医師にとっての赤紙とは、

厚生労働省からの通達。

個別指導の通達だった。


個別指導とは患者さんのカルテや領収書、レントゲン

銀歯などの補綴物などを作った際の技工指示書、納品書

院内掲示物、いろんな関係書類

などなど、かなりの内容物を用意し、

持参しなくてはいけない。


最近、国民保険医療費が過去最高の38.5兆円

(2013/11/14付  厚生労働省 発表)

http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK14039_U3A111C1000000/


そのために年々、医療機関に厳しい目が向けられる。

厳しい指導が行われる。 


昨年の夏に僕の歯科医院に共同指導という

最高に厳しい厚生労働省の指導があった。

そのときに書いていた僕の私小説

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

2012年8月中旬 

保険歯科医院を経営している者達にとって

高得点の歯科医院を狙い撃ちした

恐怖の個別指導があった。


当院は今年で独立開業してから

おかげさまで、はや8年目。


新築の家も立て、もうすぐお引越しという時に、

厚生労働省からの郵便書留による

恐怖の共同指導の通達。


2年前にまず診療報酬が高得点の

上位8%の歯科医院が抽出され

集団指導をうけた。


これは運転免許の切り替えの講習会のような感じで

3時間行われた。

そして昨年、それでも高得点をたたきだしている

歯科医院が個人指導に選ばれるのだが、

これもけっこう恐怖ものなのだが、

そのまだ上の共同指導というものに

当院が選定されてしまった。


当院は土日祝日、

ゴールデンウィーク、盆、正月も、

朝から深夜まで診療している。


こういう歯科業界が横並びの体質の中、

僕は「歯科業界に革命をおこしてやる!!」

と意気込んで独立開業し、

私生活を犠牲にしてまで

この8年間がんばってきたのだが、

ついに指導の中でも一番厳しいといわれる

共同指導にあたってしまった。


選定理由は教えてもらえない。


4,5年に1度、当院の県では行われるのだが、

たくさんある歯科医院の中で

今年2件しかない中に選定されるとは悲運だ。

出る杭は必ず打たれるのだ。


昔は「どんなことがおこってもへっちゃら!!

俺が成功しないで誰が成功できるもんか!?」

と根拠のない自信で突き進み結果、

大成功を収めてきたのだが、

ついに僕の根拠のない自信も消えうせた。


「もう無理!!歯科医師を辞めよう。

歯科医院を経営してても、もう夢はない!!」

とまで僕は追い詰められた。


これから油がのりきって、

がんがんお仕事が波に乗りまくる時に、

ついに歯科のお仕事を謳歌していた時代が終焉を迎えた。


何を言っているかというと、

保険で歯科診療を行う時、

平均点数というものがあって、

医療費削減なる名のもとに

一人当たりの保険の平均点数が当県では1380点くらい、

つまり1ヶ月に患者様1人あたり、

4140円までしか治療ができないのだ。


僕はこれを限界ぎりぎりまでコントロールしてたのだが

超短期集中治療

(治療の期間をできるだけ最短でおわらせる)

を昨年から打ち立て、

疲労度が限界になりながらも患者様の治療を

短期間で終われるようにがんがん行ってきた。


しかし、今回のこの指導がおこなわれたあとは、

本当に平均1380点以下に抑えないと、

再指導、監査、保険医停止、医業停止に

追い込まれるのだ!!


