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治療完了、目をさますよ 作者:天寧霧佳

【5】 欠けたもの

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14/24

第14話 凄く面白い

【あらすじ】
スカイフィッシュを殺したことにより、人格欠損した理緒。
彼女は、悲しい、苦しいという感情を持つことができなくなりました。

ジュリアはそんな理緒に、汀の精神中核を、彼女に戻すように言います。
汀の精神世界にダイブした理緒は、現れた分裂型スカイフィッシュを相手に、一歩も引くことなく戦闘を始めますが……。

【登場人物】
高畑汀たかはたみぎわ
  半身不随の少女。左腕も動かず、寝たきりの生活を送っている。13歳。
  マインドスイーパーとしてとても高い能力を持っている。
片平理緒かたひらりお
  赤十字病院所属の特A級マインドスイーパー。
  人格欠損をさせられ、負の感情を感じなくなっている。
大河内裕也おおこうちゆうや
  赤十字病院の医師。汀を心配する様子をよく見せているが……。
小白こはく
  汀が拾った小さな猫。白い。マインドスイーパーの力がある。
・ジュリア・エドシニア
  マインドスイーパー治療班の女性。スイープ能力がある。
工藤一貴くどういちたか
  ナンバーズの一人でX番。スカイフィッシュの力を持つ。
加原岬かはらみさき
  結城達により保護されたナンバーズスイーパーの一人。
結城政美ゆうきまさみ
  ナンバ―Xと岬を保護している謎の女医。
赤西忠信あかにしただのぶ
  ナンバーズの一人。人格欠損を起こしていて、危険。
全てがスクリプトだったら、どんなに楽だろう。
全てが全て、決められたことだったら、どんなにか楽なことだろう。
だって、そのスクリプトの中でもがいて、苦しんで、喚いていたって、結局は独り、一人ぼっちであるという事実は変わらない。
スクリプトなら気が楽だ。
どんなに叫んでも、声が返ってくるわけはないのだから。

幸せそうな人たちがいた。
充実した生活を送っている人たちがいた。
隣の芝は青く見えるということわざがある。
それはことわざだが、えてして的を射ている。
でも、事実は事実だ。

スクリプトだろうがなんだろうが、周りを見回すと、人々は全て、ちっぽけな幸せを持って生きている。
必ず、持って生きている。
ならば。
ならば、そのちっぽけさえ持っていない自分は、一体何なんだろう。

生きてて楽しい? と頭の中の誰かが聞いた。
人生楽しい? と頭の中の誰かが聞いた。
楽しくはない。
楽しかったら、私は今ここにはいない。
そうだな。
苦しい、とは違うな。
悲しいな。
ただ、ひたすら、悲しいな。
それでも生きていってしまうであろう、私自身が悲しいな。

全てがスクリプトだったら、どんなに楽だろう。
そう考えて、また同じ結論にたどり着く。
私は袋小路の中に入り込んでしまっていた。
もう、出ることは出来ない。



「はぁ、そうなんですか」

ぼんやりした声で理緒がそう言う。

大河内は身を乗り出して、彼女の肩を揺すった。

「どうした? まだ意識がはっきりしないのか?」
「私ははっきりしていますよ。問題ありません。先生こそ、何を戸惑ってらっしゃるんですか?」

人形のように淡々と理緒はそう言い、鳥かごに手を突っ込んだ。
それは、赤十字病院に住む子供達が飼っていたインコの籠だった。
沢山の人達の言葉を覚え、人気があったマスコット的存在だった。
特に可愛がっていたのは理緒だった。
彼女が圭介の病院で暮らすことになってからは、大河内が育てていたのだが、寿命か、昨日死んでしまったのだ。
仰向けになって硬直している小さなインコに、泣いているマインドスイーパーの子達もいる。
全員が、一番優しかった理緒がどうするつもりなのか、不安げな表情で見ていた。
理緒はぼんやりとした視線のまま、手の中で死んでいるインコを見た。
左腕には包帯が巻かれていて、長袖で隠れている。
右腕は点滴台を掴んでいて、いくつか、針が手の甲に刺さっていた。

「死んだんですか」

理緒は淡白にそう言って、左手でインコを掴み出すと、大河内に向かって差し出した。

「で、いつ死んだんですか?」
「いつって……今朝方だと思うが……」
「じゃあそろそろ腐り始めますね。捨てた方がいいと思います」

ニッコリと笑って、理緒は無造作にゴミ箱にインコの死骸を投げ捨てた。
彼女の凶行に、周囲が唖然とする。

「理緒ちゃん……!」

大河内が声を荒げかけ、部屋に入ってきたジュリアを見て、言葉を止めた。
ジュリアはゴミ箱から大切そうにインコを掴み出すと、紙に包んで胸に抱いた。

「片平さん、ちょっとお話があるの。お時間もらえるかしら」
「いいですよ」

インコを捨てた後だというのに、何事もなかったかのように理緒は頷き、ジュリアの後に続いた。
ジュリアは近くのマインドスイーパーの頭を撫で

「後で埋めてあげましょうね」

と言ってから、理緒の手を掴んだ。
そして大河内と目配せをして、部屋を出る。
大河内もそれを追う。
マインドスイーパーの一人が、そこで大河内に囁いた。

「理緒ちゃん、どうしたんですか? 何だか様子がおかしいです……」

大河内は不安げな顔でこちらを見ている子供達を見回し、立ち止まると、質問してきた子に微笑みかけた。

「何、今回の仕事はかなりのものだったからね。理緒ちゃんも、現実と空想の区別がまだついていないんだろう。しばらくああいう状態が続くと思うが、みんな優しくしてやってくれ」



