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刻の守護者 〜乙女的大河絵巻〜 作者:いっちー

第七章

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思い出は、朝やけに滲んで(1)

 朝長が亡くなってから数日、あまねたちは激しい気候に翻弄された。
 極めつけが、雹だった。
 バタバタと大地を抉るようにして、天から礫が落ち、負傷する者が相次いだ。
「残党狩りだ! 走れ、走れぇっ!!」
 後方で上がった怒号に、頼朝はあまねの腕を引っ張って駆ける。
 森に、敵方の馬の蹄が高々と響き、雪を蹴散らした。
 応戦する仲間の争う声が耳をつく。
 ……もとより四十騎もいなかった一行は、厳しい気候と、激しさを増す追手によって日に日に少なくなった。川が岩肌を削るように、一行の精神もすり減っていく。
「頼朝。やっぱりこのまま団体で動くのは難しいって、お父様が」
「確かにな」
 脇見も振らず、一心に前へ進む頼朝の隣に、義平は並ぶと、言った。
「落ち合う場所は青墓よ。落ち合えなくても、結局は東国に行けば良いんだから……ま、適度にね。死なないようにいらっしゃい」
「何だよ、その適当さは」
 頼朝は疲労と、悲壮の滲む面に小さく笑みを浮かべた。
 と、唐突に歩みが遅くなったあまねを、振り返る。
「おい、あまね。もう少し早く歩けないか? ――――おい、あまね?」
「う、うん。分かった」
 頼朝はぎゅっと眉根を寄せると、あまねを引き寄せた。
 転ぶようにやってきた彼女の顎を取って上向かせる。
 その頬は、熟れた柿よりも、赤かった。――熱があるのだと、誰の目にも明らかだった。
「…………大丈夫だから」
 額に触れる頼朝に、あまねは言う。
 空元気を振る舞う気力すらなく、そう言うので精一杯だった。
 義平は、二人のやりとりを見ると、鎧を軋ませて、先頭を行く父のもとに走った。
「父上。先にお行きください」
 義朝は頼朝とあまねを振り返り、ややあってから、重々しく頷いた。
「必ず……青墓で」
 雪を踏む足が更に速度を増す。
 義平がそれを見送る。――あまねは声を張り上げた。
「私のことは置いて行って下さい」
 どうして、朝長が死なねばならなかったのか。それは、一行の足手まといになるわけにはいかなかったからだ。
「馬鹿おっしゃい。あなたは武士じゃないのよ」
 静かに首を振る義平の背後で、再び怒鳴り声が沸いた。義平が厳しげに後方を見遣った。
「また――――――!?」
 俄に騒がしくなる。
「散れえいっ!!」
 間髪入れずに、大将の、野太い声が轟いた。一同は散り散りに走り出した。
「頼朝! 行くわよ!!」
 鎧を脱ぎ捨て、犬化した頼朝の背に乗せられたあまねは、首にしがみついた。
 自分の弱さが憎かった。ついてきたことを、後悔した。
 こうして助けてくれる義平や頼朝に失礼だと分かってはいても、思わずにはいられなかった。余りの自分の無力さに、殺意すら湧いた。
 雹は雪になった。
 雪は酷く吹雪いた。
 三歩先すら見えない白い世界――強風で、耳鳴りがした。目を開けていられず、息をするのも困難だった。
「あそこで、やりすごしましょ」
 朦朧とする意識の中、あまねは義平の声を聞いた。
「雪が酷すぎる。これじゃ、追手もそうそう出歩かないでしょ」
 あまねを抱き上げた義平は、慎重に気配を窺いながら、打ち捨てられた様子の小さな寺の本堂へ向かった。頼朝がその後に続く。