個人指導は地方の厚生局の技官が

指導にあたるのだが、

共同指導は東京からわざわざ

厚生労働省の技官が数人やってきて、

共同に審査指導にあたる。


地方の厚生年金の技官は監視されてるから、

厳しい指導をやらざるおえないのだ。

おそらくノルマや

地方の厚生年金の出世がかかっているのだろう。


また、その地方の高名な歯科医師の先生方も、

立会人として5名くらいいらっしゃった。


結局、厚生労働省の技官、厚生局の技官、

高名な歯科医師の技官等、

10人位に囲まれ、ぼろかすに打ちのめされた。


当院の運命を決める審判は1ヶ月後先に下ります。


どのような措置になるにしろ

当院は数年、底に沈みます。


共同指導の間中、僕は針のむしろの上に

5時間、耐え忍んでいた。


カルテ、レントゲン写真、

日々の帳簿によるお金の流れ、歯型を採った石膏模型

予約帳、業者からの医薬品などの

購入品の納品書による履歴、

今までの歯科治療内容の流れ、

銀歯や入れ歯の技工指示書とその納品書。


保険と自費診療との混合診療の解釈等

端から端までとことん調べ上げられ、

少しでも診療の流れで、

不自然な点を見つけあげると

技官は楽しそうにうれしそうな顔で

僕につめより

「こんな風にして、

丁寧に確実に、事細かに調べ上げて、

必ず先生の粗を見つけ出すのが

私たちの仕事なんですよ!!」

と楽しそうに自慢気な顔で言われた。


そのようないろんな点を見つけ出され

掘り出され1ヶ月後、

いろんな指摘された項目における

診療代を自分で見つけ出し

過去数年にわたる内容を自分で調べ上げ

数百万円分にわたる金額を

自主返還しなくてはいけない。


当院はアナログのレントゲン写真を使っているのだが

「こんな写真じゃ診断できない!!」

とボロカスに言われ、くやしかったので

後日デジタルレントゲン購入のため

業者の展示場にいったが1000万だった。

高すぎる。

迷う。


共同指導の数日前には僕は観念して、

歯科医師を辞めようとも思った。


病院をたたんで5年くらい

インプラントの修行をしにいくか

完全に歯科医師をやめて

本当に漫画家になるための修行の旅にでるか、

(僕はいまだに漫画家になる夢を持っています。)

外国にいこうか・・・

そんなことを奥さんに相談したが借金が、

まだあと少しあった・・・。

あと「ばかじゃないの!?何、考えてるの?」

と言われた・・・


やっぱり僕は歯科で生きていくしかないのか?