ジュリアの研究室に入り、促されるままソファーに座って、理緒は息をついた。
急遽用意された研究室だったが、きちんと整理整頓がなされていて、所々に大きなぬいぐるみが飾ってある。
研究者の部屋というよりは、年頃の女性の部屋といった感じだ。
赤十字病院は、研究室といえども二、三の部屋に分かれているので、そこに宿泊することも可能だ。
生活感が出ていても不思議ではない。
大河内も後から入ってきて、部屋の鍵を閉めた。
それを確認して、ジュリアは、ミッフィーの大きなぬいぐるみを胸に抱いた理緒に目をやってから、
棚から取り出した桐の箱にインコを入れた。
大河内は立ったまま、ポケットに手を突っ込んで、神妙な顔つきをしていた。
ジュリアはぬいぐるみを弄りながら嬉しそうな顔をしている理緒に、口を開いた。

「片平さん。何か飲む? コーヒーは大丈夫かしら」
「ごめんなさい、私コーヒー駄目なんです」
「あら、そうなの。じゃあミルクを温めるから少し待っててね」

冷蔵庫から牛乳を取り出してカップに注ぎ、電子レンジに入れるジュリアを見てから、大河内は理緒に目を落とした。

「どうした……理緒ちゃん。君はそんな……何というか、人形のような子ではなかったはずだ」
「どういうことですか?」

きょとんとして聞き返され、大河内は言葉に詰まった。
そして小さく唇をかんで、理緒から目をそらす。

「いや……分からないならいいんだ」
「はぁ、分からないので、じゃあいいんですね?」

機械的に問いかけられ、大河内は悲しそうな顔で頷いた。
それが全く気にならないのか、理緒はジュリアが差し出した温かいミルクのカップを受け取り、口に運んだ。

「ありがとうございます」
「気にしないで。ドクター大河内はブラックでいいわね」
「すまないね」

手馴れた動作でバリスタを操作してカップをセットしてから、ジュリアは理緒の正面に腰を下ろした。

「片平さん。元老院から正式な決定が下されたわ。あなたは、これから特A級スイーパーとして扱われることになったわ」
「はぁ、そうなんですか」

どうでも良さそうに頷いた理緒に、ジュリアは続けた。

「特A級スイーパーは、日本には、あなたを含めて二人しかいないわ。もう一人は言わなくても分かるわね?」
「はい。汀ちゃんですね」
「嬉しくないの? 給与手当ても、待遇面も、今までとは段違いに良くなるわ」
「特には……別にそういう、大人の人の事情って、私、よく分からないもので」

淡々とそう言い、理緒はミルクを口に運んだ。
ジュリアが怪訝そうな顔で大河内を見る。
大河内はしばらく押し黙った後、ジュリアの隣に腰を下ろした。

「理緒ちゃん。だいぶ紹介が遅れたが、こちらは、ジュリア・エドシニア教授だ。今回は君達を助けるために、アメリカから派遣されてきた。私達と、昔仕事をしたことがある、元マインドスイーパーの一人だよ」
「とはいっても、私が出来ることなんて、普通のダイブだけだったんだけれどもね」

微笑んだジュリアに、ミッフィーの人形を抱きながら理緒は笑い返した。

「わざわざ私なんかを助けに来てくれて、ありがとうございます」
「よく聞いてくれ」

大河内は含みをこめてそう言うと、きょとんとした理緒を真正面から見た。

「君を助けるために、三人のマインドスイーパーが死亡した。高畑はまだ目を覚まさない。そのことについて、君はどう思う?」
「そうなんですか」

理緒は首を傾げた。

「死んだんですか」
「高畑はまだ死んではいないよ」
「他の三人は、どうして死んだんですか?」
「スカイフィッシュの攻撃を防ぐことが出来なかった。言うなれば、君の盾になったようなものだ」

どこか、大河内の口調に責めるような語気が混じってくる。
理緒は、それに全く動じることもなく、ただ淡々と言葉を口にした。

「はぁ、それはありがとうございます」
「ありがとう……?」

呆然とした大河内に、理緒は頷いた。

「いえ、私なんかのために命を落としてくれて、勿体無いなぁと。それだけです」
「悲しいとか、苦しいとか、心に来るものは何かないのかい?」
「うーん……」

理緒は、意味が分からないという顔をしてから、息をついた。

「特には……」

逆に困ったような顔をされ、大河内は深くため息をついた。

「ドクター大河内。その話題はやめましょう。この原因は、私達です」
「ジュリアさん、しかし……」
「この子を責めても何も変わりません。お気持ちは分かりますが……」
「責めているわけではない。責めるのなら、何も出来なかった私自身をだ」

