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入学式の日、品川、横浜、国府津、海、トンネル、富士山。

一人暮らしだけど、お隣さんとのホットラインがあるからさみしくないよね!

駒種先輩が去ったあとも相変わらずピコちゃんに髪をいじられているわたし。

一度解いてストレートにとかしなおして、それからふた房、髪の毛をもう一度結い直してくれた。全部の髪の毛をまとめたツインテールじゃなくて、ふわっとおろした髪の毛の両サイド、ちょんちょんと房をふたつリボンで結わいて自然におろしてツーサイドアップ。結んだリボンはさくら色。ロビーがふんわりと春めく。

気になってちらちら見ては目をそらす月光くん。

「今日は3人のお友達記念日!だからお揃い!!」

手鏡で結いはじめるツインテール、”ピコちゃんのはわたしが結んであげる。”と結ってあげて、結ぶリボンは迷わず選んだ緑色の刺繍の入った真っ赤なリボン。

ピコちゃんの髪の毛のピコピコ揺れるのも気になるらしく、そっちもちらちら見ては目をそらす月光くん。

「さてと、」と月光くんの横に座り直すピコちゃん、

「3人のお友達記念日だし!」

事態を察し、逃げ腰の月光くん、その髪をとかしはじめて「お揃いだし両サイドにおさげ作らないとなー」あきらめておとなしくなる月光くん。

わたしもちょっと思い出して「ちょっとまってて」と部屋からおもちゃのようなデザインのでっかくて赤いリボンを引っ張り出してくる。

月光くんが意外と女の子髪が似合って驚いたり、結び目を増やしたらすごいことになって、鏡を見た月光くんまで思わず吹き出したり、ひとしきり笑う。

月光くんのおさげをツインテールにまで減らして3人で自分取りの記念撮影。


車内放送が

「もうすぐ品川を通過します。カメラたくさんあるから、写りたくない人はカーテン閉めて下さいね~。」

速度を落として分岐器をいくつか渡る。

「二人もカーテン閉めた方がいいよ。交通学園の寮列車、人気があるんだ。今日はまだほかの学校は春休み期間だし、たぶんいっぱいカメラ出てるよ。」月光くんの勧めもあって、自室のカーテンを閉めに戻る。だって段ボールから衣類はみ出したままで、まだ片づいてないもん。

ピコちゃんとも”お片づけにもどろっか”とご飯までお部屋に帰ることにする。

月光くん、さっき結んだ髪の毛をほどきわすれてるみたいだけど、ま、いっか。


ほどなく品川の駅に差し掛かる。

臨時列車用の9番線を抑えた速度のまま通過してゆくさくら寮。カーテンのすき間から見える品川駅、普段は使われないはずのホームにたくさんの三脚が並ぶ。ロープが張られて安全確保はされていたようだけど、むしろ撮影用にホームは解放されてたっぽい。

月光くんの勧めがなければ今ごろ女子高生の散らかしぱんつが映像記録に残ってしまうところだった。かくして乙女のヒミツは間一髪守られた。めでたしめでたし。


品川の場内を抜け加速するさくら寮。

段ボールはまだ残っている。”これ、終わるのかなぁ”とつぶやきつつ箱を開いては中身を片づける。

寮の個室はそんなに広くない。床も壁も木張りで素敵。でもこの木材、なんだろう?目はしっかり詰まっていて、それにほんのりといいにおいがする。ちょっと煙い匂いもあってでも甘い匂い。

でも収納には通路の上が天袋の押入れみたいになっていて意外と広い。荷物はそこに収納すればいいらしい。

段ボールを開いて荷物をながめてみる。衣類はまだ段ボールのままにしよう。おしゃれ着はそんなにないけど、たたみじわはいやだし、できれば掛けておけるところがほしい。

「ん~、ひきだしとかもほしいかなぁ」

 さくら寮は東海道本線を進む。減速し分岐を越えて横浜を通過、場内を抜けて再加速。

「うわわ、」背伸びして天袋をのぞいていたはと、列車の揺れにバランスを崩す。


箱からはぬいぐるみ圧縮袋に入ったたくさんのぬいぐるみも出てくる。

”この部屋につれてきたぬいぐるみさんたちはみんな窓辺だね。”

通路もそうだったけど、さくら寮は部屋も板の間で、たぶん夜は冷える気がする。

窓辺にぬいぐるみさんたちがいると冷気が窓から入ってこなくなる、というメリットもあって窓辺のぬいぐるみさんたちはけっこう実用的。

列車には備え付けのお布団とかもあるけれど、明日、ピコちゃん誘って買い出しに行こう。

大阪ならそれなりに土地勘もあるし、だって京都の実家まですぐだし。

「月光くんは、…うん、荷物持ちね!そうよあくまで荷物持ちよ、荷物持ちだったらついて来てくれたっていいんだからねっ!」と歌うようにつぶやいていたあたりでドアが開く

「ねー、はとー。明日にぃにぃたちが買い物に連れて行ってくれるんだけど… おおぅー。」

どうやら脳内ツンデレ演技、口からセリフが漏れていたらしい。

「それはいいアイデアだね!うん月光も連れて行こう、荷物持ちに。月光にも言ってくるねー」

うわー聞かれてたー!