 義平は、穴だらけの床にあまねを横たえると、素早く雪を払った。ついで、手慣れた様子で火を起こす。
「頼朝。寝なさい。敵が来たら起こすから」
「何でオレが……」
「寝てないでしょう。凄い顔してる」
 火を囲む頼朝の鼻を指先で弾く。頼朝は鼻に皺を寄せた。
「それはお前も――――むぐっ」
 反論する頼朝の口に、すかさず干飯を突っ込むと、義平は白い歯を見せて笑った。
「あたしは、あなたのお兄様」
 それから、浅い息を繰り返すあまねのもとに跪くと、冷え切った足を撫でた。
「女の身でよく頑張ってるわ」
 パチパチッと炉で火が跳ねる。
 あまねは揺れる炎を見つめた。視界が滲んだ。
 優しさに胸が軋んで、ついに、涙で頬が濡れた。
 あまねは、涙を隠すようにして、両の腕を組み、目元に押しつけた。ぼそり、と自己弁護が口を突いて出た。
「…………全然、役に立たなくて。朝長さんのことも、助けてあげられなくて」
「朝長のことは、仕方なかったのよ」
 義平は至極優しく言った。
 と、その背に頼朝の厳しげな問いが飛ぶ。
「――――おい、義平。お前、何を企んでる? さっきから、おかしいぞ」
 義平はゆるりと顔を上げた。それから、ニコリと笑うと小首を傾げる。
「二人とも、よくよく見れば可愛らしい若夫婦よね」
「はあ!?」
 素っ頓狂な声を出す弟に、彼は真摯な眼差しで告げた。
「旅装を持って、山を下りなさい。そのまま北を目指して、適当な人里についたら人型に戻って……夫婦の振りして、やり過ごすのよ。情勢が落ち着いたら、重盛を頼るも良し。二人でそのまま仲良く暮らすもよし。何とでもなるわ」
「……ふ、ざけんなよ。何だって、オレが――――」
「いざとなったら、あなたには犬神が憑いてるし。残党狩りなんて怖くないでしょ」
「そういう話をしてんじゃねぇよ! 何で、オレがっ」
「生き残って欲しいのよ」
 激昂する頼朝の声を、義平は平静に立ちきった。
 立ちかけた頼朝は、愕然として言った。
「……オレが嫡男だからか。だから、オレは、みんなと死ねないのか」
「違うわ」
 義平はゆるり、と首を振った。濡れた髪から、水滴が落ちて、板敷に染みを描く。
「あなたのことが、可愛いからよ」
 真っ直ぐ見つめて、彼は付け加えた。
「だから、生きてて欲しいの」
「……オレ一人じゃ、再興なんて」
「源氏がなぁに? そんなのに縛られて生きて、楽しいの?」
「おまっ……」
 信じられない言いように、頼朝は息を飲む。義平はカラカラ笑った。
「って言うか。あなたが死んだら、誰があたしたちの菩提を弔うのよ。祟っちゃうぞ」
「死ぬんじゃねぇよ!!」
 頼朝は、耳をピンと立てて吠えた。
 きょとんとする義平に、つかつか歩み寄ると、彼は襲いかかった。
 前足で兄の肩を押しやり、組み敷く。
 目を瞬いて、義平は頼朝を見た。頼朝は、兄の胸板に鼻先を押しつけて、呻いた。
「…………義平。頼む。死ぬんじゃねぇよ」
 繰り返した声は掠れていた。きつく閉じられた瞼が震える。
 義平はそっと弟の髯を撫でた。
「ごめん、冗談よ」
 それから彼は、力なく頭を落とす弟の毛に指を差入れると、くしゃりとかき混ぜた。
 沈黙に、パチリパチリと、火の爆ぜる音が立つ。
 大地が唸るような強風が、あまねたちの休む堂を揺らし、壁がギシギシと軋んだ。
 あまねは、隙間風が揺らす炎の向こうの、兄弟を見た。
 ――義平は、京に潜伏している所を捉えられ、首を刎ねられる。
(だけど、今、みんなで信州に逃げたら?)