詳しいことはおいおい書くが今、

あまり患者様を見れない。


今は、毎日数人の患者様を細々と治療している。


お見えになった患者様の治療をお断りして、

よその病院へいくように勧めています。


屈辱の日々です。


指導の中で、僕たち歯科医師がごく当たり前に行う

診療行為でさえにも、ねちねちと非難を浴びせ、

これに持論を展開し、反抗の態度を示そうものなら、

どんどん重箱の隅をあら捜ししはじめ、

どんどん今まで治療できてた

保険診療ができなくなる。


注意され指摘された事項のものに対しては

素直に認めざるを得ないのだ。


立会人の高名な歯科医師の先生方も

1歯科医師の肩を持とうものなら、

お前のところに監査に入るぞと脅されるので、

無言で黙ったままなのだ。

形だけの存在なのだ。

ただ見守るだけ。


そのことを知らない事務長をしている

僕の奥さんは、指導技官にあまりにも

ねちねち言いたい放題言われてる

僕の態度に腹がたったのか、

「きちんとまじめにやったのならやったと、

なぜ言わないの!!」

と叫びだした。


でも、あまりにも反抗の態度や

異議申し立てを示そうものなら、

カルテの重箱の隅をつつきだしたり、


担当技官から、指導の中止を告げられ、

再指導か、監査に移行され、

確実に保険医停止、医業停止に追い込まれる。


保険医停止とは、

皆さんが歯を治療しに歯医者さんにいくと、

まず保険証を提示して、

現役世代は3割負担で治療してもらえるでしょ。


しかし、この保険医停止をくらうと、

保険で治療がうけられなくて、

100%自己負担で治療をしなくてはならない。


つまり、虫歯の治療を1000円でできるものが、

100%自己負担だと、

皆さんが病院の窓口で支払う治療費は、

4500円くらいになってしまう。


それでは、みんな保険で安く治療できる

歯科医院にいくから、

廃業、倒産を宣告されたのと、同じようになる。


数年前、このようにして、

東京の歯科医師が指導の技官からの

恫喝、指導停止などを

2年くらいにわたって繰り返され、

自殺している。


だから僕も、

今回の指導で顧問弁護士を帯同させ、

IC録音テープを

作動させ、指導内容を録音していた。


でも指導前に、技官から

「今回の内容は、患者の個人情報も関係しているので、

録音は認めるが、絶対に外部に公表してはならない」

と約束させられた。


僕たち歯科医院経営者にとって、

保険診療は実は赤字部門が多すぎて、

保険診療だけだと経営がなりたちにくいのだ。


だから、僕たちは話術を使い、

自費診療に走る。


しかも、保険診療は利益がないのに、

しばりや規則が多すぎて、

疲労感だけがたまっていくのだ。


だから、東京などの大都市では、

テナント代や人件費などが高すぎるが、

保険診療は全国一律なので、

保険診療では立ち行かないので、

保険医を返上して、

完全自費のみの歯科医院を

経営してるところも多いと聞く。


しかし、それで成功するのか?

現に、東京等の大都市部では

歯科医院の数が多すぎて、

1日1,5件の歯科医院が閉院しているのが現実だ。


それならばと、自費診療のインプラントのみの

歯科医院をたちあげ、

TVのCMやフリーペーパー等に宣伝広告に、

がんがんお金を注ぎ込み患者様を集め、

訴訟などのリスクも抱えつつ、

がんがん稼ぐ病院が現れる。


最近TVでもよく特集されているが、

全国の歯科医院はコンビニ

の1,5倍あり、

歯科医師の5人に1人は年収240万以下の

ワーキングプアー状態なのだ。


歯科医院は勝ち組、負け組の2極分化しているのだ。


先日、都市部で開業している

歯科大学の時の剣道部の後輩から久しぶりに、

僕のFacebookと当院のホームページを見て、

病院に電話をかけてくれたのだが、

いろんな話をしていくと、

4年前に7千万の借金で開業したことなどを教えてくれ、

最後に「先輩は副業に興味はないですか?」

といわれ、何のことはない

健康食品のねずみ講の誘いだった。


僕はいろんな裏の世界をみてきているので、

彼の家族にも内緒で1週間前からはじめたとのことで、

今の歯科医院での月給を聞くと、月35万だった。


それが高いか安いかといわれると

困るが、いろんな患者様に

歯科医院の院長の僕たちが月の給料を

いくらもらっていると思いますか?ときくと、

そんな低い値段はでてこない。


「よほど、あせってるのか?