とその月光くんが”ん、呼んだ?”と顔を出す。

”月光、盗み聞きしてたなー””え?なんのこと”とピコちゃんのちょっかいのあと、

「あのさ、この子なんだけど。」と部屋をのぞき込もうとする。

「ちょっ、ちょっと待って」

あわてて外に出て後ろ手にドアを閉じる。

散らかった衣類、ぬいぐるみさんたちに占領された窓辺、こどもっぽすぎるよね、ちょっと恥ずかしい。

月光くんは窓辺に置いたはずのぬいぐるみを1ぬい、持っていた。(※ぬいぐるみさんは1ぬい、2ぬいと数えます。)

「窓のところからシッポがでてて、なんだろうと引っ張ったらこの子がこっちの部屋に遊びに来ちゃってさ。」

「あ、こいぬじろう。おまえひとりでお散歩に行っちゃだめだよぅ」

肌触りがいいのでつれてきてしまったタオル地の低反発ウレタンの、はだいろ垂れみみのいぬのぬいぐるみ。


「ぷ、ぷふふふ!ってまさかの月光まで。ふたりともぬいぐるみをかわいがりすぎ!」

月光くんもわたしも耳が赤くなるのが自分でもわかる

なんとか月光くんが言葉をつむぐ

「窓と部屋の位置があってないから、たぶん、はとと駒草さんの部屋の窓も、隙間あると思う」

「へへーん、そこは抜かりないんだよー。にぃにぃに聞いてたんだよねー、実は。にぃにぃ、じゃなかったお兄ちゃんももさくら寮じゃん?」

なるほど、ピコちゃん、にぃにぃって呼んでるのは内緒なんだね、一応。

「で、部屋をのぞいたら3号室は4号室と繋がってるけど2号室とは繋がってないみたいだったし、だから3号室にしたの!で繋がってるとなりの部屋にはとちゃんが来たら、夜もこっそりお話とかできるかなーって。でもごめん、5号室と4号室が繋がってるのは知らなかったんだ」ぺろっと舌をだしてピコちゃんが言う。

「だいじょうぶ、わたしにはにょろすけさんがいるし!」

部屋からへびのぬいぐるみのにょろすけさんを出してくる。

「にょろすけさんには窓のすき間に住んでもらうよ、そうすれば問題ない!たぶん。」

ぬいぐるみで部屋のすき間を埋める作戦を採用することにした。

「あれれー、月光、ちょっと残念そうじゃん」

「い、いやそんな事ないし」


「ピコちゃん、これ、お近づきの印に。ちょっと子供っぽいかなぁ、とは思ったのだけど。」

背中に隠していたぬいぐるみさんを出す。

「おぉ!でっかい! これはいいメロンパン!」

「ちがうよぉ、これはかめ太。部屋の床、板の間だし、座布団とかあると冷えなくてすむじゃない?」

「おー、カメ座布団かー!ありがとー!」


「で、月光。明日は買い物に行くわよ、つきあいなさい。荷物運びとして。」

「うん、わかった。僕も足りないものあったし、行こう」

「じゃ、決まりネ!あしたは買い物!」


そんなわけで、明日は大阪でお買い物。でも、今夜寝るのはこの部屋。

もうちょっと、お部屋のお片づけしなきゃ。


”お昼ご飯よ~”の車内放送が流れる。列車は減速し国府津の駅、待避線へ入っていく。

部屋の片づけは中断、食堂車に行こう。

ん、月光くんも髪の毛ほどいたか。”さっきの髪留め”と髪ゴムとおっきな赤いリボンを渡してくる。

食堂車へ向かう途中、ピコちゃんに電話が掛かってくる

”ん、…ん、うんわかった。じゃあとで。”

「お兄ちゃんから。お兄ちゃんは部活の用事でこの駅で乗り換えて先に行くって言ってた。」

7号車、8、9、10号車と歩いて気づいたのだけど、この寮は各号車で内装が違う。

7号車、9号車は畳。通路まで畳。内装もどことなく和室感で涼やかな印象。8号車、10号車の通路はカーペットだけれど、内装はブラウン基調で優しく包み込まれるような落ち着く雰囲気。