大河内はもう一つため息をつき、バリスタの方に歩いていったジュリアを目で追った。

「ドクター大河内のサポートは完璧でした。目的も達成しました。確かに犠牲はありましたが、私達はそれを覚悟してこのミッションに臨みました。結果は上々です」
「上々……」

ジュリアからコーヒーを受け取り、しかしそれに口をつけずに、大河内は声を荒げた。

「人が死んでいるのに、上々はないんではないですか?」
「上々です。それ以外の言葉は、見つかりません」

大河内の言葉を打ち消し、ジュリアはため息をついた。
その悲しそうな顔を見て、大河内が言葉を飲み込む。

「惜しむらくは、ドクター高畑がタイムアップにより、テロリストの排除に失敗したことです。これから、テロリスト達は、より慎重な行動をしてくることでしょう」
「テロリスト……」

そこで、大河内はハッとして理緒を見た。

「理緒ちゃん、まさかとは思うが……君は、あのテロリストと知り合いなのか?」

問いかけられ、理緒は特に隠す気配もなく、元気に頷いてみせた。

「はい」
「何だって……?」

大河内の顔が青くなる。
ジュリアも息を呑んで、そして声を低くして理緒に聞いた。

「どこで会ったの?」
「少し前に赤十字病院で会いました。工藤一貴さんというらしいです。あの人、テロリストなんですね」
「工藤……一貴……」

そこまで言って、大河内は、自分が理緒に対して何も説明していなかったことに気がついた。
言葉に詰まった彼を横目に、ジュリアが言葉を引き継いだ。

「彼の型番はX、十番目のナンバーズよ」
「ナンバーズ?」
「少し前に、特A級からS級のマインドスイーパーには、ナンバーがつけられることになったの。ちなみに、あなたはナンバー14に当たるわ」
「そうなんですか」

特に感慨はわかなそうに理緒は言うと、大きくあくびをしてカップをテーブルに置いた。

「赤十字病院まで潜入してたのか……」
「監視映像を当たらせるわ。理緒ちゃん、いつ頃?」
「二ヶ月くらい前です」
「警備を強化させてくれ。今の奴らの狙いは理緒ちゃんだ」
「私、狙われてるんですか?」

首を傾げて、理緒は面白そうにフフフと笑った。

「何だか鬼ごっこみたいですね」
「理緒ちゃん、冗談を言っているんじゃ……」
「……そうよ、鬼ごっこ。命をかけて、あなたは鬼ごっこをしなきゃいけないの」

しかしジュリアが大河内の声を打ち消した。
彼女はやるせない表情で理緒を見て、悲しそうに呟いた。

「ごめんなさい……あなたを巻き込んでしまったのは、私達の落ち度だわ」
「どうして……謝るんですか?」
「分からなくてもいい。いいの……でも、謝らせて……」
「はぁ、そういうことなら……」

理緒は釈然としなさそうに頷いてから、小さく呟いた。

「汀ちゃんと遊びたいな……」

それを聞いて、大河内は一瞬押し黙った後、口を開いた。

「すぐに遊べるさ。君の力を使えば」
「本当ですか?」
「ああ。君が心の中に持っている、汀ちゃんの精神中核を、無事に彼女の中に戻せば、汀ちゃんは目を覚ます」
「それなら簡単ですね」

頷いて、理緒は微笑んだ。

「精神中核がない人間の心の中って、赤ちゃんと同じですもの」
「その通りだよ。汀ちゃんのダイブには、君一人で入ってもらいたい。私達は、外部からのハッキングを防ぐことに全力を尽くす」
「分かりました」

理緒は点滴台を適当に弄りながら、どこか焦点が合わない目で大河内を見た。

「で、いつダイブするんですか?」



もう既に準備がなされていたようで、理緒による汀へのダイブは、それから二時間後のことだった。
汀の横には、丸くなって眠っている小白がいる。
その頭を撫で、理緒は汀の手を握った。

「汀ちゃん……」

そう呟いて、彼女は口の端を吊り上げて、形容しがたい、人形のような冷たい笑みを発した。

「おそろいだね、私達」

その冷たい、感情が麻痺したかのような顔を見て、大河内が息を呑む。
ジュリアと他のマインドスイーパー達が、計器を操作しながら目配せをした。
そして彼女は口を開いた。

「片平さん、いい? 汀さんの精神中核を元に戻すだけの簡単な作業よ。精神中核を触れるあなたなら、一瞬で終わるはず。時間は三分間に設定させてもらうわ」
「いいですよ。それで」

理緒とは思えないほど、単純に、即決に彼女は言うと、自分でヘッドセットを被った。

「いいか、理緒ちゃん。精神中核を戻した途端に、精神世界が構築されて、汀ちゃんのスカイフィッシュが現れるかもしれない。そのときは、上手くフォローして逃げてくれ」
「はい」