そんなことで電話してきたのか・・・」

と寂しくなり、友達をなくすから、

はやく手を引いたほうがいいよと諭した。


これは自慢になってしまうかもしれないが、

今はそれほど稼げてはいないが、

独立開業初年度の僕の年収は6千万円だった。


根拠のない自信と、ガッツとパワーとやる気で、

すさまじい大成功を成し遂げた。


しかし、激務で体を壊し、

近所にたくさん競合の歯科医院が建ってしまった今では、

かなり患者様も減り、また今回の共同指導によって、

厳しい監視と、医療費抑制、萎縮診療の圧を

かけられたので、

今後数年間、僕の歯科医院は底に沈みます。


共同指導の最後に、

改善すべき指摘事項をかなり指摘され、

最後にある技官が得意げな顔で

「先生、今回の私たちの指摘をきちんと改善してくれたら、

きっと来月からのレセプト(保険診療の請求)の内容は、

劇的に変わるはずだよね。

私たちはしっかりと先生の治療内容

をずっと監視してるからね。

せんせい、開業当初の初心を思い返して、

まじめに忠実に日々の診療を

行うようにしなきゃいけないよ。ヒヒヒヒ」

と最後の最後まで圧力をかけられた。


これで僕は一気にあきらめモードになってしまった。


というわけで、前記したが、

当県では、患者様一人平均の点数が

1380点までしかとれなくなり、

これは厳守しなくてはならない。


つまり、何を言っているかと言うと、

患者様一人当たり月に、4140円までしか治療できない。


つまり、前歯の差し歯を保険で1本作ろうとすると、

だいだい3割負担で、8千円くらいかかる。

これでは4千円くらいのオーバーになる。


つまり、差し歯や入れ歯の型取りは実質上、

当院ではしばらくできなくなった。


でも、そのまま患者様に

この複雑な規則を話しても理解してもらえないから、

受付に苦肉の策として、

{当院ではしばらくの間、

提携している銀歯や入れ歯をつくっている

技工士が急病のため技工所は休業しています。

そのため、当院ではしばらくの間、

銀歯や入れ歯の型取りはできません。

ご迷惑をおかけします}

と書いた紙を貼っています。


そのため、平均点数を下げるために、

初診の歯が全く無いおじいさんが、

当院が丁寧に早く上手に入れ歯を

つくってくれるといううわさを聞いて、

やってきた。


しかし、総入れ歯を作ると、

一気に点数があがるので、

そのおじいさんに

「今は入れ歯の型取りができないんですよ。」

と言い、ほかの病院にいくように促した。

屈辱だった。


そんな感じで、長年当院に来てくださっていて

あと、銀歯の型取りでもう終わるという人にも、

他院へ行くように勧めている。


一般の人は不思議に思うかもしれないが、


治療した人数の多さでなく、

治療内容でなく、

あくまで厚生労働省は、

患者様一人当たりの平均の点数しか見ていない。


だから皆さんも心当たりあるかもしれないが、

歯科の治療は一回治療しだすと、

治療期間は長くないですか?


まとめて悪いところは、

がんがん治療してはやく完治させたいと思っても、

受付で治療費を払い、今度の来院の予約をとろうとすると、

決まって来週きてくださいと言われませんか?

「早く治療を終わらせたいので、明日また来ていいですか?」

と聞いても、「明日は予約がいっぱいなんですよ」

という言い方で予約をコントロールしていくのです。


当院は、お忙しい方が多く、

はやく噛めるようになったり、

見た目をきれいにしてほしいと言う目的で、

明日もきていいですか?

と言う方が多い。


そのような希望の患者様を当院は

そのまま、受け入れて、

はやく治療を完了させていたのです。


しかし、そうなると、月の患者様

一人当たりの平均点数が高くなるのです。


しかも濃縮した短期の診療だから、

一回あたりの治療費が毎回数千円と高くなり、

早く治療は完了するが、

なんか、よその歯科医院よりは治療費が高いと

文句を言われたり、うわさが広まる危険があるのです。


だから、患者を見極めて、

希望をきちんと聞いたり、

説明をきちんとしなければならない。


しかし、一回あたりの治療費を

数百円ぐらいでおさえてる病院は、

治療費は確かに安いが、

数ヶ月にわたる治療期間にわたり、

忙しいを理由に途中で治療を中断する

悲劇的な患者様が増える可能性も多い。


しかし、さすが厚生労働省はかしこいね。


歯科の治療は最後に銀歯や入れ歯の型をとり、

セット(装着)する分野に医療費が高い。


途中の神経を抜いて、

歯の根っこのお薬交換の時期は

治療費は数百円程度。


途中でリタイヤしてもらったほうが、

医療費はかからなくて、

厚生労働省的には医療費抑制につながり万歳ですよ。


話は変わって、

6年前くらいに当院に怖そうなおっちゃんが来院した。


かなり痛そうで、その日、

近くの歯科医院で3本一気に歯を抜くと言われたらしい。


しかし、怖そうな顔をしている

そんなおっちゃんに限って小心者で、

「怖いから歯は一本も抜きたくないとのこと」


当院ができるだけ歯を残してくれる

といううわさを知人から聞いて、

当院へ来院されたとのこと。


診察すると、3本中1本は明らかにだめだが、

2本は残せると説明した。


しかし、何度説明しても、

歯は抜かずに、痛みだけとってほしいとのこと。


しょうがないので、痛みをとる処置をした。


僕は「今回、痛みが楽になっても、

続けて治療を受けましょうね」

と説明したが、そんな患者さんは、

痛みが無くなるとこない。


しかし、1ヶ月もたたずに、

そのおっちゃんは、ほっぺを腫らして激痛で来院された。


「やっぱり、先生のおっしゃるとうり、

1本はだめそうなので抜いてください!!」

と言われ、

抜歯したら、楽になったようだった。


しかし数日したら、

社会保険庁によびだされ、

カルテをすべてもってこいと言われ、


そのときも、端から端まで調べ上げられた。


そのおっちゃんの治療をすかさず指摘され、


「何で、この方はまず、

初診で消炎処置(炎症を和らげる処置)をして、

1ヶ月もたたずに、抜歯してるんだ?」と言われた。


僕は先述の内容を丁寧に話した。


でもその技官は、

「でも結局、1ヶ月もたたないうちに、

歯を抜いたんだろ!?