華美さはないけど、居心地がよいようなそんな車内。


食堂車に入ると先輩に

「新入生は一番後ろのテーブル、奥側に座ってまってて。」

と展望のよい席に案内される。

キッチンでさかなのフライかハンバーグ、パンかおにぎりを選んで、お盆を持って一番後ろの席に座る。


ホームの反対側に赤い車体に白い帯の21M芙蓉寮が入線し、駒種先輩を乗せるとすぐに発車していった。

その後を青い客車と後ろに2両の有蓋車を連ねた2レニセコ寮が追いかけていく。

ホームで発車の案内放送、連結器が揺すられるちいさな揺動。再び走り出す列車。

さくら寮は国府津を後に、東海道本線、伊豆半島の付け根を南下してゆく。


まだ席に着いてない先輩たちは走る車内にも馴れた様子でおぼんを運ぶ。

いちばん奥の席に3人、向かいにアイリス先輩と妙高先輩が座る。


「おなか空いたよ、ご飯にしようよ。」ずっと運転席にいた妙高先輩が”いただきます”と食べ始める。


「さすがに揚げ物はこわいのよねー、フライはオーブン焼きだけどおいしいでしょう?」とわたしとおなじさかな&パンの組み合わせのアイリス先輩。たしかに揺れる車内で高温の油を使っての揚げ物はちょっと恐い。オイルスプレーをしてのオーブン焼きは揚げるよりもフライに残る揚げ油の量を減らせるし、これはすてきなお昼ごはんね!醤油マヨのマヨ力(マヨぢから)(おもにカロリー)の魅力にめろめろ。もちろんおいしくいただきます。

ピコちゃんはハンバーグとパンで、月光くんはさかなフライにご飯。


「そういえばみんな、隅田川で着るもの、汚しちゃったわよね。最初はリネン室の使い方を教えましょうか。それに今日寝るお布団もリネン室にあるわ。」

アイリス先輩曰く、すぐ後ろ7号車に洗濯もの置き場があるらしい。

”それと”とアイリス先輩が話しを続ける

「ゴメンね、ほかの寮室は畳かカーペットなんだけどね、6号車はウッドカーペットなの。」

「先輩、部屋の床、カーペットって厚さじゃないですよね。」

あ、月光くんも気づいてたんだ。

そう、あの床は使い込んだ木、それも結構厚さがあると思う

「うん、そこはね、わたしのコネでね、いい木材が手に入ったからね、思い切ってね、床、張り替えちゃったの。 でも、ウッドカーペット、ってことにしといてよ。」アイリス先輩はかわいいよりは美人というべき容姿をだらしなく緩めて、秘密基地を自慢する子供のような笑顔でそう言った。

「なーに言ってるんだよ、実家からわざわざウイスキー樽持ち込んだくせに。」と妙高先輩が横からつっこむ

「アイリスの祖父がウィスキーのブレンダーでさ、そのコネで6号車は床も壁もみんな元は酒樽。」

「ちなみに、ピコちゃんの部屋はスパニッシュオークのシェリー樽、月光くんとタエちゃんの部屋はホワイトオークのバーボン樽、私とはとちゃんの部屋はみずならなの。ちなみに壁と廊下はヨーロピアンオークで…、でもロビーがとびっきりなの!だって桜よ!!」

「すごい、すごい!!」さくらの床なんて!

妙高先輩はあきれ顔、他の2人はぽかーんとしていたけれど、つまりは6号車の木材、超高級品です!

「ここにいるとね、なんだかウイスキーの中を漂っている気分になるのよ~」アイリス先輩のゆるんだ笑顔のまま話し続ける。

「みずならはどこ産のですか?」自分の部屋の内装が気になり聞いてみると

「秋田白神産。だいじょうぶ、樽になったのは世界遺産登録前よ!4回ウイスキーを熟成した樽なの。でも70年ものよ~」

「すっっごーーーいっ!!わたし、そんなすごいお部屋使っていいんですか!!」

あぁ、しあわせ!みずならの部屋で生活出来るなんて!素敵だわぁ… うっとり。


この国の風土なら、本来の天然林は広葉樹。けれど天然林ははすっかりスギなどのお金になる木に植え替えられてしまって、見る影も無い。けれどわたしたちの乗っているこの鉄道もスギ材の切り出しのためなどに敷かれたものだって結構あって、広葉樹の材木の美しさは筆舌に尽くし難いのだけれど、でも、それが伐採されなければきっとこの79レだって走ってはいないのだ。

それにしたってこの内装材は地味な贅沢。ほしいからと手に入るものではない。


残りの3人はもう完全に置いてけぼりで、月光くんなんかわたしとアイリス先輩の勢いに思わず箸もとまっている。

こりゃぁだめだ、と判断した妙高先輩が

「アイリス、申し送り事項ってそれだけだっけ?」

と水を差すと、「ごめんなさいね」とアイリス先輩がリネン室や、お風呂に教室、ロビーなどなど、列車寮の設備を一通り教えてくれた。


「それと、6号車は床に敷くものとかもみたいわよね、明日買い物にいきましょう。」

「先輩!わたしたちもそのつもりでした!どこかいいところありますか?」

「うん、あるわよ~。服とかしまっておく引き出しとか、ほしいんじゃない?それから女の子たちはオシャレ着をかけておくところも欲しいわよね。うちの学生御用達のお店があるのよ、明日、連れて行って上げるわ。」

タンスとかどうしようか悩んでいたところだったし、これは願ったり叶ったりだ。

お礼を行って明日は同行させてもらうことにした。


そんなこんなで石橋陸橋からの海を眺めたりしながらの食事、熱海を越えて、ちょっとながいトンネルを抜けて、富士山を窓の借景にお茶にしつつ。

列車は進む。西へ、西へ。


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