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【未完】牙喰らい  作者: 蜂八
一部
9/17

七話:座談

※拠点イベント的な閑話です。



「……んー。ちんこは付いてるわね」

「そォーい!」


 燕来は寝台から跳ね起き、孫策は跳ね飛ばされた。


「ちょっと! 痛いじゃないの」

「俺は今、心が痛い」


 つかされた尻餅に抗議の声をあげて裾を叩き起き上がった女は、本気で頭を心配する視線を男から向けられていると気付いて、益々口を尖らせた。


 浅い眠りに浸っていたら、誰かが部屋に入ってきた風を感じた燕来。

 害意の類が無かったので、緩い意識のまま薄く半目を開き、いつもの侍女にしては歩が堂々としている、などと思っていたら股座(またぐら)が揉まれた挙句ちんことか聞かされた身としては、そんな視線も向けたくなるというものだった。


「まぁ良いわ。起きたなら庭に来て」

「朝から逸物の不在を疑われた俺に何の説明も無しか」


 本当に説明しないで部屋を出た孫策をどうやって反省させるか考え、どうにもならぬと結論が出たあたりで、燕来は着替えて彼女の後を追う。

 黄巾党本体討伐から半月……荊州で暴れていた黄巾党の将に続いて、本体の首魁をも討ち取る手腕を示した孫策は"江東の麒麟児"と呼ばれるようになり、その名声で人も物も充実の兆しを見せ始めた孫呉の、とある一日はこうして始まった。





**********


 庭の東屋、(ちん)にある卓を囲むのは、孫策、周瑜、孫権、甘寧、周泰、燕来の六人。

 本当は黄蓋と陸遜も呼ぶつもりだったが、前者は昨夜の深酒で起きそうになく、後者は新たに手に入れた書に夢中だったので触らなかったと孫策は言った。


「それで、雪蓮。朝議の時間より早く私達が集まる理由……何か起きた?」


 黄蓋と陸遜を無理にでも引っ張ってこなかったことから、そう重い話では無いだろうと判断したのか、周瑜の口調は普段通りで、それが場の空気を軽くした。

 かと言って、起き抜けに重鎮が呼ばれた事態は軽視して良いものではない。周瑜以外の面々はそれを理解しており、主君の言葉を慎重に待つ。


 ただ、周瑜だけは気付いていたが――だからこそ普段通りだったのだが、孫策の醸し出す雰囲気に悪ふざけのそれが強くあったのだ。

 そういうわけで、王の口から出てきたのは次のようなもの。


「呼阮が男色かもしれないの」

「伯符ゥー、ちょっと裏行こうか」


 ガタッ。椅子から立ち上がり、庭の奥を親指で指差す燕来は実にいい笑顔であった。

 例えるなら、どうしても許せない侮辱を受けて怒りの余り笑みが浮かんでしまった類のとてもとてもいい笑顔であった。


「これは重大な問題よ」

「無視か王様」

「帰っていいか?」


 朝の清々しさも緑の爽やかさも重鎮の緊張感も全てが台無しになったが、孫策はただ一人真面目な表情。締まりのない空気でそんな顔されても……と皆は思ったが。

 もう帰る準備をし始めている周瑜に、ダメ!と言い放つ王様。


「燕来隊はお尻を隠して調練しなくちゃいけなくなるのよ。問題でしょ」

「孫権様、今だけで良いのです。姉上をブッ叩く許可を」

「え、燕来の気持ちはわかるが、私が叱っておくから拳を下げよ! ……お姉様!? 戯れも程々になさいませ!」


 先に目覚めた男が、同衾した少年を起こさぬよう、彼に掴まれていた袖を切り取った故事から"断袖"とも書かれ、一部地方では性文化として認められていた男色嗜好だが、女性の台頭が著しい昨今ではそれも廃れた。主君が将を繋ぎ止める方法のひとつで肉体関係と愛情を使ったにしても、むしろ女性同士の場合が増えたこともある。