結局残らない歯だったんだろ!?

じゃ、最初から抜け!!

お前は歯科大学に6年も行って、

何を学んできたんだ!!」

と言われたので、

開業して2年目の僕はその頃は、

国にたてつく恐怖を知らなかったので、

「こんな田舎で抜きたくない

といわれてる歯を無理やり抜いたら、

{あそこの歯医者は無理やり、すぐ歯を抜きやがる!!}

とうわさをたてられてしまうんですよ!!」

と僕が叫ぶと、

その技官はすかさず

「でも結局、1ヶ月もたたずに

歯をぬいてしまったんだろ!?

その必要性をきちんと説明して

患者を納得させるのが、

お前の歯科医師たる仕事なんだよ!!」

と言われた。


つまり技官は最初から歯を抜けば、

僕が最初に行った消炎処置の


医療費がかからないだろう

ということを、言いたいのです。


彼らにも、点数抑制のノルマがあるのでしょう。


その時、僕の頭の中では、

{踊る大走査線}の音楽が流れ始め、

「事件は会議室でおこっているんじゃない!!

現場でおこっているんだ!!」

と無性に腹がたち、

ギャンギャン叫んでいたら、


「お前は口だけは達者やの~」

といやみを言われたが、

ガンガン重箱の隅をつつかれて、

それまで行っていた診療が

どんどん、できないように指導された。


こんな内容の会話を、包み隠さずに

僕は患者様によくするんだが、

みんな、関心なさすぎ・・・無知すぎます・・・。


原発の再稼動、TPP、水俣病、

イタイイタイ病、薬害エイズ事件

ジェネリック医薬品、

米軍普天間飛行場に配備予定のオスプレイ、

消費税増税など。


国の方針は、

国民のことなんてまったく考えてないですよ。


でも、僕のような一個人の零細歯科医院は、

吹けば飛びちるような弱い立場です。


国に反旗はひるがえせません。


厚生労働省には、絶対に反抗できません。


僕が相談していたある機関では、

指導が終わったあと、

相談にのってもらったお礼の電話をすると

「今回の指導による萎縮診療だけは

絶対にしないで、どうどうと、

点数をあげてください!!」

と言われたが、僕はすかさず

「無理ですよ。国には逆らえません。

今回の共同指導の結果も出ていないのに、

怖すぎます。

自殺行為です。

反抗的態度は絶対にとれません」

と即座に伝えました。

というわけで、今月は患者様の治療をことわったり、

他院へ誘導したりして、患者様が一気に減り、

利益が100万もいっていません。


やばすぎます。もう、8月24日なのに・・・


今月は赤字経営です。正直つらいです・・・

一気にずっと赤字経営になるかもしれない。

貯金を取り崩す生活になるかも。


でも両親や奥さんから、

「いままでいい思いをさせてもらったし、


豪邸も建てられたんだから、

神様が、これから先はあまり欲をかかずに、


そこそこ健康に普通に幸せに

細々とでも生活できるだけの稼ぎでも

いいじゃないかと言ってるのよ」と言ってくれ

僕は少し気が楽になった。


それから数日後、僕は奥さんと、

後輩の歯科医院に出向き、胡蝶蘭を贈りに行った。


一応、くだらないさみしい目的のために

電話をかけてきたとはいえ、何かの縁で

10年ぶりくらいに後輩は僕に連絡をかけてくれ、


僕は彼の先輩なので、

4年前に開業したとはいえ、

喜んでもらおうと、

開業祝いを兼ねた応援メーセージのための

胡蝶蘭をプレゼントしにいった。


その後、僕が高校の時に

とても世話になった恩師に挨拶にいった。


8年前に開業するときにも挨拶にいったのだが、

その恩師の先生は教頭先生になられてて、

とても喜んで僕を迎えてくださった。


先生は2時間くらい、

僕の今までの人生の話や

