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刻の守護者 〜乙女的大河絵巻〜 作者:いっちー

第二章

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犬神憑きの少年と、その兄弟(1)

 ゴォッと耳鳴りがした。
 押し潰されんばかりに空気の密度が増して、あまねは身体を支えきれずに、床に丸まる。
 一体自分はどうなるのか――背を、冷汗が流れた。乱暴に放られたように、一瞬、床から身体が浮き――そして間髪入れずに、ドンッと重い衝撃に襲われる。
「いっ、いたたた……」
 暫く縮こまっていたあまねは、これ以上、動く様子のないエレベーターに、恐る恐る身体を起こした。
 内壁が、すぅっ、と濃緑に溶けた。
「………………ここ、どこ?」
 ぽつん、と唇から問いが落ちる。
 それもそのはず――――あまねは、見知らぬ山道座り込んでいたのだ。
 鬱蒼と茂る草や、すっかり葉の落ちた木々に挟まれた道の上には、底が見えるかのような青い空が細長く伸びていた。
 地には、ぼこぼことした霜の跡。鼻孔を湿った土の香りが擽る。
「過去…………」
 ややあってから、あまねは呆然と呟いた。思い当たるのは、それしかない。
「寒っ」と、小さく悲鳴を上げて両腕で自身を抱く。混乱で上昇していた体温が辺りの気温に飲まれて、急速に下がる。それをなぞるように、気持ちも静まった。
 季節は、冬。
 しかし、今は一体いつの冬なのか。
「どうしよう。何処に行くエレベーターだったのかな……」
 もしかしたら、内壁を見ればヒントがあったのかもしれない。が、今では確認しようがない――ガクリ、と肩を落としたあまねは、重大なことに思い至って、唇を引き攣らせた。
「と言うか……どうやって、戻ればいいの?」
 問いに応える者はいない。
 思考が止まる。
 あまねは魂がぬけたように、ぺたん、と尻持ちをついた。
 チィ――ッ
 と、突然、森を震わせた甲高いクマゲラの鳴き声に、あまねはびくり、と身体を強ばらせた。
 天を見上げる。
 時折、囀る野鳥の声が視界を攪拌する。ぐるり、と世界が回る。
 どうしようもない孤独が胸に迫った。……あまねは、今、言葉通りに、この世で一人きりだった。
「と、とにかく、人に会わなきゃ」
 不安を振り払うようにして、声を出す。立ち上がったあまねは、膝小僧についた砂を叩き、「よし!」と気合いと共に、ほっぺたを叩いた。
 道があるなら、人がいる。
 人がいるなら――希望的観測かもしれないが――何かしら、事態を好転させる助言を得られるかも知れない。そう考えて、前方を見据えた時だった。
「あ……」
 前からやってくる人影……風を切るように歩く三人の男も、あまねに気付いた。
 彼らはこそこそと耳打ちし合い、あまねを盗み見た。
「女だ」
 そんな声が聞こえた。
 人相は極めてよろしくない。チンピラ然としている。
 が、この際文句は言っていられない、とあまねは拳に力を込めて、唇を開いた。
「あのぉ、すいません! 此処は――――いっ!?」
 男の一人が、あまねの顎を取ると、無理矢理上向かせた。顔を覗き込み、ちっと舌打ちする。
「……ガキかぁ」
「まあ、とびきり美人って訳じゃないが、金にはなるだろ」
 ニヤニヤと下卑た笑いをもう一人の男が零す。その不穏な空気に、今更ながらに身の危険を感じて、あまねは一歩退いた。が。
「きゃぁッ」
 問答無用の、力強い腕に捉えられ、荷物を担ぐように、軽々と男の肩に担ぎ挙げられてしまう。
「ちょ、何するんですかっ」
「余り暴れるなよ。痛いのは好きじゃないだろ?」
 と、あまねが言葉を飲んだ時だった。
 前方の、右側の藪が、ガサガサと音を立てた。
「―――――――――何だ?」
 訝しげにする男の肩の上で、あまねはギクリとする。
 理解できない不安に、ぞわり、と逆毛が立った。
 ガサガサガサガサッ
 草木を掻き分ける音は、段々と速度を上げて近付いてきた。やがて、ザッと葉と土を蹴り散らし、黒い影が転げ出てくる。
 それは……白い、人ほどの大きさの、四足獣だった。
「ちぃッ! こんな時に……っ」
 驚くべきことに、ハッキリと、その犬は人語を発した。
 次いで、チンピラ三人をへ向かって、盛大な舌打ちをする。
「悪いが、あんたらを助ける余裕はねぇ。死んでもオレ様に祟るなよ。これ以上は背負いきれねぇんだ」
「い、いいいい犬!? が、しゃべ……ッ」
 驚き、情けない声を上げた男に、侮蔑の眼差しを向けて、獣はさっさと道なりに走り去ろうとした。が。
「―――――あ? 女ぁ?」
 一瞬、動きを止めて、勢いよく振り返ったその犬は、担ぎ上げられたあまねの姿を認めると、不機嫌そうに鼻に皺を寄せた。
 あまねは、ぽかんと、獣を見返した。
 白々と輝く、毛並みの美しい犬だ。
