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第10章 尋問(5)
 いくつもの扉を目の端に映しながら長い回廊をずっと進み、かなり奥まった場所で男は立ち止まった。
 突き当たりに小さめの扉が見える。
 端に女性の兵士が二人腰掛けていたが、僕と叔母を見ると立ち上がって敬礼する。大柄な人影と比較的小柄な人影が一つずつ床に映し出される。
「こちらです」
 扉の脇に燭台が一つ。周囲だけが橙色に染まっていた。そこから離れるに従い闇が濃くなる。暗さも手伝って重たい色をした木の扉。端の方は湿気で腐りかけている。
 扉に開いた顔がやっと入るくらいの小さな窓にはやはり鉄格子がついていて、外から鍵がかかるようになっていた。
 兵が窓を開け中へと呼びかける。
「面会だ」
 部屋の中からは物音一つしなかった。
 僕は待ちきれずに前に出ると、窓から部屋を覗き込む。

 部屋の中には粗末な寝台が一つあるだけだった。部屋の隅に一つだけ置かれた小さな燭台が、寝台の上の人影を心細く照らす。シーツを頭から被っているが、淡い黄色のドレスが端から覗いていた。
 震えているようにも見えた。

「スピカ」
 僕は呼びかける。
 答えは無い。
「話がしたいんだ」
 ――無音だった。
 誰も口を開かない。
 耳が痛いくらいの沈黙。
 そこにいる全員の心臓の音まで聞こえて来そうだった。

 僕はしばらくそのままじっと待つ。
 生温いカビ臭い空気が纏わりつく。息苦しくさえあった。
 こめかみから汗が流れ落ちる。

「スピカ」
 沈黙が耐えられなくなり、そう口に出したところで兵が後ろから声をかけた。
「申し訳ありませんが、時間です。……話す気がないようなので……」
 気の毒そうな声色だった。
 後ろを振り向くと、叔母も眉を寄せて、仕方なさそうに首を振っている。
 出口へと促されるが、僕は壁際にあった古ぼけた埃っぽい長椅子に座り込んでそれを拒む。
「……僕は朝までここにいる」
 レグルスにはスピカの護衛が出来る人間をここに潜入させるよう頼んでいた。
 どこにいるかは知らないが、きっとどこかから見守っているはずだ。
 しかし、それだけじゃ安心できなかった。
 昼間は事件を調べなければいけなかったから、せめて体の空く夜くらいは自分で守りたかった。
 シェリアのこともあるし、部屋にはどうせ戻れない。彼女もまさかここまで来ることもないだろう。
 いっそ好都合だった。

「困ります」
 脇にいた女性兵士の一人が困惑して声を上げた。
「皇子をこんな場所になんて……」
「でも、君たちも一晩ここにいるんだろう? 女性でも耐えられるんだ、僕だって平気だよ」
 スピカはあんな粗末なところで寝ているんだ。
 僕だけ柔らかい場所で眠るのも嫌だった。
「でも規定がありますし」
「それなら……ここで暴れて捕まればいい? 一晩留置されようか?」
 最後の手段としてはそう考えていた。
 宮に戻るより、軽犯罪でも起こしてここに捕えられた方が良かった。
 少しでも近くにいたかった。

 兵士たちは顔を見合わせる。
 一介の兵士にこの判断は出来ないはずだった。
 騒ぎを起こされるよりは、僕の行動に目を瞑る方が楽に決まっている。そう読んでいた。

「……誰もいないものとして普段通りにさせて頂きます。お構いできませんが……それでもよろしいですか?」
 しばらく彼らはこそこそと話し合っていたが、女性兵士がそう告げに来た。
 僕は頷く。
「また、決して逃がそうなどはされないよう。脱獄すると刑が重くなります」
「分かっている」
 スピカは無罪だ。ここを出る時はえん罪を晴らしてからだった。
 出来るだけ早く、こんな暗い湿った所からは出してあげたい。そう思った。


 叔母は心配そうにしながらも、僕を残して宮へ帰っていった。
 叔母の言葉にもスピカは反応せず、彼女はひどくがっかりしていた。その態度は僕とつながりのあるものすべてを遠ざけようとしているように見えて、ショックだった。
 僕は長椅子の上で膝を抱え込んで壁に寄りかかる。
 
 ……どう切り出そう。
 何から言えばいいか、分からなかった。

 少し離れた場所で、先ほどの女性たちが黙々と食事を小窓から牢へと差し込んでいた。
 大柄な方の女性が近づいて来て、パンと水を差し出す。
「ここの食事ですので粗末なものですが、どうぞ」
 僕は少し驚いて彼女を見上げる。深く帽子を被っているため、薄暗いこの場所ではその表情は読めなかった。
 確かに僕はまだ夕食をとっていなかった。
 今まで食べる気もしなかったのだが、目の前に食べ物を見ると、急激に空腹感を感じる。
「これ、どうして?」
 僕が尋ねると、彼女は少しだけ口元を緩ませると首を横に振る。
 質問に答えることもなく、彼女は引き続き食事運びを再開した。
 ……まあ、いいか。空腹そうに見えたんだろう。
 僕はありがたくそれらを頂くことにした。
 パンは堅く乾いていた。あまり噛まずに飲み込むと、パンのかけらが喉に刺さる。食べ物を食べて痛いなんて嘘のようだった。水がないととても食べれらたものじゃなかった。カビが生えていないだけマシのかもしれない。水で流し込むようにしてそれを食べてしまうと、一息つく。
 いくら囚人でも、この扱いは無いな。
 僕はぼんやりとそう考えていた。
 清潔とは言いがたい粗末な部屋、淀んだ空気、粗末な食事。
 こんな所に長くいれば、たちまち体を崩して刑期が終わる前に牢を出ることになるだろう。
 メサルチムが言っていた予算のことは、本当だったんだ。
 もしスピカがここに入ることにならなければ……きっと見過ごしてしまっていた。
 国を守るなんて、かっこいいことをスピカに言った割には、僕は自分の国がどういう状態なのかも知らないんだ。そう思うと、恥ずかしくて情けなかった。
 外を見る前に……内を見るべきだ。そう思った。
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