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刻の守護者 〜乙女的大河絵巻〜 作者:いっちー

第二章

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犬神憑きの少年と、その兄弟(4)

 自身の悲鳴に、あまねはぎょっとして目を開けた。
 飛び込んできた、見慣れぬ木目の天井に思考が止まる。激しい動悸に、胸が上下した。夢の名残の涙が、つ、と枕に吸い込まれる……
「随分と派手に起きるんだな」
 ふいに聞こえた少年の声に、あまねは驚いて身を起こした。見れば、縁側で、大きな白い犬が寝転がっていた。
「あ、あなたは……さっきの」
 彼は応えるように、一度、ふわりと尻尾を振ると、口を突き出し、問うた。
「これ、お前のか」
「あっ!」と、あまねは声を上げた。
 彼の牙に引っかかっていたのは、紛う事無き、元三があまねに送ったブレスレットだ。
「は、はい!! そうです!」
 自分の左腕についていないのを確認し、あまねは幾度も首を縦に振った。と、犬神憑きは無造作に、首を振るとそれを放った。
 半円を描いて、ブレスレットは、あまねが構えた両手に飛び込んできた。
「良かったぁ……」
 驚きと混乱で、すっかり、存在を忘れていた……あまねは肺が空っぽになるほどの安堵の溜息を吐いた。
 と、壊れていたはずのそれは、きちんと円になっていた。目を凝らしたあまねは、施された修理の跡に気付く。
「あの、ありが――――」
 礼を述べようと顔を上げた時には、すでに彼は踵を返した後だった。ゆるり、と揺れる尻尾の先が引っ込み、気配が遠ざかる。
「行っちゃった…………」
 あまねは、そっとブレスレットを握り締め、頬を寄せた。
「ありがとう、って。言いそびれちゃったな」
 小さなブレスレットだ。
 時代も分からないこの世界で無くせば最後、再び、この手に戻ってくる可能性など奇蹟のような確立であるに違いない。弟の受験料と引き替えになった代物だ。無くすわけにはいかなかったし――余り、考えたくはなかったが――元の時代に戻れなくなった時の、家族を思う大切な縁なのだ。
「――――にしても、ここ、どこなんだろう」
 脳裏を過ぎる嫌な不安を打ち消すように、あまねは辺りを見渡した。
 調度品のほとんどない、けれど、きちんと手入れの届いた、日当たりの良い部屋だった。
 薄い畳に横たわっていた身体は、所々痛みを訴えていて、あまねは、かけられた色鮮やかな着物をめくりあげるとうん、と身体を伸ばし――枕元に畳まれたブレザーを目にして、はたとする。自身を見下ろし、慌てて襟元をかき寄せた。誰の手によるものか、あまねは白い小袖に身を包んでいたのだ。
「――あら。起きたのね」
 と、中庭に面した縁側から、盆を手にした麗しい顔が覗いた。
「どう? 体調は」と、その人は、びっくりするあまねに、親しげな微笑みを浮かべると問うた。
「だ、大丈夫です」
「そ。どっか痛かったりしたら遠慮なく言うのよ」
 言って、盆の上から、木皿と、白湯で満たされた湯飲みを床に置いてから、あまねの顔を覗き込んだ。ややあってから、彼女の頬に張り付いた髪を後ろへやると、その人は小首を傾げた。
「干し柿は好き?」
「あ、は、……はい」
 木皿に乗っかった、茶味がかったものを、彼はあまねの手に乗せた。
「起きたばかりで、お腹は空いてないかもしれないけど……食べときなさい。あなた細っこいし、顔色も悪いわ」
 あまねは、干し柿と義平を見比べてから、おずおずと誰何した。
「あの……あなたは、一体――」
「あたしは源義平。悪源太って呼ぶ奴もいるわね。あなたは?」
「私は、木津あまねです」
「あまね、ね。見た所、普通のお嬢さんだけど……名だたる陰陽師様か何かなのかしら」
 彼の問いに、あまねは、ぶんぶん顔を振る。
「わ、私は、バイト――――しゅ、修行中の身でして」
「それで、こんな寒い中、山ごもり?」
「はあ……」
 まさか、ここではない時代から飛んで来ました、とも言えない。
「じゃあ、山に戻るのねぇ」
「へっ!? え、え、え、い、いや……で、できれば、その」
 義平が、頬に手を添えて嘆息する。
 それにあまねは首を横に振った。こんな真冬にブレザーで、しかも、此処が何処かも、何時なのかも知れない状態で山に帰されたら、二日と生きていられない。あまねには確信できる。
 そんな様子のあまねに、義平は目を瞬いた。
「あ、あの。もし、宜しければ、暫く、こちらに置いていただきたく……」
 あまねは上掛けを握り締めて、言った。
「何でもしま――――あ、いや、できることでしたら、何でもします。家のお仕事とか……。み、短い間で良いんです。お願いできませんでしょうか」
「いーわよ」
 縋るように頭を下げれば、簡素な応えが返ってきた。