今の歯科医院の経営などの話を

聞いてくださって、

ことあるごとに豪快に「あっはっはっは」と

笑ってくださった。


怖い先生だったが、

物理の先生で、トライアスロンもされていて、

パワフルな先生だった。


僕が高校2年から3年まで担任の先生をしてくださり、

進路についても、とても親身に相談に乗ってくれた。


僕は中学までオール5だったのだが、

高校で有名な進学校に進み、

そのころ、大手の河合塾、近所の小さな塾、

通信の進研ゼミ、家庭教師、

朝補修、夜補修の厳しい進学校に通っていて、

高校2年のときに、歯科医師だった祖父が

末期がんで亡くなった。


祖父の入院先で父親から

「おじいちゃんの足をもんでやれ」といわれ、


もむと、囲碁がすきで最後まで病室で

囲碁の本を持ち込んでるのに

読めなくなって衰弱した祖父のふくらはぎは、

水風船のように

めちゃ、ふにゃふにゃしてて、

僕は、涙がでそうだった。


祖父に

「純は将来、何になりたいのか?」

と聞かれ、高校2年の僕は

すかさず「歯医者さん!!」と答えた。


祖父は

「そうよな、一国一城のあるじよな、

頑張れよ!!」

という会話が最後だった。


それから数日がたち、担任の恩師の先生から

「お前のおじいちゃんが、

今、息を引き取ったそうだ、すぐに帰宅しろ」

と伝えてくれたのもその先生だった。


葬式のとき、仏前で両親が、

「大きなお屋敷と歯科医院は

かなりシロアリに食われてるから、

つぶして、さら地にする。

歯科の機材は全部、

離島のほかの歯科医院に寄付するから、

お前はもう歯医者にならんでよか。

自分の好きな道を歩け」といわれた。


祖父の遺影を見つめながら、

幼稚園のころから歯医者さんになることを夢みて、


小学低学年から公文にいき、

同級生の中では一番先の過程を習得し、

全国でも上位だった。


高校卒業まで数学は勉強しなくても、

簡単に鼻歌をうたいながらでもできた。


でも葬式の日に、

歯科医師にならんでもいいよといわれ、

僕の中で何かがはじけた。

燃え尽きてしまった。


それから勉強をさぼりはじめ、

全教科赤点になりはじめた。


夜は親にだまって部屋の電気を消して、

アメリカの連続ドラマの

V](ブイ{最近リメイクされたよね。}

などを隠れてみていた。


そのころ朝になると、よく母親が

「昨日の夜、勉強もせんで、はやく寝てたやろ~」

と泣き叫んでた。


そのころは、隠れて漫画を描いたり、

俳優や歌手のオーディションをうけたりしていた。


のちに、あるプロダクションに合格し、

それが父親にばれて

「僕は東京の歯科大学に行き、俳優を目指す!!」

と叫ぶと「あほか~!!」と殴られた。


今でも思い出すが、

机に向かって勉強をするふりをして、

よく漫画を描いていた。


ある日、2階に僕の部屋があったんだが、

勉強してるかを見に来た父親の

階段をのぼる音がしても、

開き直った僕は描いてる漫画を隠しもせずに

それを覗き込んだ父親は

「なんばしょっとか!!

この大切な時期に

勉強せんで漫画ばっかり描きやがって!!」

と、拳でぼこぼこに殴られてた。


「勉強しなくては!!」と強く思えば思うほど、

僕の頭の中には、いろんな物語が流れ始め、

学校の授業中でも、黒板を見ていると、

映画館で映画をみているように、

面白いほど、よくできたお話が

映像として流れていた。


今、思い返すと、

感心するほどの、すさまじい想像力だった。

今はあの頃のような想像力は消えうせた。


あと深夜はラジオをよく聞いていて、

その頃、オールナイトニッポンをよく聞いていた。


ちびまるこチャンの作者のさくらももこさんや

(アニメの声と雰囲気は同じ)