 文化背景はともかく呼阮としてはたまったものではない。こんなことで呼ばれた将達もそれは同じである。孫権が怒るのも当然か。

 しかしだ。


「じゃあこの中で、呼阮とそれっぽい雰囲気になった子、居る?」

「……」


 すごく静まった。


「……穏からは逃げていたな」

「祭と二人でお酒飲んでる時も、全然そんな空気無いのよ」

「私とも無いな」


 痛いくらい静まった。


「……我々はまだ、会って間もありませんので」

「呼阮殿は、その、武に一本気な方だとばかり!」

「そうです、お姉様。燕来から下卑た視線を感じたことなどありません」

「つまり三人も無いのね」

「……」


 どうしようもなく静まった。


「呼阮……やっぱり……」

「おいやめろ! 男の尻など興味も無いわッ!」

「じゃ、不能? ()たない人?」

「おまえ言葉選べよ勃つよこの野郎!」


 普段なら、君主たる孫策に対して何たる言葉遣いかと叱責される場面だったが、孫権は何も言えなかった。今だけはこの姉が恥ずかしい。


「勃つけど抱かない……そっか。毎晩一人でちんこ弄り?」

「女くらい買っているのだろう。なあ呼阮」

「公瑾殿、あなたが尋ねるべきは俺ではなく、伯符の頭の中身だ」

「あ、朝から何の話をしているのですか!」


 孫権の顔は赤くなりすぎて破裂するのではないかという次第。甘寧も表情は変えないが瞳は泳ぎ頬の赤みが増し、周泰など羞恥の余り倒れる寸前である。


「何って、燕来のちんこの話をね、こう……」

「ち……! 連呼なさらないでくださいお姉様!」


 伯符を怒ってンのに孫権様こっちをちらちら見てますよね。とは言えない燕来。全員の視線が一度ならず自分の股間に向けられる地獄に、彼は死にたくなった。


「俺は男色ではないし不能でもない、処理は適当にしている。伯符が心配する必要も、部下におぞましい想像をさせる必要も無いわ……」

「えー。だって祭や穏のおっぱいに手を出さないし、蓮華のお尻だって見ないし、冥琳に踏まれたがらないし、心配にもなるわよ」


 びくりとしてなんとなく裾を伸ばす孫権の姿に傷つく繊細さを、燕来は持ち合わせてはいなかったが、孫策に善意が全くないことだけはわかってイラッとした。


「ふむ……現状、優秀な将を孕まされては困るな。その点では呼阮にその気が無いことが、軍師としては助かると言っておこう」

「あ、そうね。蓮華、思春、明命。抱かれたくなっても孕むのは我慢しなさい。外か口に出させるように」


 そして周泰は湯気を出して倒れた。






「あのなァ、伯符よ……」


 冷水で濡らした布が周泰の頬に当てられ、孫権の顔色も通常営業に戻った頃合い……茶を片手にした燕来は疲れを隠さずに喋りだす。

 公的な相談だと思いきや私的な、それも冗談混じりの雑談だったこともあって、燕来の口調が他の誰かに咎められたりはしなかった。


 孫権達にそんな気がなくなった以上に、孫策と燕来の間にある空気が親しげで、二人のその距離感を邪魔するのは無粋だと思えたからだ。ともあれ。


「笑えそうな話題でかき回すのは構わんが、時と面子を考えろ」

「蓮華達の反応も面白かったじゃない」

「それを楽しめたのはおまえだけだ」

「悲惨だったのは呼阮だけだから良いでしょ」

「良いわけあるかァ……!」


 落ち着け燕呼阮、落ち着けと自分に言い聞かせ、男は殴りかかるのを我慢する。手玉に取られる彼に他から笑いが零れ、本人は溜息を零した。


「見目麗しい将が孫呉に多くとも、男が俺では何も起きんぞ」

「口が上手いな、呼阮。しかしな、何も起きないとは限らないだろう」

「そーそー。もしかして好きな女でも居て、その子しか頭に無いとか?」


 冷やかすだけが目的だった孫策の言に、返ってきたのは意外や意外。


「向こうがどうかは判らんが、な」

「え、居るの!? 誰、誰、私の知ってる子!?」

「……ほう?」


 身を乗り出して聞いてくる孫策の肩を押し、周瑜の意味深な疑問の声を流し、孫権達の興味深そうな視線を受けて、顎に手をやる燕来。