「ですよね。いーですよね…………って、本当にいいんですか!?」
 顔を上げる。義平は首を傾げた。
「山道で倒れてた女の子を、一人、そのままにしておくわけにもいかないし、って連れ帰ってきたんだもの。駄目だなんて言うはずがないじゃない」
 言って、彼はふっと自嘲するように小さく鼻で笑った。
「――って言うのは、ま、あの子の言い分なんだけどね」
「あの子?」
 あまねが小首を傾げる。彼は続けた。
「頼朝――――あたしの弟。見たでしょ? おっきな、白い獣。あの子よ。……犬神憑きなの」
「よりとも…………?」
「うん。ま、あの子が連れ帰らなくても良い、って考えてても、あたしはあなたを連れ帰ってたわ。理由はもちろん――――その力」
 言って、彼はあまねの右手を取ると、真摯な眼差しで訴えた。
「もちろん、ここにいてくれて良いわ。でも、それは、協力してくれるのが、条件。あの子の犬神を祓うための……」
「で、でも、私は――――」
 できない、そう告げようとした唇を、義平は長く滑らかな指で押しとどめる。
「考えるくらい、いいじゃない。……あなただって、外には戻りたくないんでしょう?」
 義平の言葉に、あまねは頬の筋肉を引き攣らせた。
 彼は、弟の犬神祓いの協力を承諾するならば、ここに置いてやると言う。つまり、協力しないのならば、今すぐ叩き出すと言うことだ。……優しそうに見えて、とんでもない男である。
「義平さま」
 と、女中が控え目に、室の外から声をかけ、義平へ来客を告げた。チリリ、と微妙に張り詰めた空気が破られる。義平は、さっと厳しげな眼差しを引っ込めると、人好きする、美しくも愛らしい笑みを浮かべた。
「あらあら。慌ただしくて、ごめんなさいね。何かあったら、そこの女中に言付けてちょうだい。それじゃ」
「あの……あの!!」
 立ち去ろうとする背に、あまねは慌てて声をかけた。
 ウェーブがかった黒々とした髪を揺らして、義平が振り返る。
 あまねは、膝の上で握っていた拳から、視線を挙げると、問を口にした。
「彼は。あなたの弟の頼朝さんは、あの源頼朝さんなんでしょうか」
「……あの、って、どれか分からないけど」と、前置きして、義平は頷いた。
「あたしたちの父親は、源義朝。由緒ある、清和源氏の末裔よ」
 あまねの心臓が、ドクンッと鳴った。緊張で、口中がみるみる渇いた。
 あまねは、下唇を舌で湿らせると、身を乗り出して重ねて問うた。
「――――――今。今は、いつですか!?」
「いつ……? 何時、じゃなくて?」
 義平は首を傾げる角度を大きくする。
「今は平治元年、霜月の――」
「へいじ?」
 あまねは、聞き覚えのない単語に眉根を寄せ……ややあってから、和暦だと思い至る。
「せっ、西暦だと何年ですか?」
「せーれき? 何それ」
 きょとんとするのは、義平の番だった。
 あまねは、どう説明すべきか口ごもった。と、業を煮やした様子の女が、唇を尖らせる。「義平さま! 信頼様が……」
「あ、す、すいません! お忙しいところ……ありがとうございました!」
 女中に引きずられるようにして、義平が退出する。あまねは、興奮に上気した頬を両手で挟んだ。
 直愛は、「頼朝の救出に向かう」と話していた。そして、まさに今、頼朝は犬神憑き――祟られている。今、あまねは、正にその彼の近くにいたのだ。
(……これって、凄くラッキーじゃないかな?)
 あまねは、ごくり、と生唾を飲み込んだ。
 頼朝が祟られていると言うことは、もともと直愛と共に来るはずだった時間よりも、早い時期にやってきていることになる。それはつまり――待っていれば、直愛に会える。
 確かに、明日、明後日と言うわけにはいかないだろう。けれど、頼朝の近くにい続けていれば、いずれ必ず会える。いずれ、元の世界に帰れる。
 義平の脅迫が、今は、嬉しく感じた。
 あまねに犬は祓えない。が、直愛と合流できれば、それも可能だ。義平の頼みを受けても、騙して利用するわけではない。
「泣いてる場合じゃないよね」
 直愛の言葉を思い出す。
 あまねの、ここでの仕事は、祟りに狙われている偉人のボディガードだ。
 けれど、思わぬことに頼朝は犬神憑きだった。だから、あまねは、力のせいで近づくことはできない。
 でも。
「大丈夫。…………何とかなるよね」
 あまねは、左手で輝くブレスレットに、ちゅっと軽く口付けた。これさえあれば、とりあえずは近づける。着脱が楽なのが、これまた嬉しい。
(さすが、パパ!)
 心中でキスの嵐を送って、あまねは決意新たに立ち上がった。
 そして、即座に、先ほどの話を受ける旨を、女中に伝えた。
お読みくださり、ありがとうございます!
週2回更新予定です。
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