癌で亡くなった、川村かおりさんが好きだった。


夜中1時から朝5時まで。


朝補修のある厳しい高校だったので、

睡眠時間は1日2時間くらい。


試験中はその頃聞いた音楽がリフレインしまくって、

頭が痛くなり、試験に集中できなくなるくらいだった。


みんなが試験を解答していて、

静まりかえった教室の中で僕の頭の中では、

ボウイや爆風スランプなどの曲がひたすら流れていた。


中学時代は勉強していて、

暗記した教科書の映像が目をつむると、

そのままの映像で端から端まで、

目の前に再現できるくらい


暗記力がすさまじくすごかったのだが、

高校のときは、物語や音楽などの

想像力がすさまじくなって、

暗記力が悲しくなるくらい消えうせていた。


そんな感じの毎日だったので、

学業の成績はとことん落ちまくり、

3者面談のときは、母親が

「どこの歯科大学にも、うからないって言われるのが

怖いから、私は行かない」と泣き叫び、

父親が同行してくれた。


高校1年までは全国模試で

東京大学医学部もA判定だったのに、

高3の夏の全国模試は私立の歯科大学でさえ、

ほとんどが、DかEの判定になっていた。


高3の夏の内申書に一番響く

大切な期末試験での物理の試験で、

「はじめ!!」

の合図でまず答案用紙の裏に、

15個ぐらいの公式を書きだしたのだが、

2乗、3乗、+、-が微妙に間違え、

その間違った公式をもとに

問題を解いてるものだから、

ことごとく間違え、

恩師からその解答用紙の返却のときに、

僕の答案は返してもらえなった。

周りの友達が

「お前、名前書いてなかったんじゃないのか?」

といわれたが

僕は試験の最初に必ず、

名前を書くようにしていたので、

それはなかった。


授業の後に、その恩師から呼ばれ、

中庭で答案用紙を返された。

ひとつだけ三角があり、

あと×ばかりの5点の答案用紙だった。

恩師は5点の答案用紙を黙って見つめる僕に


「お前、どうしたんだ、きちんと勉強したのか?