「呂布だ」


 瞳に、声に、請う色を帯びた返答だった。


「あ、例の飛将軍か……そんなにいい女なの、呂布って」

「呂布と言えば、黄巾党三万を一人で潰したという噂が最近流れてきたな……眉唾かもしれんが、もしかしたら、と思わせる力が飛将軍の名には在る」

「美しさを称える話を聞かないのは、武力が高すぎるせいかしらねぇ」


 周瑜の話に、それでは外見はわからないとぼやく孫策だったが。

 正にその話が重要な部分。燕来にとって、それが何よりも欲していたもの。

 俺も聞いたのだ、その話を――そう言って右手を卓上に置く。


「槍を一本持っただけの、ちっぽけな人間一人が、三万人を……三万倍を圧したのだ。なァおい、三万だぞ。それでこそだろう。それでこそだろうが」


 男の右手は獣の爪が如く曲げられ、五指が震え卓上を引っ掻いた。


「呂奉先の、武威。好きで好きでたまらねェのは其よ」


 自分が将として黄巾党大将を討っている間に、人では勝てぬと言われるようになっていた呂布を想い、燕来の黒瞳はぎらぎらと、ぎらぎらと。


「あれは俺だ。俺は、"あれがいい"のだ」


 熱に浮かされたように語る燕来は狂人にでも見えたのだろう。

 武狂いの実態を目にした者の反応は様々。孫権は唾を飲み込み、甘寧は気を昂らせ、周泰は拳を握り、周瑜は……やはりこいつもか、と呆れていた。


「結局、女じゃなくて"武"が好きとか、呼阮、変態ね」

「言ってろ。同じ穴の貉だろうが、伯符よ」

「やーねぇ、私はちゃんと冥琳と愛し合えるもの」


 やはりここでも孫策は面白がっていた。望んだ答えだったとでも言うように。


「呼阮は武を……槍をお尻にでも入れてそれを愛するのね」

「よォし伯符一騎討ちだ表出ろィ!」


 ついでにここでも台無しにした。


「ま、冗談はここまでにして。別の用事もあるの」

「俺は冗談で済ませたくねェんだが」

「明日の夜のことなんだけど」


 二度目の無視に溜息も出ない燕来は座り直し、やや冷めた茶を飲み干す。孫権と周泰が何故か尻を押さえていたが見なかったことにした。周瑜が、ふむ、尻か……と呟いていたが聞かなかったことにした。


「ここに居る六人に、祭と穏も呼んで、軽く酒宴しましょう」

「雪蓮が主催で? 翌日に響かない程度ならば、私は構わんが……」


 宴の理由は何だ? そう続けた周瑜の問いかけは、他の四人の代表でもあった。酒宴を開くようなことと言っても……と、思いついたのか燕来が口を挟む。


「孫権様、興覇殿、幼平殿との私的な合流祝いか?」

「それもあるわ。離れ離れで頑張ってくれていた蓮華達への感謝と、これからも宜しくの乾杯。それから、呼阮の昇進祝いよ」


 片目閉じて微笑む孫策に言われて、ああそういえば、と。

 朝廷に任命された公的な将軍ではないが、孫呉の内部では兵卒ではなく完全な将扱いに昇進していたことを今更に思い出し、ありがたいと頭を下げる男。


 また、旧臣との合流祝いは戦から戻ってきた時に孫呉全体として一度行ったが、明日の宴は孫策自身と馴染の深い者を集めた感がある。

 呉を担う将は多数存在するが、その中でも中核、選りすぐり。


「冥琳と穏が時間に余裕ある日は少ないから」

「成る程。今日と明日の予定を、昨夜尋ねてきたのはこのためね」

「そ。蓮華達も大丈夫?」

「はい。思春、明命、明日一晩は時間を作っておいて」


 戦場で命を共にする将達と絆を深めておくのは、酒席ひとつでも大切なことだと黄蓋から教わっていた二人に否は無く、短い快諾を返す。


「呼阮は主役の一人なんだから、芸でも考えてね。お尻から槍を」

「生やす気はねェ!」


 酒に喜んでも、燕来は芸だけは快諾しなかった。






**********


「恋殿ー? 武器の手入れをしているのですか?」

「……綺麗にしなくちゃいけないって、急にそう思った」


 俺の愛は痛えぞと戟が思っていたかは謎。


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