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第9’章 二通の手紙(2)
「――熱烈ねえ……」
 呆れたようなその声に我に返る。ぎょっとして振り向くと、シュルマが顔を赤くして後ろから覗き込んでいた。
「――み、見ないでよ――!!」
 あたしは慌てて便箋を閉じる。
「だって、いくら話しかけても返事が無いんだもの」
 ペロリと舌を出すと、シュルマは微笑む。まったく反省の色はない。
「これは、もう許してあげるしか無いわよねぇ……スピカ」
 言われなくても、そうだった。許す以前に……もう怒りと悲しみで胸の中に出来た氷は、不器用な言葉の熱で溶けてなくなってしまっていた。

 ……嫉妬だったんだ。自分の身を焼くくらいの。
 その事に気がついたのだ。
 ――他の誰にも渡したくない。
 そう綴っている時、彼が泣きそうな顔で、必死にいろんな想いを押さえつけているのが分かった。
 あの記憶は、シリウス自身をずっと痛めつけていた、そういうものだったんだ。苦しんで苦しんで。消したいけれど消せなかった。だから心に焼き付いてしまった、そんな痛々しい想い。
 彼は、あたし以上に苦しんでた。

 それが分かった以上、あたしは……彼の元に戻らずにはいられないと思った。
 彼に犯人を教えれば、きっと裏付けをしてあたしを解放してくれるだろう。シリウスなら、きっとあっと言う間だ。
 でも……帝からの手紙が、今にでもシリウスの元に駆けつけそうなあたしを引き止めていた。
 ――シリウスのために、この国のために
 そう言われてしまうと……とても無視する事は出来ない。というか……まず、この願いは帝からのものなのだ。断るという事自体、本当は難しい。
 あたしが悩んでいると、シュルマが声をかける。
「いいんじゃない? 皇子を少し待たせても」
「シュルマ?」
 シュルマが覗いたのはシリウスの手紙だけだった。それなのに、なぜか彼女はいろんなことを心得ているようだった。
「セフォネにね、事情を聞いて、そして頼まれたの。あなたのこと。――全部、この国の将来のためだからって。びっくりするくらい丁寧にね。別人かと思ったわ」
 セフォネが。
 手紙にも書いてあったけれど……わざと辛く当たるんだったら、どれだけ気分が悪い事だろう。
 あたしがその気持ちを考えていると、ふとシュルマがにやりと笑う。
「……それに……皇子ももう少し大人にならないとねぇ。……そうね、せめてスピカの様子を伺えるくらいの余裕は欲しいわ」
「?」
 きょとんとするあたしの前で、シュルマはうーんと唸る。
「スピカが泣いてるのに気がつかなかったなんて……信じられないし。それだけ必死なのかもしれないけれど……いくら何でもねえ。上手い下手以前の問題な気が……」
 ……上手い、下手……って? ……え!?
 シュルマが何の事を言おうとしているのかようやく感づいて、思わずギョッとする。
 ……そ、それ以上はやめて!!
 あの打ち明け話からそこまで想像されるとは思いもしなかった。
 あたしは真っ赤になって、シュルマのおしゃべりな口に蓋をする。
 不満げに口をモゴモゴさせているシュルマをあたしは睨むと、彼女が口を閉ざすのを待って手を離す。
 そうだった、シュルマってそういう話好きなんだった……。あたしは、昔彼女に色々教えてもらった事を思い出す。下手したら色々詮索されそうな気がして、ひどく慌てた。
 実は、ツクルトゥルスにいる間も、ヴェガにしつこいほど追求されたのだった。彼女の場合はなんだか心配してたみたいだったけど。
「いいじゃない。少しくらい教えてくれたって。みんな実は興味津々なのよ。侍女仲間がこっそり聞いてくれってうるさいの。だって皇子の事、あなたしか知らないんだから」
「……言わないから! 絶対に!」
 あたしはそう叫ぶ。ああ、もう……まったく、どうして皆。
 頭を抱えるあたしの前で、シュルマは残念そうに口を尖らせた。


「……大体、今はそれどころじゃないんだから!」
 あたしはごまかそうとして、急に現実に立ち返る。
 ――そうよ。あたしは今殺人の容疑者なんだから。
 悠長にこんな話をしている場合ではない。
「まあねえ。……確かに結構深刻よね。私はあなたじゃないって知ってるけれど、状況が状況だし、あんな風に周りが口を揃えてあなたのアリバイがないと言えばね……ちょっと難しいかも」
 ……味方が少ないという現実が、今更重く感じられた。その上、今は……父やヴェガとも接触できない。ただシリウスを信じて待つしかないのかもしれなかった。
「皇子がどれだけ頑張ってくれるかなんでしょうけど。こればっかりは、なかなか苦労しそうよね。……犯人と……それからあの状況をちゃんと説明しないといけないわけだし」
 あたしは考え込む。
 ……犯人は知ってる。でも……あたしの言う事って、あたしの力を証明できなければ誰も信じてくれないんだわ……。
 力の事……まだ公表するわけにはいかないし。
 となると、あたしも彼女がどうやってあたしを犯人に仕立てたのか……それを知らなければならなかった。そして、彼女がやったという証拠を見つけなければならなかった。
 ――じゃあ、どうやって?
 それを知るためには、ミネラウバ本人に接触するか、それか現場を探るか……凶器を手にするか。
 そのくらいしか方法を考えつかない。
 どれも今の軟禁状態ではとても実行できそうになかった。……まさか逃げるわけにもいかないし。
 その上……たとえ出来たとしても、あたしがそれをする事を帝は望んでいない。シリウスにやらせなければいけないと言うのだ。
 こんな風に……何も出来ないのって……余計に辛い。
 今まで、彼のために一生懸命になるのって当たり前だったんだから。ただ、じっと彼があたしを救ってくれるのを待つなんて……。あまりに性に合わない……。


「今回は、あなたは何もせずに見守る事が仕事みたいね」
 シュルマがうずうずしているあたしを見て少し笑う。
「そういうのって……辛いわ」
「だからこそ、帝はやらせようとしているんでしょうね、今後のためにも。あなたのことだから、皇子のためにいつも無茶をしているのでしょう? ……たまには守られてあげたら? そうすることで皇子も自信がつくだろうし」
 そんなものかしら……。
 もう守られる側になるのは、やめようってそう思ったのにな。守られてると……弱くなる気がする。
 シリウスがあたしをルティから奪い返しにきてくれたとき、どれだけ嬉しかったか……。でもそれに慣れちゃうのって危険だ。あたしは……彼の役に立ちたくて、ここにいるんだから。
「あたし……皇子の役に立ちたいだけなの。だから、本当は、こんな風に足を引っ張るのは嫌なの」
 あたしがそう言うと、シュルマは大きくため息をつく。呆れた様子だった。
「あなたがいるだけで、強くなれるのなら、それだけで十分役に立ってるんじゃないの? ……今回だけは、どうしようもないんだし、諦めて大人しくしておきなさいよ」

 シュルマは部屋の端に移動すると、燭台に再び火を灯す。
 部屋が柔らかなオレンジ色に染まると同時に、あたしは深くため息をつく。さっき火を消した時の気持ちを思い出すと嘘のように心が暖まっていた。
「これからどうしようかしら」
「……あのね、それについては、実はもう決まってるの」
 シュルマはあたしに近づくと、にっこりと笑ってそっと耳打ちをした。
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