おじいちゃんの跡をついで

歯科医師になるんじゃないのか?」

といわれた。


僕はおじいちゃんの最後の見舞いの風景を思い出し、

涙があふれてきた。


先生に「その涙をばねにして頑張れ!!」といわれた。


その現役の年は、第2次ベビーブームの影響もあり、

医療系の大学の競争率は例年になく厳しく、

僕は歯科大学を全滅した。


その3月末、泣き崩れてやせ細っていた母親と、

少し切れ気味の父親に

和室に呼ばれ、正座をさせられ、

「お前、今後どうするつもりなのか?」と聞かれた。


僕はひねくれていて、

「歯科大学が僕を落としたんやけん、

こっちが行ってやらん!!」

「僕は漫画家か画家になる!!」

というと、

母親は、え~んと大声で泣き出し、

父親は寂しそうに

「そうか、どこか、美術の専門学校に行くか?」

といわれた。

でも、僕はそのころから、結婚願望が強くて、

きちんと収入を得られるお仕事をして、

趣味で絵を描いたり歌を歌っていけたらいいな~と

思っていた。


そのころ、入試が終わり、

合格できる手ごたえのない状況はわかっていたので、

まず、高校の進路指導室に行き、歯科医師が無理なら

同じ業界の歯科技工士になろうと思ったが、

調べると、歯科技工士は、歯科医師の注文で

銀歯などを作るが、無理な注文も多く納期が守れないと、

仕事はなくなる。


しかも独立しないと給料は低く、

盆も正月もなく、腰を痛めやすい。


しかも、技工士の世界は厳しく、

離職率も高く時計屋や、ダイヤモンドの研磨士に

職を変える人も多いと書いてあった。


その進路の本をみていると、進路指導室に

好きな女の子がはいってきて、

その頃内気な僕は、固まっていた。


その子は気さくな子で、

「神名君、歯科大学の入試はどうやったん?」

と聞かれた。


今とはぜんぜん違う、内気な僕は、

「たぶん、だめやった・・・」

とぼそりと答えた。


「ふ~ん、でも、もしだめでも、

歯医者さんをめざすんやろ?」


「うん」

と僕はうなずいた。


その子との会話もその後、

歯科医師をめざす原動力になったのかもしれない。


1992年。

バブル崩壊後すぐのころのお話。

僕は18歳。


これを読まれてる方で

歯科技工士を将来目指してる子がいるならば、

失望する話になるが、僕が勤務医の時代に

同世代の技工士の同僚がいたが、

彼は毎月10万以下の月給で


けっこう苦労して今は、

引越しのさかいに転職している。

歯科関係がだめならば、

それでは純粋に夢に向かって頑張ろうと思い、

歌手か漫画家になるための方法という本を

図書館から借りてきた。

僕はけっこう、漫画家になる方法や、

漫画の描き方みたいなハウツー本を買うのが趣味だが、

18の頃に読んだ内容の本は

いまだかつて ない・・・


それは漫画家なり、歌手、俳優になるためには、

たとえば、歌手だったら、

バンド活動をライブハウスなどで自腹で

こつこつ活動したり、楽器屋で働いて、

音楽業界のつてこね、知り合いに紹介してもらい、

やっとデビューできるのも一握り。


プロデビューにこぎつけても、1年目を超え、

2年目の契約ができるのが、その中の30%、

3年目は5%、4年目は0.3%。


その頃は、おそらく30歳を

あなたは過ぎていることでしょう。

それまでに、あなたは、

資格などのスキルを磨くことなく

コンビニなどのバイト生活になるかもしれません。


それでもあなたは、プロの歌手を目指しますか?

と書かれていた。


18歳の僕は「うわ~、怖い~、どうしよう~」

と将来に対しての不安と恐怖が襲った。


父親に「これから先どうするんだ」

といわれ、そんなことが脳裏を走り去り、

土下座をして、「歯医者さんになりたいです。

歯科医師専門の予備校に行かせてください」

と頼み込んだ。


母親は泣きながら

「純が歯科大学にどうしても行きたいというのなら、

私たちは、借金をしてでも、内職をしてでも、

ご飯を食べなくてでも、どうにかして頑張って、

お前を予備校に通わせてあげる!!

お金の面では心配しないでいい!!

でも、1年だけ。

この1年間は余計なことは考えずに、

がむしゃらに頑張りなさい!!

で、必ず来年の春こそは、

歯科大学合格という結果を出しなさい。

でないと、私たちには2年も、3年も

予備校に通わせるお金はないわよ」

といわれ、

医歯薬系の医学予備校に1500万かけてもらい、行った。


予備校時代は、365日、台風の日にも休まず頑張って、

授業をうけ、自習室にも通い、

朝から夜遅くまで勉学に励んだ。

結果、国公立は無理だったが、

私立歯科大学は受けた歯科大学は

すべて受かった。


そんな思い出話をひたすら恩師に聞いてもらって、

最後に記念写真もとった。


僕の恩師は、覇気のある先生で、今回の歯科の指導で

落ち込み気味で不安になって、多弁になってる僕の話を

楽しそうによく聞いてくださった。


覇気のあるその先生に、僕は多大なパワーをいただきました。


最後に「注意して事故らないように帰れよ」と言われて、

めちゃ暑い中、わざわざ見送ってくださった。


そのあと、奥さんにだまって、

ジョルジオアルマーニで10万の服を買った。

あまりにもかっこよくて、ほしかったんですよ~。


帰宅するとその日の走行距離は200キロだった。


しゃべりすぎと、運転のしすぎでその日は超疲れ果てました。

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

神風特別特攻隊!!! (後編)につづく

自分の歯科医院を開業してから来年で10年目です。

2013年10月 現在

日々お仕事などでおこった出来事を、

ありのままに

このお題にて投稿していきます。

ある歯科院長の日常を覗いてみてくださいな

どうぞ よろしく~~~!!!

(僕の文章を読んだ感想などを書いてくださるとうれしいです!!!。)

ちなみに僕は

Youtubeで歌っています!!

Youtube上で{歯聖純}{神名純}で検索してみてください。

あとPIXIVで絵を描いて発表しています!!

Yahooで{神名純 PIXIV}で検索してみてください。

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