頷いて、理緒はニッコリと笑った。

「まぁ、死んだらその時はその時でお願いします」



理緒は目を開いた。
そこは、いつかダイブした赤ん坊の意識にそっくりな空間だった。
白い珊瑚礁の砂浜に、真っ青な海、エメラルドブルーの空が広がる空間だった。
それ以外何もない。
波打つ水の音が周囲を包んでいた。
理緒は周りを見回した。
少し離れた場所に、びっくりドンキーのテーブルが、砂浜にポツリと置いてあった。

「ダイブ完了しました。精神中核を入れる箱を見つけました」

理緒の足元に、小白が擦り寄ってニャーと鳴く。

「小白ちゃんも見つけました」

そう言った理緒は、ヘッドセットからノイズ音しか返ってこないのに疑問を感じ、何度かスイッチを操作した。
しかし、ヘッドセットから反応がない。
壊れた……ということは考えられない。
これはイメージで作られた特殊な器具だ。
現実のものではない。
外的衝撃が加わったわけでもないのに、故障ということはありえないのだ。
考えられる原因は三つ。
外部からのハッキングか。
オペレーションを行う側に何らかの不具合が生じたか。
そして最後に、『時間軸の不一致』か。
理緒は、ぼんやりとそんなことを考えながら、小白を抱き上げて胸に抱えた。
通信が使えなくなって、普通だったら取り乱して泣き叫ぶところを、理緒はいつもの彼女とは百八十度違い、冷静極まりない頭で整理していた。
先ず一つ。
外部からのハッキング。
その兆候はない。
次に二つ目。
これは、ダイブしている側の自分にはどうすることもできない。
ダイブ時間内に、回復してくれることを祈るばかりだ。
そして問題の三つ目。
おぼろげに、昔医師に聞いたことのある事を思い出す。

「時間軸の不一致かぁ……」

口に出して呟く。
夢を見ていて、たった五分寝ただけなのに、何時間も経っていると感じたことはないだろうか。
その現象だ。
つまり、精神世界内の時間軸が安定せず、現実世界の一分が何十時間になったりもすることがある。
あくまで体感的なものであり、そんな患者は極めて稀だったのだが、理緒は随分前に、時間軸が現実と精神で合致していない赤ん坊の治療を行ったことがあった。
そのときも、このように通信が使えなくなった。
その時の症例に、よく似ている。
理緒はしゃがみこみ、足元の砂を手に取った。
そして、ゆっくりと下に落とす。
砂は、落ちなかった。
ある程度の塊になって、空中に留まっている。
いや、見えるか、見えないかの速度でものすごくスローモーションに落ちている。
海の波はきちんと動いて時間を刻んでいるため、不思議な光景だ。
理緒は、小さくクスリと笑うと、あたりに砂を撒き散らした。
まるで星空のように、彼女を取り囲んで白い珊瑚礁砂が空中に静止する。
小白がニャーと鳴いて、砂を手でカリカリと掻いた。

「こんなところにずっといたんだ。何年じっとしてたの?」

砂の落ち方から見ると、推定一分あたりが百倍ほどの長さに延長されているようだ。
どことなく老猫のようになっている小白に、理緒は穏やかな顔で聞いた。
言葉が分かるのか、小白はニャーと鳴いて目を伏せた。

「そっか。早く起こしてあげなきゃね」

病院服のポケットから、黄色に輝く汀の精神中核を取り出し、理緒はニッコリと笑った。
そう言って理緒は、びっくりドンキーのソファーに腰を下ろした。
そしてメニューを広げる。
そこには何も書いていなかった。
精神中核をつまんで、メニューの中にポトリと落とす。
中核はドロリと溶けると、たちまち白いメニューの中に広がった。
それが写真や文字を形作り、たちまち食事メニューを形成する。
瞬きをした次の瞬間だった。
そこは、びっくりドンキーの店内だった。
いつも汀達が座っている席だ。
目の前には、山盛りのメリーゴーランドのパフェ。
理緒の目の前には、汀がぼんやりと、定まらない視線で腰を下ろしていた。
小白がニャーと鳴いて、汀に駆け寄る。
理緒は嬉しそうに笑って、スプーンを手にとって、パフェを口に運んだ。

「おはよ、汀ちゃん」

呼びかけられ、汀は目を開き理緒を見た。
そして、信じられないといった顔で、自分の顔や胸を触る。
全くの健康体。いつもの病院服だ。

「理緒ちゃん……?」

怪訝そうにそう聞いて、汀は珍しくどもりながら言った。

「わ……私、私……確かに撃ち殺されて……」
「汀ちゃんは死んでなんていないよ。一時的に仮死状態になっただけ。何も問題はないの」
「理緒ちゃん……?」

いつもの喋り方と違い、淡々と口を開く理緒に、不思議な目を理緒は向けた。

「……誰?」

しばらく考えて、汀はソファーから腰を浮かせて、身構えた。
理緒はきょとんとしてから、左腕に巻いた包帯を見た。

「ああ、これ?」

あっけらかんとそう言って、理緒は包帯を解いた。
凄まじい量の切り傷が、痛々しい様相を呈していた。
まだ血がにじんでいる縫い傷もある。
呆気に取られた汀を尻目に、ケラケラと笑いながら、理緒は言った。

