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天邪鬼の涙
テレビでは、交通事故や、暴力事件や、過労死のニュースが流れていた。
お父さんは、溜め息をつきながらニュースを見ていた。
「大変な世の中だ。」
「そうですねえ。」

 人々は腐った空気の中を 懸命に走っている
  互いに傷つけ合いながら走ってる 互いに憎み合いながら走ってる
   人々は 空しく 明日の無い今日を走ってる 寝たら明日になる ただそれだけの毎日を走ってる 

姉さんがつぶやくように言った。
「いったい、何のために生きているんだろうね。」
「お京、風呂に入ってくるから。」
「はい。」
お父さんは、二階に上がって行った。
「眠くなったら、勝手に二階のゲストルームを使ってください。」
「あっ、はい。」
「インターホンがついてますので、分からないことがあったら遠慮しないで言ってください。」
「はい。まだ大丈夫です。」
ソファーに横になっていた駄洒落坊主が、起き上がった。
「あ〜、喉が渇いた。」
駄洒落坊主は、台所の方に行った。
若者は立ち上がり、窓のカーテンを少し開けた。
「あっ、もう止んでる。」
雨は上がっていた。
「ちょっと、外に出て煙草を吸ってきます。」
「どうぞ。」
若者は、煙草とライターを持って、裏口がら外に出た。
外は、すっかり暗闇に包まれていたが、街路灯が道を照らしていた。
階段の横の、草葉の陰にたたずみ、若い特攻隊の亡霊が月を眺めていた。
「あっ、そこにいたんですか?」
「あのとき見た月と同じだ。」
「あのときといいますと?」
「特攻命令の前夜に見たんです。」
「そうなんですか…」若者は、次の言葉を懸命に捜そうとしたが、それ以上の言葉は出なかった。
「そういえば、お侍さんは、どうしたんでしょうね。」
「あっ、そうだ。すっかり忘れてた。」
「あの人は、風魔小太郎さんの敵なんですよ。」
「なんか、そういう感じでしたねえ。」
「どこかで戦ってるのかも知れませんねえ。」
「戦ってる?」
「はい。」
「二人とも、いい人なのになあ。」
「でも、亡霊って死なないんでしょう?」
「はい、死んでいますから。」
「だったら、大丈夫ですね。」
「まあ、そうですけど。」
若者が、煙草を吸っていると、天邪鬼あまのじゃくが現れた。
「何をしてるんだ?」
若者はびっくりして、追い返そうとしたが、その言葉を飲み込んだ。
「月を見てるんです。一緒に見ましょう。」
天邪鬼は、
「いやなこった!」
と言って、去って行った。
若者と若い特攻隊の亡霊は、顔を見合わせて笑った。
「ほんとうは、みんなと仲良くなりたいんですよ。」
「そうかも知れませんね。」
天邪鬼は、浜辺に座り、波の音を聞きながら、他には決して見せない涙を流し、寂しく月を眺めていた。

 天邪鬼の涙は誰も知らない 天邪鬼の涙は月しか知らない





この小説は、<妖精スミレちゃん>に続きます。

同作者の最新作は、人間村 です。

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