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第4章 たどり着けない部屋(4)
 城に戻って来た頃には……僕はかなりげっそりしていた。
 たった一刻や二刻の話なのに……なんだろう、この疲れ方は。

 目の前で繰り広げられる女同士の戦いは圧巻だった。
 これがまだ12、13歳の女の子同士というのが信じられないくらいで……。
 馬車の座席を決める時からもう……。どちらも僕の隣を譲ろうとしない。
 結局、何気なく二人で隣同士に座ってもらうことにして、僕だけ一人で席に座った。
 僕と王女が話をしようとすると、ミルザが割り込むし、その逆もあった。
 恐ろしいのが、ミルザは、それを笑顔でやってしまうのだ。
 国と国のことがある。
 友好関係を崩すことが出来ないのは重々承知で、それでもうまくやるところがもう、子供とは思えなかった。
 あくまで「だって王女ともっとお近づきになりたいんですもの」という姿勢を崩さないのだ。
 なので王女は完全にそれを無視するわけにはいかない。

 ……やっぱり敵には回したくない……。

 僕は心底そう思った。


 *


 部屋に戻ると、さっそくセフォネを呼んで、服と手袋の手配を頼む。
 先ほどの案内中にずっと色を考えていた。

 ……若草色なんか、いいんじゃないかと思う。
 彼女の瞳の色にも、髪の色にもきっと似合うだろう。

 僕が手配を頼むと、セフォネは意外にもすんなりと要求をのんだ。
「ちょうど良かったですわ。……近々皆様方の歓迎の宴がありますので……スピカ様のあのドレスでは少々浮くかと思っておりましたの」
 あのドレスも何も、僕はどんなものかさえ知らないのだが……。
 それよりも。
「歓迎の宴なんかするのか?」
 立太子まで間がないのに。
「王女を迎えておいて……失礼に当たりますわ」
 ……僕にはその辺の感覚がまだ身に付いていないようだ。
 でも……スピカがそれに出席するというのが……気にかかる。
 傷つかないだろうか。
 僕はちっとも歓迎していないんだけれど、そんな宴なんか開くこと自体、スピカに対して裏切りのようなものを感じる。
「その辺我慢できないようでしたら、妃など務まりません」
 セフォネはきっぱりと言う。
 僕は父の言葉を思い出し、渋々了承する。
「……分かった。とにかく、頼んだよ。なるべく早めに手配してくれ」


 *

「……ですから、我が国とテュフォン王国は、主に農作物の輸出入で強い協力関係にあり、アウストラリス王国とは主に資源と水での協力関係にあります。特にかの国の岩塩などは無くてはならないもので……皇子?」

 ……忙しい。
 僕は簡単な食事の後、イェッドの授業を受けていた。
 授業は昼から夕食の間ずっと行われる。
 頭がぼんやりする。また少し熱が出て来たのかもしれない。
 しかし休む暇もないのだ、少々は我慢しないといけなかった。ここでまた遅れると……余計にスピカに会えない。

 少し気を抜くと、すぐにスピカのことを考えてぼんやりしてしまっていた。
 僕はいつの間にか手紙の内容を考えていて、イェッドの話が耳に入らなかった。

「皇子」
 ……しまった。
「いい加減にして下さい。少しはまじめにやってもらわないと……『また』寝不足なのですか?」
 イェッドは呆れている。
 何も無いのに、そんな風な目で見られると嫌な気分だ。
 僕は彼を少し睨みながらも、謝る。
「すまなかった」
「……あなたがそんなだと……彼女が報われませんね。あんなに頑張っているのに」
「スピカが?」
「今日はなんだか異常に熱心で、気味が悪いくらいでした。……何かを忘れたいようにも見えましたけれど」
 ……忘れたい、か。
「きちんと守ってあげないと、壊れてしまいますよ」
 顔を上げると、イェッドの真剣な茶色の瞳があった。

