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刻の守護者 〜乙女的大河絵巻〜 作者:いっちー

第八章

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あまつ空なる、君を恋ふ(6)

 昼餉を終えても、頼朝から使者が来ることはなかった。
 そもそも、朝見た彼は、夢だったのではないかと思い始めたほどで、彼に「何か用?」と聞くのもおかしな気がした。
「よし、と。荷物はこれくらいかな」
 直愛から命じられるままに、荷物をまとめたあまねは、至る所にすり切れた後の残る、ブレザーをたたむと小袖に着替えた。
 帰ったら、まず、制服を新調しなければならない……経費申請はできないだろうか、などと思う。
「お。準備できたみたいだね」
 部屋を覗き込んで、直愛は言った。
「じゃ、帰ろうか。あまねちゃん」
「へっ?」とあまねは素っ頓狂な声を上げた。
「あの、帰る、って元の時代に、ってこと……ですよね? こんな突然――?」
 確かに頼朝は罪人で、配流を待つ身だし、多くの人が亡くなった戦の後でもある。
 にこやかな送別会などありえようはずもないが、別れを惜しむ時間くらいはあるものかと、あまねは思っていた。昨日、ミッションを終え、今日の昼には帰るとは余りにも急ではないだろうか?
「突然? って言っても、任務完遂したらすぐ帰還するのがルールだからなあ」
 確かに、下手に過去に留まり、問題を起こすわけにもいかないだろう。
(うう……だけど)
 あまねは、居心地悪そうに身動ぎした。
 帰ると言うことが、完全に頭から抜けていた。
 頼朝に伝えたいこと……さよなら、以外にも、たくさんあるはずなのに、すぐに出せと言われると難しい。
 それに、とあまねは思う。
 家族を失って、一人ぼっちになった彼を、置いていきたくはなかった。
 できれば、彼の心の傷が癒えるまで、側にいたい……。
「あ、あの、もう少し、お時間くれませんか。私、頼朝に何て言えば良いか――――」
「ああ。その必要はないよ」
「え?」
 あまねがきょとんとすると、直愛は語った。
 すでに頼朝の記憶は消したのだと。
「記憶を……消した?」
「それが過去に干渉する際の決まりだからね」
 ――過去に飛ぶ際、必ず守らなきゃならないルールが、三つある。
 あまねは、時間をかける間際に直愛が言っていた言葉を、正に今、思い出した。
 一つ、不用意に、過去の人間へ未来の情報や物品を与えてはならない。
 二つ、過去の人間と子を成してはならない。
 三つ、過去において、接触した人間の記憶は必ず消さねばならない――
「………彼はもう、私の事、覚えてないんですか」
「そういう事」
 規則ならば仕方ない。
 あまねは、そう自分を説得させようと努めるも、なかなか胸のわだかまりは溶けなかった。
 六波羅を出る間際、せめて、と頼み込んで頼朝を戸口から覗き込んだ。
 何か、作業中だった彼は、不意に顔を上げた。
 あまねと目があったが、すぐに視線を文机に戻してしまう。
「本当に忘れちゃってるんだ……」
 途中、すれ違った重盛も、あまねや直愛を新参の召使いか何かと思ったようだった。
 それは、胸に軋むような痛みを走らせる出来事だった。
 けれど、あまねは、この痛いほどの厳しいルールの理由を、理解できた。
 すぐに元いた世界に戻る理由。
 長く留まれば長く留まるほど、ここへの執着は強くなるだろう。仕事を終えてからでは尚更だ。
 そして、関わった人の記憶を消す理由……それは、もちろん、未来にいらぬ不安を残さぬためもあるかもしれない。けれど、何より、住む世界の違う者同士が、苦しまないように、との配慮も含まれていると、あまねは思った。
 六波羅を出て、東へ向かう。
 春を待つ田畑に囲まれた畦道を歩み、鳥辺野に辿り着いた。広場には、痩せた草が生え、所々に卒塔婆が立っているのが見えた。
「さて、此処らへんで良いかな」
 直愛は、辺りを見渡すと、うん、と頷いた。それから、晴れない顔をするあまねに手を差し伸べた。
「お手を。あまねちゃん」
 これでお別れなのだと、あまねは悟る。
 直愛の手に、手を乗せ、京を振り返れば、多くの思い出が堰を切ったように溢れ出てきた。目頭に……熱が走った。
「俺たちのいた時代に、帰るよ」
「……はい」
 直愛の言葉と共に、足元が輝いた。
 二人を中心に、大地が放射状に裂ける。そして、浮き上がる光の陣――――ミミズがのたくったような、字が、一つ、また一つ、と弧を描いて浮かび上がると、花びらが風に散るように舞って消えた。あまねは、急激に自分の身体が軽くなるのを感じた。――――と。
 不意に、鼓膜を振るわせた馬蹄の音に、あまねは顔を上げた。
「なんやねん! なんで、こないな薄気味悪いところに――ぎゃあ!! なんぞおる!?」
「よ、りとも……?」
 重盛の繰る馬に乗った頼朝が、矢を構えていた。そして。
「あまね!!」
「――――きゃっ」
 鏃を潰した矢がびゅん、と飛んで、あまねの立っていた所に、落ちた。矢には、何やら紙が結び付けられている。
 それを拾いあげたあまねは、はっとした。
「あまね、って……」
「……あーもー早速、約束破っちゃって」
 隣で、直愛が苦笑を零す。
「オレは!」
 ぎゃぁぎゃぁ混乱する重盛を押しやり、頼朝は声を張り上げた。
「オレは、ぜってぇ、お前に誇れる男になる!」
 あまねは、息をするのも忘れて、彼の声を聞いた。
「すげぇ男になる! なるからな!! ぜってぇだ! 見てろよ……っ!!」
 頼朝が絶叫する。それに、あまねも負けじと大きな声を張り上げた。
「知ってるよ……っ!」
 文を握り締め、両手を振る。
 頼朝は、頬を上気させ、どこか、泣きそうな様子で。
 その唇が、何事か伝えようと、開き――――
 その瞬間。
「よりと……――――――っ!!」
 あまねと直愛は、平安の時から、弾き出された。

     * * *

 源頼朝、配流先の伊豆で挙兵。
 親兄弟の仇であった平家を滅ぼし、天下をとる。

 ――――鎌倉幕府、創設。

 三一歳で北条政子と結婚するまで、彼には一つとして浮いた話は無かったと言う。
 ……時おり、空の彼方をぼんやり眺める彼を見て、頼朝は天女に恋でもしているのだろうか、と、人々は噂し合った。
お読み下さり、ありがとうございます。
次章からエピローグに入ります。
お付き合いいただき、とても嬉しいです。
もう少しでお終いです。宜しくお願いします!
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