「………………運命を、変えられる」
 ポツリ、と落ちたその呟きに、二人がはた、とあまねを見た。
「あまね……?」
「義平さん」
 あまねは、掠れる声でそう呼びかけると、よろよろと身を起こした。
「一緒に、いきませんか」
「え……?」
「信州に行きませんか。そこで、一緒に、生きませんか」
(頼朝は、無事東国に到着する。そうして暫くの潜伏の後、挙兵するんだ。その隣には、義平さんがいる…………)
 そういう未来だって、あっても良いはずだ。
 あまねは、強く、願う。
「…………ええ?」思わぬ提案だったらしい。義平はぽかんとした。
「そっ、そうしよう。そうしようぜ、義平」
 頼朝が、弾んだ声を上げた。
「暫く潜伏して、兵かき集めて、親父と合流して」
 あまねも、説得に助太刀しようと、身を乗り出した。
「そうしましょう。じゃないと」
 あまねは、言葉を飲む。
 じゃないと、あなたは死んでしまう――
 心中を、不安な影が去来した。
 そう告げられて、平静でいられる者がどれだけいるだろう? それに……あまねはゴクリと生唾を飲み込んだ。
 口にした途端、真実になってしまいそうで。
「でも、三人で行くならどういう関係性になるわけ」
「そりゃあ…………」
 頼朝は思い切り眉根を寄せるとそっぽを向き、唸った。
「えっと、義平さんと頼朝が夫婦で、私が妹、とか?」
 あまねを見た頼朝が、もの凄く嫌そうな顔をする。
「確かに義平は線が細いが……どっからどう見ても男だろーが」
「あら。男同士なんて、珍しくもなんともないでしょ」
「め、珍しくない……? えっと、まさか、義平さんは」
 恐る恐る問えば、義平は顎に指を当てると、うん、と唸った。
「近い例だと……信頼殿が、上皇様とデキてるわね」
 バッと、頼朝が兄から飛び退る。
「う、うそ」
「ええ?……知らなかった方が驚きなんだけど」
 身を起こした義平は、呆れ返ったような声を漏らして、湿った髪をかき上げた。
 それから暫く、思案し、顔を上げてあまねと頼朝を見比べた面は、少しだけ安らいでいた。
「まぁ、だけど、信州行きは……うん。悪くないかもね」
 言って、彼は歯を見せて笑った。
「ようは、信頼殿ぶん殴って、聞く耳持たなかった清盛殿もついでにボコボコにすれば良いわけで。――そうね。あなたたちと行くのも、悪くない」
 ――と、その時だった。
 あまねは、板敷に触れた尻と手の平に、音の振動を感じた。
 兄弟たちも気付いたのだろう、表情が険しくなる。――――三人は、耳を澄ます。
 外で、囁き交わす押し殺した声が、風の唸りに混じって鼓膜に触れた。
「本当に見たのか? 犬って言やぁ、源氏の嫡男だぞ」
「ああ、見た。あすこに入っていったのを、見た」
「でかした!」
「雪が落ち着いてからでも良いんでねぇの」
「馬鹿言え。あっちの方が足が早ぇんだ。逃げられちまう」
 そこまで聞けば、十分だった。
 山の麓にある、里の男たちだろう。
 報奨目当てに、残党狩りに協力する心づもりに違いない。
「…………なかなか休ませてはくれないのね」
 義平は肩を竦めた。
「お行き。ここは私が引きつけておくから。いいわね。落ち合う場所は、青墓よ。お父様の――――」
 そう言って、彼が長刀を引き寄せた時。
 ――バンッ
 堂の入り口の、観音開きが蹴り破られた。
 二十人近くはいるだろうか。雪に頭から濡れた、男たちが雪崩込んでくる。
「……源氏の残党だな?」
 農具を構え一番のりした、中年の男が問うた。義平は「さてね」ととぼけてから、長刀を構えた。それから、なかなか出発しない弟に、母が子に言い聞かせるように、優しく、背中越しに語りかけた。
「頼朝。安心なさい。今はあたし、死なないから。あまねちゃんの師匠が言ったのは、もうちょっと先のことよ」
「え――――――」
 頼朝によじ登っていたあまねは、目を見開いた。
「あたしは京で生け捕りの末、首を落とされる。こんなところで、こーんな農民風情にくれてやる首じゃないわよ」
「義平さん、知って――――――?」
 あまねの胸が、ギクリと跳ねる。
 頼朝はまだ渋っていた。男たちと義平を見比べ、前足で板敷を蹴る。
「さ、頼朝」
 ゆらり、と長刀の切っ先が揺れた。頼朝は打たれたように顔を上げた。
「――――――行けっ!!」
 ダンッと、義平が床を蹴り、男たちに躍りかかる。
 乱戦の始まりだった。
 頼朝は義平の声に弾かれるようにして、あまねを連れ、裏口から堂を出た。
 見張りだったのだろう、二人ほどの男がいたが、彼らは農具を構える暇もなく、頼朝に薙ぎ倒された。あまねは、白い獣にしがみつくと、叩きつける雪に目を眇める。
(朝長さんが死ぬのは、青墓だった……)
 歴史は、あまねの知らない道を辿っていた。
 朝長の死が去来し、思考を鈍くする。
 ……京で死ぬはずの義平だ。
 けれど、ここで死なないなど、誰が言い切れる?