「私、自殺病にかかっちゃって。スカイフィッシュ症候群っていうのかな? それでね、治してもらったんだけど、どこか頭のネジが抜けちゃったみたいで、みんな変な顔するの」
「スカイフィッシュ症候群……? 嘘……!」

立ち上がった汀を淡々とした目で見て、理緒は続けた。

「嘘じゃないよ。何だかね、起きてからずっと、頭の奥のほうに、何かがつっかえてる気がするんだけど、何だか分からないの。私、おかしい?」
「心神喪失……圭介に何をされたの!」
「スカイフィッシュを、私の手で殺したんだよ」

理緒の言葉に、汀は絶句して手で口を抑えた。

「そんな……嘘……そんな、酷い……酷すぎる……」
「一貴さんもそう言ってたけど、私は普通だよ? でも、私を助けるために三人もマインドスイーパーが死んじゃったんだって。ね、汀ちゃん。お金とか請求されるのかな?」
「理緒ちゃん……理緒ちゃん」

言葉に詰まり、汀はよろよろと理緒に近づくと、その体をぎゅ、と抱きしめた。

「汀ちゃん……?」
「理緒ちゃん!」

汀は強く唇を噛んだ後、両目から涙を流した。

「ごめん……ごめんなさい……私、私、たった一人の友達なのに……友達なのに……!」
「友達だよ? 私達はずっと、友達じゃない?」
「私、理緒ちゃんに何もしてあげられない……もう理緒ちゃん、元に戻れない……私のせいだ……元老院が、私のせいでそんなことさせたんだ……!」
「何泣いてるの? 汀ちゃん、ちょっとおかしいよ?」
「うう……ぐっ……」

何度かしゃっくりを上げて、汀は理緒に背中を撫でられながら息を整えた。
そして、ニッコリと笑っている理緒と顔をつき合わせる。

「大丈夫。汀ちゃんは私が守るよ。だって、私達、友達じゃない」

それを聞いて、汀はサッと顔を青くして周囲を見回した。
いつの間にか、ガヤガヤとしていた周囲の声がピタリと止まっていた。
行きかっていた人々の動きも停止している。
まるでDVDを一時停止させたかのような感覚だ。

「え……」
「まだ時間軸が元にもどらない……汀ちゃん、私に任せてね?」

可愛らしく首を傾げて笑う理緒の背後にいた人間の体が、風船のようにボコリと膨らんだ。

「いや……いや……」

耳を押さえて首を振った汀の前で、次々と人々の体が膨らんでいく。
服が弾け、肉が飛び散り、血液が吹き荒れ、まるで脱皮するかのように、人間の皮の中から、ズルリと奇妙なモノが這い出してきた。
まるで玉のような胴体に、ムカデを連想とさせる足が沢山ついている。
胴体から伸びる体には幾十もの腕。
腕にはそれぞれナタが掴まれている。
ドクロのマスク。

「スカイフィッシュのオートマトンだ……」

震えながら汀はそう呟いた。
五十は下らないだろうか。
血の海と化したびっくりドンキーの店内に、その奇妙な生物がカサカサと動き出す。

「オートマトン……?」

聞き返した理緒に、汀は過呼吸になりかけながら答えた。

「理緒ちゃんだけでも逃げて……分裂型スカイフィッシュは、自分のダミーを無限に作り出せるの……」
「逃げる? どうして?」

全く恐怖を感じていないのか、理緒はニコニコしながら前に進み出た。

「汀ちゃん、私のこと嫌い?」
「理緒ちゃん! 遊びじゃないの! 死んじゃうよ!」
「答えて」

理緒はそう言って、手にコップを持った。
それがぐんにゃりと形を変え、出刃包丁に変わる。

「変質……」

呆然と呟いた汀に、理緒はもう一度問いかけた。

「汀ちゃんは、私のこと嫌い?」
「違うよ……私、私……理緒ちゃんのこと、大好きだよ……」
「私もだよ」

満足そうに頷いて、理緒は悠々とオートマトンに対して足を進めた。
一瞬後、理緒の体が掻き消えるようにして視界からなくなった。
オートマトンの首が飛んだ。
理緒が、知覚することも出来ないほどの動きで、地面を蹴り、自分の身長ほども飛び上がったのだった。
ゴロンゴロンとオートマトンの首が転がる。
それは汀の前まで転がっていくと、ケタケタと哂って、爆散した。
血まみれになりながら硬直した汀の目に、あろうことか、天井に『着地』した理緒の姿が映る。
理緒は重力を完全に無視した動きで天井を蹴ると、落下ざまに、近くにいたオートマトン、三体の首を、回転しながら抉り斬った。
そこには、怖い怖いと震えていた少女の姿はもうなかった。
あったのは、ただ機械的に敵を駆逐する。
それだけの、プログラムのような存在。
またオートマトンの首が転がる。
汀でさえも知覚出来ないほどの動きで、理緒はオートマトンの首を切り落としていく。
敵は、全く反応できていなかった。

