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刻の守護者 〜乙女的大河絵巻〜 作者:いっちー

第七章

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思い出は、朝やけに滲んで(4)

「あまね。おい、あまね。起きろ」
 いつの間にやら寝入っていたあまねは、頼朝の張り詰めた声に揺り起こされた。
「ん……」
 ぼんやりと瞼を持ち上げれば、壁にもたれたまま、頼朝はぎゅっとあまねを抱きしめた。
 戸の外へ、厳しげな眼差しを投げている様子に、あまねは状況を把握した。
 ――――残党狩りが追いついたのだ。
 頼朝は、そっとあまねを解放すると立ち上がった。
 鵜飼いの、怯えた声が耳に飛び込んでくる。
「お、お待ちくだせえ。奥には誰も……」
右兵衛佐(うひょうえのすけ)・頼朝がここにいるだろう? 隠し立てすれば、ただじゃおかんぞ!!」
「ひいっ」
 ドンッと鈍い音が立つ。
 頼朝は、蹴り破られた戸に表情も変えず、闖入者を迎えた。
「乱暴は寄せ。オレが、源義朝が嫡男、頼朝だ」
 そうしてさもつまらなそうに、腰に刷いていた剣を床に投げた。降参の意を示したのだ。
 鵜飼いは、ひいひい声を上げて、あまねのもとへ這いずり寄った。
 残党狩りの兵は、生け捕りにしろと命じられていたのだろう、剣を拾い上げると、頼朝を取り囲んだ。
 と、鵜飼いの後ろにいる、あまねに気付いた。
 頼朝は静かに言った。
「女はここの鵜飼いの娘だ。一晩買っただけの無関係。手は出すな」
「義朝殿には、お子が多い。姉でないと、我々では判断がつかぬ」
 まとめ役だろう男が言うと、数人の男が、あまねの腕をひねり上げた。
「いっ……」
「やめろ!! あまねに触るな!!」
 制止に耳を傾けるものはない。
「………………オレは、大人しく捕まるつもりだったんだぜ?」
 ボソリ、と、頼朝は、自嘲とも思える薄笑いを浮かべて、短刀を抜き放つと、躊躇いなく自身の腕を切り裂いた。
 ボタタタッと、板敷に赤い円が幾つも弾ける。
 兵らが、訝しげにする……と、途端に外が騒がしくなった。耳を背けたくなる、断末魔の声が闇夜を切り裂く。
「な、何だ?」
 外の見張りだろう兵の豹変に戸惑っていた男たちは、ついに辺りを取り囲む邪悪な気配に、気付いた。
「今日は、新月だなぁ」
 新月――この世ならざる者たちが、活き活きと跳梁跋扈する、闇の夜。
 彼らは、極上の甘い血に誘われ、やってくる……。
「き、貴様、な……なな、な、何を」
 壁をすり抜け、黒い靄が顔を覗かせた。
「忘れてンのか? オレは犬神憑きだ。んでもって、その女が……身を挺して、抑えてるんだよ」
 パクリ、と黒い靄は、近くにいた男の顔を食べた。
 頭部を失った男がぶらりと揺れる。
 一瞬の間が落ちて。
 ――――恐怖が、爆発した。
「こ、こここ、ここ殺せ! 殺せ!! 清盛様には、事情をお話して……ぎゃあああああ!!」
 目を背けたあまねの視界で、板床が赤に染まる。
 あまねの姿に、わっと襲いかかってきた怨霊たちがギクリと身を震わせる。
 頼朝は、腰を抜かす鵜飼いを引きずると、玄関から外に出た。
 兵らはすでに逃げた後だった。
 頼朝は鵜飼いに謝辞と謝罪を同時に述べると、「生活の足しにしてくれ」と、義平の遺品をその手に握らせた。
「行くぞ」
 頼朝は、ぐい、と力強くあまねの腕を引いて歩いた。
 人目を避けるようにして、二人は闇に溶けた。
 鬼火に照らされる畦道を進み、人里を後にする。
 あまねは、頼朝の赤く傷を負った腕を見て、眉根を寄せた。
「どうして、こんな傷負ってまで……」
「お前はオレを、怨霊から守ってくれる。それと同じだ。オレは、お前を矢と刃から――人間から守る」
 簡素な答えが返ってくる。
 暫く、沈黙の中、二人は歩いた。
 新月の闇のもと、蛍火のように鬼火が浮き、儚いその光が、紙吹雪のような、軽い粉雪を照らしてた。音もない夜を、二人の足音が跡を刻む。
「なぁ……なんで、お前はオレを守ろうとする?」
 不意に、頼朝は問うた。
 舌が縺れ、あまねは言葉に詰まった。
「あなたの存在が……」
 あまねは、頬に張り付いた髪を手で摘み避けた。
 それから、胸のわだかまりを飲み下し、口を開く。
「あなたの存在が、大切だから。あなたはここで死んではいけない人だから」
 真っ直ぐ、前を睨め付け進む頼朝の横顔を、あまねは見つめた。
 掴まれた腕が、火傷しそうなほどに、熱い……。
「お前のいる未来に、オレの存在は残ってるのか」
「うん」
「……そうか」
 頼朝は、味わうように頷いた。
 束の間、彼は瞑目し、「そうか」と繰り返す。やがて、グッと力強く、顔をあげた。
 あまねは、掴まれた腕をそっと外した。そして、彼の手に、自身の手を重ねた。
「あまね……?」
 びっくりする頼朝に、あまねは、おずおずと言った。
「…………ちょっと、泣きたい気持ち……と、言うか」
 あまねは、俯いた。黙り込む。
 頼朝は何も言わず、ぎゅっと力強く手を握り返してくれた。
 二人は、寄り添うようにして、雪の道を歩いた。あまねは……この穏やかな時がいつまでも続けば良いと、願わずにはいられなかった。


 二日後、青墓に辿りつくことなく、二人は捕縛された。
 都への護送の途上、義朝が討たれ、首は獄門に晒されたと聞き知るも、もう二人には流す涙も残っていなかった。
お読み下さり、ありがとうございます。
週2回ほど更新予定です。もう少し多くなるやもしれません。
宜しくお願いします。
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