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椎の木の精霊
森の小人のカレー屋さんを出ると、若者は娘たちと別れた。若者は、海岸側の<森>のバス停の前で、バスを待っていた。後ろには、大きな椎の木があった。

 ドクドクどくどく 流れる血液
 ほら きみの心臓は こんなに必死に頑張っているんだよ 死んじゃあ駄目だよ

「君は誰?」
 僕は しいの木の精霊せいれいです はじめまして
 両耳を 小指でふさぐと聞こえてくるよ 命の鼓動が

若者は、両手の小指で両耳をふさいだ。
「あっ、ほんとだ。」

 がんばってね またここに来てね

「うん、きっと来るよ。ありがとう。」
雨はすっかり上がっていた。
「そうだ。すずかちゃんにメールしよう。」

 もしもし すずかちゃん 僕はすっかり元気になりました
 すずかちゃんは どうしていますか 北国は寒いですか
 温かいものを食べていますか 風を引かないよう襟巻きをまきましょう
 そして ときどきは体操をしましょう
 バカを相手にしてはいけません 放っておくと 自己中毒で腐って死にます
 虫歯は早く治さないと 憂鬱になりますよ じゃあね

「送信!」
若者の前を、野蛮なガソリンエンジンの青いスポーツカーが猛スピードで爆音を残し駆けて行った。

 ゴホンゴホン

「あっ、椎の木くん。どうしたの?」

 この臭い 大嫌いなんです

「そうなの。」
風が、椎の木を揺らし、不愉快な臭いを吹き飛ばした。

 ありがとう 風さん!

椎の木は風に礼を言った。
「クルマに乗ると自殺したくなるんだよなあ…なんか因果関係があるのかなあ…』

 それは きっと亡霊のせいです

「亡霊!?」

 交通事故で死んでしまった人たちの霊が 事故現場近くの道路を彷徨っています
 その浮遊霊ふゆうれいが働きかけるのです

「浮遊霊!」

 おまえも死ね おまえも死ね お前も俺のように
 血だらけになって苦しんで死ね と

「そうだったんだ。」
クルマでぺちゃんこになった猫の上を、カラスが鳴きながら飛んで行った。
「いやな世界だなあ。」

 ほんとにいやな世界ですねぇ

「おかしいなあ。けんけんけんの姉さんに背中を叩かれてから、妖精や精霊の声が聞こえるようになったみたい。」

 妖怪温泉に行くんですか?

「うん。そのつもり。」
 やめたほうがいいですよ あそこには本物の妖怪がいますから
「やっぱりやめたほうがいいかな。」
 森の公園に 妖怪たちの恐れるハッシーがいるそうです
「ハッシー?」

 大切なのは 今を生きることです

「今を生きること?」

 大切なのは 今を生きること
  今を見ること 今を感じること
   死んでしまった過去に別れを告げること
 風に逆らわないこと 風を感じて生きること
  風を背中に感じて 素直に生きること

この小説は、<妖精スミレちゃん>に続きます。

同作者の最新作は、人間村 です。

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