「やめて……」

しかし、汀は小さく、震える声でそう言った。
目を見開き、ニコニコと笑った理緒が、壁に『着地』する。
その鼻から、タラリと鼻血が垂れた。

「理緒ちゃん死んじゃう! やめてえええ!」

オートマトンの一体が、腹部まで両断されて地面に転がる。
そこで、ザザッ、という音がして理緒の耳についているヘッドセットの通信が回復した。

『片平さん! 状況を説明して!』

踊るようにオートマトンの首を切りながら、理緒は息を切らすこともなく言った。

「分裂型スカイフィッシュとかいうのに囲まれてます。沢山殺しましたけど、キリがありません」
『殺した……? あなたが……?』

絶句したジュリアの声に、理緒はあっけらかんと笑った。

「あはは! 面白いですね! 夢の中って、こうやって動くものだったんだ!」
「理緒ちゃん駄目! 脳を過剰に動かすと、本当に死んじゃう!」

両方の鼻の穴から血液を垂れ流している理緒に、泣きながら汀が叫ぶ。
それを聞いて、ヘッドセットの向こうで大河内が大声を上げた。

『理緒ちゃん、脱出するんだ。ダイブの時間はあと二分だ。分裂型スカイフィッシュは、本体を倒さないと何の意味もない』
「でも、でも先生! 面白い!」

正気を失ったように笑いながら、理緒はオートマトンの頭に包丁を突き立てた。

「人を殺すのって、凄く面白い!」
『理緒ちゃん、脱出しろ!』

大河内が怒鳴る。
しかしそれに構わず、理緒は暴れ続けた。

『強制的に切断しますか?』

ジュリアの声に、大河内が息を切らせながら答える。

『駄目です! 汀ちゃんの精神が安定していません。今切断は出来ません!』

汀は、ガチガチと歯を鳴らしながら、飛び散った血液でぬるりとぬめるテーブルに手をついて、腰を抜かしたまま、何とか立ち上がった。
そして、よろよろと理緒に向かって歩き出す。
理緒が、地面を滑りながら汀の脇に移動した。

「待っててね汀ちゃん! すぐに皆殺しに……」
「理緒ちゃん」

汀は、そっと理緒の肩に手を回し、抱き寄せた。

「そんなに……無理しなくてもいいんだよ」

耳元で、そっと囁く。
理緒は少しの間きょとんとしていたが、目を手でごしごしとこすった。

「あれ……? 血が目に入ったかな……」

理緒は泣いていた。
自分でも何故か分からないのだろう。
混乱しながら、理緒は目を拭う。

「あれ……? あれ……?」
「帰ろ。もう、帰ろ?」

汀にそう言われ、理緒は深く息をついて、自分達を遠巻きにしているオートマトンを、名残惜しそうに見回した。
そして包丁を脇に投げ捨てる。

「分かったよ。汀ちゃんがそう言うんなら」
「小白。帰るよ」

汀がそう言って、小白を床に放る。
ポン、という音がして、巨大な化け猫に変わった小白の背に乗り、二人の少女は、手を絡ませあった。

「汀ちゃん……どうして泣いてるの?」

泣笑いながら理緒がそう聞く。
血まみれの顔でそう聞く。
汀はしゃっくりをあげながら、自分の顔を両手で覆った。
小白がオートマトンを薙ぎ倒しながらびっくりドンキーの出口に向かって走り出す。
そして、扉に向かって体当たりをした。
そこで、彼女達の意識はブラックアウトした。



「どういうことなの、せんせ……?」

汀はかすれた声で、ベッドに横になりながら大河内に向かって言った。

「汀さん、それは……」
「あなたとは話してない……」

ジュリアの声を打ち消し、汀は俯いたままの大河内に問いかけた。

「嘘だよね……? せんせが、そんな酷いことさせるわけないよね? 理緒ちゃんを、壊すわけないよね?」

すがるようにそう言われ、しかし大河内は答えずに、汀の隣に腰を下ろした。

「理緒ちゃんには少し眠ってもらった。理性的な話が出来るような状態ではないからね……」
「せんせ!」

悲鳴を上げた汀に、大河内はつらそうな顔で答えた。

「全て、ジュリアさんが説明したとおりだよ、汀ちゃん。君を助けるために、私達は、片平理緒ちゃんの精神を壊した」

それを聞いて、汀は唖然として言葉を飲み込んだ。
しばらく葛藤してから、彼女は大河内を涙目で睨んだ。

「……人でなし……!」

押し殺した声は、大河内の心を直撃したらしかった。
言葉を発しようとして失敗した彼の肩を叩き、ジュリアが首を振る。
そして彼女は口を開いた。

「私達を、どんなに非難してくれても構わないわ。それだけのことをしたのですもの。でも、現にあなたも、片平さんも無事に生きています。その事実を、厳粛に受け止めてください」
「…………」

