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第12章 最後の日(5)
「だから、どうされたのです」

 ミネラウバは、きっと顔を上げると、僕を睨むようにその青い瞳を煌めかせた。その表情は、さっきまでの彼女とはまるで別人だった。僕は一瞬怯む。

「え?」
「だからといって、私は関係ありませんわ……。だって、あの部屋は密室だったのですよ?
 一緒に確認されたではありませんか?」
「……悪いけど、だからこそ、君だと思ったんだ。『あれ』が出来るのは……君しかいなかったから」

 ――あの時、おかしいと思えば良かった。なぜ、彼女があの場所にいたのか。
 わざわざ彼女はあの部屋の前に戻って、血だまリを発見していた。まるで、見つけて欲しいかのように悲鳴を上げて、僕を呼び寄せた。

「僕はさっき、現場を見て来た。そして意外なものを見つけたよ。
 ……エリダヌスの遺体があったその場所にね」

 僕はテーブルの乾いた場所に黒い紙に包まれた茶菓子を置くと、その上からオレンジを絞り、果汁をしたたらせた。甘酸っぱい香りが部屋の中に一気に広がる。

「……こんな風にさ、遺体が元にあった場所の下に痕が残るのは分かるよね?」

 僕は、黒い紙の茶菓子を手前に少し滑らせると持ち上げる。
 茶菓子の下にはその形通りに果汁が取り囲んだ何も無い場所が残っていた。

「問題は、この『何も無い場所』の位置だ」

 僕は茶菓子で果汁が広がらなかったその場所を指で押さえる。

「遺体が移動されて、僕も初めて気がついた。
 これは扉のすぐ側になければいけなかった。なのに……エリダヌスの遺体のすぐ下にあったんだよ。変だろう?
 ……つまり、エリダヌスの体は扉を完全には塞いでいなかったんだ。
 どうして僕が『エリダヌスの体が扉を塞いでいた』と証言したか。……それは君がそういう風に演技をしたからだ。君は扉が重くて開かない振りをした。
 ……そんな演技を必要とするのは一体誰だい? ……それは犯人以外、あり得ないだろう?」

 どんどん青ざめるミネラウバの前で、僕は淡々と続けた。

「本宮や外宮の守衛は、『妃候補』や『不審人物』は見なかった、そう言った。僕は聞き方を間違った。……侍女については聞いていないんだ。当たり前にウロウロしているからね。だれもタニアとしての君は知らないし。
 もし、君の名前を出して尋ねたら、きっと見かけたと答えが返ってくると、僕は確信してるよ?」


 ミネラウバが、ふとその顔に笑顔を浮かべた。――それはぞっとするほど美しかった。

「あなたを……甘く見すぎてたのかもしれませんね。
 ……まったく『彼』と張り合えない、そう思っていましたのに」

 そう言うと、彼女は茶器を乗せた盆をテーブルに置く。

「……君……まさか、まだ」

 まさか――僕の妃を嫌がった理由というのは――

 ふとミネラウバが顔を扉の方に向けた。彼女の視線を追うと、そこにはいつの間にかレグルスがいた。
 黙ったまま彼女は扉に向かう。
 
 僕は、彼女にどうしても聞かなければならなかった。
 慌てて問う。

「君にどうしても聞きたいことがある。……なぜエリダヌスを殺す必要があった?」

 彼女がやったというのは確実だった。
 ミネラウバがタニアだとすると、『妃の座を狙った』と一応の動機はつけられる。しかし、もし、彼女がまだルティのことを忘れていないとすると……

 ミネラウバは、静かに首を振る。そして、少しだけ意地悪そうな表情を浮かべると僕を見た。

「……ご想像にお任せしますわ」

 そしてミルザの方を見ると、深く頭を下げた。

「……ミルザ様、今までありがとうございました。……私はもっと早くこうなるべきだったのですわ」

 ミルザは何が起こったか分からないといった様子で呆然としていた。

 薄い色の金髪を揺らしながら部屋を出て行くミネラウバを見送りながら、僕は必死で頭を働かせた。
 ――どうしても、何か食い違っているような気がしてならなかったのだ。

城内見取図に新しく現場見取図を載せました。(シリウスが見た遺体移動後の現場の様子です)
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