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第11章 過ぎ行く時(4)
 イェッドは「時間ですから」と冷たく言うと、自室に戻っていった。
 西側の窓から外を見るともう日が地平線から消え、僕と同じ名前の星が輝いている。
 

 明日の今頃……もし解決してなければ。
 すさまじい焦燥感が胸を焼く。

 ……こんなやり方では、だめなのかもしれない。

 動機を追うこと、アリバイを調べることで、疑わしい人間は上がってきている。
 しかし決定的な証拠などどこにも無い。
 その上、隠れた動機など探っていたら、別のところから犯人候補が挙がってくるかもしれないのだ。

 今までに分かった少しでもスピカを有利に傾ける情報は、スピカがあの夜本宮にいたということ、そして動機が無いこと。ただそれだけだ。

 それだけで、彼女を牢から解放するのは……たぶん無理だ。
 動機はいくらでもこじつけられるし、証言も下手したらひっくり返されない。

 確実に彼女がやっていないという証拠を挙げるか、真犯人を挙げるか。

 僕は急に、自分がものすごく遠回りをしている気がしてきた。
 イェッドが言っていたように頭を使わなければ、もう間に合わないのかもしれない。
 もちろん今だって手を抜いてるつもりはまったくないのだけど。

 焦りで周りが見えなくなって来ている。

 ――落ち着け。

 僕は大きく息を吐くと、目を閉じる。
 そしてハンカチに包んでいた髪の毛をぐっと握りしめる。

 ……このままで何もかも終わるわけにはいかないんだ。


「皇子、あの」

 いつの間にか部屋に入って来ていたセフォネの声で我に帰る。
 ふと見るとテーブルの上には夕食と言うには遅い食事が準備されていた。

「ああ、ごめん。……なに?」
「……先日のドレスが仕上がったのですが……どうしましょうか? 仕立ての中止を忘れていまして。誰にでも着れるものではございませんし、廃棄するには高価過ぎますし」
「……持って来てくれ」

 歓迎の宴はもちろん中止だが、そもそも、そのために作ったものではないのだ。
 ふと思い出して、尋ねる。

「あのさ、3日前くらいなんだけど、ここに手紙置いてなかったかな?」

 セフォネはきょとんとした顔をする。

「さあ……気づきませんでしたが」

 セフォネはそっけなくそう言うと、一度部屋から出て行き、しばらくしてから両腕に細長い木の箱を持って来た。
 箱のふたを開けると、若草色に艶やかに輝く絹のドレスが現れる。
 優しい色だった。これならきっとスピカに似合う。
 僕はドレスに添えられるように置いてある同色の手袋をそっと手に取った。

「他の妃候補の方で着ることのできる方が居ればいいのですが……体型が一番近いのはシェリア様でしょうか」
「……これはスピカのだ」

 僕はセフォネを少し睨むと箱に蓋をしながらそう言った。

「しかし……牢では、着ることは出来ませんが」
「スピカは、戻ってくる。……ここに」

 そして僕の隣でこのドレスを着るのだから。



 相変わらず食欲は無かったが、セフォネが見張っているので仕方なく食事を軽く済ませる。よく考えると朝食べたきりだった。
 そして僕は手袋と、イェッドの宿題を手に牢へと向かった。

 入り口で手続きをしていると、ミアーが奥から現れる。

「何か変わったことは?」
「何も異常はございません」

 ミアーは静かにそう答えた。
 彼女に連れられて奥に進み、スピカの牢の前で立ち止まる。

 窓から覗くと、彼女は相変わらずベッドの上でシーツに姿を隠したままだった。
 僕が来たことが分かったのかもしれない。昨日と同じで、徹底して避けられていた。

 ……やっぱり、あれは夢なんだよな……。

 もしかしてと、淡い期待を抱いていたが、――現実はそんなに甘くはない。
 一気に気分が落ち込んだ。


「……今日は一人なの?」

 気を紛らわすように、後ろに立っていたミアーに尋ねた。

「え? ……ああ、普段は交代で当るのです。皇子が来られるなど、滅多に無いことなので昨日は特別です」
「僕がスピカを逃がすとでも思った?」

 自分でもびっくりするような意地悪な声色だった。

「……」

 図星なのか、ミアーは黙り込む。
 その困りきった顔を見て、僕ははっとした。

 ……ああ、駄目だ。ミアーに当ってどうするんだよ。

「ごめん。……どうしようもなくて」
「いえ、そんな、とんでもありません!!」

 ミアーは恐縮して、顔を真っ赤にする。そして、僕が浮かない顔をしているのを見て、慰めるように言う。

「……きっと皇子のお気持ちは届きますよ……」
「……だといいな」

 僕は長椅子に座り込む。ミシリと嫌な音が廊下に響いた。

「そういえば、差し入れは出来る? 僕、その辺良く知らなくて」
「ええ。手続きさえすれば。……あ、ただ、渡す前に調べさせては頂きますが」

 僕は、ミアーに手袋を手渡す。

「これ。スピカに渡したいんだ」
「……手袋ですか……?」

 プレゼントとしては珍しいのかもしれない。
 確かに、スピカの手に傷が無ければ……

 そこまで考えて、僕ははっとした。

 傷!?

 ――あの時……確か。

 僕は必死で思い返す。

 ナイフが握られた手。あれは――


 牢を飛び出してグラフィアスの所に駆けつけたい気分になるが、僕は必死で自分を抑える。

「ああ、でも……」

 髪をかきむしる。

 あまりに難し過ぎて、目を逸らしていた。
 しかし、最後には結局、そこに辿り着く。

 ――あの部屋は密室だった――

 犯人を挙げてから、その仕掛けを聞くのでは、もう間に合わない。もう普通のやり方をやっている暇は無い。

 ――明日が勝負だ。

 僕はようやくその謎と正面から向き合う決心を固めたのだった。

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