言い返す気力がないのか、汀は俯いて唇を噛んだ。
しばらくして、彼女はぼんやりと呟いた。

「……圭介は?」
「片平さんを助けるために、スカイフィッシュと戦って、シナプスの臨界点を超えたために、意識不明の重態よ。深追いしたのが悪かったの……」
「殺してやる……」

汀が、小さく呟いた。
その不穏な言葉に、ジュリアと大河内が息を呑む。

「工藤一貴……あの男、殺してやる……」

ギリ、と歯が鳴るほど噛み締め、汀は動く右手を力いっぱい握り締めた。
彼女の脇で眠っていた小白が起き上がり、怪訝そうにその顔を見上げたほどだった。

「汀ちゃん……滅多なことを言うものではない。それに、ナンバーXは特異なタイプだ。君では殺せない」

大河内が息を吐いてから言った。
汀は口の端を歪め、そして続けた。

「出来るよ。私もスカイフィッシュになればいいんだ」
「汀さん、それはいけない!」

ジュリアが青くなって叫んだ。
そして汀の肩を掴んで、強く引いた。
悲鳴を上げて硬直した汀に、ジュリアは押し殺した声で言った。

「あなたを助けるために、沢山の人が死にました。沢山の犠牲を払っています。それで、あなたがスカイフィッシュ変異体になったら、元も子もない。医者としての私達と、あなた自身を愚弄する気ですか!」
「離してよ……」
「いいえ離しません。あなたは人を殺すために、マインドスイーパーになったんですか? 違うでしょう! 人を助けるためにマインドスイーパーになったんでしょう!」

耳元で怒鳴られ、汀はハッとしてジュリアを見た。

「人を……助ける……」
「ええ……ええ! そう。あなたは人を助けるために、マインドスイーパーになった。違う?」
「どうしてそれを知ってるの?」

問いかけられ、ジュリアは一瞬置いて汀から目をそらし肩から手を離した。
そこで大河内が、汀の隣に移動してジュリアを見た。

「私も聞きたいな。高畑が元特A級のマインドスイーパーだったことは、私達と元老院しか知らない極秘事項だったはずだ。どうしてあなたがそれを知っていた?」
「それは……」
「昔一緒にダイブしたことがあると仰っていたな。いつ、どのような案件か聞いてもいいだろうか?」
「…………」
「黙秘するのか?」

いつになく厳しい口調で問い詰める大河内を見上げ、そこから目をそらして汀は歯を噛んだ。

「あなた……誰なの?」
「私は……」

ジュリアはしばらく考えてから答えた。

「……私は、『機関』から派遣されてきました。ナンバーズの回収を目的としています」
「機関……だって?」

大河内が唖然として色を失う。
ジュリアは表情を変えず、大河内を見た。

「知っているのですか? ドクター大河内」
「…………」
「今度はあなたが黙秘ですか……まぁいいでしょう。私の受けている任務は二つ。ナンバーズの保護、そして敵対するナンバーズの排除です。そのための手段は問いません」
「言うことを聞かないマインドスイーパーは殺してこいってこと?」

汀が小さな声でそう聞く。
ジュリアは寂しそうに微笑んで、答えた。

「ええ。今回は『失敗』しました。しかし、片平理緒さんを特A級スイーパーに認定し、ナンバーズに迎え入れることに成功しました。機関は、その功績に大きく喜んでいます」
「機関って何? 私達をどうするつもりなの?」

汀がそう問い詰める。
しかしジュリアは椅子を立ち上がると、出口に向かって歩き出した。

「逃げるの?」

挑発的に言葉を投げつけられ、彼女は足を止めた。
そして振り返らずに言う。

「……今はゆっくり休んでください。お話は、後ほどゆっくりとさせてもらいます」

部屋を出て行くジュリアを見送ることしか出来ず、汀はまた歯噛みした。
それを見て、大河内が口を開きかけ、しかし言葉を出すことに失敗してまた口を閉じる。
彼は息をついて、髪をガシガシと、困ったように掻いた。
そして汀に言う。

「機関というのは、赤十字病院を統括している、元老院と対を成す組織だよ。世界中の病院は、機関と元老院が統括してる。機関は研究側、元老院は実習側だ。言うなれば、機関は病院側のラボだよ」
「人体実験を行ってるの?」

汀にそう問いかけられ、大河内は口をつぐんだ。

「せんせ、どうして私に隠し事をするの? 私のこと、嫌いになっちゃったの?」

すがるように汀に言われ、しかし大河内は答えなかった。
汀の目に涙が盛り上がる。
大河内は唇を噛んでから、小さな声で言った。

「汀ちゃんのことが嫌いになったんじゃない。ただ、世の中には、子供は知らない方がいいこともあるんだ」
「私はもう子供じゃない!」

ヒステリーを起こしたように甲高い声で怒鳴った汀を見て、大河内は首を振った。

「……すまない。君はもう、十分に大人だったな。でも、知らない方が幸せなことは、世の中に沢山あるんだ。汀ちゃんには幸せになって欲しい。だから、知らないでいて欲しいんだ」
「せんせのお話が難しくてよく分からないよ……」
「それでいい。だから、汀ちゃんは、そのままでいてくれ。殺したいなんて、悲しいことを言わないで、ナンバーXも助けてあげることが出来る人になるんだ」
「あの人を……助ける?」
「患者を助けるのが、医者の役割だろう?」

