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刻の守護者 〜乙女的大河絵巻〜 作者:いっちー

第五章

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交錯する、未来と過去(4)

 直愛は、平家に客人として囲われていた。
 六波羅に到着したあまねは、直愛の弟子と言うこともあり快く受け入れられた。
 が、肝心の直愛にはすぐには会えなかった。
 彼には彼の、ここでの仕事があるらしい。
 寝着だったあまねは、綿打ちされた小袖に着替えさせられ、温められた室へ通された。
 時を置かずして、白湯が運ばれてきた。
 あまねは、それに手をつける気にはならなかった。
 ぼんやりと、真っ白な庭を見た。
 強風が粉雪を噴き上げ、何も描かれていない画用紙のようだった。
 ゴォゴォと言う風の唸りに、頼朝の声が混ざった。
 壊れたレコードのように、声が繰り返される……あまねは目頭を拭った。涙跡に寒さが染みて、痛かった。
「あまねちゃん! ああ、良かった。無事だったんだね」
 直愛がやってきたのは、月が中天にかかるころだった。
 彼はあまねの肩を抱くと、無事を喜んだ。
 それから、彼女の顔を覗き込むと、ニコリと笑った。
「随分早かったけど、二五・二六事件の開幕だ。戻ったら、教科書の内容が変わってるんだろうなあ」
「…………このままじゃ、頼朝が」
 あまねの呆然とした呟きに、彼は穏やかに首を振る。
「大丈夫。彼の無実は晴れるよ。清盛の目的は、政権の奪取だからね。あらかた源氏を片付けたら、彼の目的は達成される。重盛の必死の助命嘆願もあり……頼朝は助けられる、と言う筋書きだ」
 あまねは、呆然と直愛を見た。
 言葉の節々に、ドキリと胸が痛んだ。
 彼はそんなあまねの様子には気付かず、語り続ける。
「それでも、反旗を翻した罪はなくならないから、彼は伊豆に配流されるだろう。そうしたら、そこまで行って、犬神を祓えば良い。ちょっと長丁場になっちゃったけど、エンディングは見えた。焦らず、ミッションをこなしていこう」
「重盛さんは言ってました。平氏が二条派につくことはないって。清盛さんのことだって、源氏のみんなは信頼してました。一体、どうして――――」
「必要だったからだよ」
 あまねの問いに、彼はさも当然だと答えた。
「頼朝が鎌倉幕府を創設するために……東国武士を引き連れ挙兵するために、この戦は必要なんだ。平氏と源氏がここで争わなければ、未来は大きく変わってしまう」
 あまねは目を瞬いた。
 直愛はハッキリと告げた。
「この戦が起こらなかったら、起こさなくちゃならない」
「な、おちかさん……?」
 その時、あまねには、彼が何か得体の知れない物に見えた。
 ふらり、と彼女は彼の腕から逃れると、距離を取る。
 そんなあまねの様子に、彼は変わらず微笑んでいた。
 その優しい笑みが、あまねには無償に恐ろしい。
「ま、終わるまでお茶でも飲んでゆっくりしていよう。余り血生臭いのは嫌いだろう?」
 会話が途切れた。
 あまねは、ゆるりと首を横に振った。
「でも、生きてるんですよ」
 震える唇から、言葉が漏れる。
「ん?」
「頼朝も、義平さんも、朝長さんも、義朝さんも……っ」
「うん。だけど、君の家族だって、友達だって、未来で生きているだろう?」
 直愛は変わらぬ様子で、小首を傾げた。
「過去は、未来のためにあるんだよ」
 諭すように、告げる。
 背後の戸が、強風のせいでバタバタ鳴いた。
(彼は何一つ間違ってない……)
 あまねは、直愛を凝視した。
 けれど、この、背筋を這うような違和感は何だろう?
(私が、今、いるところは、『すでに起こった過去』……)
 大きく変化してしまえば、あまねたちがいた未来はなくなってしまうだろう。
 それこそ、そもそも彼女たちが過去へとやってくる原因となった、怨霊の目的だ。
 未来のために、必要な戦。
 未来のために、必要な……死?
「…………そう、かもしれません」
 あまねは、頷く。
「でも、私、納得できません!!」
 そして、キッと直愛を睨め付けるように見上げると声を張り上げた。
「私、お茶なんて飲んでいられません。自分だけ安全な場所になんていられない。頼朝と一緒にいます。一緒にいるって約束したんです!」
 直愛は、少しだけ眉根を寄せた。
「俺たちの未来は、頼朝が生き残ることを保障している。けれど、君の命は分からないよ。それでも?」
「それでも良いです。私は、側にいたい。側にいて、みんなを――――助けたい」
「駄目」
 直愛は無碍もなく、あまねの必死な嘆願を退けた。
 そして、彼は唇を引き結ぶ彼女の腕を、強く掴んだ。
「駄目だよ、あまねちゃん。俺は上司として、君を守る義務がある」
「離してください」
 振り払おうとしても、直愛の腕はびくともしない。
「離せないよ。だって、離したら君は行ってしまうだろう?」
 説得も、逃げることも、できないことをあまねは分かっていた。
 腕力で敵うはずがない。仕事を知り尽くしている彼に、情で訴えても無駄だ。
 頼朝の側にいたい――これは、あまねの完全な我儘だった。
「…………凄い目。仇を見る目だ」
 直愛はちょっとだけ、哀しそうな顔をした。
 騒ぎを聞きつけたのだろう、外から女房が幾人か慌ててやってきた。
 おろおろと、あまねを取り囲む。
「離してください!」
 あまねは声を張り上げた。
 直愛はあくまで冷静に言葉を紡ぐ。
「俺は、君に頼朝を救って欲しくてここに連れてきた。源氏を生き延びさせるためじゃないんだよ」
「離して!! 離してください!!」
 そうして、女房たちにあまねを任せると、立ち上がった。
「少し、冷静になって考えようね」
 思いだしたように、懐から取り出したブレスレットをあまねの左手頸に巻き付ける。
 それから、くしゃり、とあまねの髪を撫でて、直愛は室を出ていってしまった。
 その背に、あまねはひびわれた声を投げ付けた。
「離してよォ――――!!」


 室を出て、暫く歩いた直愛はふと立ち止まり振り返った。
 自嘲まじりの、苦笑が零れる。
「――って、言っても。君はどんなに縛り付けたって行くんだろう。俺はそれを……『知ってる』」
 女房だけではあまねを抑えきれないのだろう、数人の青年が廊下を足早に行くのに、「――ああ、君」と、そのうちの一人を直愛は呼び止めた。
「あの子が落ち着いたら、警護を外して良いから」
「え……で、ですが」
 青年が訝しげにする。
 彼は直愛を見て――慌てて、頭を下げた。
「は、はい。かしこまりました」
 直愛の笑顔には、有無を言わせぬものがあった。
 青年はさきほどとは違う理由で、足早く、騒ぎの部屋へと向かった……
 残された直愛は、腕を組んだ。
 強風が吹き荒れる中庭を見遣る。
 空では幾重にも雲が流れ、その間を縫うようにして星が瞬き、月は静かに眼下を見下ろしていた。
 彼は、目を閉じた。
 そうして、そっとあまねを掴んでいた手に唇を寄せると、囁いた。
「でもね……あまねちゃん。死は変えられないんだよ。未来がある限り」
お読み下さり、ありがとうございます。
週2回更新予定です。
宜しくお願いします。
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