 アイラインを引いたかのような、くっきりと縁取られた目は薄茶色。それは、つぶらでいて、厳しい色を湛えている。
「ちぃ! 来やがった!!」
 犬は、自分が出てきた藪を振り仰いだ。
 視線の先に、絡みつくような、うめき声をあげながら、黒い靄がぞろぞろ現われる。
 白い獣は、素早い身のこなしで低く構え、間合いを計った。靄は、ゆるゆると、けれど確実に、彼を中心に据えて半円を描いた。
「な、なな、なんだ、ありゃあ……」
 チンピラの一人が、声を震わせる。
「ぎぃやっ…………!」
 と、彼は突然、目をカッと見開き、膝から崩れ落ちた。
 その彼の上を、幾つもの影が踏み越え、獣を目指した。
「……怨霊」と、あまねの唇が象った。
 怨念の塊。
 触れるだけで、人に死を与える、悪霊より更に邪悪な、恐ろしい存在。
「――――こ、こいつ、狗憑きだ!!」
 あまねを担いでいた男が、倒れた仲間を目にして、歯の根が合わないほど取り乱し始める。
 彼は、あまねを無造作に放った。そうして、犬神憑きと呼んだ獣とは逆方向に走り出した。が、影は二重にも三重にも群れを成し、白い獣と、あまねたちを取り囲んでいる。男に逃げ道はない。
「だ、ダメですよ! そっちに行ったら……」
 強く打ちつけた尻の痛みを無視して、あまねは慌てて、声を張り上げた。けれど男は聞こえなかったのか、そのまま走り――すっかり、影に取り囲まれてしまう。
「ななな、何なんだよぉ……俺が、何したっつーんだよぉ」
 涙声をあげて震え上がる男を、影たちは容赦なく、牽いて進んだ。
 靄がすっと男を通り抜けると、彼は泡を噴き、くるくる回転しながら地に伏した。
「ひっ……ひいいいっ」
 最後に残った男が、頭から抜けるような声をあげて、パニックを起こす。逃げだそうとして、前につんのめり地を舐めた。意を決して駆け寄ろうとしたあまねに、
「そこを動くな、女!!」
 鋭い声が飛ぶ。
 彼は――犬神憑きは、厳しい眼差しで影らに対峙しながら、あまねに言った。
「七面倒だが、仕方ねぇ。助けてやる。オレ様は都の男だからな。女は見捨てねぇ。――――って、ちょ、おい……!?」
 が、あまねは彼の助言には耳を傾けず、今にも怨霊らに飲まれようとしていた男に、走り寄った。暗い影は、あまねの姿を認めると、ギクリ、と動きを止め、のろのろと距離を取り始める。
「私は大丈夫です。足手まといにはなりません」
 あまねは、男を守るように両手を広げると、白い獣を振り仰ぎ、ハッキリ告げた。
 思わぬことにポカンとしていた犬神憑きは、やがて、ニッと口の端を持ち上げると、低く唸った。
「可愛げのねぇ女」
 濃紺の腰巻きの下から伸びた、毛の長い尻尾をゆらりと揺らし、彼は後ろ足で地を蹴ると、怨霊たちに躍りかかった。
 敵に牙を立て、振り回し、噛み千切ってとどめを刺す。間髪入れずに、襲ってくる影を避け、続く二匹目を咥えてぶぅんと振った。ぶつかった別の敵が、吹っ飛ぶ。
「も、もももも、もうダメだ、もうダメだ……」
 目前で繰り広げられる苛烈な戦いに、チンピラは、顔面の前で両の手の平をすり合わせ、仏に祈った。
 その彼に、「落ち着いてください」とあまねは、できる限り、穏やかな声で語りかけた。
「えっと、とりあえずは安全です。彼らは私には近づけないはずなので……」
「あ、あんたは……巫女さんか、なんかか」
「へっ? あ、ま、まあ、そんな感じです。だから落ち着いてくだ――――」
「さっきはすまねぇ! もう二度とあんなこたぁしねぇ。仏に誓う。だから、頼む、助けてくれ!!」
「は、はあ……」
 男が、地に頭を打ち付けて土下座する。
 あまねはどう返答して良いか決め倦ねて、ふいに過ぎった疑問を口にした。
「あの……それで、さっき言ってた犬神憑きって言うのは……?」
「あ? あ、ああ。あの犬コロのことだよ」
 きょとんとした男は、少しばかり不審げな眼差しであまねを見てから、言った。
「どでかい恨み背負った奴は、獣みてぇな姿で生まれちまうんだ。そいつら憑き者の周りには血生臭い不幸が付きまとう。――――こんな風に」
 男は痛ましげな眼差しで、倒れた仲間を目で示した。あまねは促されるまま、視線を滑らせ、息を引き攣らせる。
 黒々とした染みが、地に広がっていた。倒れたようにしか見えていなかったが、二人の男の横顔には血の気がない。肌色は、青を通り越して、白かった。
 死――――
 あまねは、口元を右手で覆った。
「お、おい、巫女さん? 大丈夫か? おい?」
 急に訪れた恐怖に、あまねは目眩に襲われた。視界が真っ暗になる。
「お、おい? おい!?」
 ぼんやりと輪郭を無くした、男の焦った声は、段々と、遠ざかり――――
 あまねは、自身でも気付かないうちに、意識を手放していた。
お読みくださり、ありがとうございます!
週2回更新予定です!
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