 ふと……噂が頭に浮かぶ。

『イェッドと抱き合っているのを見た』

 ……馬鹿だ、僕は。そんなわけが無い。

 でも。
 この茶色の瞳を見ると、心がどうしても騒ぐ。
 スピカも……そうなんじゃないだろうか。
 思い出すのではないだろうか、……ルティを。
 
『……あたし、あんたとジョイアで一緒に過ごしたとき、すごく楽しかったわ。
 たとえ偽りの姿だったとしても……あれも、あんたの一面なんでしょう?』

 スピカは決して彼を嫌ってはいなかった。
 別れる間際のあの言葉……あれは憎んでいる相手には言えない言葉だ。
 今の僕は、ルティに比べると、何もかも劣る。
 このままだと、いつか……スピカは僕について来たことを、後悔してしまうのではないだろうか。

 ……いけない。
 そうならないためにも、頑張らなければならないのに。
「とにかく、少しでも多く会う時間を作ってあげることです。早く終わらせていまいましょう」
 イェッドの珍しく優しい言葉に、僕は少し驚きつつも、素直に頷いた。


 *


 その日の夜、僕は無駄かもしれないと思いつつも、一応、セフォネに頼んでみる。
「……スピカを呼んで欲しいんだけど」
 セフォネは呆れる。
「皇子も懲りませんね。儀式が終わるまで我慢できませんか? それ以降ならいくらでもお時間が取れるでしょうに。……まあお若いですし、仕方が無いのかもしれませんけれど」
 ――話がしたいだけなんだよ!
 僕は顔を赤くしてむくれる。
 セフォネはため息をつきつつ部屋から出て行った。
 僕はそれを見送ると、テーブルの上に便せんを広げ、筆をとる。

 何を書いたらいいのか……。
 思い浮かぶ言葉はいくつもあるけれど、文字にすると妙に恥ずかしい。
 そもそも、僕はスピカに言葉で想いを伝えたことが数えるくらいしかないのだ。彼女が心を読んでくれていたから、それを利用していたというか。
 思い返してみると、好きだと言ったのは、たった1回しかない。
 その事実に愕然とする。

 え、あの一回だけ……?
 それって……まずい気がする。……恥ずかしがってる場合じゃないな、これは。

 僕は思い切ってその白い便箋に自分の想いを書き綴った。

 書き終わって……すぐに封筒に入れ封をする。
 ……読み返したら恥ずかしくてもう渡せなくなりそうだと思った。


 テーブルの上にそれを置いて一息ついていると、今にも噴火しそうなセフォネが戻って来た。
 憤っているところを見ると……断られたのか。
「どういうつもりなんでしょうね。3日のうち1日も相手が出来ないというのは」
 あ、そうか。
 僕はふと思いついて手を打つ。
「……あの、なんか事情があるとか……その」
「月のもののことなら、違います」
「……」
 僕がぼかしたところを、きっぱりと否定される。なぜか妙に誇らしげだ。

 それだったら、分かりやすいし、断られても傷つかなくてもいいのに。
 一瞬浮上しかけた気分が一気に落下する。
「じゃあ、なんで」
「課題が終わらないのだそうですよ。……真面目にやっているのかどうか知りませんけれど」
「イェッドは熱心だと言っていた」
「まあ……男の方は基本的に女の子には優しいですからね。……実際はどうだか」
 セフォネは鼻で笑うようにそう言った。
「……セフォネ。……そんな風に言うのは止めてくれないか」
 思わずびっくりするくらい冷たい声が出る。
 我慢してせき止めていたものが一気に流れ出す。
「ま、まあ。皇子」
「スピカは……僕が名を教えるくらいの女性だということ、分かっているのか? 
 彼女を侮辱するということは……僕を侮辱するのと同じだ」
 駄目だと思っても止められない。
 父が言ったことを忘れたのか。
 庇えば庇うほど、エスカレートすると……。
 案の定セフォネは眉を寄せ、憮然とした表情を浮かべる。何か言いたげに口を動かしたが、その深いしわの入った唇からは何の言葉も漏れて来なかった。
「今日は、もう下がってくれ」
「……分かりました。……しかし皇子」
「分かってる……今日は無理に訪ねたりしない」
 僕はセフォネの言葉を先取りする。
 おそらく、彼女のことだ。僕が出て行かないよう、見張りでも付けるつもりだろう。


 僕は苛立ちのため、その日の夜はなかなか眠りにつくことが出来なかった。
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