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第10章 尋問(7)
 気がつくと、廊下の燭台からは火が消え、壁の上部に少し開いた窓からうっすらと朝の白い光が差し込んでいた。

 ――やはり、夢か。……なんて都合のいい……

 自分で思っていた以上に疲れていたのだろう。それにしても……情けない。
 僕は眠ってしまった自分に舌打ちしながら、長椅子から跳ね起きる。
 体の上に掛けられていた毛布が滑り落ち、軽い音を立てた。

 カツカツと靴音が鳴り、後ろを振り向くと、昨夜の女性兵士が朝食の入った籠を持ってこちらに向かって来ていた。

「……なにも異常はありませんよ」

 僕が伺うように見ていたのに気がついたのだろう。
 彼女はそう言うと、牢の小窓を開け、中の様子を覗き込み、僕を促した。
 牢を覗き込むと、寝台の上には昨日と同じようにスピカがシーツを被ったまま横たわっていた。
 壁にドレスが掛けられている。シーツの裾からは灰色の囚人服が少しだけ覗いていた。さすがに着替えたらしかった。それ以外に部屋には何の変化も無かった。
 規則的にその影が上下する。眠っているようだ。

 目の前にパンが差し出され、僕はそれを受け取ると、椅子にしゃがみ込む。

 ふと、手のひらに違和感を感じ、光の射す方向へと手をかざす。

 ――まさか

 ……右手の小指に、蜂蜜のように輝く1本の髪の毛が絡まっていた。



 僕は朝食を配り終えた女性兵士が戻ってくるのを待ち、尋ねる。
 逸る気持ちを抑えられず、声がうわずっていた。

「昨夜、本当に何も無かった? 誰か、牢を一時的に開けるとかしてない?」

 彼女は何を言われているか分からないという表情を浮かべる。

「……何をおっしゃられているのです? この国の警備をなんだと? 昨日一晩交代で見回っていましたが、そんなことはありませんでした。鍵の管理も万全です」

 職務怠慢を指摘されたように思ったのかもしれない。
 急に態度が硬化したように感じる。

 僕は慌てて、髪の毛のことを言う。

「……椅子に付いていたのが絡まったのでは? ……金色の髪の毛なんてどこにでも落ちていますよ?」

 かなり不可解そうだった。
 僕がなんでそんなことにこだわるのか、分からないのだから仕方が無い。

 僕は髪の毛を大事にハンカチに包むと、一瞬それをぎゅっと胸の前で握りしめ、ポケットに突っ込んで、立ち上がる。

 彼女は気の毒そうに僕を見つめる。
 頭がおかしくなったとでも思われたのかもしれない。

「……また、今夜も来るから」

 僕は扉に向かって言う。

 あれは夢ではなかったと……信じ込みたかっただけなのかもしれない。
 諦めない、いくらそう言い聞かせても、気持ちがくじけそうだった。
 たとえ勘違いでもいい。今は、何かにすがってでも頑張らなければならなかった。


 
 建物の出口まで付き添ってもらい、ふと僕は女性兵士に尋ねる。

「君、名前は?」

 呼び名が無いと不便だった。どうせ今日もここに来るのだ。知っておいて損は無い。
 それに。

 ……彼女なのかな。レグルスの部下というのは。

 確信は持てなかったけれど、僕はなんとなくそんな風に思っていた。
 任務は極秘だ。だから聞くわけにはいかないが、誰か分かるものならば自分で直接頼みたかった。

 ……僕がいない間、スピカを守ってくれ、僕の目になってくれ、と。

 彼女は少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに僕の意図を理解したらしい。少しだけその唇に笑みを浮かべる。そうして見ると、思っていたより若いのだと分かった。少し浅黒い肌にもつやがあり、帽子の端から覗く髪の毛は赤褐色で滑らかに光っている。細いその目は青く、力強い光をたたえていた。

「ミアーと申します」
「そう。……ミアー湖と同じ名か。いい名前だ。……じゃあ、ミアー。……スピカを頼む」
「……全力で職務に当らせて頂きます」

 彼女はただそれだけ言うと、力強く頷いた。
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