望郷
『鬼だぁ〜〜〜!』
若者は、血相を変えて下へ降りて行った。
『おに、おに、鬼が出た〜〜!』
姉さんは、きょとんとした顔をしていた。
「鬼?」
『おにです、鬼。赤い鬼!金色のハタキみたいなのを持ってました!』
「あ〜〜、あれはね。うちで雇ってる鬼なの。」
『えっ?』
「鬼の邪気払いハタキで、各部屋の悪い邪悪な邪気を払ってもらっているの。」
『邪気・・』
「邪気は邪気を呼び込んで、放っておくとチェーンのように繋がって、取れにくくなっちゃうの。」
『邪気って何ですか?』
「邪気は、病気を招き込むの。」
『そうなんですか。』
妖怪駄洒落坊主が、横から口を挟んだ。
「それをカンフー映画で、ジャキチェーンと言います。」
姉さんは、駄洒落坊主を睨みつけた。
「あんた、隅にいなさいよ!」
「隅に置けないやつ!ってことで、隅ですみません。」
『さっきと同じこと言ってる。』
「普通の人には見えないんだけども、あなたには見えるんだったわね。忘れていたわ。」
『きょん姉さん、若い頃の山崎ハコに似てますねえ。』
「あんた、ずいぶんと古い歌手知ってるのね。」
『わたしの母が好きだったもので。』
「そうなの。」
『きょん姉さんこそ、どうして。』
「父が好きな歌手なの。」
『へ〜〜〜ぇ。そうなんですか。』
発明家の、きょん姉さんのおとうさんが、望郷の目で言葉を挟んだ。
「それは奇遇だなあ。いいねえ。山崎ハコは。」
姉さんが、カラオケのマイクを手に持った。お父さんが、カラオケのスイッチを入れた。
「じゃあ1曲。山崎ハコの、ANOU〜〜!」
赤鬼が両足を開き右手をかざし、大きく見得を切った。< あの〜う! >
きょん姉さんは、急に歌いだした。駄洒落坊主と青鬼が、バックで追いかけハモった。
あの〜 ♪ < あの〜 ♪ >
僕は要りませんか〜〜 ♪ 君を好きなんだけど〜〜 ♪
あの〜 ♪ < あの〜 ♪ >
僕は要りませんか〜〜♪ 夜が好きなんだけど〜 ♪
あの〜 ♪ < あの〜 ♪ > 履歴書なしで〜〜 おっお〜〜〜ぅ ♪
< おっお〜〜〜ぅ ♪ >
深夜のコンビニ〜 ♪ おっお〜〜〜ぅ ♪
< おっお〜〜〜ぅ ♪ >
曲の終わりに、駄洒落坊主がぼそぼそっと歌った。
「深夜の昆布煮〜〜。おっお〜〜〜ぅ。」
「娘は、山崎ハコって言うと、ANOUという曲を直ぐに歌いだすんだよ。」
『そうなんですか。でも、上手いですねえ。そっくり!』
きょん姉さんと妖怪たちの歌は、あっという間に終わった。
「娘は、せっかちだから、テンポの速い曲しか歌わないんだよ。」
「じゃあ、お父さん、1曲!」
「それじゃあ、望郷を。きょん、ギターを持ってきてくれ。」
『カラオケじゃないんですか。』
「わしゃあ、カラオケはどうもね。」
「はい、ギター。」
きょん姉さんのお父さんは、静かにフォークギターを弾きながら歌いだした。
『あっ、それ、母が好きな曲だ!』
みんなが拍手をした。駄洒落坊主も赤鬼や青鬼も拍手をした。
青い空 白い雲 菜の花の小道を 駆けまわり蝶々とり遊んだふるさと〜〜〜 ♪
部屋の片隅で、若い特攻隊の亡霊が、直立不動の姿勢で敬礼をしていた。深くかぶった帽子で涙を隠していた。
外では、蟻達が大雨に流されまいと、必死に命をかけて松の木にしがみついていた。
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