問いかけられ、汀は唇を噛んだ。

「そんな風に……割り切れないよ……」

彼女の呟きは、空調の音にまぎれて消えた。



凄まじい音を立てながら、一貴が、岬の持っている洗面器に胃の中のものをぶちまけた。
赤黒く、血が混じっている。

「いっくん……いっくん!」

青くなって岬が一貴の名前を呼ぶ。
その様子を見ながら、結城が息をついた。

「先生、いっくんが……いっくんがまた血を……」
「分かってる。見れば分かることをキャンキャン喚かないでよ、うっとおしい」

髪の毛を後ろでまとめ、結城は一貴の背中をさすった。

「おい、お前また言うことを聞かずにダイブしたな。隠し事が出来ない体なんだよ、お前は」

一貴は答えようとしたが、またくぐもった声を上げて吐血した。
深くため息をついて、結城はポケットから出した注射器の中の金色の薬を、一貴の右上腕に刺して押し込んだ。

「少し我慢しろ。すぐ良くなる」

彼女が言った通り、一貴の真っ青な顔に、しばらくして血色が戻り、彼は体を弛緩させてベッドに倒れこんだ。

「いっくん!」

岬が、慌てて洗面器を台に置いて、彼を抱きとめる。

「いちゃつくなら別のとこでしてくれないか?」

かったるそうに呟いた結城を睨んで、岬は言った。

「いっくんがこんな調子だって言うのに……どうしてそんなに冷静なんですか!」
「自業自得だろ。こいつは、自分で望んで自分の命を縮めてるんだ。あたしの知ったこっちゃないね」
「先生!」
「うるさいな……また一貴がどうかしたの?」

そこで、別の少年の声がした。
岬が青くなり、一貴を守るように、彼に覆いかぶさった。

「た……たーくん……」

カチュン、カチュン、と金属の音を立てながら、中肉中背の、白髪で猫背な男の子が部屋に入ってきた。
目にはくっきりとクマが浮いている。

「起きたのか、忠信ただのぶ

呼ばれて、忠信と言われた少年は、突っ伏している一貴と岬を見てから、手に持っていた、刃渡り十五センチほどのバタフライナイフを、器用に指先でくるくると回し、曲芸師のように空中に放り投げ、見もせずに折りたたんで手に掴んだ。
忠信は、岬を見てから呆れたように言った。

「みっちゃん、まだ俺のこと警戒してるの?」
「仕方ないだろう。とりあえずナイフを仕舞え」

結城にそう言われ、忠信は腕を振り、一瞬でバタフライナイフの刃を出すと、結城の眼前にそれを突きつけた。

「……俺に指図すんじゃねぇよ」
「いいや指図するね。お前らが生きていられるのはあたしのおかげだ。自覚しろ、クソガキ」
「言ってくれるじゃねぇか、クソババァ」

睨み合う二人を横目に、岬は強く一貴を抱き寄せた。
そして、視線が定まらない彼の耳元でそっと囁く。

「大丈夫。あたしが守るから……大丈夫」

忠信は岬を見てから、ナイフを一閃して結城の白衣の胸を切り裂いた。
力加減をしたのか、服がめくれ、彼女の下着が露になる。

「それとも、あんたが俺の相手をしてくれるってわけ?」
「いい加減にしろよ……」

結城が歯を噛む。
彼女をおちょくるようにナイフをひらひらと振ってから、彼は音を立てて刃を回転させ、それを仕舞った。
そしてカチョカチョと揺らしながら、岬を見る。

「何、その目」
「た、たーくん……危ないよ……?」
「いいねその目。抉り取りたいくらいだ」

そう言って無邪気に笑い、彼は結城に言った。

「で、一貴はまた失敗したの?」
「見ての通りだ」

ぶっきらぼうに結城がそう返す。
忠信はニヤリと裂けそうなほど口を開いて笑った。

「分かった。じゃあ次は俺が行くよ」
「何?」

岬も驚いたように顔を上げる。

「いい加減、おイタが過ぎるんじゃないかな、なぎさちゃん。俺がきっかり殺してくる」
「駄目だよたーくん! なぎさちゃんは、あたし達の大切な……」
「大切な……何?」

無機質な表情で、忠信はバタフライナイフを回転させ、岬の頭に当てた。
岬が震えながら一貴に抱きついて目を閉じる。
忠信はニヤニヤと笑いながら、岬の背中をナイフの刃でなぞりつつ、言った。

「……ああ、そう。大切な友達だからね」

彼のどこか狂ったような言葉は、しばらくの間空中を漂っていた。
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