「あまね! しっかり捕まってろ! 落ちるぞ!!」
「――――――嫌」
「ああ?!」
 あまねは、引っ張った頼朝の耳に、熱で潤んだ声を押し込んだ。
「嫌。行きたくない。お願い、頼朝。行かないで。義平さんの所に戻って」
「アイツは行けって……」
 足は止めずに、不機嫌に唸る。あまねは重ねて口を開いた。
「あんな大人数に敵うはずない」
「馬鹿にするな。義平はなぁ――」
「義平さんだって、疲れてる。怪我だってしてるんだよ。それに、何より――――相手は武士じゃない」
 頼朝の咽が鳴った。あまねは叫んだ。
「星読みは確かじゃない。――――朝長さんが死ぬのは、青墓の宿だったはずなんだよ!!」
 ピタリ、と頼朝は立ち止まった。
 勢い余って、あまねは前のめりになる。
 頼朝は束の間、黙り込むと、グッと前足の爪を地面に突き立てた。
「―――――――――くそっ!」
 舌打ちして、踵を返す。
 あまねはぎゅっとその首にしがみついた。
 雪の舞う息苦しい空気を裂いて、頼朝はもの凄い速さで駆けた。
「よーしーひーらああああああっ!!」
 義平の姿は堂の外にあった。
 吹雪の中、彼を中心に、男たちが円を描く。数人は雪の中に埋もれて、うめき声を上げていた。
 そこへ、頼朝は速度も落とさず突進した。
 噛み付いた獲物を、ブンッと後方に投げる。
 食い散らかすように、ガチガチ牙を打ち鳴らして威嚇し、前足で押し倒す。
「ひ、ひいいいいいいっ!!」
 あまねは頼朝が男たちを殺さない程度に痛めつける中、義平に駆け寄った。
「義平さん!! ……酷い、怪我が――――」
 長刀にもたれ掛かり、辛うじて立つ義平にあまねは息を飲む。
「お馬鹿。なんで……なんで、言う事聞かないのよ」
 声を震わせる彼の腕を、あまねは自分の肩へと回し、支えた。
 ……頼朝は、みるみるうちに敵を追い払っていく。ひとかた敵を薙ぎ倒した時、
「頼朝!! 後ろッ!!」
 頼朝の背後で、矢を構える男に気付いたあまねは、声を張り上げた。その時には、すでに頼朝はその男に飛びかかっていた。
 立ち上がらない程度に男をのすと、頼朝は、あまねを振り返り――――
「あまね!」
「え――――?」
 あまねは、頼朝の視線を追って、自身の背後を見遣り、息を止めた。
 男が鋤を振り上げていた。
 コマ送りのように、それはゆっくりとあまねを襲う。
 殺気立つ男の瞳に、あまねは恐怖に顔を歪める自分の姿が映るのを見た。
 時間が止まる。
 視界に、濃紺の色が飛び込む。――止まりかけていた時が、ギュンッと音を立てて本来の速さを取り戻した。
 鋤の刃が、深々と肉片を抉り飛ばした。同時に、鮮血が迸った。
「ぎ、ぁっ…………」
 あまねを襲った男は目を見開くと、ふらりふらりと退き、やがて斬り付けられた傷口から血を噴き上げ、後ろに倒れる。
「老人、女、子供にゃ手を出さない――これ、人としての鉄則よ。その身に刻んでおくのね」
 義平は、地に伏し痙攣する男を一瞥して、吐き捨てた。
「よ、義平さん……」
 あまねは、彼の左肩を見て、立ち尽くした。
 返り血で全身真っ赤に染めた義平は、あまねを振り返ると微笑んだ。
「怪我はないみたいね」
「あ……」
「あまね!! 大丈夫か!」
 頼朝が駆け寄ってくる。
 戦意を持つ者は既にいなかった。
 うめき声を上げて地に蹲る男たち、辛うじて足が健在な者は、這いずってあまねたちから距離を取ると、脱兎の如く逃げだした。
「わーお。さすが、あたしの弟」
 義平は手を打って弟を褒め称える。
 それから、頼朝の頬を汚す血を拭いとろうと腰を屈めて。
「――――――あら?」
 スラリとした長身が揺れた。
「ちょっと、血ィ、流し過ぎちゃったかなー……」
「義平?」
「義平さん!!」
 残像を漂わせ、ずしゃり、と彼は顔から地に倒れ込んだ。
お読み下さり、ありがとうございます。
週2回更新予定です。
宜しくお願いします!
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